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憎い

「ギュリャッゥルラバザゴブリンウアァッタ」
「ドウブリィゴブリンビィ? ヒーリダリアズ、ディダンディ」
「ダンダリア。ウィィスダー、ボウヒラン!」

 複雑怪奇な言葉を聞きながら柵に入れられて揺られている
 憎い。憎い。憎く憎く、憎い
 心の底から憎悪が湧いてくる
 だが、隣の弟がその憎しみを抑える

「おにぃ、どうなる、どうなる」
「心配、ない。俺、いる」

 ◇◆◇◆◇

「パパぁー! どうだた?」
「よかった。見る」

「ぎゃあああぁぁぁ! ビザンジブ! ゴブリン! ゴブリィィン!!」

 パパが帰ってきた所に弟達が群がる
 遠くまで出ていた遠征隊が帰って来たのだ
 遠征隊は皆騎士で、騎士だけがつける入れ墨をしている
 その入れ墨が、部族の中でずっと憧れなのだ

 遠征隊は、食料と、道具と、オモチャを持って帰る

 今日は俺と同年代の人たちが騎士になる儀式をする
 もうすぐで俺も一人前の騎士になれるのだ
 光栄極まりない

「息子。お前、これ。準備する」
「うん」

 パパはそう言ってオモチャを指した
 オモチャは儀式に使う道具でもあるのだ

「おにぃ! 騎士すごい! 騎士いい!」
「おにぃおにぃ! おめでとおめでと!」
「おにぃ! がんばれ!」
「ありがとう」

 それから暫くしてから奥の間に向かう

 奥の間は赤い黒い装飾で洞窟内を飾ってある儀式用の部屋だ
 奥の間にはツンと鼻を衝く、しかし心地の良い香りがする
 その香りを嗅ぐと下腹部に変化が起きる。儀式の準備が整った印だ

「フィン! フィン! フィイイン!」
「黙る」

 オモチャと共に大人達と同年代の人たちが入ってくる
 皆一様にそわついている

「今日、新しい騎士生まれる! 私祝う! おめでとう!」

 族長がそう叫び、大人達がオモチャを手放す
 オモチャ4個に同年代の人達10何人かが一斉に食いつく
 俺も負けじと食いつこうとしたその時――

「パパ! 助けて! パパ! パ――っ」
「息子っ!?」

 弟が奥の間に入ってきて、その喉元から矢が飛び出る
 瞬時、カンカンと警鐘がなる

「敵! ここ塞ぐ! 早く!」

 族長が指示を出すも、既に敵は巣の中に潜り込んでいた
 儀式を中止して赤ん坊を除いて皆武器をとる

「来る! 剣、雷、弓矢、鎧、光いる!」
「洞窟の通路回る! 私たち後ろ、お前たち前!」
「オオォーー!」

 族長の班が洞窟の入り組んだ通路を利用して後ろから回る
 俺たちと前後から挟み撃ちにするのだ

「ハイライバァ、ゼストスリン」
「ハァア!? ジャンリリックペットヒューン!」
「ジャン、ゼスト、ゴブリンダイト」
「サザイト。エリオリオックスダストシュレン『プロテクト』!」

「突撃! 死ぬまで戦う!」
「「オオォーー!!」」

 敵を大人数で取り囲み、攻めていく
 しかし鎧男が邪魔で進めない
 その後ろから剣男が切り込んでくる
 そのさらに後ろから弓女が、その後ろでなにやらぶつぶつ言っているのが二人……

 一人、また一人と死んでいく
 しかしそろそろ族長たちが来るはずだ

「ギャァッ!」
「ゼスト!?」

 思惑通り族長達が後ろから切りかかる
 雷男が倒れ、それに続いて光女にも切りかかる

「ダリュウズザザンズダ―リズ『ホーリーバリア』!」

「リーン! トィゼスト!」
「ズエ」

 雷男は死んだ。後四匹
 と、思ったのもつかの間

「ガリオズカリオズロードリヒルバインハイドオリュードスーウェン『エクストラヒール』!」

 雷男が光ったかと思うとむくりと起き上がる
 信じられない……
 死者が生き返るなど、勝てない。勝てるわけがない
 しかしここで引いたら弟や部族が皆死ぬ
 弟や……部族が……

 俺たちがいたのは奥の間。一番奥の部屋だ
 つまり、それ以外は全て……
 いや、少し他の部族の匂いがする
 まだ、生きてる

「守る。俺部族守る!」

 刹那、圧倒的光量と凄まじい轟音が響く
 そしてワンテンポ遅れて体全体が痺れ、経験したことのない痛みが全身を襲う

「『ライトニング』ッ!」

 雷……!

