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8話

夢我夢中とはこういう事なのかと、後になって思い返した。


ハロルドの家の近くで聴こえた物音。
それは音というより、鳴き声だったんじゃないかと気がついて、思わず家を飛び出した。
それが単に、遠くから聴こえたのであればそこまで慌てなかったかもしれない。
それは目視はできないけれど、すぐ近くから聴こえた。
まだ幼い、少し高い声で。弱々しくはなかったけれど、助けを求めるような声だった。

練習では、まだ跨がるぐらいしか出来なかったけれど、ゆっくり馬車でなんてもどかしい。
気持ちが伝わったのか、クッキーは臆すること無く乗せてくれた。
夢中になってクッキーを走らせ、数時間ぶりにハロルドの家へやってきた。

「ココロ!?」

物音に気付いたのかハロルドと、後ろからリックも顔を出す。
時間からして、ハロルドも帰って来てそんなに経っていないはずだ。その後を追うようにやってきたココロに、驚いているようだ。

「急にごめん。さっき言ってた物音が、どうしても気になって…」
「…ー」

微かにだが、やはり聞こえた。けれど、はっきりした場所までは分からない。
改めてあたりを見回す。
この辺りには何度か来ているが、こうしてはっきり見回したのは初めてだ。
ハロルドの弟、リックが住んでいるこの場所は、表側が大通りに面している。
裏側は少し広めの庭。その一角に馬小屋が設置されている。
木陰ができるようにか、木が数本植えられており、その中の1本が不自然の揺れているのに気が付いた。

「あっ、あそこ!!」

木の下まで駆け寄って、上を見上げる。
日が沈んでいる今、下から見てようやく見える所に、うずくまる影を見つけた。
「ミー」という声も耳に届く。

「どこ?」
「あ、確かに何か…あれは、猫?」

後を追ってきた二人も、木を見上げている。
そこにいたのは猫、おそらくまだ子猫だ。
飼い猫かどうかは分からないけど、遊びに夢中になって登ったはいいが、降りられなくなったのだろう。

「リック、脚立取って来て」
「分かった」

状況を理解したハロルドが、リックへ指示を出す。
あの高さなら脚立で十分届くだろう。
すぐに戻ってきたリックは脚立を木へ立てかけ、ハロルドがそれを登る。
すぐに子猫のいる枝の高さまで登りきるが、驚いた子猫は枝の先へ移動してしまう。
手の届かない所へ行ってしまった子猫に、困った顔をしながらハロルドは降りてきた。

「ダメだ、あれじゃあ届かない」
「そんな…」

枝先は、小さな子猫だからこそ乗っていて大丈夫ではあるが、人が乗るには細すぎる。
しかもどうやら、子猫は人慣れしていない野良のようだ。

「どうしよう、このままじゃ…」

自分では降りれないのに、人の救助は受け付けない。このままではいずれ弱ってしまう。
さてどうしようかと思った時、タブレットが通知を知らせた。
慌てて出てきたので置いてきたとばかり思っていたが、手元にあることに気が付いて少し驚いたが、常時携帯出来るようになる機能がついていると、聞いた気がする。どんな機能化は、また改めて聞こうと思う。

「こんな時に一体…!!」

『非常事態を察知しました。任意の妖精を呼び出しますか?消費FP50』

タブレットの文面を見て驚いた。
消費ポイントは通常より多すぎるけれど、敷地から出られない妖精がここに来れれば、猫を助けることも可能になる。
それならばと呼び出すを選択。ずらりと並んだ妖精たちの名前の中からロズを迷わず選択。
次の瞬間には、タブレットの上にちょこんと座る、ロズの姿があった。

「ココロ…?ここどこ?」
「ロズ、急にごめんね。実は…」

休に呼び出されたにもかかわらず、ロズは落ち着いていた。
木に登って降りられなくなった子猫がいることを説明すると、すぐに子猫のもとへ向かってくれた。

「ココロ、今のは?」
「あーえっと…」

そういえば、ハロルドたちには妖精は見えないんだった。
けれどリックは分からないが、ハロルドは妖精の存在自体は知っているので、今あったことを説明する。
その間に、ロズもココロの所へ戻ってきていた。

「ココロ、もうだいじょうぶだよ」
「ん、ありがとう」

ロズの言葉を受けて、脚立を登り始める。
それを見たハロルドが慌ててやってきた。

「ココロ!?俺が行くよ?」
「ううん、大丈夫。私が行く」

心配そうに見守るハロルドとリックの視線を受けながら、脚立を登っていく。
すぐに、子猫のいる枝の高さまで登り切った。

「こっちだよー、だいじょうぶだいじょうぶ」

ロズに誘導される形で、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
小さな耳が後ろに倒れているのは、まだ恐怖があるからだろうか。
あと少しというところで、抱き上げようと手を伸ばすと、怖がって足を止めてしまった。

「だいじょーぶだいじょーぶ」
「…ミー」

ロズの声に促されるように、一歩一歩近づいてくる。
すぐ近くまでやってきて、手を動かしても今度は逃げようとせず、優しく首の後ろを持って抱き寄せた。

「さ、もう大丈夫だよ」

今度はココロが、一歩ずつ降りていく。
片手は子猫を抱えているのでバランスを崩さないように。
地面へ到達すると、一安心した。

「ふー。助けられてよかった」
「こっちはハラハラしたけどね」

ハロルドの言葉にこくりと頷くリック。
そんなに危ない折り方をしていただろうか。無事の降りられたのだから気にしないでおく。

「ところで、その子どうするの?」
「うーん、野良っぽいし、多分母猫とはぐれちゃったんだよね」

子猫とは言え、木に登れるぐらいの子。
とは言え、このまま一匹で放り出すわけには行かない。

「今日は連れて帰るよ。明日にでも詳しい人に見てもらう」

この世界の医療状況は、まだ関わっていないのでどうなっているか分からない。
それは動物病院も同じく。
なので、今頼れるとしたらブリーダースキルを持っているリアラだ。知り合っていて良かったと思える。

「うん、それがいいかもね」

気が付けば、空は薄暗くなってきていた。
今から帰れば、丁度日が沈むころだろうか。
帰りは子猫もいるので、馬車形態で帰ることにした。
膝の上で丸くなって眠る小さな命を連れて。

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