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第13話「地下世界アガルタ」


「アガルタに今から行ってみない?」
「え?」

 柊の思わぬ提案に楓は目を丸くする。
 楓は柊の言っていることがまだ信じられないという半信半疑ではあったが一応事実であるかどうかを確かめるようにして訊いた。
「アガルタってここからどうやって行けばいいの?」
「アガルタは地下2階にゲートがあるからそこから直接行けるよ」
 そう言って柊は立ち上がって「付いてきて」と言うので楓は柊の後をついて行く。しかし、楓はまだ完全に信用していないのか疑念を抱いたまま騙されたように柊に付いていった。
 2人は訓練室を出て地下1階の通路へ出て通路の端まで行き、エレベーターの隣の扉を開けると、下の階へ続く階段があり奥の方はまるで奈落の底のように暗闇で何も見えなくなっていた。

 柊の後に入った楓はドアを締めると当たりは真っ暗になる。
「柊君、明かりつけるとこないかな?」
 暗闇の中で楓の声が響くように閉ざされた空間に伝わる。

「楓君ヴァンパイアならこのくらいの暗闇は明かりがなくても見えるよ。よく目を凝らしてごらん」

 楓は自分にそんな事ができるのかここでも半信半疑だったが、柊が言ったように楓は目に意識を集中して目を細めてみる。
「本当だ。ぼんやりと薄い明かりがついたように見える」
 楓の視界の中では柊がニッコリと笑った。
「でしょ? ヴァンパイアは人間より感覚が優れてるんだよ」
 楓は自分の今まで経験したことがない視界を何度も瞬きしながら確かめていると柊が「行こうよ」と手を引き、それに引っ張られるように楓は階段を降りていった。

 地下2階は1階に比べるとかなり広くて地上1階をそのまま地下に押し込んだように部屋数も多く存在していた。通路を歩いている途中、半開きになって空いているドアから部屋を覗くと長いテーブルに椅子がいくつも並べられている部屋があったり、部屋の中も構成も地上とあまり変わらない様子だった。

「地下2階は何があるの?」
「ここはこの洋館に住んでるヴァンパイアだったり泊まる施設だよ」

 そう言って柊は近くの部屋の扉をこっそりと開けると中でワイシャツのボタンをすべて開けてソファで寝息を立てているヴァンパイアが居た。
 ソファで眠っているのはヴァンパイアだったが、まるで仕事終わりの人間のサラリーマンが帰宅してソファに倒れこむようにして寝ている姿と重なって見えた。

 柊は音を立てないようにそうっとドアを締める。
「モラドのヴァンパイアは戦闘以外にもアガルタに地上から物資を運んだり忙しいからね」
「人間の血も運んでるの?」
「そうだよ。亡くなった人間や提供してくれる血液をここから運んでる。その代わり僕らは人間を襲うヴァンパイアから助けたり、夜間に人間の手伝いをしてる。もちろんモラドのね」
 
 柊と楓はしばらくは話して歩いていると「着いたよ」と柊が言う。
 二人の目の前にはこの洋館にある扉と見た目は特に変わりは無いが扉の脇に小さな穴が空いた機械が壁に埋め込まれていた。
「ここに指を入れてゲートが開くんだ。これはヴァンパイアの細胞に反応して開くようになってて人間が間違えて来れないようにしてある。エレベーターも同じ原理でアガルタへのボタンは人間が押せないようになってるんだ」
 柊はその指紋認証装置のような物に指を入れるとカチャと解錠される音がした。
「ゲートはここからアガルタまで空間を飛び越えるから肉体への負担がかかるらしいんだ。といっても、ヴァンパイアは何も起こらないんだけど多分生身の人間が使ったら無事ではいられないと思うよ。だから、鍵もヴァンパイアの細胞に反応するようになってるんだよ」
 柊がドアノブに手を掛けて「さて、行こうか」と言って扉を開く。

 扉をくぐり抜けるとそこはさっきまでいた洋館そのものだった。
 ただし、ガラス戸から光が差し込んでいでおり、窓の外からは庭の芝湯が光を反射して青々と茂っている。これらの様子からここは地下ではなく地上一階に相当する場所だだということが分かった。
 そして、楓は通ってきた扉を振り向くと、扉の向こう側は変わらずさっきまでいた地下2階のままだった。つまり、このゲートを境に向こうとアガルタで直接空間がつながっていた。最もわかりやすい例えで言うならばド〇えもんのどこでもドアのような状態だろう。