 部族の間で伝わってきているある種の敵が使う不思議な力の一つだ

 その一撃で部族は殆ど動けなくなった

「殺、敵、殺す。仇……」

「ギュリンチャターツ、ゼストリリック」
「ナインナインスォル」
「ジューズ、カカイジャルゾ! ゼストソルトォール!?」
「サイト……」
「アァ、トー、サイ、ト……」

 そのあとは虐殺だった
 痺れて動けない部族も
 陣を気づけない部族も
 まとめて殺された

 血が広がる
 家畜の如くの下等生物に惨殺される屈辱
 部族を全員殺された憎しみ
 しかし動けない。唯々惨殺の光景を見ていることしかできない

 騎士の誇りにかけて、ここで野垂れ死ぬだけというわけにはいかない
 子供だけは守る。守って、一族を存続させるのだ
 この下等生物は鬼畜だ
 戦う力を持たぬ者どもを家畜とし、血肉とする
 矜持など存在しない。故に子供だろうと平気な顔をして殺す

 許されない
 許される行いではない

 この俺が命にかけて守るのだ
 守ることが騎士見習いの役目なのだ

「コーヅィモッダイゾ」
「チュリベズファーポス!? モッタイゾフェイロードロスト……」
「ドウセリアンキャライッタイ」
「……シー。コロイドォフォルス」
「ポウストシー」

 光女がため息をつきながら近づく
 その所作のいちいちが罪悪感などないようで更に沸々と怒りが湧いてくる

「サチュウレイトハールフルストゥリン、バリアントガ―ヴーニャークァリストピリョウィー『スリープ』」

 光女がそう唱えると、瞬時睡魔が俺を襲う
 とても耐えられるものではない
 眠りそうで、眠りそうで、しかし耐えなければいけない
 皆を、皆を守るんだ
 守らなければ、守って、守って、守……って

 そして俺は眠りに落ちた

 ◇◆◇◆◇

 ツンと鼻に突く血の匂いで目が覚めた
 寝起きの感覚。その直後、聞き覚えのある憎い声が聞こえてきた

「キャファイラ」
「ザスツゥウオリガンス」
「ハァヤラライビャー!」

 仇の声だ
 家族を殺した
 部族を滅ぼした
 家畜のはずだったのに
 その実、圧倒的な力を持った存在だった

 怖い。寝て、興奮が収まった今なら分かる
 恐怖している
 殺される。自分ももうすぐ殺される
 怖い。死ぬのは嫌だ
 しかし、されどもそれよりも

 憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

「よくも、よくもよくもよくも。ヨオォォォォクモオォォォォッツ!!」

 燃えるように憎い
 この憎悪に比べたら恐怖なんてものはない
 殺す。殺して殺して殺して殺しつくすのだ

「絶対、許る――」
「おにぃ……」

 この声は……

「弟ッ、弟! 弟弟弟ッ!」

 生きてた!
 ちゃんとここにいる

 弟を抱きしめ、幸せを噛みしめる

 ああ、ただ抱き締めるだけでもこんなに幸せだなんて
 この世界は素晴らしい
 家族というのは偉大だ

 頬をツーっと涙がつたる
 泣き叫び、みっともなく泣き叫び
 弟弟と言い続けた
 呆れた弟に止められるかと思った時――

 ――バゴツッッ

 唐突に衝撃に突き飛ばされた
 何かに殴られた

「ベラヌァーヴァイヒャリノトゥ!  ゴブリンナァイ」

 剣の柄で殴られたのだ
 辺りを見回すと、弟だけでなく幾人かの子供や騎士見習いが連れてこられていた

 足元を絶えず揺らす感じ
 囲まれた鉄の檻
 俺たちは捕らえられていたのだ

 ここは敵地
 背後には弟
 そして俺は騎士見習いだ

 ならば、守るべきものを守る
 弟を守るのだ

 弟と固まっていよう
 守るべき相手なのだから
 絶対に離れない

「弟、一緒に」
「わかた」

 その後、まる1、2日程運ばれた

 ◇◆◇◆◇

「バジャバジャバシャア!」
「ニアード! イァケーワース、20リア!」
「スァサース、エイ! エイウォーン!」
「リャーメ。ヌアトティト」

 変な匂いがする
 それに家畜が多い
 ここは家畜の国か……

 武装している者、小綺麗な布を被っている者、俺たちと同じような格好をしている者……等々
 色んな人がいる
 見渡しただけでも部族の数を上回る数の家畜がいる
 そして猛者も多くいる

 筋肉隆々とした巨人が大量にいる
 対して俺たちは緑で小柄の体躯
 部族一番の父と比べても遜色ない男が大量にいる所ではひ弱も良いところだ

「弟、ここ危ない。離れる、絶対駄目」
「わ、わかた」

 暫くしたらいつものような匂いのする所へと連れてこられた
 死にかけの家畜や、飛竜。妖精、獣人、オークや他のモンスター
 それらの物が皆一様に檻に入れられて薄暗い場所を運ばれていく
 俺も、そのうちの一人なのだろう

「トォスゥオゴブリン。アー、8ゴブリンズニャア」
「ビハバン。ヨトノゼィア?」
「ホッポイタノォス。ノョ、オキテェイトシーザ」
「トゥー。フォイキャ! メルズゴブリンズ!」

 小太りの男と鎧男が会話をしてから、小太りの男の号令を受けて幾人かの家畜の家畜が動く
 檻を開け、ある部族を掴み体を凝視している
 そして次、次、と次々に皆を凝視する
 そして俺達の所までも来る

