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裸足のお姫様

「~~~~~~~!!!」
「…………!」

 いきなりだった、捕まえようと待ち構えていたら頭突きかましてきやがった……あっちも同様頭抱えて痛がっているが、当然の報いだ。

「んんんん~~~! せっかく驚かしてやろうと思ったのに! 大失敗ではないか! もうちょっと距離とタイミングをだな!」
 ぶつけたおでこをさすりながら、声の主は俺の方へ草をかき分けながら大股で歩いてきた。え、女!?
「なんだ……お前」驚いた。背格好からしてずっと俺より下の、つまり女の子。チビよりかはずっと歳は上に感じられる。十代半ばくらいだろうか。
 透き通るような金色の腰まで届く長い髪に、枯れ草まみれだけども白くきれいなふわりとした高貴な服。うん、俺には形容するのは無理だ。
 その女の子は涙目で俺の真ん前に立ち止まるや、じっと……驚いた顔で見続けていた。
「ありゃ、お主……ここの人間じゃないのか?」
「あァ? いきなり頭突きしといてそれか!? もっと他に言うことがあるだろうが」こっちはまだ頭突きの衝撃で頭の中がぐわんぐわんしっぱなしだ。
「なにを言えというのだ、あたし……違った、妾が絶妙のタイミングで飛び出る地点にお主がちょうど頭を出していたのがいけなかったのじゃ!」
 なんなんだこの女。謝るどころか逆に開き直ってるし。

「ところで、お主……」突然その女は、俺の身体に顔を近づけるやいなや、ふんふんと匂いを嗅ぎ始めてきた。
 おいバカやめろ! この前入浴中のジールに引っかかれて以降」身体なんて全然洗ってねえぞ!
「お主……もしかして、リオネングのケモノビトか?」そう言って彼女は、金色に輝く瞳で俺の顔を見つめた。
「け、ケモノビト⁉」初めて聞く名前だ。
「妾のところではおぬしらの種族のことをそう呼ぶ、たしか民の間では獣人だったかや」
 ああなるほど、獣人じゃなくケモノビトね……お偉いさんはそう呼んでいらっしゃるのかい。
 きれいなドレスなどお構いなしに、彼女は大股でざっしざっしと草むらを踏み分け、さっきの枯れた噴水に腰かけた。

「一人でかくれんぼなぞ全然面白くないの。お主は真面目そうだし」
 別に俺はかくれんぼなんてしてた覚えはないぞ、と言いながらも彼女の隣に同じく腰を下ろした。まあチビがいればこのおてんば女のいい遊び相手にはなったかもしれないが……
 っていうかこいつ手足土まみれだな、肌が白いからその汚れっぷりが凄く目立つ。おまけに靴も履いてないし。

「……なにをじろじろ見ておるのじゃ?」足元を見ていたのが気になったのか、彼女が横目でじろりと俺を一瞥する。
「お前、靴はどうしたんだ?」
「ああ、あんな窮屈なものは嫌いじゃ。っていうかお主も靴は履いておらん。双方同じであろうが」
「お前と一緒にするな、こっちは履かなくたって大丈夫なんだよ」
「ならいちいちつまらぬことを聞くでない。靴を履こうが履くまいがこちらの勝手じゃ」
……なんなんだこいつ、俺んちにきた騎士のやつら、いやそれ以上にイラつくしゃべり方だ。こういう場所でなきゃ一発ぶん殴っていたかもしれない……が、やっぱりこいつも普通の人間だし、すぐに死んじゃったりするんだろうな。我慢我慢。

 そうしてお互いなにも話さぬまま、妙に涼しい風が吹き抜けていった。
「お主……怒っているのか?」静寂の中、彼女が心配そうに俺の顔をのぞき込んできた。

 いや、別に怒っているわけでもない……が、どうもこういうもの言いをとる奴は苦手なんだよな。俺に対しておかしな態度をとるロレンタにしろ、掴みどころのないジールにせよ。

「いや、大丈夫だ。っていうかお前、こんなところにずっといて大丈夫なのか?」
「恐らくもうそろそろ周りの者がここへ見つけに来るはずじゃ。しかし……城の生活というのはこれほどまでに息苦しく堅苦しいとは思ってもみなかった……」

