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カーテン

  
  
 T代さんは若い頃、家に帰らず友人たちの部屋を転々としていた時期があった。
「別に家族と仲悪くて家出してたとかいうわけじゃないですよ。放任されてはいましたけど」
 友人たちと遊んでいるのが楽しくて、ただ帰りたくないだけだったらしい。
 気のいい友人たちの部屋を転々とし、一晩の時もあれば、一週間続けて寝泊まりさせてもらったこともあったそうだ。
 T代さんは自分には霊感がないと思っているが、泊った部屋に薄気味悪さを感じることがあったという。もちろんタダで泊めてもらったから、そんなことはいっさい口にしないが。

 その日は行きつけの飲み屋で意気投合したB美さんの部屋に泊めてもらうことになった。
 B美さんの借りている部屋は大家さんが住む家の二階で、店子は彼女一人、いわゆる下宿なのだが、外階段が取りつけられていて遅い時間でも気兼ねなく出入りできた。
 招かれた部屋はフローリングで、毛足の長いラグを敷いた上にコタツが置かれていた。真冬は過ぎていたが、まだ肌寒さが残っていたのでT代さんはありがたく思った。
「あんまり掃除しないんで汚いけど」
 別に気遣っているふうでもなくB美さんが笑った。
 コンビニに寄ってビールとつまみを買ってきた二人はコタツに足を突っ込んで遅くまで語り合った。
 おしゃれのこと、男のタイプのこと、職場にいる嫌な奴のこと。
 話は尽きないが深夜も過ぎ、二人とも寝ることにした。
 布団を敷くと言ってくれたが、B美さんに申し訳なくて、このままでいいからと断った。
 熱に酔いやすいT代さんはこたつに身体を入れないよう横向きになり、膝を曲げて足だけこたつの中に入れた。背後の壁には来た時から丈の長いカーテンがすでに引かれている窓があって、すうすう寒いだろうからとB美さんはこたつ布団の上からブランケットをかけてくれた。
 反対側で同じようにして寝る準備をしたB美さんは「おやすみ」と言って照明を消した。
 緩めの温度が心地よく、T代さんはそのあとすぐ眠りに落ちた。
 目が覚めるとすでにカーテンから窓の光が透けていた。
 大きい窓だと思っていたが、光が差す窓の縦幅は腰の高さより上のものだった。
 カーテン、デカすぎじゃね? 
 T代さんはふふっと笑ってB美さんのほうを見たが、どこに行ったのか姿が見えない。
 え、もう仕事行ったの? 出てく時、戸締りどうしよ。
 寝転がったまま考えながらT代さんは何気なく壁のほうに顔を向けた。
 その瞬間、心臓が凍り付いた。
 カーテンの裾から足が出ている。
 え? なに? B美ちゃん? 寝起きドッキリ? 
 だが、薄汚れてごつごつとした大きな裸足はどう考えても華奢なB美さんのものではない。
 誰か、忍び込んでる?
 泥棒か強姦魔か。まさか大家さんじゃないよね。
 逃げなければ、と起きようとしたが、なぜか身体を動かすことができない。
 気付くと足はそれだけではなく、カーテンの横幅いっぱいに並んでいた。両足揃っているもの。片方だけのもの。男のもの、女のもの、子供のものもあって、そのどれもが裸足で黒く汚れている。
 B美さんが人を使って手の込んだいたずらをしているのだと信じたかったが、そこまでする意味がわからないし、なによりカーテンの裏に人がいるような膨らみもなく、窓の光に浮かぶ影もない。
 突然耳がキーンとなり、目は開いているのに気を失ったような感覚になった時、「ただいま。朝ごはん買って来たよ」という声が聞こえ、はっとなってT代さんの身体は動くようになったという。
 すぐカーテンの下を確認したが、もうなにもない。
 狐につままれたような顔をしていたのか、身体を起こすT代さんの顔をB美さんが不思議そうに眺めながら、コンビニで調達してきたおにぎりやサラダなどを袋から出してコタツの上に並べた。
「夢を見たんだろうなって――でもやけに生々しくて、そう思えなくて――」
 T代さんはすっきりしない気分のまま洗面所を借り、顔を洗ってからB美さんと朝食を食べたが、食べ終える頃には、やはりあれは夢だったんだと思えるようになった。
 B美さんの出勤する時間が来て一緒に退出することにしたT代さんは手厚くお礼を言いながら、さりげなくカーテンの下に目をやった。
 うっすら積もった埃の上に大小並んだ足跡が微かに残っていた。
 T代さんは何も言わず部屋を出た。
「あんなはっきり見たの初めてで――でも、やっぱり言いにくくて――B美さんのことは心配だったんだけど――」
 その後、飲み屋に足を運んでも二度とB美さんに会うことがなかったという。
 自分からあの部屋を訪ねる気にもなれず、あれはいったいなんだったのか今でもわからないままだと話を締めくくった。

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