「来る、駄目! 来る、殺す!」
「おにぃ、怖い。怖い」

 それでも家畜の家畜は来る

「う、ウワアアァァァ!」
「チッ」

 家畜の家畜に襲いかかるが、頭を鷲掴みにされて動けない
 腕の長さが足りないから殴れない
 腕を引っ掻いても傷もつかない

 無力だ
 力が、力が欲しい
 皆を全て守れるだけの力が……

 暫くすると家畜の家畜に投げ捨てられ、再び檻を閉められる

「おにぃおにぃ! おにぃ傷。死んじゃう。死んじゃう嫌!」
「大丈夫。俺死なない。大丈夫」

「ヒューズサマ、ゴブリンズヨーロネルチクリーン」
「トォー。ゼスト、1ゴブリン250ニア」
「250ニア!? ヒァノティテォカルース、1ゴブリン300ニア」
「ワシィー260ニア」
「280ニア!」
「270!」
「278!」
「トォー。ビドリンドキャリー」

 鎧男は小太りの男から何かを受け取り、そして去っていった
 ここで逃したらもう二度と殺すチャンスはないだろう
 だが、敵わないと分かっていて、わざわざ襲いかかる程、俺は馬鹿ではない

 その後、家畜の家畜が檻ごと俺達を運び、大勢の家畜がいる所へと連れ出した

「1ゴブリン400ニア! ヌァウクシャヌァウクシャ!」

 それからは暫く放置され、時間が来るとドロドロの何かを檻の中に放り込まれる
 別の檻にいる家畜達がそれを食べていたので、食べ物だとは分かる
 しかし食べてはいけない。敵地の中で敵が出す食事を食べるなどあってはならぬ

 ……という考えがまかり通るのも一週間までだった
 一週間もたてば腹は空くどころか吐き気すらしてくる
 このままでは餓死する
 心配し過ぎて飢えたら元も子もない
 結局、それを食べざるを得なかった

 そして幾ばくかの時が流れた……

 ◇◆◇◆◇

「どうもこんにちは皆様方。私はオルターという者で、御座います」

 ある日のことだった
 いつもの奇怪な言語とは違う、複雑ながらもしっかりと分かる言語
 しかしその声の主を見てみれば、それは家畜だ
 家畜でも部族の言葉を話せる家畜がいたとは

「お前、誰」
「先ほども申した通り、オルターという者で、御座います。さて、ここの中で清らかなお体の御方。あなた方の言う『儀式』を行っておられない御方はいらっしゃいますでしょうか?」

 オルターという男は他の家畜のような薄茶色の服を着ており、その顔も平凡だ
 しかしなぜか魅力的に見える。他とは違う。他の家畜とは
 仕えてしまいたくなる
 しかし俺には部族の誇りがある。その誇りを捨てることはできない

「ふむふむ。誰も答えませぬか。そうですか成程了解いたしました。おお、もし清らかならばここよりも遥かに良い場所で生きられるというのに。毎日ジャイアントボアの大きな、それはとても大きな肉の塊にかぶりついたり。この街一の美女を毎日連れてきて散々『儀式』をして、その最中美女が死んでしまっても誰も咎めなかったり。自分の子を孕ませその子で強力な軍隊を作ったり、悪魔様の御力によって絶大なる、絶対的な、超強力な力を得られたリィ! できるのになぁ……ちらちら」

 部族の皆も馬鹿じゃないんだ
 そんな見え見えの罠に引っかかったりするわけがない

「俺、してるない。きれい」

 オルターが笑った気がした

「俺! 俺もしてるない! きれい! きれい!」
「俺も! きれい!」
「俺俺! 俺もしてるない!」
「俺も!」
「俺も!」
「俺も!」

 衝撃が走った
 部族の誇りが感じられない
 しかも罠だと分かりきっているのにそこに飛び込む
 目眩がする

「おにぃ、俺も」
「駄目。あれ、危険」

 弟までもがそうだった
 騎士も嘘をついてまで罠にかかろうとする

 皆、この生活の中で疲弊しているのだ
 仕方がない……
 とは、思えない

 部族は何者にも屈しない
 部族は決して嘘をつかない
 部族は部族を一番に想う
 部族は……部族は……

「おお、貴方方が清いお体の御方ですか! おお、おお! それでは、サヨウナラ」

 視界が赤に染まった
 何が起こったのかも分からず困惑していた
 部族が、正確には先程、清いと言い張っていた部族が死んだ

 首と胴体が離れていた

「貴方方はそれでも悪魔様の子孫なのですか? 仮にもそうなら、欲望のままに動かないで戴きたい。もしくはそれ相応の力を得なさい」
「ニャヒィクアオルトッ! ソシゴブリンズユサティリーズ! カイウィ」

 家畜の家畜がオルターに向って怒鳴った
 自分の飼っていた生き物が死ねば怒る。当然だ

 それで言えば、仲間を殺された後、怒りが湧くのが当然だ
 しかし怒りがない
 後悔はある

 俺があの時に部族に侵入してきた敵を殺せたら
 今、皆を従えるだけのカリスマがあれば
 ここを抜け出せるだけの強さがあれば
 力が、力が、もっと力があれば

 力が欲しい
 力が無ければならない
 力があったらどんなにいいことが
 力、力、力……

「エイダネートヒプロ」
「デオキンルツァー? トゥー、1ゴブリン……。800ニア」
「トゥートゥー。セリメョリーヌ」
「オオ! イニャリトゥ! イニャリトゥ! シヌアレン!」
「オルター」
「オルター、ユァツァード!」

