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第六感 恋覚

住元 美晴の事が大好きだ。
どれくらい好きかと言うと、1000年ぐらい美晴を見続けても飽きないほどに大好きだ。
なんと言うかもう、ハンバーグの肉汁のように魅力が周囲に滲み出ていて、初めて会った瞬間から僕の心を鷲掴みにされた。
いわゆる一目惚れってやつだ。
一目惚れをしてしまった理由はたくさんあったが、その一つに鮮やかな光沢を放つ長い茶髪があげられるだろう。
その茶髪に誘われて僕は早速話しかけてみたが、まぁ、なんということでしょう。その心のうちの性格でさえクリスタルのように透き通っていたのです。
もうここまで来ると天使にしか見えない。キュンが大爆発。
僕は、この時初めて人を好きになった。そう考えてみると美晴は、僕にとっての人生に一人だけの存在。「初恋の相手」ということになる。だからとても尊い存在だとも言える。無論、相手からしてみれば僕なんて何とも思っていないと思うけれど。
とにもかくにも、僕は美晴のことが好きなので、いつかは告白したいなと思っている。
だがそれは「身分の差」が妨げる。
学校には二種類の人間がいるものだ。一つは陽キャ。
もう一つは陰キャ。僕は、言うまでもなく陰キャだ。
別に陰キャを志望したわけでもないが、結果的にそうなってしまった。
そして肝心な美晴の身分は、そう、陽キャなのだ。
古来から、陽キャは陽キャと付き合い、陰キャは陰キャと付き合うことになっており、決して混じってはいけないという古の掟があった。
そんな掟を破った者は村八分、否、学校八分になりかねない。
そんなルールが学校中に渦巻いていたから、僕は少し躊躇していた。
だが、僕のこの気持ちはもう、抑えることはできない。
だから僕は近々、美晴に告白をする。自打球でも構わない。ただ、僕のこの気持ちを伝えたくて仕方がないだけだ。
そんな並々ならぬ心持ちで僕は、今日も爽やかな風が吹き抜けている通学路を歩いて行った。
今は午前7時45分。登校する時間と言えば遅くも早くもない、いわば絶妙な時間帯とも言えるだろう。
横にいるこいつは緑沢斗仁。僕の少なき友達だ。

「あーあ、もう少ししたらテストだよ?どうする九牙」

こんな調子で斗仁はいつも嘆いている。ちなみに言い忘れていたが、僕の名前は早見九牙。名前だけはかっこいいという自信がある。早見の方は何か月見みたいであまり気にはいっていないが。

「知らねーよ。僕に言うなよ」

全くもってその通りだ。大体、僕に相談したところで何か解決するとでも思っているのか?否、皆無である。

「やばいよぉーう。母さんに叱られるよぉーう」

こいつは言うまでもないくらいに、救いようのない馬鹿だ。この間のテストなんて全教科合計一桁だった。
どうあがけば、そんな低得点を叩き出せるのだろうか。

「そんなに叱られるのが嫌なんだったらちゃんと勉強すりゃいいじゃねぇか」

「無理。それは選択肢に入っていない」

「じゃあ逆にどんな選択肢があるんだよ」

「…」

「ねーじゃねーか!!」

毎度こんな調子である。だが、僕としてはそんくらいアホな人が横にいた方が、なんだか落ち着く気がする。別に下を見て安心しているわけではないからご了承を。

「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけどさ」

と話題を投げ出す斗仁。どうでもよかったのなら、先程までの時間を返してほしいと思う。

「この前、九牙さ、美晴に告るって言ってたじゃん?」

あぁ、そうだ。この間の金曜日、僕はこいつにそんなことを言っていた。
どこから見ても馬鹿な斗仁であるが、この男、何があっても約束だけは守る。当然このことも誰にも言うなという約束も守ってくれるはずだ。根拠はないが、僕ははっきりとそう明言できる。
なんせ、幼稚園の頃からこいつと一緒だった僕がそう言っているのだから。

