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Prologue

 ……2021年7月、某陸上競技場。

……じりじりと、太陽の光が身体を灼き、肌が黒く染まっていく。

空と耳に響き渡る蝉の鳴き声。それが更に暑さを際立たせ、スタンドに居る観客はその猛暑に少し悲鳴をあげていた。



「……」


……東京都中学総体。

真夏の陸上競技場で、その青春を懸けた勝負が始まる。


《……お待たせ致しました。男子、100m決勝。その出場選手並びに、レーンの紹介を致します》


太陽の光が少年達と陸上競技場にその閃光を突き刺し、競技場のアナウンスが、熱く燃え上がる心臓を更に跳ね上がらせる。


「……」


身長184cm、体重72kg。中学生スプリンターとしては大型。

そんな彼は、緊張を解すために息を吐いた。



《……4レーン、山田鋼汰君。八王子第二中。準決勝タイムは11"21》


自己ベストを更新し、この決勝の舞台に上がってきた。

自己ベストは準決勝でマークした11"21。あと0"01秒早く走れれば全国に行ける。彼は、全国大会という目標の為……その大きな体で駆け抜けてきた。

中学生の全国大会……所謂全中は、夏に開催される通信大会、または各都道府県の中学総体にて、参加標準記録と呼ばれる最低ラインを突破しなければ、いつどこで突破しても出場できない。