 オルターが家畜の家畜に革袋を投げたかとおもうと、家畜の家畜が大喜びしてそれを受け取る
 そして檻を開けると、首輪を付けられ、オルターへと手渡された

 抵抗はしなかった
 少し、落ち込んでいた

「おお、貴方方が我が主の原体ですか! おお、おお、清らかなる悪魔の末裔よ。なんと、なんと美しい……」

「おにぃ、オルター凄い! かっこいい!」
「……」

 確かに何かカリスマを感じる
 しかし油断はできない
 弟を守るのだ。でも、今だけは、今だけは楽にさせて欲しい

「さあさあ皆様方、ワタクシの家にご招待致しましょう。おお、今から我が主が……おお、おお!」

 ◇◆◇◆◇

 オルターの家は、小屋とも言えないボロボロのものだった
 小さなドアに、人が住めるとは思えない程の大きさ
 しかし中に入ったらとてもじゃない

 まず下に広い
 大きな大きな階段が長く長く続いている
 下に下に行ったら、扉につく
 その扉を開くと、さらに広い部屋があった

 いくつもの扉、扉、扉
 そして散らかった縦に長い部屋

「さてさて、こちらで御座います。おお、この場所で我が主が……! おお、おお! ……さて、では拘束させて戴きます。暴れてしまっては入るものも入りませんので」
「何!」

 拘束されれば、暴れなければ力が得られるのか?
 あの人なら、オルターならやってくれるのか?
 これでもう何も失わないで……失わないで済むのか……?

 いや、誇りが許さない
 部族の皆が誇りを失っても、誇りは無くならない
 俺がいる限り、部族は守り抜く

「おにぃ、どうする? どうする?」
「逃げる。直ぐ、一緒、逃げる! 」

 弟の手を取ると、即駆け出す
 ぐいぐいと手を引っ張って外に行こうとして、出来なかった
 弟が、抵抗していた

「嫌。俺、オルター一緒」
「何……言う?」

 再び衝撃が走る
 部族の皆だけではなく弟まで誇りを失ったのか……?
 なんで? なんで?
 なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?なんで? なんで? なんで? なんでツッ!!

「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ!! 俺、行きたいない!」
「おお! おおぉ! なんとお可愛そう。なんと悲惨。なんと喜劇! おお、小さな方の御方はワタクシに付いてこられるのですね。おお、おお! 大きな方の御方もこちらにお越しくださいよ! お越しにならないのならば、申し訳ありませんが少し暴力的なことをさせて戴きますよ。おお、我が主よ、その絶対的で超強力で超絶的なその御力をどうか矮小なるわが身にお与えくださいませ。お願いお願い申し上げます。おお、我が主『ザガン』よ、地獄界61位階の総帥であらせられます貴方は我が全てでございます。おお、重ねて重ねて申し上げます。どうか、どうか矮小なるわが身にその御力をお与えください」

 オルターが長い文言を語るとその瞬間首輪が急激に重くなり、動けなくなった
 否、弟の抵抗が無ければ辛うじて動けるであろう
 首が千切れそうになる。しかしそれが進行を止める理由にはなり得ない

 逃げなければ
 殺される
 そう分かっていても不思議と恐怖は湧いてこなかった。何故かそれでもいいような……
 駄目だ。このまま死んでたまるか
 部族を殺した奴らを殺し、皆で幸せに暮らすんだ
 だから頼む、弟よ。一緒についてきてくれ

 弟さえ見捨てれば、逃げれる
 見捨てれば……

 騎士見習いの誓いその一、部族の誇りに生きなさい
 騎士見習いの誓いその二、弱きを助けるべし
 騎士見習いの誓いその三、正々堂々と生きるべし
 騎士見習いの誓いその四、先祖を大切にし、伝統を絶やすべからず

 見捨てるという行為は一、二、三全てに違反する
 絶対にしてはいけない
 例えこのまま朽ちたとしても、弟だけは守って見せる

「大丈夫。心配、駄目。俺、弟助ける。絶対」
「おにぃ……」
「おお、おお、おお! なんと美しき兄弟愛かな。素晴らしい。素晴らしいですよお二人! 流石は悪魔の末裔ゴブリンで御座いますよ!」

