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第23話「家族」

「僕は人間とヴァンパイアの味方です」
 そう言い残して、鬼竜たちを追うために楓は駆けていった。鷹橋はその様子を眺めていると山本に呼び出されて地上へ上がっていった。

 地上では夜中にあったヴァンパイアの騒ぎがまるでなかったかのように爽やかな朝日が顔を出し、華やかな服に着替えたように東京中を照らし出していた。
 朝のニュースでは当然ながら昨日の深夜に起こったヴァンパイア同士の争いが取り上げられていた。しかし、そのニュースを見て珍しがる人間はいない。なぜなら、もうすっかり地上に住む人間にとってヴァンパイア同士の争いや殺人事件は珍しいニュースではなくなっているからである。今回の事件も人間の死人が出なかったことやゼロがヴァンパイアを追い払って犠牲者が出なかったことで、ニュース自体は大きく取り上げられなかった。

 明け方の地下水路では深夜よりも地上の音が少しずつ賑やかになり、日の出とともに地上で活動が始まった時間であることを地下にいる楓たちに知らせる。
 隙間から日が差し込む箇所を避けながらまるで夜を全て押し込んだかのように真っ暗な地下水路の中で赤い瞳を光らせながら楓たちは洋館のある方角へ向かて走っている。
 そして、楓たちは地下水路の中で、下へ下へと続くマンホールや抜け道を駆使して太陽の光から遠ざかりいくつかの階層を下った後にある扉の前で立ち止まった。
 鬼竜は扉横に設置してある指紋認証装置に指をかざしロックがガチャっと解除される音が聞こえた。
「ここがアガルタへの入り口ですか?」
 竜太は鬼竜にそう問いかける。
「そうだよ。りゅうちゃんは行ったこと無いの?」
 自分の事を急にあだ名で呼ばれた竜太は一瞬自分に話しかけられているのか戸惑った様子だったが鬼竜の視線が竜太に向いていたのでそれですぐに把握した。
「はい。ヴァンパイアになって日が浅いのでまだ何も知らなくて」
「君はまだヴァンパイア0歳の赤ん坊だもんね。きっと、驚きまちゅよ(笑)」
「鬼竜さん。俺のことバカにしてます?」
 鬼竜は「冗談冗談」と言いながらあっさりと扉を開くと暗闇の地下水路の中に淡い光が扉から溢れ出した。
「ようこそ。ヴァンパイアの安全地帯アガルタへ」
 竜太は目の前に広がるもう一つの世界に目の玉が飛び出るのではないかと思うぐらいに目を見開いて扉の向こうの世界を見つめていた。
「え? 地下にこんな世界があったんですね。いや…ヤバいっすわ。何がどうなってんの?」
「いや、これは一種の瞬間移動みたいなもので本当はもっと地下深くにあるからここと同じ深さにあるわけじゃないよ。てか、楓ちゃんはこのこと知ってるよね?」
 なにか考え込んでいた楓は一度鬼竜に視線を合わせてから笑顔を作って「はい」と答えた。
 楓が考えていたことを察したかのように鬼竜は笑みを浮かべた。
「ひいちゃんが死んだこと引きずってるんでしょ。まあ、目の前でヴァンパイアが亡くなったんだから無理もないよね」
 鬼竜は楓に数歩近づいて楓の目を見た。鬼竜からは香水を付けているのかシトラスのような爽やかな香りが漂ってくる。
「でもね、それは俺も一緒だよ。むしろ、俺のほうがたくさんの仲間を失ってきた。ゼロに殺された仲間、ALPHAに殺された仲間大勢いたよ」
 鬼竜は一つ息を吐いてから続けた。
「俺は仲間を亡くす度にいつも思う。こいつらが生きれた分まで人生楽しんでやろうってね。それが、亡くなった仲間に対する最大の敬意でしょ? それにさ、楓ちゃんがいつまでも引きずって立ち止まってたらひいちゃんも浮ばれないんじゃない?」
「そう、ですよね」
「元気出せよ。お前のせいじゃないんだから」と鬼竜におぶられている安中は言った。
 鬼竜は楓の様子を確認してから「行こうか」と言って4人は扉の向こうへと消えていった。

