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願いはプリン

「もうお腹すいたの?ああ、そういえば朝ごはん用意してなかったわね。面倒なので、食パンでも食べてくれる?お昼は用意するから」

 元旦の午前中は呑気なもので、来客もないし、こちらから親戚のところへ挨拶巡りをすることもない。特に私は海外から戻ってきたばかりだからウェルカムじゃないだろうし、親戚巡りに付き合う気がなかった。

 母は炬燵に入って、せんべいを食べながらテレビを見ている。
 どかどかっと歩いていたオックスが母の前に立ちふさがった。
 思わず声を上げそうになる。
 けれども、母は全く意に介していなかった。
 オックスがお尻をむけてテレビをのぞき込んでるのに、母はそこには何もないと認識しているようで、まっすぐテレビに目を向けている。

 見えてないんだ。本当に。

「どうしたの?」

 母は驚いて私を訝し気に見た。

「な、なんでもない。あ、菓子パンでも買ってこようかな」

 近所にはコンビニではないけど、毎日営業しているお店があった。
 品揃えはコンビニと一緒くらいだ。

「あ。お店にいくならプリン買ってきて」
「プリン?」
「ごめんね。今日何か甘いものが食べたくて、あんたのプリンを食べちゃったのよ。お金は出すから買ってきて」
「母さん!」

 プリンは私の大好物だ。
 海外にもプリンと同等のプティングが売っていたけど、私は日本のプリンが好きだ。
 帰ってきて、色々プリンをネットで注文した。
 
『プリン?なんだ。それは?』

 私と母のやり取りにオックスが入ってくる。
 母にはやっぱり聞こえていないみたいだ。
 ここで答えると、おかしくなったとか思われるから、取り敢えず無視。

「いいよ。プリン買ってくる。レシート貰うから、お金返してよね」
「はいはい。本当ケチよね。元旦から」
「だって、あのプリン高かったんだよ!」

 母が食べてしまったプリンは、一個500円もする奴だ。500円ごときで文句をいうなと話だけど、無職の私には厳しい。

『だから、プリンというのはなんだ?』

 無視をしている私のことが気に食わないのか、眉間に皺を寄せながらオックスがやってくる。

「じゃ、プリン買ってくる。着替えたらちょっと外行ってくるね」

 ここで彼と話をするとまずいので、私は母のケチという言葉を無視して、着替えると口実をつけて部屋に戻った。

「プリンっていうの何だ?」

 部屋にもオックスが付いてきて、締めたドアをすり抜けてどかっとベッドに座った。ベッドはすり抜けないので滅茶苦茶器用だと思う。

「お菓子のこと。えーと、茶碗蒸しの甘いバージョンかな」
「茶碗蒸し……の」

 想像したらしく、微妙な顔をしていた。
 っていうか、英語でオックスってわかってるならプリンくらい知ってそうなものだけど、本当不思議な存在。
 
「あのプリン、結構貴重なのよね。なかったらネットで注文するしかないなあ。そしたら時間かかっちゃうし。ああ、お母さんの馬鹿!」
「そのプリンというのは、そんなに貴重なのか?」
「貴重じゃないけど、私が買ったプリンは特別なのよ」
「ふうん」
 
 興味なさそうに相槌を打たれ、少しイラっとする。
 ああ、私にしか見えないとか、本当面倒な存在だな。はやく……願いを……。
 そうだ、使えるじゃない。

「オックス!私決めた。願いはプリンが欲しい!よ。どうせ、あなたが叶えてくれるわけじゃなくて、私が買いに行って願いが叶うっていうパターンでしょ?」
「ああ、そうだが」