 オルターがまるで神のように見えた

 ◇◆一日目◆◇

 手足を拘束具で縛られていた
 やはり、罠だったか

 罠だと分かって部族の皆が喚きだす
 弟も例外ではない
 只一人、俺だけが抜け出す方法を考えていた

 食事は奇怪な模様の浮かんだ肉の塊だった
 この肉は見たことがある。家畜の肉だ
 その日はそれを食べて終わった

 ◇◆二日目◆◇

 その日は部族の一人が針を刺され、その針とつながった容器に入った液体を注がれた
 その部族の一人は暫くは何とも無かったが、暫くすると苦しみだし、体に斑点が出てきた

 オルターはそれを見て、酷く興奮して、ザガン様、おお、ザガン様、といった風に叫んでいた

 ◇◆三日目◆◇

 液体を注がれた部族が破裂した
 風船のように体が膨れて行って、腹が割れ、腕が飛び、頭が爆ぜた

 オルターはそれを見ると、次の部族に液体を注いでいった

「お、おにぃ……。怖い。怖い、おにぃ、オルター怖い」
「大丈夫、俺、いる。守る、絶対」

 ◇◆四日目◆◇

 三日目の繰り返し
 部族が破裂し、新しい部族へと液体が注がれる

 嫌悪感がない
 なにか崇高なことをされている気分になってくる
 このままでは駄目だ
 このままでは殺される

 そう、分かっていても抗えない
 誇りを、失わないのだ

 ◇◆五日目◆◇

 弟の一つ前の部族の所までやってきた
 いつものように破裂して、次の部族へ

「おにぃ、もうすぐ俺、神、なれる。嬉しい。嬉シイィィ」

 神……
 ああ、いいなぁ。俺も、早く……

 ……ッ!?
 何を、考えていた!?
 いけない。こんな考えはいけない
 部族の誇りを守る。絶対に!

「弟、それ駄目。いけない。絶対いけない。悪いこと。それ、凄い悪い」
「おにぃ、嫉妬? 嫉妬? 大丈夫、おにぃ、俺の後なれる。神」

 ◇◆六日目◆◇

「さぁさぁ、あなたの番ですよ」
「俺、なれる? 神なれる?」
「それは貴方の資質次第でございます。さぁさぁ、では行きますよ」

 また一人、部族が破裂した
 そして次は、弟の番だ

「やめろ! オルターそれ駄目! 弟離れる! やめろ、やめろオルター!」
「おにぃ、大丈夫。おにぃも神になれるよ」

 弟が話している途中で針が差し込まれた
 ああ、これで弟は、弟はもう

「嗚呼あああぁァァァァァァァァ! 弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟弟オオォォォォツッ!!」

 守れなかった
 守れなかった

 騎士見習いとして失格だ
 誓いが
 誇りが
 感情が
 部族が
 全てが
 全てが全てが全てが全てが全てが全てが全てが全てが全てが全てが
 失われた

「アは、アハハハハハハハハハハハ! 俺出来ないかった! 守る出来ないかった! ヒャハハハハハハハハハハハ」
「おにぃ、心配しないで。俺が神になった後におにぃも絶対になれるから! だかりゃ、かりゃりゃりっやりゃりゃつりゃきゃっらや」

「おお、おお、素晴らしいッ! これぞ、我が主、降臨の兆しッ! おお、おお! これぞこれぞ!」

 弟の体がブクブクぶくぶくと膨れて行く
 骨の見えていた身体は筋肉がつき、その体躯は元の二倍以上。今も大きくなって行っている

「つらやりゃりゃりゃりゃらいッちやゃちゃちゃりゃりゃちゃりゃりゃりゃらいッちやゃちゃちゃりゃりりりりりりり」

 更に体躯は大きくなっていき、拘束具を突き破る
 体をエビぞりのようにのけぞらせ
 のけぞらせ、グギャッ、と、骨の折れる音がした

 その後眼球がぐるりと上を向いた
 そして上へ上へと向き続け、血管が破裂し、神経が途切れて、眼球の液が垂れて、垂れて、眼球の裏側まで見えた

 腕も逆の関節へと曲がり、バキバキと容赦なく骨を折る
 足も、同じように
 首も、頭蓋も、臓腑も外へと飛び出し、筋肉もブチブチと音を立てて千切れていく
 まるで球体のようになったところでその現象は止まった

「弟……」
「おお、残念。細胞は適応したのですが、精神の適応に失敗しましたか。しかし、兄弟のあなたなら、どうですか? おお、おお! 我が主よ、もうすぐ、もうすぐで御座います! もうすぐ御身をこの現世へと蘇らせられます! 暫しッ! 暫しお待ちくださいませッ!」

 オルターは俺へと向き直ると

「さて、後被検体はあなただけですか」

 そう言われて辺りを見回すと、俺以外の部族は全ていなくなっていて、誰もいなかった
 俺は、弟だけでなく、部族を一人も守れなかったのだ
 くっそ、クソクソクソクソクソ、クツッッソ!!

「許さない許さない許さない許さない許さない!」

 力が、力があればこいつを今すぐに殺してやるのに
 こいつを殺せるだけの力が欲しい

「死ね! 死ね! シネ! シネ! シネシネシネシネシネシネジネジネジネジネジネジネ、ジネエェェェ!!」

 そして針を刺されると、俺の意識は深く沈んでいった

 ◇◆◇◆◇

 体へ何かが流れ込んでくる
 熱い、黒い、美しい、そして懐かしい

 まるで子供の少しづつころに戻っているかのように、意識が遡っていく
 俺が生まれた瞬間すらも飛び越えて、父親が生まれた時
 祖先が生まれた時
 部族が生まれた時
 悪魔だった時

 悪魔が封印されたことすらも

 気が付いたら白い空間に立っていた
 白い、白い、どこまでも白い空間
 そしてそれと対峙するように広がるどす黒い影
 影は蠢き、触手のように、もしくは白に溶け込む様に広がっていた

