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Memory2.友達

隣街のナディア街には、人の気配がなかった。
悪魔が人をさらったため、外に出ないようにしているのだろう。
「いい心がけだね」
ちなみに僕は金持ちというだけでなく、荷物持ちでもある。
何が入ってんの?と聞かれそうなくらい大きなバッグを背負ってリュカ宅へ向かった。
ナディア街はハイルス王国のはしの方にある、小さく閉鎖的な街だ。
元いた街をおわれた『キラワレモノ』等が、ここではひっそりと平和に暮らしている。
ちなみに、ムロア界には1つしか国がない。
この世界はそんなに大きな星ではなく、街と街の喧嘩は多々あるものの、今まで大きな争いなどはほとんど聞かなかった。
現国王は、少年の見た目をした過去と未来を司る妖精だ。
僕は現在この国を支配している者がどんなやつなのか気になり、一度会いに行ったことがあった。
ポワポワと白く輝く光りに包まれ、表面的にひざまずいてみせた僕を見下ろした金色の瞳は、ゆらゆらと揺らいでいた。
自分の過去か未来をみられたと悟った僕は、屈辱を味わいそれ以降は彼と目を合わせなかった。
世界には自分達一般人とは違う、特別な者が存在すると思い知らされたが、それでも僕はだれにも負けたくなくて、勉強も身なりも金書探しもより一層力を入れた。
僕を見下ろした時の、あの同情したような目が気に入らない。
いつか、僕が······。
僕は爪が食い込むくらい強く手を握りしめた。
とりあえずリュカにも協力させよう。
外に出るのは危険だけど、僕が誘えば応じるだろう。
『友達だし』と、リュカはよく言う。
僕を便利な金づるだとでも思っているんだよね。
顔色が悪く、片眼に眼帯をつけた不気味な少年の姿を思い出す。
構わないよ。仲良くしてくれるまだ君はマシな方。
僕が人間だとわかると手のひらを返す奴らばかりのこの世界で、君はまだ、『いい人』。
そんなことを考えていたら、誰かに服の裾を引っ張られた。
振り向くと、まだ十代にもみたないような、フラフラの小さな少女がうつむいて立っていた。
ボロボロの白いフードは、不規則な形の赤い模様がついていた。
「どうしたの?今、外は危険だよ。お父さんとお母さんは?」
「私の口を見てほしいの」
「口?」
何だそれは。
でも僕はすぐにハッとしてフードを見た。
まだらについた赤い模様。
それは血のように見えた。
ーまずい。
少女は、ニイと笑い、口を大きく開けた。
僕を飲み込めるくらい、大きく。
「くっ!」
「あっ」
ドンッと少女を突き飛ばし、僕はリュカの家に向かって走り出した。
あれはグールという人を食べる悪魔だ。
この世界のグールは人に近い姿をしていて、見分けがつかなかったりする。
けど今は騎士団によって全て絶滅させられたはず。
なんでだ!
「待ってよぉー」
少女の姿をしたグールはものすごい速さで追ってくる。
大荷物かつ、人間の僕の足では逃げ切れない。
「くそっ!フレディにヘマはしないって言ったばかりなのに!」
そう言ってから「ハハ」と思わず声に出して笑った。
こんな時でもプライド重視な自分が少しおかしく思えた。
振り向くと、
「あ~ん」
牙はもう目の前だった。
僕は体をねかしてギリギリのところで牙をかわす。
バランスを崩した僕は、すごい勢いで振り上げられた化け物の右手を避けられそうになかった。
「······?」
でも、頭にあたるスレスレのところで化け物の手は止まっていた。
なんだ、どうした?
すると、
「レーイ。遊びに来たのぉ?」
この声は。
化け物の後ろを見やると、小柄な少年が大きなシャベルを持ってヘラヘラ笑っていた。
くしゃくしゃの癖毛に左目の眼帯。
紛れもなく、友人のリュカだった。
「リュカ、なんでここに······」
よく見るとシャベルは血だらけだ。
「リュカ、刺したのか?」
「うん。死んだ?」