 彼女はひざを抱え、泥まみれの爪先を、寂しげな目でじっと見つめていた。
「まるで……靴のようじゃの」

城の生活っていうのもちょっと世間ズレした物言いだな。俺はそこのところをあえて問いただしてみた。
「お前、ここで暮らしているのか?」
「ふむ、見てもわからぬのか愚か者め。妾はこのリオネングの姫なるぞ!」
 俺の前にすっくと立った彼女。機嫌を悪くしたのかはわからないが、むくれた顔をしていた。
ってこいつお姫様だったのかよ! 姫って言えば……えっと、王様の次に偉い女性なんだっけか。
そんなやつがここでなにやってるんだおい!
「お主……よもや知らぬ訳ではあるまいな……妾のことはこのリオネングの市井はおろか、川を泳ぐ魚であろうと知っておる!」
 なに威張っているのか走らないが、俺の真ん前で仁王立ちしているし。っていうか姫……? がこんな場所で泥まみれになってかくれんぼしているっていうのもなんかおかしいし!
「父上に言えばお前の首なぞ……まあそれは冗談として、だ。妾の遊びに付き合ってくれたことには礼を言わせてもらうぞ」

 いや、別に遊んだ覚えはないし。

「ただな……ちょっぴり、自由が欲しかったのじゃ」そう言って彼女は、開けた空を金色の瞳でずっと見上げていた。
 なんか話そうとは思ってはいるのだけど、どうもこういうタイプのやつは苦手なんだよな……俺とは違う世界にいるんだ。話題が見つからねえ。

「……ケモノビトよ、お主は自由に生きているのか?」
「え……自由?」その言葉にふと親方が亡くなる前に話してた言葉を思い出した。
 宝石くれるときだったかな。自由の意味を見つけろって。
「自由の意味はわからねえけどな……でも今はいろいろ好き勝手やらせてもらってる」
「良いではないか、妾はお主のその言葉だけでとても嬉しく感じる」

「ああっ姫! こんなところにおられたのですか! 散々探したのですぞ!」
 中庭の入り口から草をかき分け、親方よりももっと年のいった老人が駆け寄ってきた。やっぱりお城に勤めているのか、飾りこそないが上質な服を身に着けている。
「おお、よくここだと分かったな。妾はここでかくれんぼをしておったのじゃ」
「薄汚いケモノビトとお遊びになさっていたのですか? さあ早く離れましょう」
 また……か。街の連中とは違い、どうもここの連中は獣人に対していいイメージを持ってなさそうだな。
 俺はそいつに言い返そうと立ち上がったのだ……が。
「じい、口を慎め。ケモノビトであろうとなかろうと、彼は立派なリオネングの一員じゃ!」
 彼女の周りの空気が変わった。落ち着き払ってはいるが、まるで剣の切っ先を突きつけるように凛とした、鋭さを持ち合わせた声。
 今さっきまで喋っていた彼女とはぜんぜん違う。これが本来の彼女なのか……?
「も、申し訳ない、ささ、姫様早く手足をきれいにしてお着替えを、お身体に触りますぞ」
「もう身体はだいぶ調子は良くなったぞ、どれも全てデュノが作ってくれた薬のおかげじゃ」

 そうして彼女は爺と呼ばれる男に手を引かれ、この寂れ果てた中庭を後にしようとした……が。

「そうだ、お主の名前をまだ聞いてなかったな」
 彼女はぺったぺったと裸足の足音を響かせながら、俺のもとへと駆け寄った。
「別に名前なんていいだろ、また会えるとも限らねえし」
 そうだ、俺はたまたまこのお城へ呼び出されて来ちまっただけだ。あのジジイの言う通り薄汚い傭兵に過ぎないのだから。
「また会える可能性なぞ、ないとも限らぬ。そうであろう? ケモノビトよ」
 そういって姫は、くすりと微笑んだ。

 なんだろう……こいつのこの笑顔。まるでチビのようだ。
 なにも裏のない、純粋な。つられて俺も笑顔にさせてしまうかのような不思議な感覚に俺はとらわれた。

「お、俺の名前は……ラッシュだ。って言ってもあだ名みたいなもんだけどな」
「ラッシュ……か、あだ名であろうと素敵な名前ではないか。妾の心に刻んでおくぞ」
 そう言うと突然、彼女は精一杯の背伸びをすると、その小さな唇で俺の鼻先にキスをしてきた。
「え、おい!? ちょ……!」

「妾の名前はネネル。でもこれは真の名じゃない。ラッシュと同じあだ名だから」

 俺の耳にそっと彼女はささやきかけた。
 それもさっきまでの険のある物言いではなく、どこにでもいそうな、普通の言い方で。

「じゃあな、ラッシュ」
 裸足のお姫様は、まるで一陣の風のように中庭から姿を消した。

「ネネル……か」
 俺の濡れた鼻先が、妙にむず痒かった。

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