 そしてその中央にたたずむ黒い悪魔
 牡牛の姿にグリフォンの翼の生えた悪魔ザガン

『小さきものよ、汝我が贄となりえんか?』

 贄?
 ああ、そうか
 ここは封印の空間だ
 俺を媒体として現世に見参するのだ
 さっき知った

『贄ならば我を受け入れよ。さすれば力を得るであろう』

 力、何を代償に力を得るのだろうか

『代償はその意識のみである。憂鬱になるでない。我がその体をより強力に昇華させて引き継いでやろう。光栄であろう』

 部族をすべて失った
 家族もすべて失った

『蘇らせてやろう。反魂法により、其の体を蘇らせてやろうではないか』

 噓だ
 そんなことできるはずがない
 神ですらできなかったことだ。神はそれをしようとして、天魔大戦を起こしたんじゃないか
 そしてそれをしても蘇らせれなかったんじゃないか

『なぜ知っておるのだ。……そうか、オルターの仕業か。我の記憶を覗くのは確かに融合率は高くなるが、余計なことをしおってからに……。それならば無理矢理に行くぞ』

 悪魔ザガンは俺に向かって手を伸ばし――

 精神が侵される
 暴力的に蹂躙されているような
 聖母の如くに包まれているかのような
 地獄の業火に焼かれるかのような
 この世の娯楽を極めたかのような
 全知全能になったかのような……

 そしてずぶずぶと深く深くに沈んでいくように
 固体だか、液体だか、はたまたこの世のものではないのか
 その何物でもあり何物でもない物体とも呼べぬ空間をずぶずぶ、ずぶずぶと

 ともすればこのまま眠ってしまうのではないのかとも思える
 そうしていく内に悪魔ザガンと同化していくのだ

 ある程度の同化が成功すれば、思考が共有される
 まずはふわふわした思考
 怒りや喜びや悲しみが概念的に流れ込んでくる

 次に少しはっきりとした思考
 これ故に怒っているや、これ故に喜んでいる……などなど

 つぎははっきりとした思考だ
 普通に思考するのと何ら遜色のない思考が流れ込んでくる
 ぐるぐるぐるぐると、悪魔ザガンの思考が頭に流れ込んでくる

 憎き天界の者どもめ
 我が封印が解けた暁には地上を蹂躙してやろう
 オルターは半端な仕事しかしなかった。殺そう……等々

 自我が薄くなっていく
 部族の誇りが
 部族の矜持が
 全てが全てドロドロに溶けてなくなっていく

 ああ、このままいればいいだろうか
 このままだと、何もできなくなって行くのだろう
 ああ、もうそのままでいいか

 もう、このままでいれば……

 ◇◆◇◆◇

 いくつの時が流れただろうか
 沈んでいるところは次第に暗く暗く変わっていき、狭く狭く変わっていった

 快感を刺激されるところから負の感情を刺激されるところへと入ったのだ
 俺の場合は憎悪だった

 全てが憎く見える
 冒険者、オルター、悪魔ザガン、自分、部族、弟
 天使、神、家畜、動物、子供、岩、木、水、空間、液体、固体、物体、世界、星、空、食料、体内、時間、存在全て
 すべてすべてすべてすべてすべてすべてが全て憎い

「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い」

 全てを破壊しつくし、全てを消し炭にする
 いや、消し炭も憎い。それも消そう
 いや、その消した空間も憎い。それも消そう
 イヤ、その行為自体も憎い。それも消そう
 消そう消そう消そう。全てを消そう

 それには力、チカラが欲しい
 いや、チカラも憎い
 欲することも憎い

「アあぁぁぁ! どうすればいいんだよオォォォ!」

 チカラ力チカラ
 憎い憎い憎い

 何もかもが憎い
 憎いしかない
 憎い憎い憎い! 

「あがぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃアアァァァァ」

 消えろ消えろ!
 俺についてる悪魔も!
 俺を拘束するこの空間も、全て全て消えてしまえ!!
 消えるなんて存在自体も跡形もなく消えてしまえば

『なっ、なんだ貴様は! 何故我に干渉できる!? まさかオルター、彼奴またもしくじりおったか!? 我の精神に干渉するでない! やめるのだ!』

 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消え消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消え消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ











 気が付いたら元の空間にいた
 しかし拘束具が壊れている
 そして体が異様に軽い

「おお、おお! 我が主よ! 遂にとうとう復活なされなしたか! おお、お――グギッ!?」
「血をワインに」

 オルターがうめき声をあげて即座倒れる
 そしてすぐに息絶えた
 死体が憎い

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い!
 気が付けば辺り一面に臓物がまき散っていた
 そして異様に赤い黒い脚
 それすらも憎い

 オルターを踏み潰した脚を破壊し、破壊し、再生し
 それを幾ばくか繰り返すがやがて気付く

 脚以上に外が憎い
 俺の憎い部族を奪った憎い存在
 そして憎い人族ども

「今からぶっ殺してやる! 待ってろ!」

 この部屋も憎い
 全てを破壊しつくしてやる

 天井を突き破り、外へと飛び出す
 さあ、蹂躙だ!