勝負強さと安定感。この二つが求められる、厳しい蹴り落とし合いだ。


肉体と精神を研ぎ澄ませ、そのラストチャンスに絶好調を持ってきた彼は一礼。僅かながらの拍手を背に向け、再び大きく息を吐いた……。



《5レーン、田中良君、八王子第二中。準決勝タイムは10"98》


歓声と、大きな拍手を受ける。

今大会唯一の10秒台。そして、隣を走る同じ中学のライバル。


全ての選手の紹介が終わり、恐怖と不安が入り混じった緊張が……8名の選手らを襲った……。



「……」




陽炎が立ち込める青いトラック。

自分が走るのは4レーン。
…スタート地点から100m先。そこが、自分のゴール地点。


4と書かれたレーンの上、彼はそこに立っていた。

風は程良い追い風、コンディションは最高潮。


スタンドは静寂に包まれ、選手らは高鳴る心臓の音に、闘争心をぶつける……。



《オンユアマーク》



戦闘開始を告げるコールが鳴り響く。

震える脚、恐怖に侵される体。

叱咤の意味を込めて手脚を叩いて、
スターティングブロックの前に立つ。

ジャンプ、ツイスト動作…ゴール地点を見つめる者。

しかし、彼はすぐにスターティングブロックに脚をかけ、カラン…と金属が擦れる音が静寂の陸上競技場にこだまさせていた。


両手を線に合わせ、頭を下げる。


息を吸い、止めて。




……いざ、その時を待つーー。



《セット》














……号砲。






それに、選手らは反応する。





体全体で刹那に反応し、
体のギアはフルスロットルへ。


フライングをしていないだろうか、そんな一抹な不安は一瞬にして掻き消え、彼らは意地と誇りを懸け、走るという一つの動作に命を賭ける。



鳴り響くのは、スパイクのピンがタータンに捻れる粘着質な音。

そして選手らを叱咤激励する応援の声。


スタートから頭を上げ、
選手らはゴール地点に向かって直走る。


腕を振り、脚を回す。


追い風が身体を押し、得意のスタートから加速区間でスピードに乗った彼は、トップに躍り出たーー。




「ーーー!!!」



そして、ゴール間際。

大きな体を生かしたトルソーで、タイマーは止まった。





「…よし…!」



思わず、右手の拳と声が漏れる。



速報タイムは11"05。

自己ベストは11"21、目標とする全国大会の参加標準記録は、11"20。

あと0"01秒速ければ…そして追い風が2.0m以内であれば、全国に進める。

追い風が2.1m以上になると、追い風参考記録となり公認記録にならないためだ。

県大会決勝の舞台で優勝を収めたことの喜びより、自己ベストで全国に進めるかもしれない。それが、彼にとって最高の喜び。

速報タイムが一旦消え、追い風の数値が集計される。

大型スクリーンにリプレーが映し出され、優勝の瞬間にスタンドの一部から歓声が沸いた。


優勝した彼の下馬評…資格記録ランキングでは4位。

しかし、下剋上の優勝を成し遂げた。

スタンドの幼馴染が喜ぶ姿が見える。



……そしてスクリーンの1番上に、その結果が表示された……。


《男子100m、確定結果です。
1着4レーン山田鋼汰君、八王子第二中。記録、11"05》


再び歓声。しかし、このタイミングで同時に表示される追い風の数値がまだ表示されない。


《2着、田中良君、八王子第二中、記録、11"12》


同級生が2着フィニッシュ。
彼は自己ベスト10"97でランキングトップだったが、スタートで出遅れて2着となった。

そして、順番に選手の名前が表示されていく……。


「…」


しかし彼は、目の前の光景に膝から崩れ落ちた。

11"05。記録だけならば、全国大会出場の資格は得た。

だが、そこに表示された文字を見て……彼は、項垂れる……。




《風は、追い風2.1mでした》


…公認記録、ならず。


優勝した喜びなど消え失せ、
彼はその場に崩れ落ちた。


歓声から悲鳴に変わったスタンド。


「嘘…なんで…」


優勝して、空を見上げて…最後に見たのは下。


「おい」


彼を呼ぶ声。

吐き捨てるように響いた声。その声は、その辺りを統括する審判員のものだった。


「邪魔になるからさっさとどけよ」

「……はい」


スパイクを脱ぎ、彼はトラックを後にする。

普段なら「ありがとうございました」と
元気よく挨拶をするが、もうそんな気力は無い。


「…ありがとう、ございました…」


呟き、彼はそのままトラックに背を向けた。



「…」

「鋼汰」


優しく、呼ぶ声がする。

トラックから出たグラウンドの外。この競技場はトラックから天然芝のバックスタンドにすぐ上がれる仕組みになっており、そこで1人観戦していた幼馴染が優しい笑顔を浮かべ、ひらひらと手を振っていた。


