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流れ星

「私が死んだときには、ラッシュ様は泣いてくれますか……?」
俺の胸がドクンと高鳴る。

「……分からねえ」
ああ、正直いきなりそんなこと言われたって分からねえさ。第一いままで俺を振り回してきたネネルとは違う。それに今日を含めてまだ二回しかお前と会ったことないっていうのに。
「ですよ……ね」俺のもとから立ち上がり、空を見上げる。

大きな月を背に立つその姿はさっきとは違い力強く、まるで今夜命が消えてしまう少女には見えなかった。
「もっと早くラッシュ様に会いたかったです。身分の違いなんか抜きにして、一人の人間として……でも、それももうかなわぬ夢ですよね」

言い終えると突然、エセリアはまるで立ち眩みを起こしたかのようにぐらりと倒れこんだ。
「どうした、大丈夫か!?」慌ててエセリアの身体を支える……が、冷たい。雪……いや、まるで氷の固まりにでもなったかにように、吐く息も、そして頬もみるみるうちに温もりが消えていった。

「なんか……そろそろお呼ばれが来たみたいです」
「お呼ばれって……もしかして、お前の命が……!?」

あまりにも急だった。さっきまで俺のひざの上で普通におしゃべりしていて、俺の言葉に急にむくれて、笑顔で……
「どうすりゃいいんだ……医者か!?」
エセリアはか細い息を吐きつつ、ううんと一言。
「大丈夫です。ネネルにはきちんと姫としてこれからをふるまってくれって教えておいたから。だから……」
なんなんだ、俺の力じゃもうどうしようもできないのか……

「私がこの世からいなくなっても、ネネルのことは嫌いにならないでくださいね……あの子、私がいなくなってしまったら、きっと寂しさに押しつぶされてしまうかもしれない。だから、見守っててください」
氷の彫像みたいに冷たくなってゆく身体をぎゅっと抱きしめる、少しでも温もりが戻るように、と。

「しっかりしろ……これから城まで戻るから、それまでは……!」
「いえ、だってまだ流れ星を一緒に見てないから……」
優しい言葉を紡いできたその唇も、だんだん強張ってきた。
「バカ……流れ星なんてどうだっていいだろ……お前の方が大事だ!」

ふと、小さな唇が「あっ」と声にならない声をあげた。
「ラッシュ様、泣いてくれてるんですね……」

頬に手をやると……そうだ、俺は泣いていた。親方が死んだ時と同じ熱いものが頬をつたっていた。
「よかった、私もラッシュ様の好きな人になれて」

今さらなに変なこと言ってるんだ……好きとか嫌いとかもうそういう問題じゃなくって、お前俺と結婚したんじゃねえか。まだ出会って夜の短い時間をたった二度過ごしただけじゃねえか。しかも前置きもなくいきなりぶっ倒れやがってふざけんなバカ野郎! こんなことになるんだったらもっと俺のことをしっかり話しておけばよかった。全然大したことない俺の身の上話なんか聞いてお前が喜ぶだなんてちっとも思ってなかったから。聞いてくれるか? なあ。俺のことを、俺が親方に買われたときのことを、目いっぱいメシ食ってのどに詰まらせてその日に死にそうになったことを、初めて人を殺した時のことを、初めていっぱい金をもらえた時のことを、初めて仲間ができた時のことを、初めて矢の雨の中で死にそうになったことを、俺の鼻にできた傷のことを。俺がチビを拾った時のことを、俺がトガリやルースやジールと初めて出会った時のことを、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の、俺の、

「あ、ながれぼし……」
突然、天井がぱあっと明るくなった。
見上げると数えきれないほどの流れ星が俺たちのところへと降り注いできて、それはまるで、雨のようで、雪の粒のようで。

「ラッシュ様が幸せになれますよう……に」
「はは、逆だろ。お前の方こそ幸せに……」
たくさんの流れ星が降りやんだ時、エセリアの身体もまた、ふわりと軽くなっていた。

俺は涙で濡れた頬をエセリアの顔にあて、耳元でひっそり話しかけた。
「大丈夫、あっちで親方が面倒見てくれるから、な」

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