 扉の中に入ってみると数十メートル先に地上にあったモラドの洋館と同じ洋館が見えた。以前、楓が柊と一緒に来た洋館である。
 アガルタの中でも地上の時間と同じように進み、地下の世界でも明け方になっており世界は薄明るい光に包み込まれていた。そして、地上同様周りは少しずつ活動を始める者たちの音が洋館のある街、このキエスで広がっていた。

 4人は洋館の中に入る。
 すると、大広間の玄関に連堂と柊家の家族がいた。どうやら柊が亡くなったことはすでに連絡が行っていたらしい。
 楓は柊家の家族の顔一人一人に視線を向けてみんなの顔を確認した。しかし、その中に父親の姿はなかった。
 竜太はおぶっていた柊を両手で抱え込むようにそっと足から床に下ろして最後に頭を両手で支えてゆっくりと手を抜いた。
 死体となった柊は今にも目を覚ましそうな程きれいな顔をしており、とても亡くなったとは思えなかった。
 目の前で横たわるヴァンパイアが身内だと把握した柊の弟や妹、母親は大粒の涙を流して柊に抱きついた。皆、顔をグチャグチャにするほど表情を顕にしており内側に潜んでいた悲痛な思いが伺える。
 楓が柊に抱きつく家族を見つめてから言った。
「すいません。柊君を守れなくて…」
 楓は強く拳を握りしめた。
 母親は目を瞑りゆっくりと首を横に振った。そして、今できる最大の笑顔を母親は作った。
「気にしないでください。幹人がモラドに入りたいって言ったときから私達は覚悟していましたから」
 しかし、そうは言っているものの母親の瞳はうるおい続け、柊に抱きつく兄妹は嗚咽を抑えきれないでいた。
 それから数分間、柊家だけの時間が流れたように息子の幹人の死を惜しむ家族は出し切れる全ての涙を横たわる幹人に注いだ。
「連堂さん」
 鬼竜はそう言って連堂に目配せした。そして、連堂は鬼竜が言わんとする事を把握したように頷いた。
 そして、連堂は通路に控えるヴァンパイアに視線を向け、そこに控える女性のヴァンパイア2名は頷いた。
 すると、黒いスーツを来た女性のヴァンパイア2人が六角形で蓋には十字架の彫り込みがある棺を持って柊のすぐ横にその棺を置いた。
 そして、女性のヴァンパイア2人は柊の体を持ち上げて棺にゆっくりと棺の中へと移動した。
 その女性のヴァンパイアは一度通路に戻り、花束を持ってきて家族に手渡し、その束を大事そうに受け取った柊の家族は一本一本丁寧に柊が眠る棺に飾っていった。
 最後に柊の母親は安らかに眠る幹との両腕を掴み胸の当たりで手を掴むように動かした。
 女性のヴァンパイア2名は柊の家族に一例をして十字架の彫り込みがある蓋を柊が眠る棺に蓋をするためにかぶせた。

 連堂、柊家、鬼竜含めた一行は見渡す限り十字架の石碑が並ぶ墓地に着ていた。
「ここはモラドのヴァンパイアたちの墓場だ」
 連堂は声量は張らないが通る声で楓と竜太にそう言った。