「お疲れ様」

「……ありがとう、響子」


そう呟いて、彼は幼馴染に背を向ける。

幼馴染は悲壮に暮れる彼に、それ以上声をかける気にはなれなかった。


すると、前から同門の田中が近づいて来る。そして彼は鋼汰の肩に腕を回し、


「…ま、関東大会に進めるんだし…良いんじゃね?ま、全国は俺に任せろや」


と、仲間の田中良は肩を叩いた。


「…」


歯を食いしばり、怒気を孕んだ言葉が喉に突っかかる。

しかし、彼はそれを何とか押さえ込む。

そして、代わりに眼から流れ出たのは涙。


ここまでしてきた厳しい練習。

毎日毎日練習に手を抜く田中良を筆頭とした部員達に傾倒せず、1人でも、邪魔をされても真面目に、謙虚に、そして貪欲に身体を痛めつけてきた。


だが、神が与えたのは結果ではなく無情の現実。


大会で優勝したことは無い。

何故なら、練習をしなくても才能だけで
ここまでやって来た同級生の田中良が
優勝し続けたからだ。


神は、田中良に全国大会という褒美を与え、彼には無情の現実という試練を与えた。

神は二物を与えない。

そう彼は涙と共に噛み締め、誰も居ない場所で1人……涙の雫を落とした。


「何でだよ……畜生……!!」


最後の最後に呟いた言葉は、思いとは裏腹の、吐き出したくない言葉だった。







 ⚾︎⚾︎










 「……」


……ふと、目が覚める。


涙で眼が気持ち悪い。朝起きて、1番に思ったのはそれだった。

衣擦れの音を響かせて、俺は身体を起こす。

まだ起きる時間の2分前。
どこか損をした気分に溜息を吐いて、彼はベッドから降りる。

カーテンを開け、朝日を浴びた。


「……眩しい」


窓から見える住宅街。

中学卒業を機に、八王子から大田区へ幼馴染と共に引っ越した僕は、まだあまり見慣れない街並みに……少し新鮮な感情を覚えた。


「……ふぁ〜……着替えるか」


そう呟き、彼は寝巻きを脱ぐ。

制服を着る。今日から着る制服だ。

それに身を包み、僕は鏡の前に立つ。

日本の制服とは思えない、白を基調とした制服。自分が着たら格好良くは無いが、着る人が着ればかなりのものだろう。

そして自分の姿に自虐的な笑みを溢し、扉を開け階段を降りていく……。



……中学時代、都大会で優勝した僕。

気持ちを切り替えて関東大会と秋シーズンに備えようとしていた矢先、走っている時にサッカーボールが足元に転がり、それにスパイクのピンが刺さる形で脚を滑らせ転倒。

それにより肉離れを発症し、関東大会、秋シーズンの全試合を棄権することとなった。


元より陸上のスポーツ推薦で高校に行く気等なく、推薦枠はあったが辞退して、今日から通う学校を選んだ。

そもそも、陸上を始めた理由は2つ。

小学生の時に幼馴染と初めて出場した陸上大会で陸上に興味を持ったこと、そしてお金があまりかからないこともあり始めるに至ったこと。この2つだ。

…まあ、まさかあんな挫折が待ってるとは思わなかったけど。


白い制服に身を包んだ彼は、木製の階段で低い音を立てながら下に降りる。

そして目の前の扉を通り、


「おはよう、鋼汰」

「おはよ、母さん」


リビングで母親と顔を合わせ、彼は朝食の席につく。


「頂きます」


そう呟いて彼は箸を取る。


「驚いたわね、隣の響子ちゃんも同じ学校に通うんだから」

「確かにね」

「迷惑かけちゃだめよ、堂々とね!」

「うん」


今日、2022年4月6日。
桜舞う4月、新たなスタートを切る日。

僕、山田 鋼汰(やまだ かんた)は、今日から通う県内2番手の進学校である白蘭高校に合格して、今日その門出を迎えた。


母子家庭である僕に私立の陸上名門高校に行くなんて選択肢は無い。
公立で、尚且つ進学校である白蘭が第一志望になったわけだ。

この白蘭高校は大学進学率も就職率も高く、更には経済弱者のために申請すれば通学定期も負担してくれるという太っ腹な学校。

…まあ、僕達は高校進学に合わせて大田区に引っ越したんだけどね。


支度を済ませ、鞄を持つ。


「私は仕事で行けないけど、しっかりね!響子ちゃんに迷惑かけちゃだめよ!」

「分かってるよ。行ってきます」


学校指定のローファーを履き、


「鋼汰」


