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「……珠雨、さっきは助かったよ。どうもああいうの……SNS? よくわからなくて」
 しばらくして客足が落ち着きやっと一息つくと、コーヒーを飲みながら禅一が本当に感謝したように礼を言った。

「禅一さんにも苦手分野あるんですね」
「え……結構あるよ。例えば車の運転もしないし、珠雨みたいに楽器が出来るわけでもないし。運動も苦手だし、力仕事も……あ、悲しくなってきたな」

 出来ないことを挙げていったら、どんどん禅一のテンションが下がっていった。珠雨は苦笑いして、ふと思い付いた案を口にする。

「そうだ禅一さん、さっき助けてあげた代わりと言ってはなんだけど、一つお願いがあるんです」
「……何?」
「眼鏡、外してみてくれますか」
「え、眼鏡ないと困るんだけど」
「昔はしてなかったじゃないですか。カラコン入れてたって、この前母が……」
「カラコンはもうしないよ。……少しだけね。ほら」

 禅一は眼鏡を外してみせた。
 眼鏡が似合っているのは珠雨も知っている。それはそれでとても良いのだが、あざみちゃんは眼鏡をしていなかった。
 素顔だと睫毛の長さが目立つ。視点をどこに置いていいのかわからないようで、少し伏せ目がちになっていた。

「……うわ、本当にあざみちゃんだ……かわい」
 珠雨の口から本音が出る。眼鏡を外すと見た目年齢が明らかに下がった。

「なんで可愛いとか言ってる? 僕はもういい年したおっさんだよ?」
「あざみちゃんはおっさんなんかではありません。俺のアイドルです」
「やめてくれるかな……」

 嫌そうに眼鏡を掛け直そうとしている禅一を、珠雨の手が軽く止める。

「あの……たまにでいいので、俺だけのあざみちゃんになってくれませんか?」
「――珠雨さぁ、最近ノリがチャラくない? 僕の気のせい? さっきも、助かったっちゃ助かったけど、なんというかね。あと昨日の水着とか。ああいうの心臓に悪いからやめて」
「あれ、説教始まっちゃう感じですか」

 珠雨は面白そうに茶化した。たまに禅一は説教臭くなるが、それは嫌ではない。珠雨のことを考えてくれているのだと、最近は思うようにしている。

「だって禅一さんの気持ちこっちに向けようと試行錯誤してるんです」

 ちょっと真剣に言ってみたら、禅一は黙り込んでコーヒーに口をつけた。
 また何か珠雨の気持ちを却下するような言葉を考えているのだろうか。
 氷彩の入院のことは心配だったが、考えても答えは出ないので深刻にならないように意識を切り替えた。海老沢が傍にいるのであれば、ちゃんとしてくれるはずだ。

 だからそのことは今は置いておく。置いておかないと珠雨は気が気ではない。その代わり禅一をどうにか出来ないかと考えることにしたのだ。

「まだ四時か……早いけど、もう今日はお店閉めようかなあ」
「……え?」

 突然何を言うのだろう。不思議そうに聞き返したら、禅一は少しいたずらっぽく笑った。

「僕観たい映画があるんだよね……今から行けば間に合うかも。もし良かったら一緒に行く?」
「え? 本当に? なんでいきなり?」
「嫌なら一人で行くよ」
「嫌って言ってないし! 行きます。何を観たいんですか」
「コバト座っていう小さい映画館で上映してる、海外のマイナー映画なんだけどさ。シネコンじゃないけど、いい?」

 禅一が急にそんなことを言い出したのが何故だかわからなかった。

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