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第百十四話 抜刀術と反応速度

 ウィーン


 あくびを掻きながら、焔は自分の部屋から出てきた。もう食卓にはAIが調理を終えたのか、朝食が並べられていた。そして、もうすでに茜音とソラは準備を終え、椅子に腰を掛けようとしているところだった。

「あ、おはよう。焔」

 焔に気づいたソラは嬉しそうに近寄ってきた。

「ああ、おはようさん。その髪どうしたんだ?」

 焔はソラの髪型がおだんごヘアになっていることについて触れる。すると、ソラは茜音を指さし、

「茜音が勝手にしてきた」

 その発言に茜音はびくりと肩を揺らすと、声を上げた。

「ちょっと! 何人聞き悪いこと言ってんのよ! ソラちゃんの寝ぐせがあまりにもひどいからしてあげたんじゃない。ていうか焔、ちょっと起きるの遅いんじゃない?」

「いや、ハハハ」

 笑ってごまかす焔に、横やりを入れるようにAIは、

「全く……夜更かしでもしてたんじゃないんですか?」

「誰のせいだと思ってんだよ、まったく」

 AIの呆れたような物言いに焔は独り言のように文句を垂れる。その後、ササッと準備を済ませ焔も食卓に並ぶ。

「頂きます」

 朝食を食べながら、焔はこれからのことについてAIに尋ねる。

「AI、今日は何するんだ?」

「今日は各教官から武器の使い方について学びます。その後は各教官の指示に従ってください」

「武器の使い方ってことは……シンさんか、ハクさんか」

「まあ、もうすぐ来られると思うので」

 その言葉通り、焔たちがご飯を食べ終わってから10分後。


 ウィーン


 扉が開いた。そして、二人の人物が焔たちの部屋に入ってきた。

「やあ、昨日ぶりだね」

 まず最初に入ってきたのはハクだった。そして次に入ってきたのはヴァネッサであった。

「ヴァネッサ教官!?」

「準備は良いか? 茜音」

「は、はい! 大丈夫です」

「では、こちらは先に行かせてもらうぞ」

「どうぞどうぞ」

 ヴァネッサはそうハクに言い残すと、茜音を連れ早々にその場を後にした。

「久々に張り切ってるねえ。じゃ、俺たちもそろそろ移動しようか」

「てことは担当教官はハクさんなんですね」

「そうだよ。焔とソラ、そしてコーネリアには俺がつく。てことで、隣にいるコーネリアも回収して早速練習場へ行こうか」

「はい」

 その後、コーネリアを回収するとすぐに練習場へ移動した。目の前に三人を並べると、ハクはすぐに説明に入った。

「じゃあ、まず武器の説明に入る前に、昨日君たちがデザインしてくれた武器がもうすでに出来上がったみたいだから、それを先に渡しておこう」

「え!? もうできたんすか!?」

「いくら何でも早すぎないですか?」

「まあ、原形はもうすでにあったからね」

 昨日焔たちが総督から言われていた作業というのは、隊服そして自分が用いる武器のデザインを決めることであった。作業はタブレットから簡単に行えた。自分で細かくデザインを決めることもできたし、AIに要望を言って決めることもできた。

「じゃ、受け取ってくれ」

 ハクが指をパチンと鳴らすと、焔たちの目の前のタイルが持ち上がり、自分たちがデザインした武器が現れる。

「おお! すげー!!」

「……すご」

 焔だけではなく、これにはコーネリアも興奮を隠しきれないのか、目をキラキラさせながら自身の得物を手に取り、舐めるように見回す。その反応を微笑ましく見つめるハク。

(フフ、やっぱりこういうのは皆テンション上がるよね。さて、コーネリアの剣は……レイピア、細剣か。見た目通り綺麗なデザインだ。だが、鍔が少し特徴的だね。ソラは青い刀身……いや、空色の刀身の短剣2本か。よほど焔から貰った名前が気に入ったのかな。そして、焔は……真っ赤な鉈?……いや剣鉈か。自分の身長にあった刃渡り短めの剣が好みだとは聞いてたが、まさか剣鉈をチョイスするとは。しかも、刀身だけじゃなく柄も真っ赤にするとは……つくづく似ている)

 懐かし気な眼差しを焔に向けるハク。コーネリアも焔の異様なデザインに気づいたのか、少し驚いた様子で、

「ゲッ……何それ? 鉈? しかもなんで真っ赤?」

「いやいや、男なら憧れるだろ。なんかカッコよくね?」

「いや……わからない」

(俺は少しわかる)

 コーネリアにはわかってもらえなかったが、ハクには少しわかってもらえた。

 その後、それぞれ自分用の鞘を貰らった三人は剣を装備し、いよいよハクによる説明へと入った。

「さて、武器の説明をしろと言われてるんだが、もう皆AIから一回聞いてると思うからおさらい程度に話しておこう」

 ハクは自身が腰に見つけている刀をゆっくりと抜いた。

「まずこれが普通の状態だ。だが、この刀身には少しカラクリがある。刃の部分に極微小な穴が無数に空いてるんだ。ま、目を凝らしても見えない、本当に小さな穴なんだけどね。で、ここからエネルギーが放出されてエネルギー刃が出来るってわけ。取り敢えずやってみるね」