忘れ物でもしたかな、と僕は母さんに振り向く。


「陸上部、入らないの?」

「……」


少し、言葉を詰まらせる。

……元より、陸上は中学で諦めると決めていた。

母子家庭である以上、高卒で働くしかない。となれば、部活なんてする暇は無いし、アルバイトをしてお金を貯めるしかない。


「…もう、陸上は飽きたから」

「…そう…行ってらっしゃい!鋼汰のやりたいことは、母さん全力で応援するからね!」

「行ってきます」


そう言って、太陽の下に出た。

白い制服だと、光を浴びると映える。


白蘭高校の制服は県内で1番可愛らしいと評判で、SNSでバズりやすかったり、それだけで良い学校に行っているという証明にもなるのだ。


「入学式は午前中に終わるから、午後にトレーニングしようかな」


肉離れが完治したのは受験勉強が佳境に入っている11月。それから一人でトレーニングをしていた。

おかげで速くなっているかは分からないけどスピードは維持できている。


「……高校生活か……」


漫画にあるような青春か、中学時代のような地獄の日々か……。

いずれにせよ、中学時代と変わらず一人で生活して授業を受けて帰る。陸上はしない。

僕の青春はそういうものだと、諦めている。

新品で真新しい制服が身体が体に違和感を与える中、


「おーい!鋼汰!」


と、僕を呼ぶ声がする。


「おはよ!鋼汰!」

「おはよう、響子」

「何で置いて行くし!」

「ごめんごめん」


明朗快活、彼女は幼馴染の湯浅 響子(ゆあさ きょうこ)
オレンジ色の髪を水色のシュシュでポニーテールにした、一般的に言うところの美女だ。

顔は整っているし、眼はぱっちりしてるし。身長は156と小柄に見えるけど、丁度いいかもしれない。



「今日から華の高校生だね!一緒に行こ?」

「う、うん。分かった」


僕は響子と二人で、学校への道を行く。

こうして一緒に学校へ行くのは、中学時代と変わらない。

部活は違っていたけど、朝練は同じ。


「それでね、白蘭高校って野球部部員少ないからさ、私もすぐレギュラーになれるって!監督が言ってたの!」

「そうなんだ」

「……ねえ、鋼汰も野球部入る?」


と、響子はニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべながら問う。

それに鋼汰は慌てた表情で、


「む、無理だよ!野球は女の子のスポーツなんだから」

「あはは、照れてる照れてる。
大っきいのにナヨナヨしてるから」

「な、ナヨナヨなんかしてないよ」

「見た目が地味でナヨナヨしてて、なのに体すっごい大っきいんだからもうみんな驚いちゃうよ」

「……はあ、髪切りたくないし……カラーコンタクトでもしようかなあ」

「だーめ!鋼汰の顔は綺麗なんだから!
帰りに散髪行くよ!」

「ええ……隠したいのになあ」

「駄目!分かった?」

「……分かったよ」

「よし!そうと決まればまずは入学式だー!」

「あ、走ると危ないよ」



と、二人は学校への道を急ぐ。



さて、二人の時間特に出来事は無いので、「あの言葉」の説明をば。


「野球は女の子のスポーツ」。


この物語を読んでいる読者は、
疑問符を浮かべたかもしれない。


それを、今から解説しよう。



……今から20年前、まだまだ野球における体罰や女性差別的な発言や風潮が少し目立っていた中。とある女性科学者が、その現実一石を投じる。


それまで一般的に「男性のスポーツ」として親しまれた野球。
その道具に、見た目、重さを同じにしたまま改造を施したのだ。

具体的に言うなら、出力の向上と負傷や負担からの身体の保護。

要するに努力次第で女子高生が50m6"00で走ったり、飛距離130mのホームランを放ったりできる。男性と女性が、野球というスポーツの中同等の力量で闘える時代がやってきたのだ。

かくいう響子も、中学軟式で130km/hを計測している。

男性と女性が同等に闘えるようになった野球というスポーツから次第に男性選手が居なくなり、昨年の東京オリンピックで女性のみの日本代表が金メダルを取ったことも相まって、いつしか「男性もやっていた女性スポーツ」として普及するようになった。