 やっぱりそうなんだ。
 なんて、役に立たない願い。

「だが、買いに行く手間を俺が手伝うことによって、願いは叶えられる」
「はあ?面倒くさい……」
「頭にくる言い草だな」

 それを言うのは私のほう!そう言い返したい気持ちをぐっと堪えた。
 一応、神社から持ってきたキーホルダーの化身だからね。罰が当たったら大変。

「店はこの近くの、葉山商店だな。瞬間移動で送ってやろう」
「は?え?」

 返事をする間もなく、彼が指を鳴らす。
 すると、場面が急に変わり、薄暗い店の中にいた。

「葉山商店だ。薄暗いな。開いてないのか?」
「ば、なんで、何も言わないで。着替えしてなくて、パジャマのままなんだから!」
「……誰がおるのか?」

 店のカウンターから店主の葉山さんの声がした。

「おっかしな。店は閉まってるのに。物取りか?正月から!」

 声の調子が変わって、私はオックスの手をひっぱり、カウンターから見えない棚に移動する。
 
「俺の姿はお前以外には見えん。隠れる必要など……」

 そうだった。隠れるのは私だけで。
 心臓をバクバクさせながら、私は声を潜める。

「なんじゃい。気のせいだったか」

 足音が近くまで聞こえたが、私のいるところまでは確認に来なかった。スリッパの音が遠ざかり、ほっと胸を撫でおろす。

「さて、プリンはどこだ?ほしいのだろう?」

 そうやって薄暗い店内をきょろきょろオックスが見渡した。私は無性に彼の頭をどつきたくなったが、押さえる。

「今日は店を閉めてるから、勝手に取ったら犯罪でしょ。諦めるわ」

 また葉山さんに来られたら困るので、小声でそう答えると彼は再び指を鳴らした。

「も、戻ってきた」
「どうだ。便利だろう?」
「ああ、便利ね。ほら、願いを叶えてもらう手伝いはしてもらったでしょ?もうキーホルダーに戻っても……」
「お前の願いは叶っていないじゃないか。それでは元に戻れない」
「面倒くさい」
「何か言ったか?」
「なんでもない。じゃあ、少し遠くのコンビ……、ちょっと待って。瞬間移動するつもりだったら、着替えたり、マスク付けたりしないといけないから、ちょっと待って」
「面倒だな」

 オックスが不機嫌そうに鼻を鳴らしたので、いらっとしたが、神社、化身と心の中で唱えて平静を保つ。

「少し準備するから待っていて」

 さっきの様子じゃいきなり店の中に飛ぶ?みたいだから、化粧とかもばっちりしないと。マスクもね。
 そうして準備を整えたのだけど……。

「マスクをつけるのか?風邪を引いているのか?」
「違うわよ。今は病気が流行していて、マスクつけたほうがいいの」
「病気?それは危険だな。病気を無くす方法は……」
「そんな願いを叶えることができるの?私の努力じゃ絶対無理だと思うわ。っていうか、私が今から研究者になろうとしても、その頃にはコロナもなくなってるはずだし」
「コロナ?」
「ああ、今はやりの病気の事。正式にはCovid-19だけど」
「コビト?」
「コロナでいいわ。それは置いといて、無くすのは私じゃ無理。だからいいの」
「いいわけないだろう?」
「だったら、どうするの?私が努力できる範囲で願いが叶えられるのでしょう。私は研究者なんてごめんよ。今から勉強するなんてかったるいし。病気は専門家に任せるのが一番。私みたいな庶民はかからないようにマスクをつけたりして努力するのみ」

 私がそう言うとオックスは納得していないように眉を寄せていたが、最後には頷いた。

「さて、とりあえず私の願いを叶えてもらうため、プリンを買いに行きましょう。コンビニに連れて行って」
「コンビニ?それはなんだ?」

 行きたいコンビニの住所と名前を教えたのに、どうやら行ける場所は少ないらしく地味にバスでコンビニ行くことになってしまった。

「こうなったら、間違いなく手に入るように街まで出たほうがいいかな」

 バス停でバスを待ちながらコンビニでもし手に入らなかったことを考え、私は作戦を変えることにした。

「街?花谷街か?それなら移動できるぞ」
「本当?」

 元旦の朝からバスを利用する人はいないようで、人気(ひとけ)がないことを確認してオックスに返事する。

「じゃあ行くぞ」

 自分勝手なオックスは再確認もせずに、私を連れると瞬間移動した。

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