 ◇◆◇◆◇

 まずは手始めに貧民区の人族どもだ
 血をワインにかえてぶち殺す

「うひ、うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひいいぃぃぃぃ」

 全員はチカラが足りない
 だが少なくとも百人は殺した
 殺した? 殺すってなんだ、憎すぎる
 殺すとかクソじゃないか

 殺人が憎い
 俺の行為が憎い
 嗚呼クソ、憎くて憎くてどうにかなりそうだ

「オイ悪魔! もっとだ! もっとチカラを寄越せ!」

 ぐんぐんとどす黒いチカラが入り込んでくる
 なんだこのチカラは?
 憎い憎い。チカラが憎い

「チカラが憎い! クソクソクソクソクソクソクソ! クソってなんだ!? 憎い、クソって言葉が憎い! 言葉ってなんだ!? 言葉って言葉が憎いイィィ!」

 もっと、もっと殺す
 殺して殺して殺しつくす!

「うへへへへへへへ、死んでる死んでる! うへへへへへへへへぇ」

 貧民区の人族を次々に蹴とばし、軽快に次の区画へと向かう
 ワインにするだけじゃつまんないなぁ
 あぁ、硬貨だ!

「体内の鉄分をぜぇええんぶ硬貨にしてやろう! うへ、うへへへ。楽しそ~う……。楽しいとか憎い! 憎すぎる! 硬貨とかも憎い! 憎い憎い憎い憎いッ!」

 次は商業区だ
 アァ、こっちのが人多いじゃないか

「シネ死ね死ねえぇぇッ! うっへへへへへへへ。みぃんな死んでるうぅぅ……。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬウゼェんだよ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬとか憎いんだよッ! 憎い憎い憎い憎いウゼェんだよ! 憎い憎い憎い憎いとか憎いんだよッ!」

 みぃんな体の中に硬貨ができて苦しみ死んでいく
 ワインは一瞬だったけど、こっちはゆっくりだなァ
 うへへへへへへ、苦しむのイイなぁ
 苦しめ苦しめ

「この悪魔め! この俺様が来たからにはもう悪事はさせんぞ!」
「ちょっとゼスト! 奇襲するんじゃなかったの!?」
「え? でも名乗らないと駄目だろ?」
「なんか前ゴブリン退治でもおんなじような事した記憶あるんだけど!」
「お前達敵の前だぞ! 反省は後にして戦いに集中せんか!」

 聞き覚えがある
 コイツラは、コイツラはコイツラはコイツラはコイツラはコイツラはコイツラはコイツラはアァァァァ!

「お前らカアァァ! お前らが俺の憎い憎い部族を滅ぼした奴らカアァァ!」

 憎い憎い、コイツラが憎い。憎くて憎くて腸が煮えくり返る
 憎い憎い、部族が憎い。憎くて憎くて腸が煮えくり返る

「体の中に硬貨を出すだけじゃ足んねぇ。もっともっともっともっと苦しんてくれないと駄目だ」

「なあ、あいつなんかヤベェこと言ってるよ」
「怖いデス。怖いデスが、それがいいんデス!」
「お前ほんとにプリーストか?」

 臓物を引きずり出してグッチャグチャにしてやらねぇと気が済まない
 体すべての骨を折ってぶち殺してやらねぇと気が済まない
 それならまずは抵抗できないようにしないと

 アァ憎い。その行為が憎い
 しかし憎い。あの冒険者たちのほうがよっぽど憎い

「まずはその手足をぶっ潰してやるよ!」

「セーラ!」
「神の力は万物を富ませ護らせる盾であらせられる。我が願いを聞き、その力をここに見参させよ『ホーリーバリア!』」

 憎いアイツラに向って走っていくと、目の前に透明の光る壁が現れる
 なん何だこれは? 劣化版神の力かこれは?
 こんなもの俺の力で簡単に砕け散るぞオラ!

「抵抗なんて憎いねぇ! 憎い憎いにっくいねぇ! 触れただけで壊れる神の力なんて、憎いねぇ! 憎い憎いにっくいねぇ!」

「全然効かないデス! 相手の力が強すぎるデス!」
「ヤベェぞ、こいつ俺達を殺すどころか痛めつける気満々だぞ」
「なんでよ! 私達がなにかしたって言うの!? ていうかさっきから憎い憎い言い過ぎじゃないの!?」
「クッソ、今ここで俺達が引いたら町の住民がもっと死ぬぞ! 絶対引けないだろ!」
「そうだな。ゼストに賛成だ」
「アタシも、この町は好きデス」
「ああもうしょうがないわね! 絶対にこの町は守るわよ!」
「「「オオー!」」」

「一致団結っていうのは憎いもんだ。憎くて憎くて、そして憎いもんだ。復讐っていうのは憎いもんだ。憎くて憎くて、そして憎いもんだ」

 まずは鎧男
 その盾に息を吹きかけると、鎧ごと硬貨になって防御力は皆無になる
 そして、目を潰した
 目の中だけをワインにするんだが、これが存外難しい
 だが成功した

