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敵の腹の中へ

 ――某所にて


「あら、困ったわね。帝国に差し向けたレアム軍が全滅したわ」

 女は事も無げにそう言うと、その言葉を聞いていた恐ろしげな雰囲気を漂わせる男が口を開く。

「……その割に困ってそうな声色では無かったな」

「それはしょうが無いじゃない? 大事になんて思ってないのだから。まぁそれでも最低限の仕事はしてくれたようだし、問題は無いわね。大体、全滅したのは不穏分子の予備軍だもの。餌を吊り下げれば何だってできちゃう、理解の足りない若い子達とは違うわよ。そう何度も踊ってはくれないわ」

「理性と知恵を身につけているが故に不要になった、か。だが、これではレアムが滅びるのではないか?」

「何を言ってるの。元々滅びる国だったでしょう? それを僅かばかり延命してあげたのだから、伸ばした分は役に立ってもらわないと」

「然り。しかしどちらも取るに足らぬ存在とは言え、どうせなら帝国に消えてもらいたかったんだがな」

「ええ、そうでしょうね」

 二人共、レアムに所属しているだけのようで、愛国心は皆無のようだ。

「あれもだめ、これもだめ……確かに色々と計算違いが起きてるわ」

「ふむ? 今代の『勇者』か」

「あの娘が起点になって、おかしな状況が生み出されてるわ。予定外にグレイスって娘は人質にできたけど、『捕獲兵器』を防御として使うだなんてね……。どうなってるのかしら? 確かあの『兵器』の数々は貴方のお仲間の作品よね?」

「あれはもう仲間でも何でも無いな。強いて言うなら混沌の手先だ」

「……何よそれ?」

「あれには仲間だったとかそういう認識はもう消えている。ただ戦果を広げ、ただ痛みをこの世界に広めたい。それだけのために研究を続けてる奴だな。それでも昔のよしみで大分融通してくれた方だぞ」

「そうね。分かれていたはずのプライ商会が、二つに分かれること無く唯一の販路を持った商会として存在してるのだもの。これも今代のせいだわね。……ねぇ? 何故プライ商会なの?」

「昔、行き倒れてた所を見つけられ、介抱して貰ったらしい。なんでも記憶を失っていたそうだ。その礼が戦争の『兵器』というのは皮肉が利いてるがな」

「ふぅん、変な人ね。後、ヒューエルの血筋であるジュリエッタの中身の存在も問題だわ。この娘にも引っ掻き回されてるのよ。忌々しいわぁ、どちらもたかが代用品の分際で……っ!」

「こうなると、あの二人を上手く手に入れられなかったのは痛いな。……だがどんな事態に陥ろうと、切り札はまだ幾つもあるだろう」

「まぁ、ね。ただ、先代が出てきた場合に備えて、温存しておくに越したことはないのよ」

「『勇者』で『魔王』か」

「犬死共のお陰で少しだけ計画は進んだから良いとしときましょう?」

「後は俺の出番というわけだな」

「まだ先だけど、その時が楽しみね……。では私はお出迎えの用意をしてくるわ」

「そうか。出番まで待ってるとしよう」

 女はそう言って、手を振りながら部屋を出て行った。その様子をじっと見ていた男は、

「仮にグレイスとやらの捕獲が成功していたとして、その娘をお前はヴェサリオに自由にさせただろうか?」

 誰に聞かせると無く呟いた男の視線は、女の出て行った方に鋭く向けられているのだった。


 ………
 ……
 …


「なに……これ」

 一夜城塞ですな。城砦?

(そういうこっちゃないのよ)

 現在喪女さん達は、川を挟んで向こう側に一夜城塞を望む位置に居る。木々に紛れてカモフラージュしてる……つもりなんだが、森という程木々は密集していないので、向こうからは丸見えだと思う。

(そうね、それもどうでも良いことなのよ今は)

 テンパり過ぎだろ。

「こうして見ると、小さな町位なら飲み込みそうな規模ですね。殿下、どうします? 不用意に近づけば、無限の集中砲火を浴びる可能性もありますが……」

「まぁ待て、サイモン。そろそろ我等の大将殿が動き始める」

「えっ!? ベティが何処に!?」

「……済まん、フローラ嬢。そういう意味で言ったのではない。だが、そろそろ来るぞ」

『やっはー。こちらベティ、皆さん、聞こえますかー』

「ベティ!? 何処……って、声だけが頭に響いてる?」

『今から官位持ちの人の視界を少し借り受けます。ちょーっと酔うかも知れないので、木に持たれたり掴まったりしといてね』

「一体何を言って……うげぇっっ!? ……気持ち悪っ」

 どったの?

