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第七話『私にとっての異世界』※エリシャ視点

 エリシャはレンタと一緒に過ごす中で、自分にとっての異世界の風景を知った。
 今二人の前にはテレビと呼ばれる板があり、そこには複雑怪奇なものが目まぐるしく映っている。それは馬や魔法を一切使わず動く乗り物だったり、神々の領域とされている大空を飛ぶ金属の塊のヒコウキなど様々だ。他にも世界の果ての相手とも会話できる道具など、どれもアルヴァリエの常識を超えたものばかりだ。
 「これがその携帯電話『スマホ』だ。試しに触ってみるか?」
 「いっ、いいんですか? でも壊してしまったりしたら……」
 「そう簡単には壊れないから大丈夫」
 初めての物に触れる恐怖はあったが、エリシャはレンタの大丈夫を信じた。

 一見したスマホという物体は、平べったい板でしかなかった。アルヴァリエにも遠くの相手に文字のみを送る魔導版という道具があるが、限られた者しか使えない上に伝達可能な距離は数キロが限界だ。
 エリシャが恐る恐る黒い鏡面に触れると、スマホ全体が微かに振動した。驚いて落としそうになるが、何とかギリギリで踏みとどまった。改めてエリシャがスマホを見てみると、表面は明るく発光し、文字のようなものが映し出されていた。
 「レンタ、これは何と読むのでしょう?」
 「それはロック画面だ。簡単に説明するなら、特定の所有者だけに使えるようにする暗号を入力する状態ってところかな」
 「なるほど、魔道具の認証術式のようなものですか……あれ?」
 よく画面を見てみると、読めない文字と記号の中に見慣れたものがあった。それは0から9までの数字で、レンタを見上げると思案気な顔でコクリと頷いていた。
 「俺もあっちに行って驚いたけど、どうも数字は同じみたいなんだ。単なる偶然なのか、それとも俺みたいにあっちへ行ってしまった人間が広めたのか」
 「確かに気になりますね。……それにしても、こうして見知ったものが一つでもあると凄く落ち着きます」
 「そうか、だったら良かった」
 レンタは安堵した様子で深く息をついていた。そこにはこの世界を嫌いになって欲しくないという強い思いがあり、エリシャ自身もその意思に応えようと決めた。

 それからレンタはスマホを操作し、写真という風景を切り取った絵を見せた。
 レンタの実家は海沿いにあるようで、自然が多くのどかな場所だった。エリシャの生まれは山の奥地なので、今いる都会よりこっちの方が過ごしやすそうだと思った。途中何度か同じ人物が映ったので聞いてみると、彼らはレンタの家族だと分かった。
 「これが妹のキョウコで、こっちが母さんだ。父さんは……あった」
 家族を見るレンタの表情は穏やかで、それを見たエリシャの心も温かくなった。
 「こうして家族との思い出を形にして残せるのは素晴らしいですね。私の弟もこんな風に写真として残せれば、もっと探しやすかったでしょうに」
 「……結局、旅の中で見つけることはできなかったからな。あれだけ世界中探し歩いたんだから、何か痕跡一つでもあれば良かったのに」
 そう言いながら、レンタは申し訳なさそうな表情をしていた。まるで写真を見せてしまったことを悔いているようで、エリシャは「気にしていませんよ」と言葉で伝えた。

 「案外レンタや今の私みたいに、何らかの理由でこっちに来ているかもしれません。ですからどうか、弟のことで気に病まないでください」
 「そっか、ありがとう」
 「きっと今の私たちがここにいるのは、あの決戦前夜の願いが叶ったからです。ですから果てない旅の続きを、また二人で始めていきましょう」
 偽りのない本心を伝えると、レンタは嬉しそうに頷いた。アルヴァリエにいた時と風貌は変わってしまったが、見知ったレンタの表情にエリシャは嬉しくなった。

 その後二人は台所に移動し、一緒に並んで食器を洗った。
 安全に飲むことができる水という貴重品を出しっぱなしにしていることにエリシャは恐怖したが、この世界ではこんなものとレンタは言っていた。透明なボトルに入っているセンゼイとやらを使ってみると、汚れがあっさりと落ちて素直に感心した。
 「ほう……、これはいいものですね」
 「せっかくだし冷蔵庫とか洗濯機とか、生活に必要な機械についても教えるよ」
 レイゾウコというのは常時物を冷やせる食糧庫で、センタクキはボタン一つで衣類を綺麗にする便利な装置だった。どれも苦手意識を持たずに触れてみれば仕様を理解でき、慣れれば数日中に扱えるとエリシャは思った。

 (これほどの物があちらの世界にあれば、どれほど時間を有意義に過ごせるのでしょうか。きっとこの世界の人たちは、そうやって得た時間を発展に費やしてきたのですね)
 ぐるぐると回る洗濯機の中身を見ながら考え事をしていると、レンタが手に白い小さな入れ物を持って現れた。どうやらそれはカップラーメンと呼ばれるもので、そろそろ昼食にしようと提案してくれた。
 「――――分かりました。どんな味をしてるのか、今から楽しみです」
 彼と一緒ならこの見知らぬ世界でも、楽しく生きていける。いつも自分を安心させて導いてくれる彼のことを、ずっと支えていこうとエリシャは決めた。

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