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治癒

「魔獣ってネコテンだったの?」

 驚きの声がカーレンから上がる。その隣でユウトはまじまじとクロネコテンを見つめた。 

「鳴き声だけ?喋らない?」

 思わず声に出してしまったユウトをカーレンが不思議そうに見る。

「えっ?喋るって・・・ネコテンは喋れるんですか?」
「あ、いや」

 ユウトは返答に困ってふとセブルを見た。

 身体の大きさが縮小したセブルはじっと黄色い瞳のクロネコテンを見つめている。クロネコテンはセブルを見上げてすり寄っていた。

 ユウトは思い起こす。これまでセブルが普通のクロネコテンと思っていた。しかしそれは思い違いであったのかもしれないと。セブルが一体何者なのかを本人から直接聞いたことはなく、ユウトは全く知らなかった。

「セブル、お前っていったい・・・」

 セブルに向かってユウトは声を掛けようとした時、セブルの身体は縮み始める。みるみるうちにその大きさはクロネコテンに戻り、その場でうずくまった。

「おい!セブルッ!」

 ユウトはすぐに駆け寄りセブルの身体に触れる。丸薬の効果も切れてしまったのであろうことはすぐに予想がついた。

「大丈夫ですか?」

 心配そうにカーレンが尋ねる。新たに現れたクロネコテンも心配そうにセブルに寄り添った。

「うん。大丈夫。丸薬を使った反動が表れたんだと思う」

 セブルの鼓動と魔力の流れを感じてユウトはとりあえずは心配ないだろうと考える。そしてセブルともう一匹のクロネコテンを一緒に抱きかかえた。

 顔を上げたユウトは街道の来た道の方を見る。そこには魔術灯の明かりが連なりユウト達の方へと向かってきていた。



 それからほどなく救援隊は続々と到着する。カーレンが事態が収束したことを救援隊の責任者を務めるレイノスに伝え、それを受けたレイノスは周辺の警戒や後片付けに必要な人員へ指示を出したり余剰分は基地に返したりと忙しく指示を出していた。

 ユウト達は迎えの馬車を待つため街道沿いの野原に集まって腰を下ろしている。ユウトはセブルともう一匹のクロネコテンを抱きながらかき集められる魔獣の残骸の黒い毛を眺めていた。

 そこに急ぎ足で近づく二人の人影がいる。それはヨーレンとノノだった。

 ノノは鞄を背負い座っているレナを見つけると駆けだしてすぐにレナの元に屈みこむ。

「怪我をしたって聞いてるわ。状態はどう?」

 緊張感と落ち着きのある声でノノはレナに語り掛けた。

「こんなかんじ。ちょっと深めに斬られてる。血は止めてて骨まではやられない」

 レナはノノに自身の状態を報告しながら足をノノに見せる。ユウトにはレナの怪我の状態がどの程度なのかはわからなかった。ただレナは一人で歩くには困難で、今いる場所に移動するのに救援隊の担架が必要なほどだったことから芳しくないことはわかる。セブルが気が付かなければ戦闘中はわからなかったとユウトは反省していた。

「うん、わかったわ。今から治癒魔術具を使うよ。完治とまではいかないと思うけれどかなり回復速度をあげられる」

 ノノはレナの傷を確認してから機敏に流れるような動作で鞄の中身を広げ始める。そのころにはヨーレンが追い付きノノの横でしゃがんで声を掛けた。

「ノノ。手伝うよ」
「はい、お願いします。魔鋼帯の展開は私で行いますので傷口を見やすくしてもらえますか?」

 ヨーレンは「わかった」と答えてレナの脚の装備を慎重に取り払い腹ばいにさせて傷口を上に向けさせる。それに並行してノノは木と金属で複雑に組まれた長方形で厚みのある板を取り出して両端を握った。

 ノノとヨーレンの様子をユウトとカーレンは一歩離れたところから眺める。ヨーレンが魔術灯で照らし出すレナのふくらはぎにある傷は横一線に刻まれうっすらと開いていた。

 ノノが握っていた板は内側から光が漏れ出し、中央部分が展開すると外装がすべり落ちる。すると残ったのはぼんやりと銀色に輝き波打つ膜だった。

 取っ手を握り締めたまま、ノノはレナのふくらはぎの上に膜を配置する。

「レナ、今から傷に密着させるから魔膜を取って」
「うん、消した」

 レナがそう言うと傷口の端から血がゆっくりとしたたり始める。ノノはすぐに手に持った膜を傷口へと押し付けて覆った。

 膜は一瞬だけ光が強まると傷口に飲まれていくように収縮する。切り離された取っ手をしまい、栓を開けたボトルと自身の魔術灯を持ち出したノノが光を当てて傷口の様子を確認していた。

 そしてある程度待ってからノノが小さく「よし」と言うと光を失ってひらひらと舞う膜に向かってボトルの液体をやさしくかける。何かの透明な液体はレナの脚に触れつたい膜と共に流れ落ちていった。

 洗い流された後には薄っすらとした傷の痕跡。ユウトの切断された腕と比べると全くと言っていいほど跡がなかった。

「うん、大丈夫。これでしばらく安静にしていれば完治するはず。念のために包帯を巻いておくね」

 ノノは緊張が解けるように一呼吸おいて包帯を取り出し、レナの傷跡を覆っていく。

「ありがとう、ノノ。かなり楽になったよ」
「よかった。かゆみが出るかもしれないけどそれは急速に回復する副作用だから我慢してね」
「うっ。わかった・・・」

 表情の見えないレナの頭ががくんと落ち込む。ユウトは自身の腕を襲った猛烈なかゆみを思い出してしまって少し腕が震えた。

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