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第十五話『スーパーの商品と二人の愛の誓い』

 喫茶店でそれぞれ料理を堪能し、俺たちはアパートへの帰路についた。図書館の時と同じようにルインを真ん中にし、三人並んで大通りに続く脇道を歩いた。
 「……やはりというか何というか、この世界の食事はどれも美味しいですね。食べ過ぎて太ってしまわないか心配です」
 「エリシャもルインも気にいってくれて何よりだ。最初は味が濃い目で合わないんじゃないかって心配だったから、杞憂になって良かった」
 「確かに濃くはありますけど、アリヴァリエの方も極端な物は多かったですから」
 異世界はこっちほど保存や流通が発展していないので、時期や地方によってはやたら塩辛いものが多かった。確かにあれを基準に考えるならば、ちょっとぐらい味が濃くても気にならないものかもしれない。

 「ルイン、ハンバーグはどうだった?」
 「うん! とってもとぉっても、おいしかった! パパ、またここきたい! こんどは、ママのたべてたオムライスをいっぱいたべるの!」
 エリシャから一口もらっていたが、ルインはあれでだいぶ気に入ったようだ。
 「なら次は特別に、鈴花ちゃんと会った後に食べにくるか」
 「わぁい!」
 ルインの笑顔を見ていると、自然とだらしない顔をしてしまいそうだ。これが俗に言う親ばかというものなのか、子育てなどしたことがない俺には判断がつかない。
 いつかルインが悪いことをしたとして、俺は上手くしかれる自信がなくなってきた。

 夕食の買い物をするためにスーパーの近くまで来ると、道の先で意外な人物を見つけた。それは日本に来た最初の夜に出会った、あの地味な印象の女子高生だ。女子高生は道の端にいる重そうな荷物を抱えたお婆さんに、何やら熱心に話しかけていた。
 「大丈夫ですよ。私、こう見えても力持ちですし。そんなに遠くないなら運ぶのを手伝います。いや、手伝わせてください」
 「そぉかい……? でもこれ、本当に重いんだが……」
 「ふふふ、全然問題ありませんよ。――――ほら!」
 そう言うと女子高生は、驚いたことに片手で荷物を持ち上げ肩に抱えた。一見した外見はひ弱な文学少女のようなのに、意外と鍛えているのだなと感心した。

 「さっ、行きましょうか。お婆さん」
 「すごいねぇ……最近の学生さんは、それたぶん三十キロはあるんだがねぇ……」
 それを抱えていたお婆さんも何者だと突っ込みそうになるが、さすがに心の中だけで押しとどめた。通り過ぎていく女子高生の姿を見てみたが、身体の芯が一切ブレることなく力強い淡々とした足取りだった。
 「すごいな、あの子。俺でもあんな楽に運べないぞ」
 「…………」
 「ん? どうした、エリシャ」
 エリシャからの返事がなかったので顔を向けると、どういうわけか女子高生の後姿を目で追っていた。もう一度俺が名を呼ぶといつも調子で返事して振り返り、何事もなかったかのようにスーパーへの歩みを再開した。

 スーパーの店内は、夕食の買い物のためか結構賑わっていた。
 エリシャとルインの髪色や整った顔立ちもあり、俺たちは注目の的となっていた。だが二人は向けられた視線を気にせず、入り口近くの青果売り場の商品に興味を向けていた。
 「パパ、パパ。これはなぁに?」
 「それはミカンでそっちはイチゴだ。どっちも甘くて美味しい果物だぞ」
 「アルヴァリエ以外の果物……非常に興味深いです。どれも見たことない物ばかりで、味の想像がまったくつきません」
「まぁ確かに、あっちの果物はこことはだいぶ違うからな」
 魔力の影響なのか分からないが、異世界の果物はやたら特徴的な外見をしている。バネのようにグルグルととぐろを巻いたやつや、歯車みたに平べったくデコボコした奴が印象的だ。どれも味は普通に美味しかったが、俺は最後までその奇怪さが慣れなかった。

 「……カレー作りの時も見ましたが、野菜はさほど変わらないようですね」
 「だな、いったい果物と何が違うんだろうな」
 話しながら歩いていると、ルインがまだ果物コーナーにいると気づいた。その視線は真っ赤なイチゴに向けられており、俺は甘やかし過ぎかと思いつつも手に取ってあげた。
 「まだデザートを買ってなかったし、これにするか」
 「いいの?」
 「今日は良い子にしてたご褒美だ」
 「やった。ルイン、パパのことだいすき!」
 ぎゅっと足に抱き着いてきたルインの頭を撫でつつ、俺たちはスーパーを一から物色していった。数字が異世界と同じおかげで値段を覚えるのはすんなりいき、並ぶ商品の物価の安さにエリシャはとても感心していた。

 エリシャが一番興味を持ったのは清涼飲料水のコーナーで、色とりどりのプラスチックボトルを感心しながら見つめていた。
 「飲み物をこのように売っているなんて素敵ですね。プラスチック容器という物もすごく軽いですし、中身がちゃんと分かるのも素晴らしいです」
 「さっき見た缶詰とかレトルト食品もそうだけど、こっちの保存食があっちにあれば色んな常識が覆っちゃうよな」
 「そうですね。改めて科学の凄さに圧倒されました」
 スーパーに寄ったのは正解だったようで、こっちが嬉しくなるぐらい好感触だった。ついでにお菓子も買おうとかと思ったが、さすがに食べる物が多くなるので今回はやめることにした。
 
 すべての用事が終わり、俺たちはまっすぐアパートへ向かった。
 ルインは色んな場所に出歩いた反動で、エリシャの背中でぐっすり眠っていた。荷物もルインも俺が持とうかと言ったのだが、すぐにエリシャは却下した。
 「気を使ってくださるのは嬉しいですけど、もっと私を頼ってください。あちらの世界と同じように、二人で手を貸し合っていきましょう」
 「……それもそうか。確かにちょっと焦り過ぎてたかもしれない」
 異世界にいた時の俺はもっと男らしい体格で、勇者としての名声と力があった。だが今はエリシャにも負けるほど弱く、だからこそ見栄を張りたかったのだ。
 どちらの俺が好きだったか聞こうとし、情けない質問だと気づき辞めた。何となく話がしづらく歩いていると、小川と年季が入った橋が見えてきた。

 二人で流れていく川を見つめていると、エリシャが優しい声音で告げた。
 「どんなレンタでも、私は変わらず好きです。ずっとずっと愛していますよ」
 「…………次に言う時は、俺からって思ったんだけどな」
 「あ、やっぱり覚えていたんですね。一度も言及してこなかったので、聞こえていなかったのかと思ってました」
 エリシャはむぅと口を膨らませ、わざとらしく可愛く拗ねていた。
 魔王城の崩落に巻き込まれる瞬間、エリシャは俺に愛の告白をした。その返事をいつするか悩んでいたが、ここまで引き延ばしてしまった。

 エリシャは翡翠の髪をかき上げ、「私の勝ちです」と言って微笑んでいた。よく見てみるとその顔はうっすら赤く、髪も微かに光っている。今の告白に相当勇気を出したのだと分かり、俺もエリシャの想いに答えると決めた。
 「……俺も、俺も…………その」
 「ふふっ、待ちますのでゆっくりどうぞ」
 「エリシャ、俺はお前を……心から愛している」
 そう言葉を紡いだ瞬間、エリシャは背伸びして顔をゆっくり近づけた。
 「はい、私も同じ気持ちです」
 俺たちは触れるようなキスをし、互いに頬を真っ赤にしながら笑い合った。

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