(部隊の皆の視界が共有された……。パソコンで動画をずらーっと並べてるみたい。んで、意識を少し移すとその人の視界が見えるのよ)

 ほほぉ、便利だな。

(いや、慣れないと、これ、無理……吐く)
「うぶっ……」

「フローラ嬢。目を強く瞑って深く息をしたまえ」

「(ぎゅっ、スーハースーハー)……あれ? 消えた?」

「今のはエリザベス嬢に送られた情報の一部だ。慣れた部隊になると、互いの位置情報や視界の共有ができるようになり、死角がゼロとなる」

「……すげぇ!? あいや、凄い、ですね」

「私にはついぞ習得できなかった技術だ。しかし、使いこなすための訓練だけでなく、使われる側の訓練も十二分にしてきているのでな。エリザベス嬢にはこの私を存分に使ってもらおう」

 何かいかがわしい言い方ですね。

(何処がだよ、のーコンチクショウが)

 ゲラゲラ。ついに付けられた名前までが罵りの一部になっちまった。

(……あんたって何なら凹むの?)

 喪女さんで遊べなくなったら?

(最悪だよお前!)

 そんなに褒められると、照れるやぁん。

(………………)

(『フローラ、そろそろ気を引き締めなさい。ノーコンちゃんも、戦いの最中は駄目よ?』)

(はーい)はーい。

<仲良しねー>

(何処がよ)そうだろー。

「……どうした? ……敵方に動き? 殿下、城砦の最上段に赤髪の男が姿を表したようです」

「ヴェサリオ! あのクソ野郎!」

「「………………」」

「だぁあああぁぁあれがクソ野郎だ、この名ばかり残念勇者がぁ!」

「何であんた聞こえてんだごるぁ!」

「こんな馬鹿でかいもんおっ建ててんだぁ! 周りの状況が逐一分かるように作ってるに決まってんだろうがぁ! 本当に残念な頭してやがんなぁ!?」

「むっきーーーー!!」

「落ち着きなさいフローラ。今の話が本当なら、戦力が整う前に潰しに来るなりしてたはずよ。つまり、今になって漸くこちらの状況が手に取るように見聞きできるようになった、そう考えるのが自然ね」

「う……なるほど?」

「はぁっはあ! 公爵家令嬢は中々に賢いなぁ! 俺のグレイスより上なのは見た目だけかと思ってたぜぇ!」

「グレイス様はあんたみたいなクソ野郎のもんじゃないわ! サイモン様のものよ!」

「えっ!? ちょ、フローラ嬢!?」

 公開処刑ですか?

(後に引けなくしてやる! ……じゃなかった。もう随分良い仲なんだからこれ位言っても問題ない。……はず)
「とっとと返せぇ! クズリオー!」

「だれがクズリオだボケェ!? テメエなんざ……ああ!? いや、言い返しとかねえと……うぃっ!? ……あー、俺達は逃げも隠れもしねえ! テメエらを城砦の最奥で待っててやんよ! んで……あー何々? 今日の日没……それまでにテメエらが俺達の元に辿り着けなきゃ、グレイスはこっから落としてぶっ壊……って何勝手に決めてんだご(ブツッ)」

「音声を拡大する魔法か何かだったようですね。見て下さい、あのバカ、最上部でまだ揉めてますよ。ふふふふふ……」

「えっと……サイモン様、大丈、夫?」

「え〜ぇ、大丈夫ですよ、ええ、ええ」

 そういうサイモンの額には血管が浮き出て見えてるし、明らかに激怒してる様子が伺える。

(うえぇ、顔は可愛いのに怖っ……)

『皆さん、聞こえましたね。残念ながら城砦を端から削って炙り出す作戦を実行してる暇は無いようです』

「そんな作戦があったの!?」

『冗談ですが、割と本気でした』

「どっち!?」

『向こうも城砦から飛び出て対応するのは不利と見ているのか、出て来る気は全く無いようです。その代わりに、中に引き込んで罠に掛ける気満々で、あの馬鹿でかい正面の城門を開いてます。向こうの思惑に乗っかるのは、少々気が進みませんが……お姉様をぶっ壊そうだなんざ許しちゃおけねえ! 良いか! 野郎共! 絶対にグレイスお姉様を救い出せ! 絶対にだ! 例え命に代えてもだぞ!? 分かったな!!』

「「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」

「応じちゃった!? あいや、助け出すのは確定事項だけどさ……命は大事に、だよ?」

「ここへ来てその平和志向は良くないのぉ、フローラ」

「お祖父様!」

「大切にすべき命は選ばんとな。私達はお前を守りつつ、グレイス様をお救いする、それで行こう。まぁお互い対象を見つけるまでって事でどうだ?」

「お父様! 心強いですわ!」

「おうっふ……うへへ……」

「はぁ、こやつは本当にもう……」

 親バカですな。

(最高じゃないの!)

『では全軍前進っ!』

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