 そう言って、ハクは違いをわかりやすくするべく、体を横に向け剣を立てて見せた。三人が剣に意識を向けたのを確認すると、ハクもまた自身の刀に目を向けた。

「リミット解除」

 刃に紅色の線が入る。

「リミット二段解除」

 エネルギーの出力が上がり、紅色の線がより太くなる。

「リミット全解除」

 エネルギー刃というよりも、エネルギーをとめどなく放出していると言った方が正しいのではないかと焔たちは思った。更に、攻撃範囲が1.5倍ぐらい大きくなったように見えた。

「と、まあこんな感じ。声に応じて剣が反応してくれる仕組みになってるわけだ。でも、エネルギーは無限ではないから、エネルギー刃を出し続けるのにも限度がある」

「確か……リミット全解除の時は1分足らずでエネルギーが枯渇するんでしたよね?」

 第二試験の時のAIの説明を思い出しながら焔は答えた。すると、ハクは小さく頷いた。

「そうそう。だから、全解除するときは十分に相手の力量や戦況を見極めることが重要になってくる。そのことを肝に銘じておいてね」

「はい」

「続いて、最初のリミット解除のとき。この時は大体2時間はエネルギー刃が継続されるから、常時発動してても何ら問題はない。そして、リミット二段解除は約10分。エネルギー消費の割にそこまでの性能じゃないから、あんまり二段解除は使わないな」

 その話を焔とコーネリアは注意深く聞き、頭に刻み込むように何度も頷いて見せた。ソラも二人の反応を真似て訳も分からず頷いていた。

「だから、取り敢えず戦闘になった時はリミット解除。本当に危ない時やここぞという時にリミット全解除を使うって感じかな。まあ、この感覚は数こなしてけば、次第にわかると思うよ。あと君たちに渡したその鞘だけど」

 ハクは焔たちの鞘に目線を落とす。その目線を辿って焔たちも自分の鞘に視線を移した。

「その鞘は少し特別でね。携帯の充電器のような機能があるんだよ」

 その変な言い回しに焔とソラが頭を悩ませていると、その意味がわかったのか、コーネリアがハッと顔を上げ、

「つまり、鞘に剣を収めておけば、エネルギーの充填ができる……」

「正解」

 コーネリアに笑顔を向けると、ハクは説明を続けた。

「仮にエネルギーを使い果たしてしまったとしても、鞘に剣を閉まっておけば、約30分で全てのエネルギーを充填することが出来る。ま、そんなこと滅多にないけどね。だから、基本的に戦闘以外の時は剣はしまっといたほうがいいだろうね。ここまでで質問はあるかな?」

「大丈夫っす」

「問題ないです」

「平気」

 焔、コーネリア、ソラから疑問点がないことを確認できたハクは数回頷くと、なぜか焔たちから距離を取り始めた。その行動に焔とコーネリアの頭には疑問が生まれるが、すぐにその疑問は解消された。ハクは歩きながら、唐突にしゃべり始めた。

「ま、かたっ苦しい説明もこのくらいにして……早速使ってみようか。みんなも使いたくてうずうずしているだろうしね」

 ハクはある程度距離を取ると、くるっと焔たちと対峙した。

「さあ、実戦と行こうか。君たちの力を見せてくれ」

「え? でも、真剣ですよね? 大丈夫なんですか?」

 焔の問いにハクは刀を抜きながら答える。

「大丈夫大丈夫。さっき小さな穴からエネルギーが出るって話したけど、ここからエネルギーとは別に保護膜みたいなのも出るんだよ。だから、別に大丈夫だよ」

 そう言って、ハクはあろうことか自分の腕に刀を振り下ろした。小さな悲鳴を上げる焔たちであったが、ハクの腕は全く切れていなかった。

「ほらね」

「ビビったー」

「急にやらないでくださいよ」

 焔とコーネリアの胸をなでおろす様子にハクは軽く謝る。

「ま、君たちは真剣でやってくれても問題ないんだけど、後で総督に怒られるから止めといてね」

 その言葉に一応返事はする焔とコーネリアであったが、心の中では闘争心と好奇心がふつふつと湧き出してきていた。真剣でやっても問題はない。つまり、真剣でやってもハクには傷一つ付けられないと思われていることに他ならなかった。その言葉に腹を立てるものの、一体どれほどの強さなのかと期待に胸を躍らせた。

「じゃ、まずは焔からおいで」

 ハクからいきなり指名を受けた焔はビクッとするが、すぐに笑みを浮かべた。

「わかりました」

 焔はハクと一直線で対峙するように少し移動した。そして、剣を構える。

「本気で行きます」

「ああ、ためらわず来なよ。躊躇するようなら俺は容赦しないから」

 こくりと頷く焔。その焔の頭の中にはハクの抜刀術のことが浮かんでいた。


 おそらく、ハクさんは抜刀術で俺のことを迎撃するつもりだ。なら、俺はそれを交わして一気に懐に潜り込む!


 だが、そんなことはハクにも分かり切っていた。

(―――と、焔は考えているだろう……マサさんから受け継いだ能力、そしてシンが鍛えぬいた反応速度……さて、俺の抜刀術が通じるか試させてもらおうか)

 ハクは力強く腰に携えた刀に手を添えた。

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