「難しい、憎い。難しいすっげえ憎い。成功、憎い。成功すっげえ憎い」

「バイト! くっそ!」

 剣男が剣でこちらに攻撃してくる
 遅い。そして剣は金属だ
 ならば硬貨に

「くっそ! 剣まで金になりやがった!」

「うへへへへへへぇ。無力は憎いよねぇ? 無力はクソほど憎いぞ! 硬貨は憎いよねぇ? 硬貨はクソほど憎いぞ!」

 うへへへへ、あんなに強かったコイツラがこんなにも弱い
 うへへへへへへ、こんなこと、憎すぎるだろぉ

「う〜ん。次はぁ、お前だ光女」
「ヒッ」

 ビクビク震えている
 ビクビクびくびく

「震えるなんて憎い真似しやがって。悲鳴なんて憎い真似しやがって」

「な、なんでこんなことするデス。こんなことする意味ないデス!」
「なんでだぁ? テメらが俺の憎い部族を皆殺しにしたからだろぉが! テメエらが俺達の平和を乱した時、どんなに憎かったか。平和は憎い。皆殺しはもっと憎い! ……その後お前らに奴隷商に売られてその後の生活がどれだけ苦しくて、憎かったか。生活は憎い。苦しいのはもっと憎い! ……そしてオルターだ。アイツ俺が無力なのをいいことに好き勝手しやがって。あんの自己中クソ狂信野郎めガアアァァァ! 無力、あぁ憎い! 自己中、あぁあぁ、もっともっと憎い! そんでお前らは、一番憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!」
「そんなの、あなた達が先に村人に手を出したんじゃない! 知ってる? あの村の人達、折角育てた家畜を盗られて、冬は雑草食べてたのよ!? それどころか毎年毎年女の人を盗られて散々強姦した挙げ句、ゴブリンなんか生んで帰ってくるのよ!? その人達の話を一度でも聞いたことがあるの!?」
「うるせぇウゼェ黙れ害悪憎い憎い憎い憎い! オマエラの祖先が俺達の祖先の住んでた所に無理矢理入ってきた。住まわせてあげる代わりに食料難の時食料とオモチャを渡すことを約束した。オマエラは自分の都合のいい事ばっかりつらつらつらつらつらつらつらつらつらつらつらつらと並べ立てて、こっちの都合をなんにも考えない。そんなの憎い。やっぱり憎い! 憎いが憎い。やっぱり憎い!」
「そんなことが村人を襲っていい理由になるかよ! 一緒に家畜を育てて暮らすことだってできただろうがよ!」
「クソ野郎消え失せろ死んでしまえこのクズめ憎い憎い憎い憎い! それでも憎いんだよ! 仲間を殺された恨みが分かるか? わかんねぇよな、テメエらみたいな鬼畜には! 俺はあの部族が好きなんだ! 好きだったんだ! 守りたい。守りたいんだよ。何だよ守るとか、憎い憎い憎い憎い。何だよ好きとか、憎い憎い憎い憎い。何だよ何だよなんなんだよ部族とかよ。憎いくて憎いくて憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。部族って憎い。部族なんて憎い。部族が憎すぎる。もう部族が憎すぎて腸がはちきれそうだ。でも、それでも俺は……」

「部族が好きなんだよぉ! 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い! でも、好きだ! あの誇りも! 騎士も騎士見習いも! あの巣も! 仲間も! 伝統も! 食事も! 空気も! 森も! 洞窟も! 作戦も! 子供も! 家族も! 俺も! パパも! 弟も! 全部憎い! 全部好きだ! 部族が憎い! 部族が好きだ! 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い! 好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ! 憎い憎い憎い! 好きだ好きだ好きだ! 憎い好きだ憎い好きだ憎い好きだ憎い好きだ憎い好きだ憎い好きだ憎い好きだ憎い好きだ憎い好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い憎い好きだ好きだ憎い憎い好きだ憎い憎い好きだ憎い憎い好きだ憎い憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ憎い好きだ憎い好きだ憎い好きだ憎い好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ憎い好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ憎いツツツッッッッッッッッッ!!!!」

「やっぱり俺、部族が、部族の皆が好きだッ……!」

『好きだ』、そんな感情もすぐに『憎い』に飲み込まれて消えるだろう
 この好きという感情を忘れないために、あそこへ行こう
 そう、俺の故郷に

「帰ろう……」

「お、オイッ! どこに行く!」

 うるさい奴は潰して進んでいこう
 早く殺せるワインでいい

 ああうるさい。うるさい、ああ憎い
 ああ仇よ。仇よ仇よ、ああ、憎い

 さあ行こう、今すぐ行こう
 俺の愛しく憎い故郷に











 歩みを止めるものは何もなかった
 悲鳴をあげる憎い奴は潰し、道に佇む憎い道は潰し、澄んでいるなんて憎い空気は潰し潰し潰し、潰しきれずに何度も吹き飛ばし
 好きだ、憎い、好きだ、憎い……
 と、何度も何度も呟きながら町を潰して越え、山を潰して越え、森に着く

 ああ、遠い遠い
 憎い程に遠い

 ああ、好きだ好きだ
 憎い程に好きだ

 この血と汚れのぐちゃぐちゃした憎い空気もそのまま
 周りの憎い植物も、憎い部族の亡骸も、そのままだ

「ああ、帰って来たよ。憎い憎い俺の故郷。憎い憎い、俺の部族の皆……やっと、帰ってきたよ」

 愛しの憎い憎い洞穴
 愛しの憎い憎い部族の思い出
 この憎い思い出だけは絶対に忘れない。絶対に

 悪魔は基本的に不老不死だ
 だから、これからはずっとここにいるだろう
 この『好きだ』という感情を忘れないために、憎い場所で生きていくのだ

 憎い部族を好きという感情を抱えながら、これからも生きていくのだ……

しおり