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 蝉時雨の夕暮れ、珠雨は小学校の敷地内に併設された学童保育の建物から、迎えに来たあざみと帰る。
 学校の授業がある時は真新しいダークブラウンのランドセルだが、今は夏休みなのでリュックサックを背負っている。

 色とりどりのランドセルの中からダークブラウンを選んだのは珠雨だ。落ち着いた色だから長く使う分にはいいかもね、と母である氷彩も言ってくれた。
 珠雨は今年一年生として小学校に入学したが、氷彩の仕事が忙しい為に、迎えの時間に間に合わない。その代わりに毎日やってくるのが、あざみだった。
 子供の迎えも疎かに話し込んでいる他の保護者が、こちらを見て何かひそひそと噂話をしている。

「あれって小野田さんちの旦那さんでしょ……? 随分若くない?」
「あの人派手だし、若い子ひっかけるの得意そうだもん。ヒモかなんかなんじゃないの? 生活力なさそう……」
「どうせすぐ別れるわよ」

 ほとんど中身のなくなった水筒をぷらぷらと手に下げて、徒歩で家路へと向かう。背後で何か言っているが、ところどころしか聞こえないし、気にしない。人の悪意は遮断するのが良い。周囲が何かくだらないことを言ってもスルーするのが一番だと、短い人生の中で珠雨は覚えた。

「あざみちゃん、お夕飯なに?」
「珠雨の好きなピーマンの肉詰め作ったよ」
「え、ピーマン」
「美味しいでしょ」
「あざみちゃんのはね」

 あざみは料理が上手で、なんでも美味しく作ってくれるので珠雨が好きな物は増えた。少し長い髪をひとつにまとめ、腕も脚も細くてすらりとしている。あざみはお母さんではないが、とても可愛くて珠雨の自慢だった。文句を言われる筋合いはない。
 あざみはいつもシンプルなパンツスタイルで、変に着飾らないところも好きだった。

「ねえあざみちゃん。算数でわかんないとこあるから、教えて」
「いいよ。家に帰ったら教えてあげる」

 大抵学童保育の時間で宿題を終わらせるが、先生は教えてくれない。自分でやるのが基本だ。

「僕は今日ねえ、夏休みの宿題いっぱいしたよー。あざみちゃんは何してた?」
「んー、バイトしてた。珠雨は頑張ったね」

 あざみは大学生で、夏休みに語学力を活かして英会話の講師バイトをやったり、飲食店の厨房に入ったりしている。

「あざみちゃん。英語で、自分の名前はどうやって言うの」
「そうだねえ……例えば珠雨が自己紹介するとして、“My name is Shu.”とか“I am Shu.”、とかだね」
「それは男の子の言い方? それとも女の子?」
「どっちも一緒だよ。僕も私もない」
「ふぅん、面白いなあ。そういうのいいね」

 他愛のない話をしながら歩く。
 夏なので陽が暮れるのは遅い。二人で少し寄り道をしてから帰っても外はまだ明るかったが、時間的に空腹ではあった。それでも宿題のわからないところを二人でやりながら氷彩の帰りを待ち、三人揃ってから夕食を食べた。

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