「ん?それがどした」

僕は真っ黒なアスファルトを一歩一歩踏み鳴らしながら斗仁にそう言った。

「やっぱ、やめたほうがいいよ告るの」

斗仁は、申し訳なさそうに語尾を濁した。
斗仁は僕のことを心配してこの言葉を言ってくれたのだろう。斗仁の言っていることは十分に理解できる。むしろ、理解できすぎて頭が痛いくらいだ。
だけど僕はこう言った。

「なんでだよ」

頭の中では理解しきっているのに相対して僕は無責任にとぼけた。僕の思考回路は、自護体に走るかのように天邪鬼になったのだ。

「だってさ…やっぱり身分が違いすぎるよ。僕たちどこまで行っても陰キャだよ?」

と、斗仁。
そうだ。僕たちは、いつのまにか社会から低ランクの烙印を押された悲劇の陰キャなのだ。

「だから何だって言うんだ」

「だから-。」

斗仁が全てを言い切る前に僕は立ち止まった。それと同時に、斗仁の口からもこれ以上の言葉が出ることはなかった。
鳥のさえずりが聞こえるほどの静けさを放つ住宅街の一角で僕は言った。

「どこまで行っても陰キャなんだったら、失うものはもうないだろ?」

まっすぐと斗仁を見つめる。
生まれて初めてだった。あの感覚。胸の奥底が熱くなるようなあの感覚。その熱に僕はまんまとのぼせてしまい、身分の違いをわきまえる事さえも忘れてしまっていた。
僕がそのような経験が浅いから、そんないとも簡単に溺れてしまったのだろうか。
否、違う。あの雪のような白い肌が美しかったからだ。
あの鮮やかに翻る髪が綺麗だったからだ。
あのブリリアンカットのダイヤモンドのような瞳が、不思議な引力を持っていたからだ。
かくして、僕が世間知らずだったからだというわけではない。
ただ、僕は美晴が好きだ。
美晴のことを思うだけで、何倍でも何十倍でも力が湧き出てしまう。
これは冴えない僕を突き動かすための原動力としては十分すぎるものだった。

「なんで…九牙、なんでそんなにするんだよ前の九牙はそんなんじゃなかったって」

引き止めようとしているのか、斗仁は焦っているような口調で僕に言った。でも、今の僕を引き止めることはもうできない。何故なら僕は境界線を越えてしまったから。

「僕はもういつもの僕じゃない」

「え?」

斗仁は、目を見開きながらこちらを見てくる。その目はいつもの僕を見る目じゃなかった。では、何を見る目なのか。僕のこのポンコツ頭では、良い例えが出ることはないだろう。

「恋に落ちたから」

僕は一息にそういった
この七文字には、数え切れないほどの想いが詰まっていた。

「恋に…」

斗仁の放ったこの言葉が完結することはなかった。



教室の引き戸に手をかけて、僕は深い深呼吸をした。
この先に美晴がいる。
ここは伊達高等学校3年2組の教室。僕の居場所がない居場所だとも言える。
ちなみに斗仁は3年3組。となりだ。

