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隠密作戦

さて、なぜ俺がこんな所にいるかっていうと……
 話は1週間前にさかのぼる。

 ラザトが俺の家に転がり込んだ翌日、トガリが部屋のいたるところから雨漏りがするっていうんで、屋根を修繕してくれと頼まれたんだ。
そういや、この家もそこかしこ傷んできてるのが目に見えて分かるようになってきたな……無理もないか。なんて思いつつ、俺は屋根で一人黙々と作業していた。
チビはというと、相変わらず俺と接触すらしてこない。俺とチビとかどっちが先に寂しさで泣きつくかな、なんてトガリは言ってたけど、俺はそういったのには慣れっこだしな。
そんな中、ちょうど屋根のてっぺんで昼飯のサンドイッチを頬張っていたときだ。
街の南西部……そこには確かリオネングの軍の施設があるらしい。そこへ何人もの武装した兵が足早に向かって行ったんだ。
街の連中も驚きを隠せないようだ。オコニドが攻めてきたのか、またいくさが始まるのかと戦々恐々とした雰囲気に包まれていた。
俺はまったくもっていつものペース。何かありゃ「仕事来たぞ!」ってここに駆けつけてくるだろうし。

そして、俺の予想は見事的中した。

「ラッシュいる?」翌日、玄関先で聞き慣れた女の声で目が覚めた。ジールだ。
「いいニュースだよ、久々に仕事の依頼が来たの!」って、ひらひらと俺に紙切れを見せてきた。
ジールのもとへと向かうと、あいつの身体から何やら妙な匂いがしてきた。
鼻の鈍い俺でもわかる、花の香りのような。
「なんか変な匂いするな……」と尋ねると、香水っていうんだよってくすっと笑いながら答えた。
ジールは基本的に斥候やら偵察やらと、裏で活躍する仕事が中心だとは聞いている。要は女性らしい、こういう香りのするものを生まれて以来一度も付けたことがないっていう話だ。
だから思い切っていいやつ買ってみたんだ。合うかな? なんて聞いてくるもんだから、とりあえずいいんじゃねーのかとは答えておいた。
「……ま、ラッシュにはこういう女ごころっていうのはまだまだ難しい世界かな」と、軽い溜息一つ。

じゃない、仕事だ、それより仕事のことを教えろ。

読んであげるね。とジールが言い終えぬうちに、俺は紙切れを取り上げて読んでみた。
さて、ルースの教育の成果を見せてやるか。俺はジールの前で、紙切れに書かれている文章を読み上げた。
「ちょ、ラッシュ、あんた字が読めるの⁉︎」やっぱりだ。ジールの顔が瞬時に驚きの表情に変わった。
そう、ジールはここ1か月くらい俺のとこに来なかった。つまりは俺とチビがルースに読み書きを教わったことも知っているわけがない。

まあ見てなって……と意気込んだものの……きちんと読めたのは最初の1行だけだった。
「村、に……まがい」やばい、ところどころ読めない!
ジールの溜息二つ。やっぱり彼女が読んでくれることとなった。

「ここから半日ばかり馬で行ったとこにあるスクワールって名前の廃村に、オコニドの残存兵が集結しているって情報が入ってきたの。奴らは隣の村を襲ったりと、盗賊まがいの行為もしているらしいわ。それに昨日は街の近くで襲撃もしてきたし……まあ数もいないからすぐ鎮圧できたけどね。ンでもってうちらギルドの腕の立ちそうな連中を募って、奴らを始末してほしいんだってさ」
なるほど、以前ルースが言ってたな。オコニドの連中はまだ撤退していない。散り散りになってゲリラっぽい活動をしていると。
「まだまだ勉強が必要ね。っていうか誰が教えてくれたの?」その問いに、俺は今までの経緯を説明しておいた。
へえ、珍しいわね。だなんてジールが言うもんだから、俺はどういうことだと尋ねてみた。
「あいつが人にものを教えるだなんて。よっぽどラッシュのことが気に入ってるのかもね」
なんでもジールが言うには、ルースと初めて会った時、とても近寄りがたい雰囲気が漂っていたとか。
例えるならば、うん、戦場帰りの俺みたいなものか。
ずっと怪しげな色をした大小さまざまな瓶が並ぶ部屋で、だれとも会うことなくルースは何年もの間毒物の研究を重ねていたとのことだ。
「あたしが無理やり外に出してやったの。そう、ラッシュに会った時のようにね」遠くを見つめながら、ジールは続けた。
「ほんと変わりモンだったよあいつ。毛はモップみたいに伸び放題だったし、あたしたちを見下してるような話し方だったし」

ふと、溜息三つ。

「まあね……ルースも自分トコのお家事情だなんだかんだでいろいろあったから……っと、それは置いといて。読みに関してはまだまだ勉強不足ね、百点満点で5点ってトコかな?」
俺はぐぬぬと歯噛みするだけで、言い返すことすらできなかった。

さてさて、ジールの持ってきた依頼書によると、1週間後に出陣するとのこと、今回はリオネングの兵士も含む十数人ほどの少数精鋭で向かうらしい。馬車で一昼夜の距離だ。そして暗くなった頃に夜襲を仕掛ける。
なるほど。正直かなりシンプルな作戦だ。
「そうそうあと1点」ジールは俺の耳元に顔を近づけた。内緒話しか?

「裏で盗み聞きしちゃったんだけどさ、今回の仕事、おかしなことだらけなんだよね。ほかの傭兵ギルドを通さずに、ラッシュの事を直々に指名してきたし……それに、聖ディナレ教会のシスターも加わってるしで、なんか裏がありそう」
「シスター……? なんだそれ?」
ディナレ教会はこの前散々な目に遭わされたとこなのは分かる。しかしシスターとは一体?
「うん、ディナレ教会は人数こそ少ないとはいえ、戦いの内容によっては軍事介入することもあるのよ」
ますます分からん。どうして教会が介入するんだか。

 溜息四つ。

「私の経験からして、ラッシュ……なんかこれ裏がありそう。気を付けてね」

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