 あまりにも非現実的な状況にポカンと口を開けたままその場に立ち尽くした楓だったがそれよりも目の前で起こっているもっと大切なことに気が付く。
「柊君太陽の光が…」
 外の光が柊の体を包み込み始めたことを見た楓は急いで光を手で遮ろうとしたが柊は微笑んで言った。
「大丈夫だよ。楓君。あれは太陽じゃないから」
 あっけにとられた楓を柊はおかしそうに笑う。
「あれは形を太陽に模しただけの光の塊だよ。だから、太陽じゃないんだ。大きな照明だと思ってもらえばいいかな」
「なんだ本物じゃんかったんだ…よかった。柊君脅かさないでよ心臓飛び出るかと思った」
 楓はほっと安堵の息をついたが柊は楓を見ていたずらに笑っていた。
「柊君わざとやったんでしょ?」と楓は柊の様子を見て唇を尖らせて言う。
「ごめんごめん。楓君がどんな反応をするのか見てみたかっただけだよ。でも、想像通りの反応で面白かった」
 楓が膨れていると窓から入る光が徐々に増えて楓の全身も光で包み込んでいた。窓の外を見てみるとアガルタを照らす光が徐々に上昇していき照らし出す光が地上の太陽同様に強くなっていた。楓は燦燦と照らし出している光に目をやり、不思議そうに外の景色を眺める。
「ここは何から何まで今まで僕が知らなかったことだらけだよ、まるで童話の世界にいるみたいだ…」
 柊はおもむろに窓の戸を開けて朝日を浴びるように背伸びをした。窓から入る柔らかい風が柊の髪を揺らしながら柊は光を指差した。
「あの光は地上の太陽と同じ動きをするんだ。だから、地上が昼間ならこっちも明るくて、夜ならこっちも暗くなるんだよ。だから、光の下にヴァンパイアがいるっていうのも不思議な光景でしょ」
 柊は窓に寄りかかって天に登る光に背を向けてから言った。
「あの光はアガルタの神って言われてるんだ。だから、地下世界の上空から全てのヴァンパイアを守っているって言われてる」
 柊は自分がおかしなことを言っているかのように薄い笑みを浮かべてから言った。
「でも、それは本当なのかどうかわからないけどね。いるのかな? そういう神様みたいな存在が僕らにも」
 柊はその光から楓の方へ視線を移して答えを求めたが楓もアガルタを照らす光を見つめてその答えを思索しているようだった。柊は楓の様子を一瞥してから更に話を続けた。
「あの光で人間の生活に合わせることが出来る。一方で、人を襲うヴァンパイアたちはあの光が沈んだ時に地上に出て人間を捕まえに行くんだよ。だから、この光が良くも悪くも僕らの生活を二つに分けている」
「人を襲うヴァンパイアって、このゲートっていうのは他にもあるってこと?」
 柊は寄りかかっていた窓から腰を離して
「たくさんあるよ。主に出口は地下だけどね。モラドが使ってるゲートもあの洋館以外にまだある。それにこのゲートを持ってるのはもちろんモラドだけじゃなくてアガルタのあちこちにあるよ」
「え! そんなにあるの。全然知らなかった…」
「普段は人間が入らないようなところにゲートはあるからね。普通に人間として生活していれば見ることはないと思うよ。というか…」
 柊は楓の体をジロジロと不審そうに見つめる。
「どうしたの?」
「地上では今、朝なんだけど楓君は人間に戻らないのかなと思って」
 楓は窓に反射する自分の姿を見て確認する。
「ホントだ、なんでだろう?」
 柊は顎に手を当ててしばらく考え込んだがその疑問は晴れず、柊の推測を述べた。
「きっと、ヴァンパイアの世界にはヴァンパイアのままなんじゃないのかな? それに、ここに人間の姿でいると不審に思われるからむしろ好都合じゃない?」
 楓はヴァンパイアの姿でいることに対してあまり気にかけておらず柊の推測をふんふんとうなずいて聞いていた。というのも、先刻から地下世界やゲートの話など驚きの連続で自分がヴァンパイアでいることが楓にとって霞んでいるように思えるからだ。