男性は草野球程度に楽しむのが通例で、
それに文句を言う女性は居ないわけではないが多くはない。

だが今の御時世、男性の野球選手は多くない。というよりほぼ居ない。

アマチュアで時折見かける程度で、プロとなるともうカケラや埃すら見掛けない。


そう、それだけ野球は女性スポーツとして普及したのである。


…だが、一つ疑問になるはずだ。
男性と女性が同等に闘えるなら、男女に関わらず野球をするのではないか?と。


…言い忘れたことが一つある。

野球道具の権能…改造施され強化の対象になるのは女性だけ。

つまり男性と女性が同等に闘えると言うなら、女性が男性を上回ることは珍しくない。


その傾向からか、女性より劣る男性はマスコミの好奇の目に晒されるのだ。

実際、誹謗中傷された男性野球選手がそれを苦に身を投げたという事件が起きており、それから男性に対する見る目は優しくはなった。

しかし、まだまだ悪い傾向にある。


そういう事件が何件か起きた影響からか、男性が野球をやることに抵抗を持つ親は少なくない。

そして、いつしか野球は女性スポーツとなったというわけだ。



おや。二人が学校に到着したようだ。そんなわけで、物語のタクトを、二人に戻すとしよう…。




「僕は1組だね」

「私は2組!じゃ、放課後にね!」

「うん」


昇降口から二人は別れ、教室へ。

この学校は学年に関わらず1組は一階、
2組は二階、3組は三階と決まっている。

何でも、学年が上がったからといって
偉いわけではない、と生徒に教えるため。そして、3学年の円滑なコミュニケーションを進めるためでもあるらしい。

体育祭は3つのチームの三つ巴、
コミュニケーションを取ることが大事になるからだ。

実際パンフレットにも、学年関係なく仲が良いと書いてあった。


教室に入り、指定された席に着席。


新しい友達を作り、話に花が咲く場所もあれば…僕みたいに一人でいる人もいる。


「(…響子には悪いけど、クラス離れて正解だったな…一人になれるし、僕みたいなのと一緒に居たらどんな目に合うか)」


そうして、窓から見える桜の木を眺めていた。


するとチャイムが鳴り、担任の先生に連れられ式場となった体育館へ。


スキップにスキップを重ねるが、つつがなく式は終了。

そうして必要事項の連絡を受け、その日は午前中でお開きとなった。


「おーい!鋼汰ー!」


手を上げながら、そしてオレンジの綺麗な髪を振りながらこちらに駆け寄って来る。


「さ!散髪散髪!」

「…ねえ、僕トレーニングあるからその後「駄目!」

「…はあ、やっぱりか」

「私から逃げられると思ってるの?」

「…まあ、出来ないことはないけどできないね」

「なら従えし!」


べしっ!と背中を叩き、僕は痛みに喘ぐ。


「あれ?湯浅さん」


と、声をかける女子生徒。


「あやちん、何?」


あやちん…もうそんな友達ができたのか。やっぱりコミュ力高いんだなぁ。


「その人彼氏?」
「え!もう?手が早いなあ」

「ち、違うって!そんなんじゃないから!」

「えーほんとー?」

「本当にちが…あー!逃げてるー!」


昇降口に響子の声が響き渡る中、彼は既に学校を後にしていた。


「…ふう、逃げ切れた」


後で何言われるか分からないけど、
クラス違うし、もう大丈夫だよね…。

そう一つ安心して、僕は帰路を行く。


「…はあ、トレーニング終わったら何しよう」


そう呟いて、数時間後に想いを馳せる。


「…アルバイトでも探すか」


再び呟いて、彼は歩くスピードを上げて行く。


「ままー!」
「あ!危ないよ!」


目の前で、小さな女の子が車道に飛び出す。

少女の前にいた父親は気付いていないが、向こうから猛スピードで車がやって来る。


「危ない!!」


女性の叫び声の刹那。

僕は鞄を投げ捨て、女の子の元へと一目散に走って行く。


「(間 に 合 え !)」



鳴り響くクラクション。




一心不乱に飛び込んで女の子を抱きしめた。



そのまま向こうの車道に僕は背中から着地。


そのまま歩道に入り、



「はあ、はあ……だ、大丈夫?」

「う、うん……だいじょうぶ……」

「……はあ、よかった」


と、僕はその場にへたり込んだ。

女の子は何が起きたか分からないような様子で、そこに母親らしき女性と僕の鞄を持った女の子の父親がやって来た。


「もう!お父さんから離れちゃ駄目って言ってるでしょ!」

「あう…ご、ごめんなさい」

「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、はい。僕は大丈夫です」

「鋼汰!!」


そう叫んでこちらに駆け寄って来たのは響子だ。


「何してんの!制服どろだらけにして!
死ぬとこだったんだよ!?」

「う、うん、でも女の子が助かったから良いじゃない?」

「そうだけど!…もう…ばかあ…」


響子は僕の胸に抱きついて泣いている。


「僕は大丈夫だから、安心して。響子」

「う…ばか…ばか」


「…本当に、娘がお世話になりました」

「いえ、僕は大丈夫です。新品の制服が汚れてしまいましたが」

「弁償させてください」

「あー…いや、大丈夫」

「大丈夫じゃない!もう傷だらけじゃん!」


泣き止んだらしい響子がそう言って、


「はい!鋼汰はすぐに帰る!近くに制服売ってるお店あるから、シャワー浴びて着替えたらすぐ来て!」

「う、うん。わ、分かった」


女の子の父親から鞄を受け取り、響子の剣幕に押された僕は帰路につく。

響子達はそのお店に向かい、
僕は手早く家に着いて言いつけ通りシャワーを浴びて私服(ジャージ)に着替えて携帯と財布を持って再び外へ。


怒らせたらやばい、と走ってその店に向かい響子らと合流。

制服代を出してもらい、その家族とは別れた。


「はあ、ほんと鋼汰はお人好しだよね。
危うく死ぬとこだったんだよ?分かってる?」

「わ、分かってるよ」

「…で」


響子は鋼汰の耳を掴み、


「何で私から逃げたのかなあ?」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」


ギリギリと耳から音がするようだ。


「…はあ、お腹すいた。
取り敢えずどこかで食べよ?鋼汰のおごりで」

「ええ!?さすがにそれは…」

「散髪代は私が出すから!ほら行くよ!」

「はあ…はーい」



溜息を漏らし、そのまま近くの美容院へ。

手慣れたお洒落な髪型をした店員が響子の要望を聞き、髪をカットしていく。

髪をカットし、顔が泡だらけになって写真を撮る響子の横で、シャンプーで髪がさっぱりして、風を感じる。

そして諸々終えて、鏡を見た。


「ほら、私の言った通りでしょ?」

「…違和感があるけど」


と響子に手を引かれて支払いを済ませ、2人は外に出た。



「その内慣れるって!さ、野球しよ!野球!」

「僕のトレーニングの後で良い?」

「普段は自分より他の人優先するのに、
トレーニングだけは譲らないよね。
陸上やんないの?速いのに」

「あはは、僕母子家庭だし、アルバイトしようかなって」

「白蘭、アルバイト禁止だよ」

「え゛」


鋼汰の顔が、膠着する。

その映された微妙な表情に響子は一瞬笑いを堪え、何とか気持ちを整える。


「ほんとだよ、今日できた友達が禁止って言われてた」

「……………………」

「そんな顔しないでよ。私が決めたんじゃないんだから」

「……はあ」

「おばさんなら、高校生までなら甘えていいって言ってくれそうだけどね」

「……僕もそう思うけど……はあ」

「何ならさ、野球部のマネージャーやらない?マネージャーなら男の子でも変な目で見られないからさ」

「……いや、良いよ。先生にお願いしてアルバイトの許可もらうことにする」

「無理だと思うけどなあ~」

「そうだよね…」


そうして隣同士である僕達の家に差し掛かり、


「私着替えてくるから!」

「僕も野球道具取ってくるよ」


お互い自宅に入る。


「……」


制服が入った紙袋を部屋に置いて、響子が置いて行った野球道具を手に取る。


「野球……か」


そう呟いて、彼は再び外に出たのだった。

しおり