はじめて、死を知る
他にいたやつらにも同じことを聞いた。 どうやら親方の死因は老衰だということらしい。
老衰ってなんだ? ああそうか、殺さなくても死んじまう病気のようなもんか。だなんて思いながらも、俺はそいつらを押しのけ、親方のいる部屋へと走っていった。
静かだ……夜以上に。
夜の時間以上に音の消えた部屋の奥のベッドに、親方は寝ていた。
すごく小さくなった、肉のない骨だけのような身体で。
俺は周りの人間に、一人にしてくれと頼んだ。親方にたくさん言いたいことがあったから。
みんな消え、俺と親方と二人っきりだけになれた。
俺は仕立てあがったばかりの大斧を持ち、親方の前でブン! と大きく振って見せた。
「親方どうだい、この大斧カッコいいだろ。この前もらった宝石で武器屋のオヤジに作ってもらったんだ。生まれて初めての俺の武器だ。誰にも使わせねえぜ。今度からこれ持って戦いに行くんだ。この斧さえありゃあもっともっと相手をぶった切ることができるぜ。今まで以上に戦果を上げられる。だからさ、いっぱい仕事を仕入れてくれよ、な、親方」
……だけど、親方の目は落ちくぼんだ穴の奥で閉じたままだった。
手をぎゅっと握ってみる。
真冬の川の水より、ずっと、ずっと冷たい。
「なんでこんなに冷たい手してるんだよ、慣れない水仕事でもしてたのかよ、じゃなきゃこんなに冷たくなるわけねえよな、親方の手のひらは、こう……大きくって、ゴツゴツ固くって、それに沸き立てのお湯みたいにいつも熱かったじゃねえか。そうだろ? なんか言ってくれよ親方。血も流れてないのに、斬られてもいないのに死ぬわけなんかないだろ。老衰? ンなモン知るか。いつもみたいに「バカ野郎、俺がそう簡単に死ぬワケねえだろ!」って言ってくれよ。なんだったらここでさ、昔みたいに俺をゲンコツで殴り飛ばしてくれて構わないよ。痛けりゃ痛いほどいいよ。裏庭でサシで勝負したっていいよ。なんだったら川にほっぽり投げてくれたっていいよ。だからさ、いまからいっしょにめしくいにいこうよ。ねえおやかた、なんかしゃべってよ。だまってちゃいやだよ、だからはやくおきてよ、きらいなふろもこれからいつもはいるからさ、おまえはさいこうのようへいだって、おまえはおれがうんださいこうのせんしだって、いつもいつもいってくれてたじゃないか。またおれにどなってよ、ねえおやかた、おやかたがいなくなったらおれこまるよ、これからどうすればいいんだよ、おれひとりぼっちじゃいやだよ、さびしいよ、だから、だから、だからめをあけてよ、おやかた。ねえ、はやくおきてよ!」
……俺の目からたくさんの何かが流れ出てきた。
手で拭ってみると……やっぱり水だ。なめてみるととってもしょっぱい。煮詰まったスープのクソまずい味みたいだ。
なんなんだよ、これ……
そんな水が、延々と目からあふれ出てきて止まらなかった……
そして、俺は吠えた。
身体が張り裂けるくらいに大きく。
翌日、親方の身体は墓に埋められた。
上にはこれでもかというくらいデカい石碑が乗っかっている。
相変わらずなんて書いてあるのかは分からないが、もう親方は戻ってこないって、ようやく俺はそれを見て分かってきた。
親方が埋められた次の日から、俺はそれを忘れようと、毎日一心不乱に大斧を素振りしていた。しかしそれでも仕事は来ることはなく、血曇り一つない得物と一緒にヒマを持て余していた。
そんな矢先のことだ。先週ここへ来た新入りの獣人が、驚きの顔で俺の部屋へと飛び込んできた。
「おいラッシュ喜べ! 仕事だ! 俺たちんとこに仕事が入ってきたぜ!」
「……あ? どんな仕事だ、内容と場所は?」
久々とも言える仕事の依頼に胸は高鳴ったが、あえて俺は冷静に問いただした。
そいつは手にしていた依頼書に目を通しながら、一言。
「えっと、#掃除__片付け__#だって……」って呆けた顔で答えた。
#掃除__片付け__#……
正直、俺らが受ける仕事の中じゃ一番やりたくないものの一つだ。
しかし全く仕事の入ってこない今となっては、こういう仕事も受けざるを得ないところまで俺たち傭兵稼業は行き詰っていた。
そして、この一件が、俺の今後を……さらには頭の中のモヤモヤを、そして親方が言った答えを、少しずつ晴らしてくれることになるとは、この時はまだ全く分からなかった。