「ねえ楓君今からうちに来ない? せっかくアガルタに着たんだから家族を紹介させてよ」
 ふと柊は楓に言ったが楓は眉を寄せて考えてから言った。
「でも、急に行くのは悪いんじゃないかな? 朝になったばっかりだし家族の皆も起きたばっかりじゃない?」
「大丈夫、大丈夫。うちの親はそんな事気にしないから」
 柊は楓の多少強引に腕を掴んで歩き始めた。

 洋館を歩いているとここの使用人のようなヴァンパイアが何人かすれ違って楓は挨拶をした。地上の洋館に比べると当然ながらヴァンパイアが住む国なだけあってヴァンパイアの数も多かった。

 2人は洋館の外に出て綺麗な芝生が緑色の海のように繁る広い庭に出た。

「これは…」
 目の前に広がる世界に楓は思わず言葉を失う。

 楓達がいる洋館は丘の頂上にあり、その丘を取り巻くように家々が立ち並んでいる。その家々の特徴は白い壁でオレンジ色の屋根をした家屋が多く。地上の東京では見かけないような作りの家が多かった。

「正直、柊君が初め地下の世界って言った時洞窟みたいなものを想像してたんだけど、まるで東京をそのまま押し込んだぐらいの広さがあるんだね」
「驚いた? アガルタの中にも様々な国が存在するんだよ」
 柊は両手を広げて眼下に広がる街を背にして楓を見た。
「その中でもここはキエスっていうんだ」
「キエスも含めてモラドの目的に共感している国がいくつかあってあそこに見える国もそうなんだよ」
 柊は丘から見ると米粒ほどの大きさの家が集まっているところを指差した。楓はヴァンパイアの視力を駆使して目を細めて凝視する。 
「ALPHAのヴァンパイアがたまに襲撃してくる時があるんだけど、ここの周辺の国に住んでいるヴァンパイアは攻撃はしてこないから大丈夫だよ」
「ALPHAが襲ってくるの?」
「実は襲撃に来るのはALPHAだけじゃないんだよ。人間を善とする組織。反対に悪とする組織の思想の違いで争いは起こるんだ。でも、大丈夫モラドにも強いヴァンパイアがいるから僕らの平和も保たれてるんだよ」
 柊は楓の手を取って言う。
「うちはキエスにあるんだ。すぐそこ。行こうよ」
 
 2人は丘を降りて店が立ち並ぶ商店街のようなところへ出ていた。そこにある店は地上にあるコンビニやスーパーのように大きな敷地を確保して店を構えているわけではなく、家兼売り場として店を開いているのが多かった。そして、売っているものは武器などを売っている店もあるが地上程豊富ではないにしても人間が生活するのに必要なものとさして変わりはなかった。大きな違いがあるとすれば食品を売っている店は血液を売っていることぐらいだった。

「ここを歩いてる人、全員ヴァンパイアなのか…」
 楓は周りの通行人に聞こえないぐらいの声で呟いた。
 この通りを見渡す限りヴァンパイアは朝にも関わらず50人ほどはいるだろう。
 楓を横を通り過ぎていくヴァンパイアは友人同士で会話している者やまだ子供のヴァンパイアなどヴァンパイアであることを除けば地上と同じ「日常」という点で変わりはないように思えた。

「お仕事頑張ってね!」
 人間でいう小学生くらいの友達同士だろうか、2人のヴァンパイアがいて1人は内気そうな性格で、もう1人は活発そうな性格の子供が2人の前で立ち止まり。活発そうな子供が楓と柊にそう言って手を振った。

「あ。う、うん」
 急に話しかけられた楓は戸惑って中途半端な返事をしていた。
 柊は楓の姿を見て楽しそうにクスクスと笑う。
「楓君ビビってたでしょ?」
「まあ、ちょっとね」と楓は苦笑いを浮かべる。

「僕らモラドは人間がよく着てるスーツを着てるからこれでモラドのヴァンパイアだってみんな分かるんだよ」
「そうなんだ。このスーツってそういう意味もあったのか」
 楓は改めて自分が来ている黒スーツを確かめるように眺めた。
「僕らモラドはここに居るヴァンパイアを守るために戦ってる。だから、今の少年みたいに僕らを慕ってくれるヴァンパイアもいるんだ」

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