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Memory3.穴と女悪魔

僕とリュカは街のはずれに向かった。
街灯も届かない、人が立ち入らない場所。
酔っ払いがうっかり入っていったきり、もう戻って来なかったという話をリュカから聞いた。
子供だけで、なんていう人もいるのかどうか知らないけど、僕とリュカに親はいないし、ムロア界の大人達は他人の子供にそんな配慮などしない。
なにかあっても、「ああ、可哀想に······」と言うくらい。
フン、いっそ清々しいな。
紫色や青色の草をかき分けて、歩きなれた道を進んでゆく。
途中たびたび見かける白く光る虫たちが、あたりを少してらしていたけど、僕は虫が嫌いだ。
別に、ものすごく虫が怖いというわけではないが、一応、念の為、身をかがめながらリュカの後ろを歩いた。
当然グールを背負うのはリュカの役目だった。
「リュカ、足元に気をつけろ。このあたりは本当に危ない」
僕は虫のことを言っていたけど、リュカは別のことだと思ったらしく、
「大丈夫。この辺は崖とかないよ。それに僕は吸血鬼の子供だから、力持ちなんだ」
「そんなこと言って、足元がおぼつかないじゃないか」
虫の明かりを利用してチラとリュカの目を見た。
······赤くない、黒だ。
吸血鬼はみんなフレディのような赤色の目をしている。
なぜだかわからないけど、見え見えの嘘をついてるわけだ。
そういえば、リュカと出会ったのはこのへんだったな。
あの頃のリュカはよく泣いていて、いつも傷だらけで、ただの人間の僕にさえ怯えていた。
いじめられたのだろうが、泣くことしかできない彼を見るのは、まだ両親が生きていた頃の優しい僕には辛くてたまらなかった。
早く泣き止んでほしくて、たくさんの食べ物やおもちゃを持ってきてはリュカの機嫌をとっていたな······。
一緒にケーキを食べたり、色んな場所に連れていったり······ここまでして、僕は彼の金づるになり上がった。
僕の記憶が確かだとすると、彼がよく笑うようになったのは、自分は吸血鬼だと宣言するようになってからだ。
言っておくが、僕は嘘が嫌いだ。
だが。
なんのための嘘か知らないが、それで泣きやめるなら許してやる。

やがて茂みを抜けると、目の前には大きな闇がひろがった。
「はーっ。ついたね」
リュカは汗だくになりながらグールを草むらにおろした。
「なんだ、やっぱりここか」
「うん、だってぴったりじゃん」
言いながら、リュカがグールを闇に落とした。
小さな身体は真っ逆さまに落ちて行き、すぐに見えなくなる。
この真っ黒いものの正体は、大きな『穴』だ。
ある日突然現れて、以来この場所に迷い込んだものを罠にかけるかのように飲み込んでいる。
酔っ払いもここに落ちたのだろうな。
これが埋葬とは、リュカはやっぱり酷いやつだ。
まあ、僕も別になにも言わないけどね。
よし、ようは済んだ。
「早く戻ろう。悪魔のことを調べたい」
「ね、あそこに誰かいるよ」
リュカは穴を囲むように生えた木を指さした。
「なに、どこだ?」
「あそこ。レイ、目悪い?違う、もっと右」
リュカは僕の頭をわしづかみにして、無理矢理右に向かせた。
「いっ!おい、貴様······」
言いかけて、ハッとして目をこらした。

見つけた。

太い木の枝に、誰か腰掛けている。
僕が気がつくと、そいつの背中から黒いものが飛び出た。
「うわあ、あれって羽根じゃない?」
こいつ、どれだけ目がいいんだ。
でも黒いものはリュカの言うとおり羽根だったようで、そいつはこっちに向かってとんできた。
そして、ちょうど穴の上で止まり、僕達を見下ろした。
漆黒のゆたかなまき髪に、笑みをたたえた赤い唇。
化粧が濃いということ以外は何も言うことのない、美しい女性だった。
「なんだ君は」
コウモリのような黒い翼。
薄々気がついていたが、あえて聞いた。
「賢そうな子ねぇ。もうわかってるんじゃない?」
黒い髪の女はにっこり笑った。
僕は高ぶる胸をおさえた。
やっと、金書の手がかりがつかめるかもしれない。
「悪魔だね?」
僕がそう言った途端、リュカが、
「えー?このおばさんが悪魔?もっと若いと思ってた」
女悪魔の眉が動き、僕は手を額に当てた。
なんてデリカシーの無い······。
「貴方、殺されたいの?」
僕は悪魔を怒らせたかったわけではない、金書について聞きたかっただけだ。
しかしこのままでは隣の馬鹿と同じに扱われてしまう。
なんとかしないと······。
屈辱だが、女悪魔の機嫌をとることにした僕は、さっきまでとはうって変わった邪気のない笑顔を作って見せた。
「おばさんだなんて。綺麗でびっくりしましたよ」
女悪魔の目がきらんと輝いた。
「あら、貴方はいい子ね。可愛いお坊ちゃん、ここにはなんの用?」
本当はグールを穴に落とすためだったけど、
「貴方を探していたんです。金書についてお聞きしたくて。閉じ込められていたというのは本当ですか?」
途端に悪魔の顔は歪んだ。
「ああ、あれね。忌々しい。良くも私を······」
どうやら本当のようだ。
「どこにあるんですか?」
「さあ」
なに?
今度は僕の眉がピクリと動き、それを悪魔は見逃さなかった。
「金書を狙っているのね。それを使って何をするつもり?」
当然悪魔を使っての世界征服だ。
「よく見れば、貴方人間じゃない。なんの力も持たない人間に黙って従えるほど、私達は落ちぶれていないのよ。少しわきまえたらどう?」
血管が切れた。
なんだと。
僕に力がないだと。
人間の僕がここで生きるためにどれだけ努力したか。
お前のような雑魚にわかるか。
「ふざけるな。僕がなにも持っていないだなんて、愚かしいことを口にするな。僕は、貴様よりもずっと満たされている。金も、友人も、使用人も、水も食べ物も悪魔もこの赤い空も全て!この世の全ては僕のものだ!!」
息を切らせて、悪魔を睨みつけた。



