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旧交

 ラーラとノエンの二人は会合が終わって席を立ち役場の正面玄関を抜けるとあたりを見回す。背の高いノエンが何かを見つけ、ラーラに知らせた。

「まだいたよ姉さま。あそこだ」

 ノエンは発見した方向に手で指し示す。ラーラも目的のものを見つけると目深くフードをかぶりすぐに早足で進みだした。ラーラの後ろにはぴたりとノエンが付き従い人通りの多い降車場の広場を人をかき分けながら進んでいく。その行先は広場から少し離れたところにある厩の大きな棟だった。

 ラーラ達は迷いなく棟の中に入ると、人と馬で溢れる屋内をひるまず進み、扉を一つ抜ける。その先には出発の準備を急ぐ一人の男と馬だけの空間が広がっている。後姿の男はせっせと馬の鞍に荷物を載せている。ラーラから顔の見えないその男の元へ歩みを進めた。

「もし、ディゼル様でいらっしゃいますか?」

 結びつけられた馬の手綱をほどこうとしていたディゼルはその手を止めて振り返る。ラーラはディゼルであることを確認するとフードを取り、はばかることなくその場に膝をついた。ラーラのすぐ後ろに控えているノエンも同様に片膝をつくと二人は目線を落とす。対面に立つディゼルはその様子に驚くことはなかった。

「ディゼルナード殿下。先日の大橋砦ではご挨拶できず、大変ご無礼いたしました」

 ラーラは落とした視線をそのままに話す。ディゼルはラーラの言葉を聞くと困ったような笑顔で小さくため息をついた。そして自身もしゃがみ込んでラーラの両肩を掴み引き上げて立たせる。ラーラは至近距離でディゼルと目が合うが細かく瞬きを繰り返して視線をそらした。

「継承権はまだ残ってはいるけれど、もう殿下と呼ばれる立場ではないよラーラ。ほらノエンも立って」

 掴んでいた肩から手を放しつつディゼルはノエンにも声を掛ける。ノエンもラーラに倣うように立ち上がった。

「大橋砦で二人にまた見かけたときはうれしかったよ。父が処刑されてから近しい家臣達は苦労していると聞いていたからね。
 二人にも・・・大変な思いをさせてしまったことだろう」

 ディゼルは少し寂しそうにラーラ達の顔を見ながら語る。そんなディゼルにラーラが目線を合わせて答えた。

「ディゼル様に責任はありません!どうしようもなかったことです。ディゼル様こそ、こうして前線に身を置かれることにご不満はなにのですか?」
「ないよ」

 ディゼルは即答する。

「この立場は私が望んで手に入れたものだからね。それに陛下には周りからの圧力もあるというのにとても良くしていただいている。これ以上を期待するのは強欲というものだ」

 ラーラの心配そうな視線にディゼルは素直な笑顔で返す。

「こうしてまた二人と話ができて本当に良かった。商会の立ち上げ、おめでとう。どれだけ二人が努力してきたのかがわかる」
「そんな、もったいないお言葉です」

 濡れたラーラの瞳から光が強く反射する。ノエンが「ありがとうございます」と目を伏せてつぶやいた。

「二人の商会と調査騎士団、そしてこの国の行き先はこれから始まる大魔獣討伐作戦が重要な分岐店となるだろう。二人ともよろしく頼む」
「「はい」」

 ディゼルの真剣な言葉にラーラとノエンは静かに力強く返事を返す。ディゼルはその二人のようすに頷き馬の手綱をほどいて手にもった。そして出ようかとしたときディゼルはふと何かに気づいたように足を止めラーラとノエンに尋ねた。

「二人はユウトのことをどう見ている?」

 ラーラはあごに手を当てて思案したあと語り始める。

「私が調べた限り、その出生については謎の人物です。知識水準は低いのですが独特な倫理観や論理性を持ち合わせており、確かな教育を受けているのだと考えられます。私には国外の貴族のような印象を持ちました。ノエンはどう?」

 ラーラに促されノエンは一歩前にでて話始める。

「大橋砦では見知らぬ場所で怯える子どものようでしたが、お披露目会から直接交渉を行ったころには見違えるほど堂々とした雰囲気に変わっていました。白灰の魔女との接触で何かの変化があったのだと思われます」

 ノエンの言葉を聞きながらディゼルは思案してため息を一つ吐く。

「やはり白灰の魔女がでてくるか。ユウトとの間で何か取引があったとしてもおかしくないな。最後に聞きたい。二人はユウトのことを信用できるかな?」

 ディゼルの問いにラーラは迷わず答え始める。

「ユウトはゴブリン殲滅ギルドの遠征でその存在が確認されてから一度も人を襲った事実はありません。ゴブリンの身でありながら指輪を持たずに自らの欲求を制御できる自制心は見事でしょう。何かしらの信念のようなものが感じられました。白灰との一件もあるので全幅とは言えませんが信用できます」

 ノエンが続いて答える。

「昨日の決闘を見ましたがガラルドを救うために自らの損傷もいとわない姿勢からは誠実さを感じられました。その誠実さは一度した約束であれば身を滅ぼしても達成を目指すような類です。一度取り交わした約束ならば必ず達成させようとするでしょう」
「ありがとうラーラ、ノエン。私の考えとも変わらないものだったよ。
 これは友人としての望みだけれど、ユウトの世間知らずさは危うい面もある。二人で助けてやって欲しい」

 ディゼルはラーラとノエンの返事を待たずに続ける。

「そろそろ行くよ。それほど時間を掛けずに戻ってくる。話せてうれしかったよ。また近いうちに話そう」

 そう言ってディゼルは手綱を持たない手を軽く上げ、ラーラとノエンも同じ動作で返す。ディゼルはそのまま馬を連れて広い扉から外に出ていき残された二人は軽く頭を下げて見送った。

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