「いくか」

自分に【これから関ヶ原の戦いに出陣する武士か】と突っ込みたくなってしまった。教室に入るだけだっていうのに、なんでこんなにも心臓が脈打ってしまうのだろうか。
まぁ、とめられない事なんだから仕方ないんだけど。
持てるだけの握力を引き戸に精一杯かけて、僕はちまちまとゆっくり引き戸を開けた。
そこには当たり前の風景が広がっていた。
何かスマホをかこんで盛り上がっている男集団。
お上品なお茶会のように、規則正しく並んで世間話をしている女集団。
もしくは教室に一定数いる勉強猛者たち。
僕はそのどれらにも当てはまることはない。
木の床に足をするような動きで、自分の机まで向かった。
幸いにも陰キャの僕には机が用意されている。
いわゆる、お前の席ねーからの状況は未だ発生していない。
無論、これからも絶対に起きないという保証はないのだが。
朗報がある。
僕の席の後ろには美晴の席があるということだ。
まぁ、相手からしてみればなんかキモい奴が目の前にいるんだけどー。とくらいにしか認識されていないと思うけど。
一人でに落ち込みながら、僕は自分の机に荷物を置いた。
どうやら、美晴はまだ来ていないようだ。
美晴はいつも学校に来るのが遅い。僕がとやかく言う筋合いはないと思うけれど、心の奥底では早く来て欲しいと思っている。
気持ち悪いなぁ、僕って。
こうやって狭い考え方をしてきたからこそ、一向に世界が広がらないのだと思う。
そう心の中ではわかっていても、これまで僕が築いてきた自分の殻は厚くて、厚くて、簡単に破ることはできない。
これが陰キャ完成のメカニズムだ。
陰キャになっていいことなんかひとつもない。
苦しいことは星の数ほどあるというのに。
陰に隠れた僕は、誰も聞くことがないためため息を漏らした。

「はぁ…」

とその時。ふと、扉が開く音がした。
まさか!と思って振り向いてみると、案の定そこには美しいシルエットをした美晴がいた。
やっぱりいつ見ても美しい。
茶髪の髪をなびかせながら、美晴は友達におはようと一人一人に置いていく。
僕は当然、瞬きを忘れた。ドライアイになっても構わないから、この美しさを目に焼き付けたいと考えたからだ。
そして美晴は、華奢な笑顔とともにこちらに向かってくる。
陰キャの僕には眩しすぎる。眩しすぎるけど、ずっと見ていたい。一時、僕の心は葛藤した。せめぎ合った。
とにかく、何であろうとこれだけは言える。
僕は、この一瞬で美晴に心を奪われた。
美晴はとうとう僕の真後ろに来た。心なしかいい匂いがする。
はたからしてみればどうってこともないことも、僕は反応してしまう。
なぜなら、僕の五感は今とてつもなく敏感になっているからだ。
いや、これが噂の第六感なのかもしれない。
その名も恋覚。
恋を感じる心のことだ。論文でも出そうかな。
心臓はオーバーワークだと言わんばかりの大きな鼓動を効かせる。それを抑え込もうと胸に手を置くが、逆効果だ。
時間に比例する関数のように心拍数が上がっていった。
そう、意識するほどにダメになるのだ。
どうあがいても意識してしまうことに気付いた僕は、この状況下に身を委ねることにした。
寝た子を起こすな。
いや、もともと寝ていない。言うなら騒ぐ子を囃し立てるなか。
何言っているんだ。今囃したてないで、いつ囃し立てるんだ。
僕の心情は、地球の年周運動のように二転三転した。図らずとも僕の心は過重労働を強いられたのだ。
僕はどうするべきか。このまま、何も話さないでいることが得策なのか?否、今話せなかったら何の進展もありゃしない。
僕が今すべきことは、そう、話すことだ。
話さないと何も始まらない。何でもいいから言うしかない。
そうして僕は、4回転トーループをするような勢いで振り向き、美晴の方に体を向けた。

「お…おはよう」

僕は、美晴に震えた声でそう言った。

「あー九牙くん。おはよう」

そう言うと、にっこりと微笑んだ。
それはまるで天使のように綺麗な笑顔だった。こんな陰キャの僕でも、気兼ねなくあたかも日当たりの良い場所にいる人に話すかのように接してくれる。
美晴の近くにいれば、影の僕も陽キャになれるのだ。なぜなら、美晴が輝いてるから。
そんな輝きに見とれながらも、次に話すべき言葉を見失っている僕がいた。
少しおどおどしていると、もう少しでテストがあるという事を唐突に思い出した。
これは立派な話題へとなり得るものだ。