「いや、止まってるだけで倒れてない」
リュカは口に指をあてて「ふ~ん」とつぶやくと、シャベルを握り直し大きく振り上げた。
「じゃ、もっとだ!」
「おい待て!」
僕の止める声はもう遅く、シャベルは化け物を強く殴った。
化け物は傷を負ったが、きいていないみたいだった。
当たり前だ、リュカはまだ子供なんだから。
しかし、相手も子供······。
「僕の友達を傷つけようとしたら、痛い目見るよ」
化け物はフラフラで、すでにはじめの一撃で弱っているように見えた。
もう僕らを食べられる状態ではないんじゃないか?
それなのに、まだ僕に近づいてくる。
声を出しながら。
なんだ?なにか言いたいことでもあるのか。
聞く義理などないぞ······。
そう思いながらも、つい何を言っているのか聞き取ろうとしてしまう。
化け物は口をぱくぱくさせて、
「お腹が······空いたの······」
「······っ」
聞こえた言葉に、僕の心は揺らいだ。
こいつはおそらく殲滅されたグール達の生き残りで、今まで隠れて暮らしていたが、とうとう限界突破したのだろう。
この世界の住人たちは残酷な性質をしているけど、そのほとんどが理性や意思、知性をもっている。
腹さえ満たされ、よく話せばそれ以上ヒトは食べない。
食べるのは習慣で悪気などなく、死への恐怖もある。
わかってはいるが······。
「なにそれ。そんなの僕らに関係ないね。君は人食いなんだ。そんなものがいたら、僕らは安心して暮らせない。僕らに近寄るな」
冷たくはなたれたリュカの言葉に、僕は不快感を覚えた。
「僕らに近寄るな」、それは、昔僕が言われたことのある言葉だったから。
やがて、グールは倒れて動かなくなった。
グールはこんな簡単に死なないはず。
多分食べない期間が長く、まだ子供だったため弱ってしまっていたのだろう。
動かなくなったことを確認すると、リュカは嬉しそうに僕の首に抱きついてきた。
「やったぁ!レイ、無事で良かったよ~。レイのことだから絶対この街に来ると思ったんだー!」
僕はとても笑える気ではなかったが、少しだけ微笑んでやった。
「······ああ。よくやった」
リュカがいなければ、僕は死んでいた。
彼にはこれからもたくさんプレゼントをあげよう。
それにしても、僕は金書を使ってこの世界の住人全て支配するんだぞ。
こんなところで死ぬわけにはいかないのに。
なぜ対等に戦えないんだ。
ああ、腹立たしい!
僕は、自分が望むほど、大した人間になれないことが悔しかった。
「リュカ、そのシャベル拭いて返しておきなよ。どうせよそからとってきたんでしょ」
僕はリュカ宅に歩き出しながら言った。
「とったんじゃなくて、借りたんだけど。そこの壁に立てかけられてたから」
リュカは血だらけのシャベルをそのまま元の位置に立てかけ、僕に駆け寄った。
持ち主はさぞびっくりするだろう。
「ねぇ、グールはそのままでいいの?埋葬してやろうよ。近くにいい場所があるよ」
リュカは新しい遊びを見つけた子供のように、楽しそうに笑った。
リュカに、悪気などないのだ。
助けられたものの、僕が死んでも満面の笑みで埋葬しに行くのでは?と思い、そう考えるとなぜか胸が苦しくなった。
腹が立つともまた違う感情。
なぜ?
いや、いくら考えても、きっとリュカは。
まあ、どうでもいいか······。
僕はこれ以上考えるのをやめ、立ち止まった。
「······いいよ。君の好きにすればいい」
早く金書について調べたかったけど、今はリュカのしたいことを優先した。
だって僕を助けてくれたし、なにより君は僕の便利な友達だから。
そう、それが理由。

少しでもいいものをあげる。
その代わり、僕のそばにいて。


ほんの一瞬よぎった、こんなつまらない思いはすぐさまぐちゃぐちゃに丸めて、捨てた。

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