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心配

 座ったカーレンはユウトと同じ包みをほどいて食事を始める。ユウトは怒らせてしまっただろうかと不安にかられて焦りながらも、話があると言われてしまった手前その場を後にすこともできず、ブドウを一粒ずつもぎ取ってはちまちまと食べ進めることしかできなかった。

 しばらく時間が経ってゆっくり食べていたブドウも底をつきかけた頃、サンドイッチを食べ終わったカーレンがようやく口を開く。

「すみません。私が迂闊でした。魔導は人前で使用することを控えてその仕組みを悟られないよう隠さなければならない、という教えがあるのですが騎士団に所属してからその意識が薄れてしまっていたみたいです。
 その・・・ゴブリンの身体であれば魔物として魔力の流れに敏感である可能性を忘れていたのは私の落ち度です。私の態度から不快にさせてしまったら申し訳ないです」
「いやっ、その。全然大丈夫だから。こちらこそ、なんというかすまない」

 ユウトは突然謝罪されたことへの驚きと怒らせていなかったという安堵から思考の処理が追い付かないままあたふたと返答を返す。ユウトは一度間を置き、思考を落ち着かせてから言葉を続けた。

「何か、オレに話があるそうだったけど、なんだろうか」
「実は兄のことについて聞きたくて。兄の様子はユウトさんから見てどう感じますか?」
「様子か・・・最近は準備に忙しくて話しもできていないな」
「実はユウトさんに兄の工房まで送り届けてもらった後、兄と二人で話をする機会があったんです」
「へぇ、カーレンから?」
「いえ、兄からでした。随分と久しぶりにちゃんとした会話をしたような気がします」

 そう語るカーレンの横顔は先ほどまでと打って変わって柔らかい。

「よかったじゃないか。ちゃんと話ができたんだ」

 ユウトは以前ヨーレンに思い切ったした忠告をしていたことを思い出す。聞き入れてくれたことが少しうれしかった。

「はい。私は気持ちが軽くなった気がします。ただ・・・気になることがあって」

 明るくなったカーレンの表情が曇る。

「なんとなく、なんですけど、思い詰めるというか、あの頃のような」
「あの頃?」
「えっと、兄がまだ魔術師だった頃のことです。家を出る直前の頃の張り詰めた雰囲気に似てるんです。あの頃の兄は見ていて私もつらかった」
「魔導士だったころのヨーレンってそんなだったんだ」

 いつも物腰の柔らかいヨーレンしか知らないユウトにとってはあまり想像できなかった。

「私も魔導士としての兄が具体的にどういった活動をしていたのか知らないんです。とにかく魔導士としての才に優れ有能であったと聞かされるばかりで」

 その話を聞いてユウトはヨーレンに聞いてもすんなり答えられるようなことではないのだろうと推測する。

「確かに気になるな・・・オレも気にかけておくよ」

 うつむいて心配そうなカーレンを励まそうときるだけ明るく答える。

「すみません。今、ここでこんな話ができるの兄さんの工房にいるレナさん達だけなのであまえてしまってますね」

 カーレンはユウトに笑って見せた。

 ユウトも笑顔を作る。ゴブリンの笑顔がどんなモノかはユウト自身わからなかったがカーレンを安心させてやりたい一心だった。

 一つ、ユウトの記憶に引っかかりがある。それはジヴァの前で外したヨーレンの指輪だった。それが意味するところをユウトは掴み切れず、口に出すことを躊躇した。

「そうだ。昔のヨーレンはカーレンから見てどんなだったんだ?」

 多少強引とも思ったがユウトは話の流れを大きく変えることにする。

「えっ?ああ、そうですね・・・」

 突然の質問にカーレンははっとして真剣に考えだした。

「私から見てヨー兄さんはおっとりしていているんですけど自分の興味のあることにはこだわる人でしたね。特にお茶なんかは没頭してました」
「お茶か。そういえば一度何か入れてもらったことがあったな。ちょっと苦いけど甘みが強くて妙においしいお茶だったっけ。確かに機器とかすごく手が込んでた気がする」

 ユウトは討伐遠征野営地で淹れてもらったお茶のことを想い出す。あれっ切り同じものに口を付けた覚えがなかったが舌が覚えていた。

「ええっ!それはたぶん極東から伝わるっているすっごく珍しい茶葉ですよ!いつかはって言ってたけれどついに手にいれてたんだ」

 カーレンは口に手を当てながら驚く。「私にもいつか淹れてくれるって言ってたのに」と少し悔しそうにつぶやいた声をユウトは聞いた。

 それからというもの、カーレンからヨーレンへの思い出話に花が咲く。その内容は子供時代の他愛のないものばかりだったがユウトにとっても興味深く、この世界の持つ暖かい思い出を共有できることがうれしかった。

 特にこの日の予定もなかった二人の語らいはしばらく続いていく。太陽だけが徐々に傾いていった。

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