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ネネルの涙 前編

「なるほど……な」まあ今のは冗談として、と言ってはくれたものの、実は内心驚いていた。
それはそうと、俺としてもこいつの言葉遣いに関してなんかちょっと引っかかることがあるんだよな……

「ネネル、ふたつばかし分からねえことがあるんだが……」
こいつの名前のこと。きちんとした姫様としての名前を持っているのに、なんでネネルっていう名前を俺に言うんだか。
もう一つは、さっき言った言葉遣い。時おりフレンドリーに話しかけたり、今みたいにワラワとかナノジャとか使ったりして、妙に統一感がない。
それが俺としちゃ気になるんだよなぁ……

「ほほお。ラッシュお主なかなか観察力があるな。しかしこれはまだほかのやつには言えぬ」

いつか話してやるとは言ってくれたものの……やっぱり何かあるなこいつ。
「この時点で当ててみたら、妾との結婚を許してやってもよいぞ」
「……ほんとめんどくさい性格だな、お前って」
「自身でもそう思う。だが、エセリアの方が……あ、いや」言いかけて慌ててネネルは口ごもった。エセリアって自分のことだろ、なんでまた切り離したかのような言い方するんだか。

「まあ、ノーヒントというのもお主ののうみそじゃ一生無理そうだしな、ここで妾がひとついいことを教えてやろう」
と言ってネネルは俺にこっそりと耳打ちした。
……誰にも話すなとの条件付きで。
「よいか、マシャンヴァルとて一枚岩ではない」
え、それってつまり……えええええ⁉︎

しっ! 声が大きい! と慌ててネネルは俺の口に手でフタをしたが……つまりコイツはあの国の人間(?)ってワケだろ……って、あれ?
「つーか、本来いたはずの姫さまはどうしたんだ? まさか……お前が食っちまったとか?」
「正解じゃ。いや、食ったというのはちょっと語弊があるがな……まあ似たようなものか」

付け加えておくが。と彼女は続けた。

「彼女の生命に誓って話すが、食ったのはエセリアとは合意の上じゃ。どのみち……あいつは私と初めて出会った時には、病の影響でもはや一週間とは生きられぬ身体じゃった。歩くこともコップを握ることもままならぬ、古木のごとく痩せ細った手足……そう、生まれてこの方、姫としても、一人の人間としても真っ当に生きてゆくことすら出来なかった。だから私は、彼女に言ったんだ……!」

ふとネネルの顔を見ると、瞳が月の淡い光に反射しているかのように黄金色に輝いていた。
今まで倒してきたあのバケモノと同じ目。だけど彼女は違う。もっと澄み切った泉のような、宝石より煌めいた瞳だった。

彼女はまた続けた。「エセリアに問うたんだ。もっと生きたいか? と。そのためなら自身の身体を失くしてもいいか? と私は全てを包み隠さず話した……。もちろん姫は怖がっていたさ。でも約束したんだ。意思も心も感覚も分かち合える、とな。そして……姫と私は夜が明けるまで双方の身の上を話して……」
ネネルの金色の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「エセリア=フラザント=レーヌ=ド・リオネングは、私に喜んで身体を捧げたのだ……この私、ディオネネル=ズゥ=マシャンヴァルにな」

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