 柊幹人のために作られた十字架そして、その前にある大きな穴の中に女性のヴァンパイアたちは黒い手袋をした手で棺を掴み慎重に棺を下ろしていた。
 その穴を掘るために掘り出されたこんもりと盛り上がる土を地中に埋めた棺に対して振りかぶせる。
 地面に埋まった柊の亡骸に対し、そこに並ぶヴァンパイア全員が胸の前で十字を切って柊に対して手を合わせた。一同は死後の世界に幸運があることを望みながらしばらくの間祈りを捧げる。
 一同は十字架が並ぶ墓から立ち去ろうとしたが出口に向かて振り向いたその向こう側に1人の男性が立っていた。
 そう、その男性は柊の父親だった。
 柊の父親は幹人の葬儀を終えた一同を睨みつける。それは、以前楓が柊家にお邪魔したときに見た一家の父親としての優しい表情とは程遠く鋭い視線だった。
 父親はズンズンと歩を進め墓場に落ちている枝を踏みつけ弾けるような音を立てて割れていく。
 そして、楓の目の前で立ち止まった。
 父親は楓が見上げるほど背が高い。楓自体そこまで背が高いわけではないが比較的長身の父親を楓は見上げた。
 そして、柊の父親は楓の胸ぐらを掴んで楓が持ち上がりそうなほどに力を込めて腕を上方に力を加えてから吐き出すように叫んだ。
「お前のせいだ! お前みたいなバケモノが生まれてこなければうちの息子は死ぬことはなかった」
 柊の父親は唾を飛ばしながらそう言った後、ボロボロと大粒の涙を流しながら続けて言った。
「幹人はいい子だった。親思いで、兄妹思いで、自慢の息子だった。お前みたいなのかがいなければこんな争いに巻き込まれることはなかったんだ!」
 柊の父親は胸ぐらを掴んだまま楓を押し倒して楓は力なく地面に倒れ込む。
 父親のその態度を見た母親は咄嗟に止めに入った。
「あなた、止めてください!」
「うるせぇ! お前は息子が亡くなって悔しくないのかよ!」
 喉を震わせながら叫ぶ父親に母親は眉間にシワを寄せてから言った。
「悔しいわよ…幹人が選んだ道なのしょうがないでしょ!」
「でも、こいつが幹人と会わなければ死ぬことなんてなかったのに…」
 柊の父親は地面に倒れ込んでいる楓を指差しながらそういった。しかし、感情を抑えきれなくなった父親は片手で両目を抑えながら膝から崩れ落ちて、もう片方の手で地面を支えて力ない上半身を支えていた。
 目を押さえる手の隙間からは涙がこぼれ落ちていた。

 感情に身を任せる父親に代わり楓のことを気遣った母親が一度頭を下げ楓もそれを確認して頭を下げる。そして、母親は崩れ落ちるようにうなだれる父親の肩に手を置いて説得していた。
 それを見た連堂は一歩前に出て目の前で崩れ落ちるように涙を流す柊家に深々と頭を下げた。
「仲間を守れず申し訳ございませんでした」
 楓も立ち上がり鬼竜含め全員で深く柊家全員の前で頭を下げた。
 連堂は顔を上げてから続けた。
「彼はALPHAのヴァンパイアを倒した誇り高きモラドのヴァンパイアです。私達の中で彼の存在が永久に消えることはありません」
 柊の父親は連堂の見上げて少し考え込んでから立ち上がった。
 そして、息子が埋葬された墓の前に行き、胸の前で十字を切って祈りを捧げた。
 その間しばらくの沈黙があってから父親は振り向いて連堂の胸元に視線を落としながら言った。
「幹人は私の自慢の息子です。だから…」
 父親は途中まで言いかけてから視線を徐々に上げて連堂の目を見る。
「幹人の死を決して無駄にはしないでください」
 連堂はまた深く頭を下げる。
 そして、父親は楓の元へ向かって歩を進めた。
「伊純君さっきは乱暴して悪かったね」
 父親は楓の頭を下げ、楓も小さく頭を下げた。
「息子は最後なにか言ってたかな?」
「この世界を平和にしてほしいと言ってました。あと、友達になれてよかったと」
 父親は「そうか、息子らしい言葉だな」と言って明るく輝く空を見上げた。
 そして、視線を楓に戻す。
「私からも短い間だったけど息子と仲良くしてくれてありがとう」

 連堂たちは墓場を後にして洋館へ戻った。その途中墓場に残された柊の家族4人は柊の死体が眠る十字架の前で再び祈りを捧げていた。

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