点火
ユウト達を乗せた馬車は滞りなく野営基地へと到着する。仮設の門はいくつもの魔術灯によって光があふれ、人の行き来で慌ただしかった。
荷馬車の速度が衰えてくるのをユウトは感じる。それと同時に寝そべっていたマレイは勢いよく身を起こし、その勢いのまま立ち上がった。組んだ両手を大きく真上へ突き上げて背伸びをしたマレイはその場にいる全員を見渡し、語り始める。
「さて、不測の事態だったが皆の対応に感謝する。ただ決戦の決行日も近い。怪我の治療、疲労の回復、戦闘への準備と抜かりなく頼む。明日の夜には調査騎士団、ゴブリンも交えて決戦前の全体会議だ。全員参加するように」
視界に入る全員は真剣な眼差しでマレイの言葉に返した。
全員の視線を受けたマレイは小さく頷くとずかずかと力強い足取りで荷馬車が停車するのを待つことなく荷台から飛び降りて去っていった。
その後姿をユウト達が見送っている最中に馬車は完全に停止する。それを合図にしたように大工房の衛兵数人が荷台に駆け寄り、荷台後部の仕切りを空けて降車の準備を整えた。
降り口に駆け寄る人の中にユウトは見覚えのある人物がいることに気づく。栗色の髪を三つ編みでまとめ上げたふくよかな若い女性。それは野営地でレナの親友と紹介されたメルだった。
ヨーレンやノノに支えられながら荷台を降りるレナを心配そうにメルは手を差し伸べて手伝う。
「レナ!大丈夫なの?怪我したって聞いたけど・・・」
「だいじょうぶ、大丈夫。新しい魔術具で応急処置してもらって痛みもないし、調子もいいんだから」
そんな会話をしながらレナはメルの肩を借りて歩き始めた。
ユウトは最後に荷台から降りる。それを確認して荷馬車は再びゆっくりと進み始め、その場から去っていこうとしていた。
遠ざかった行く荷馬車を見送りながらユウトは魔獣の毛について考える。未だ名もなく意思疎通もできない新たなクロネコテンをこれからどうしたものだろうかと決めあぐねていた。
何か思いつきそうな気もしながら立ち尽くすユウトの視界の隅で、向かい合うヨーレンとカーレンの二人が写る。カーレンはバツが悪そうに視線を斜め下に落としていた。
「さっきは話を聞けて良かった。カーレンにしてみれば望んだ状況じゃなかったかもしれないけどね。僕は認識を改めなければいけないとわかった」
その言葉を聞いて、うつむいていたカーレンはヨーレンを上目遣いに見上げる。ヨーレンは続けた。
「カーレンの望みはとても素敵だ。そして僕はその望みが叶う手伝いをしたい」
カーレンは顔を上げ、真正面にヨーレンを捉える。
「だから・・・だからこそ、できることをやる。後悔はしない」
そう言ったヨーレンの横顔はユウトがこれまでに見なかった真剣さが見て取れた。
「・・・うん、ありがとう。期待してる。ヨー兄さんは今でも私の憧れなんだから」
ふっと小恥ずかしそうな笑顔をつくってカーレンは手の平を差し出す。ヨーレンはその手を握った。
「こちらこそ期待しているよ。カーは僕にとって自慢の妹なのだから」
「まかせて。私だってヨー兄さんに引けを取らない魔導士だってこと、わからせてやるんだから」
ぐっと二人は視線を交わして手をほどくとカーレンは振り向き、その場を後にする。振り向きざまのカーレンとユウトは一瞬目が合った。軽く手を上げて微笑んだカーレンはそのまま何も言うことはなく、ユウトの目の前を横切って野営基地の奥へと姿を消していく。その後姿を見送るユウトの隣にはヨーレンがやってきていた。
「すまないね、ユウト。大工房に来たカーレンをしばらく任せっぱなしにしてしまった」
「どうってことないよ。オレだって随分とヨーレンには世話になっているわけだし。それにオレがやったことなんて大したことじゃない」
そう答えながら横から見上げるヨーレンの表情はにこやかでいつもと変わりはない。それでもカーレンが去っていった方を見つめ続ける眼差しはどこか晴れやかに見えた。
そして二人に近寄ってくる人物の気配をユウトは感じ取る。
「ふぅ、よかったです。カーレンと和解?仲直り?できたみたいですね」
ヨーレンと同じ方向に目線を送りながら声を掛けてきたのはノノだった。
「うん。ノノにも随分と心配をかけてしまったかもしれないな。とりあえず決着はついたよ。それでノノ、急遽頼みができてしまったのだけれど・・・」
ヨーレンは真剣な表情でノノに向き直る。
「決戦の日。魔鋼帯の管理監督をノノにやってもらいたい。私は・・・前線にでるつもりだ」
ノノはヨーレンの言葉を聞いておっとりとした目を一瞬、丸く見開いた。
「大丈夫なんですか?」
そう返すノノの目はすぐに心配そうに細められる。
「うん。大丈夫。決心はついた」
ヨーレンの表情をじっと見たノノは一度深く息を吸い込んで背筋を伸ばした。
「わかりました!必ずその役目、完遂させます。治癒魔術具の初陣を必ず成功させて見せます」
力強い瞳でノノは宣言する。これまでの自信なさげなノノへの印象とは真逆の様子にユウトは少し気圧された。
「ノノ、ありがとう。まかせたよ」
ヨーレンはノノの気合を頼もしそうに受け止める。そのヨーレンの雰囲気もまたユウトにとって初めて見るもので、火のついた導火線のような緊張感を感じ取っていた。