「お前のその『持ち物は』、本当に全て本物なのか?」



「······!!」
その言葉で心臓が凍りついた。
本当に、全て、本物なのか?
そんなこと、当たり前だ。
そんなこと······。
「レイ、大丈夫?」
あきらかに動揺した僕をリュカは抱きしめた。
いつもなら振り払うけど、それも、できなかった。
「いいわ、私が知っている金書のことを教えてあげる。条件はあるけどね」
条件?
「明日の朝6時、この街の住人を5人ここに連れてきなさい。そうしたら、教えてあげる」
朝6時?
随分中途半端な時間帯だと思ったが、悪魔の目的は明確だった。
「私今、街の人達をこの穴に落として悲鳴を聞くのにはまっているの。貴方達も落としてやろうと思ったけど、5人も連れてくるんだったら見逃してあげるわ」
「げ。なにそれぇ、落とす気だったの?わかった、5人連れてくる」
ふん······馬鹿。
バレたら君、街から追い出されるぞ。
どの道、悪魔に加担したとして人々から避難されるんだ。
それなら······。
「わかった、僕が一人で連れてくる」
僕だったら金があるから、どこへなりとも行ける。
リュカは、役立たずだ。
「約束よ」
悪魔は黒い翼をはためかせた。
風がやんだ頃には、悪魔はいなくなっていた。



『お前のその持ち物は、本当に全て本物なのか?』

その言葉だけが、僕の心に何度も響いていた。




✠ ✠ ✠ ✠ ✠


「あー、疲れた。とりあえず帰ろっかぁ。今日どっちに泊まる?」
リュカは呑気に伸びをした。
僕は草むらに座り込んで、くうを見ていた。
あの時、愕然とした。
金も、友人も、使用人も、全て本物か?僕のものなのか?
この世の全ては、僕のものなのか?
違う。
違う違う違う!!
ダンッと地面を叩いた。
「レイ、さっきからどうしたの?具合悪いの?」
はは、リュカは本当に人の心に鈍くて、笑える······。
僕はぽつぽつと喋りだした。
「······金は父さんが稼いだもので、家も使用人も二人のもの。自分の力で手に入れたものなんて、殆どない。知識くらい。君は、その金で飼い慣らしているだけの偽物の友達だしね。いつまでも僕についてくるなよ」
自分所有物は、ほとんど両親が手に入れたもの。
僕は、それが許せない。
でもどうにもできないことだから、考えたくなかった。
なんの力も持たない僕は、今日グールに殺されそうにもなった。
リュカがいなければ、死んでいた、雑魚だ。
「あはは、なにそれ。飼い慣らしてる?僕は誰にも飼いならされてないけど?それより早く帰ろうよ」
「僕は飼い慣らしてると思ってるよ」
「ふぅん?どうでもいいけど」
どうでもいいは、この世界の住人の口癖。
その言葉は、無関心を意味する。
バッと顔を上げて強くリュカを睨んだ。
「君はモノが目当てで僕についているんだろ。僕だってそうだ、君が便利に動いてくれるから使っていただけだ!でももう知らない。お前にはもう、何もやらない!!」
さすがのリュカも、むっとしたようだった。
「······あっそう。僕ももう、何もいらないよ。レイ、君ってもっと優しいと思っていた」
そう言って、一人で街の方へ戻っていく。
ものをやらないと言ったら、優しくないんだ。
ほら、やっぱり、お互いうわべだけなのさ。
この世界は、こんなふうにまわっている。
地面に置いていたバッグを拾い、立ち上がると、中身がいくつか落ちた。
「······リュカは今日、食べるものはあるのだろうか」


後悔なんてしない。
しないけど······。
僕は地面に落ちた青色のフルーツを、いつまでも見つめていた。

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