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(2)

 朝食も摂らずに早めに出たので、駅前のファストフード店でモーニングセットを食べる為に寄り道をする。なんだか味がわからないまま、一人窓際の席でもさもさ食べていたら、今あまり会いたくない人と目が合ったのでどきりとした。

 環奈だ。
 学校の制服を着ており、登校途中なのだろうが随分早い。珠雨を見つけると、笑顔で舗道から店の中に入ってきて珠雨の隣に腰掛けた。

「良かった、見つけた」
「え、なんで」
「珠雨くん、SNSで呟いてたから。……あっキモいとかストーカーとか思わないで! たまたま見つけただけ」
「――いや、いいけど」

 確かに手持ち無沙汰でSNSに書き込んだ。何故アカウントを知っているのか考えて、そう言えばと思い当たる。この前バンドネオンの演奏をした時に環奈もいた。そういう投稿もしていたので、あたりを付ければ検索出来そうなものだった。

「ナチュラルに珠雨くんて呼んじゃったけど、良かった?」
「いいよ、別に」
「あたしも何かオーダーしてくるから、ここを動かないでね」

 高校指定のバッグを椅子に置いて、カウンターまで小走りで去って行く環奈のスカートは、やはり短い。

(可愛いね)

 例えば珠雨が、あんな感じの女の子だったなら、禅一は振り向いてくれただろうか?
 そういうことではなかった。
 無意識にため息が出る。自分に嫌気が差して、昨夜はジェノに色々送りつけてしまったし、今も環奈に余計なことを言いそうだ。勿論、禅一の例の話は本人に断りなく口外するつもりは一切ない。それはとてもセンシティブな情報だ。

 ジェノの返信に激しく動揺したが、すぐに取り消されたのでリアクションはしなかった。他人事だと思って、気軽に間違いを起こすなど言わないで欲しい。

(禅一さん、子供出来ないって言ってたけど……そういう行為自体は出来るよな、きっと)
 もやもやと変なことを考えながら、セットの野菜ジュースを飲んでいたら、環奈が戻ってきた。

「大丈夫? なんか疲れてるね」
「少し寝不足で……あ、そうだ。この前ちゃんと言えなかったから……、ただの友達としてなら、付き合えるけど、それでもいいのかなあ」

 珠雨の言葉に、環奈は表情をぱっと明るくした。
「いいよ! でもあたしは珠雨くんを好きだから、それだけは忘れないでね」
「――え、ポジティブ」

 珠雨とは大違いだ。禅一が珠雨を、珠雨とは違うベクトルで大切に思ってくれているのはわかった。けれどそれでは物足りないのに。
 何故そんなふうに前向きになれるのかわからない。

「えへへ、あたしこれでもめっちゃ悩んだんだよー。禅さんにも相談したし。でもいいんだ。こうやって珠雨くんと普通に話せるだけ、進歩」

 環奈はパンケーキを口に運びながら、明るく話す。珠雨が沈んでいるのに気づいて、わざとそうしているのかもしれなかった。好きになれたら良かったが、わからなかった。

「ねえ珠雨くん、夏休みになったら海行こうよ。一緒に水着選んで」
「水、着」

 唐突な提案に、珠雨の口許が若干引きつる。服は男物でも良いが、さすがに水着はそうはいかない。

「嫌? 可愛いの選んであげるよ。珠雨くん、ベースが美人さんだから、女の子の恰好したら、それはそれでイケると思うの」
 にこにこしている環奈に、疑問が湧く。
「え、そうなの? 俺がこんなだから好きなのかと思った。女のカッコでもいいんだ?」
「えっなんで?」

 質問に質問で返され、妙な間が発生した。
 ここは駅前なので、人がたくさんいる。窓際の席から外を見ると、本当に様々な人達が行き交っている。

「禅さんがね、多様性の時代だからって言ってて。昔はもっと生きづらかったのかな? ってあたし考えたの。色々世の中も変わったりして、同性パートナーの為の制度とか、出来たりしてて。それって子供が生まれないから、将来的に国はどうなのっていう疑問もあるけど、マイノリティが生きやすい時代だよね」
「なんか難しいこと考えてるんだね、環奈ちゃん」
「そうかな? 敬ってくれる?」

 楽しそうだ。珠雨が高二の時に、こんなこと考えただろうか? いや、考えもしなかったと思う。

「あたし演劇やってるんだけど、色んな自分になれて楽しいよ。珠雨くんも、色んな珠雨くんになったら、いいんじゃないかな。……というわけで、海行こうね」

 多少強引な理論だが、環奈の誘いは嫌ではなかった。あまりにも「女の子」という感じで苦手意識があったが、話してみると結構波長が合う。

「夏休みかあ……でも俺、烈さんたちと路上ライブツアーに行っちゃうんだよね。大体一ヶ月。その間に、高校の夏休みは多分終わってると思う」
「えー……あっ、じゃ、土日でもいいよ! 期末試験が終わったらプール行こうよ。梅雨でも屋内だったら入れるし」
「なんでそんな水着着たいの」
「珠雨くんの水着が見たいのー!」

 朝からハイテンションだ。珠雨は少し困ったなと思いながらも、泳ぐこと自体は嫌いではないのでたまにはいいかと思い直した。高校で使ったスクール水着などとっくに処分してしまったので、買うしかない。

「――わかった。じゃあ、環奈ちゃんの試験期間が終わったら、一緒に選ぼうか」
「わぁい」

 素直に喜んでいる環奈としばらく店内で話していたが、あまりのんびりしていられる時間でもなくなってきた。連絡先を交換してから、一緒に店を出る。
 家を出た時よりも、気持ちが軽くなっていた。

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