「美晴さん…はちゃんと勉強してるの?」

僕は美晴の顔を伺う。

「え?」


「だから…あの…もうすぐで…テストじゃん」

僕の話す言葉はとても途切れ途切れになった。そこら辺の AI スピーカーが喋ったほうがましだと自分でも思う。
だが、これも仕方がないことだ。なんせ、脳が正常に作動しないのだから。

「あー勉強かぁ…まったくしてないなぁ」

「え!?まったくしてなくてその順位?」

「うん、そうだけど」

美晴はとても頭がいい。
この間のテストで学年1位の成績だった。
勉強なしでその順位なんて凄すぎる。つくづく、神の与える才能とは不平等なものだ。
その全く謙遜しな感じも好ましい。
この通り僕は幸せな時間を過ごしていたが、陰キャの僕にはそんなことが永遠と続くわけもなかった。
美晴とぼくの間に二人の女が割り込んできたのだ。
一人はショートカット「西野居子」
もう一人はポニーテール「草良幸江」
この二人は、裏で隠キャ風紀取り締まりコンビと言われている。
そう、この二人が割り込んできたのだ。
僕の幸せを邪魔して。

「ストォォォォップ!何、あんた美晴様と楽しそうに喋っているのよ」

居子は腰に手をやり、口を膨らませている。

「何が悪いんだよ」

僕は不機嫌そうな顔でそう言った。

「陰キャのあなたが、学校のまごうことなきゴッドオブゴッドの美晴様と普通に話すなんてあってはいけないんです」

幸江は鼻息ふんふんで怒っている。

「いや、あの、私は別にいいよ」

困った顔で美晴は二人をなだめる。

「いーーーーや、だめです!」
「いーーーーや、だめです!」

幸江と居子の二人は、デュエット曲のように声を合わせて言った。
「美晴様!あなたは誇り高き貴族なんですよ!?」

と幸江は焦るように言う。

「いや、違います」

美晴は即座にツッコミを入れた。

「とにもかくにも、あなたは美晴様と接していい立場ではないっっっ!」

と、居子。

「いいじゃないかそれくらい」

と僕はより一層不服な顔を尽くした。

「おだまり!隠キャのあなたに発言権は無いわ」

居子は僕にきつい睨みをかます。
いくら何でもそれはひどくないか?僕は何もしていないっていうのに、発言権がないなんて。僕に人権はないのか!
いや、なかった。そう、学校の中では陰キャの人権なんて保証されていないものなのだ。
幸江は美晴の手を取って、僕から逃げるようにその場を去る。
去り際に幸江は一言。

「今後一切美晴様にちょっかいをかけないで下さい。もしも、かけたら…どうなるか分かりますよね?」

幸子と居子は不気味な笑みを放って、僕の元から消えた。もちろん、美晴の姿も消えた。
周りはやけに静かになる。誰も座っていない美晴の机をぼーっと眺めてみた。
当然、そこには無機質な机と椅子しかなかった。
あーあ。つくづく自分が嫌になる。
顔は普通。
身長もさして高くはない。
だからと言って、性格がいいのかと言われるとそうでもない。
運動はまるっきりダメで、勉強はいつも半分より下の順位。
この状況を逆転できるような思いっきりの良さもなければ、自分の意思を突き通せるほどの強さもない。
正真正銘、僕は人間の不良品だ。
むしろ相応しいと思っている。この陰キャという無様な響き。
何も出来ない僕の象徴的な言葉ともとれるだろう。
僕が人よりもあるとあるものといえば、嫉妬心と憧れだ。あの人のように格好よくなりたいだとか、この人のように頭が良くなりたいだとか、結局全ては嫉妬と憧れに収集される。
そのたまりにたまったそれらを全て込めて、僕は一つ言葉を添えた。

「あぁ、もててぇなー」

余談だが、今この男はフラグを立てた。

しおり