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 岡嵜零と有馬マリアは焦っていた。

 零はこの場所で、何度も監禁した者を見下して講釈を垂れてきた。

それが、今、その内の一人、一志に同様の目にさらされている。

信じられない話をぶつけられて。


「だから、俺はあんたの前の旦那の息子、それはある意味、あんたの義理の息子ってことにもなるのかな?」

一志は池田とは対照的に嫌みなく、穏やかに言った。

「――そして、有馬さん、貴方にとっては血の繋がった本当のお兄さん…ってことね、異母兄妹ではあるけど…」

静が補足した。

「え?」

一志が静の言葉に驚いて振り向いた。

「ば、馬鹿な…そんな…」

と同時に、零はしわがれ声をさらに掠れさせて言った。

「やっぱり、知らなかったか。

嘘だと思うなら、お前らお得意の遺伝子ってのを、調べてみたらどうだ?」

今度は池田がそう言って、少し満足そうな顔をした。

マリアは口をぱくぱくして、何も言えずにいる。

知らなかった中津も壁から背を浮かせ、唖然とした表情を浮かべていた。

「思い当たることはなかったのか。

一志君を見て、旦那に似てるところがあるとか、何も感じなかったのか?」

池田の言葉は図星だった。

「一志君は累に似ていた…でも、何かひっかかりを覚えていたのはそういうこと…

確かに恒が累と別れてすぐに生まれた…では、あれは聞いていた早産ではなく、恒との…

逆算すれば、確かにおかしくはない…」

そう言って零は観念し、涙を流した。

「何、ママ?認めざるを得ない…ってこと?」

やっと口を開いたマリアはうなだれ、その場にへたり込んだ。

「お母さんも認めてるようだ」

池田の追い打ちに、マリアも泣き始めた。

声を上げて、子供のように。


 その様子を見て、池田は溜飲を下げた。

<親父、仇はとったぞ。お袋も…な。

――考えてみれば、親父が行方不明になってなければ、俺は探偵になってなかった…

例え、なっていたとしても、家族の行方がわからなくなった者の気持ちなんかわからず、静ちゃんの依頼を突っぱねていただかもしれない…

そもそも、静ちゃんがうちの事務所に来たのだって奇跡…

偶然と言ってしまえばそれまでだが、これはそれ以上の、運命って奴なのかもしれないな、ありきたりの表現だが…>


 池田と岡嵜親子のやり取りの間に、一志は静から、マリアはマリヤの遺伝子を使って生まれた存在、ということを聞かされた。

「知らなかった…俺にもう一人、妹がいたなんて…」

「私もまさか、友達がある意味、姉妹だったなんて、思いもしなかった」

 そう話している佐藤兄妹の方に池田は振り向き、泣いている岡嵜母娘に視線をやって目配せすると、これで終わり、とばかりに頷いた。

佐藤兄妹も無言で頷く。

「取りあえず、ここを出ましょうか。

本当は殺してやりたいくらいだが、それよりもひどい思いをしているようだ。

こいつらにはもう、何もできないでしょう…」

そう言って、三人に引き返すよう、手振りで示した。


池田に促されて、一旦、動きかけた静が歩みを止めた。

「あなたたちには…人の心がないのかと思っていました」

岡嵜母娘の方に向き直った静は、池田たちの方からは見えなかったが、泣いているのか、少し涙声が混じっていた。

「あなたたちのせいで、世界中の罪のない人達が、どれだけ亡くなり、今もそれが続いていることか…

そのとてつもない大きな悲しみと痛みを、少しは理解することが、今のあなたたちになら、できるんじゃないんですか。

知らなかったとは言え、自分たちの家族を傷付けてしまって、そんなに涙を流している、今のあなたたちになら」


「それなら、俺も」

一志が話し始めた。

「さっき言えなかったけど、親父が発表した原始のウィルスの名前、知ってるだろ?

パームウィルス。

それは、パーマネントの頭文字から取って名付けた、って言ってた。

ウィルス名は四文字しか使えないからって。

パーマネントって、髪の毛のことでもないのに何でって、今思えばバカな質問したら、親父はね、こう言ったよ。

パーマネントには恒久の意味がある、あんたの旦那さんの名前、恒に久しいって字の”こうきゅう”ね」

池田が恒久の意味を早速、中津に訊こうとするのを知ってか知らずか、一志は補足した。

恒の名が出た時、零の動きが一瞬止まったように見えた。


「親父は、恒さんを論文の共同研究者だって発表したかったらしいんだけど、学会を追放された者の名前を載せる訳にもいかず、なんで、せめて、わからないようにウィルスにその名を付けたんだって。

よくあることなんだろ?発見者の名前を付けることって。

表向きは、何億年も変わらず残っていたことから、って意味で通したらしい。

内緒の話で、特にお袋には、とも言われていたが、親父の名誉のためにも言っておくよ。

決して、恒さんの研究を奪った訳ではないって」


「では、私からも言わせてください」

そう言ったのは、中津だった。

「あなた方のしたことは、絶対に許されないことです。

本来なら、捕まえて警察に引き渡すところ。

でも、こんな世界になった以上、そうすることも敵わない。

ならば、私刑として、私がこの銃で撃ち殺してやりたいくらい。

それなのに、当の一番の被害者やその家族である、一志さんも、静さんも、所長でさえ、あなたに言葉をかけるだけで、そうしようとしません。

私も怒りを抑えて、慎みます。

そうやって、泣いているということは、少しは反省しているということでしょうから」

泣き続ける零とマリアから、返事はなかった。


 四人は重い足取りで上のリビングへと戻った。

「しかし、しけいって、お前、過激だな」

「もしかして、死を与える刑罰の死刑って思ってます?」

「違うの?」

「結果的には、同じことなので、どうでもいいですけど」

そんな会話と共に。

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