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ジュリエッタ、問う

 フローラ達が笑い合っていると、皇子達男性陣が渋い顔をしてこちらを見ている。

「……ディレク皇子? どうかされましたか?」

「どうかしました……では、無いだろう。何が可笑しいかが我等に分からないのはさておき、君達だけのやり取りで恐れが吹っ飛んでおるのやも知れぬが、そいつは紛れもない魔王……だろうが」

「何言ってるんですか、当たり前でしょう? そもそもその魔王さんにこそ会いに来たんですから」

「フローラ嬢は……その、怖くは、無いのかい?」

「怖い? ……何時もはこれと違ってもふもふの姿であるとはいえ、一緒に居ますし? 今更ですよ?」

「……フローラ嬢。君のことは色々伝え聞いては居たが、それでも私の生徒であると言い聞かせてきた。多少の足癖の悪さも人間の範疇であると。しかし今日、私は初めて君の事を恐ろしいと思ったのである」

「ええ!?」

 正しい評価である。あと色々おかしな喪女でもある。中身は、ですが。

(しゃらっぷ!)

「モモンガの時とはまるで違うだろうが……! あの時は今のような凶悪な魔力も感じなかった! そもそもの話、何故先程は魔王の存在に恐れていたはずのメイリア嬢まで平気で居られるのだ……?」

「えっ! えと、えと……フローラが友達のように接している……から? だから大丈夫なんじゃ、ないかと……」

「そうね、大丈夫よ」「そぉね、友達だもの」

「は、ははっ……と、友達? なんだ、ねえ」

「偽り無く本音でぶつかれますしね」

「本音? 容赦無いの間違いじゃないの? この子ったら酷いのよ? モモンガになって会いに行ったら、窓から投げ捨てるんだものぉ」

「あ、あれはそのぉ……動転してっていうかぁ……」

「しかも! 荒ぶってる時は、かよわいモモンガにのしかかって潰そうともしたわ!」

「あれは私が色々精神的にも参ってる時に、面白可笑しく楽しくやりたい放題してた魔王さんが悪いんじゃん!」

 ぎゃーぎゃー罵りあう二人にドン引きの男性陣。引き攣った顔でクラインがボソッと、

「……フローラ嬢。私はこの短い時間で再確認したのである。改めて君の事を恐ろしい存在であると」

「ええ!? ちょ、先生!? その評価はどうぞ取り下げて下さい!」

 先生が思わず零した本音をフローラの地獄耳が拾い、瞬時に抗議する。でも遠慮は要らないぞ先生! もっと言ったげて! あと中身はくたびれてます! 中年ですよ! あ! 先生より年上なんじゃん!?

(オイコラぁ!? だまっとけーや! マ・ジ・デ!)

「ぶふっ……!」

(メイリアさぁん!?)

「だぁってぇ……無理、ぶふっ」

「……魔王?」

「ん? なにかしらお嬢ちゃん?」

「……魔王??」

「んんん? 魔王である事を疑ってるのぉ?」

「元の?」

「あー……ああ! えっと、勇者さん? のことかしら?」

「(コクリ)」

「今はちょっと居ないわねぇ。一応貴方達が訪ねてくるってことは分かってるはずなんだけど……」

「え!? 通信できるの?」

 距離関係なしか?

「もう……なんでノーコンちゃんが驚くのよ? あ、ノーコンちゃんってのはフローラに憑いてる子の名前ね。ノーコンちゃん? アンタ一人フラフラしてる時だって、フローラのことは分かるんでしょう? それと一緒よ。距離は関係なく私のことは勇者さんには伝わってわ。だからねお嬢ちゃん? もう少ししたら帰ってくるかも知れないけど、何時になるかまでは分からないの。勇者さんに何か聞きたかったのかしら?」

「(コクリ)」

「お嬢ちゃんもそうだろうから分かると思うけど、勇者さんの記憶は共有しているから、私にも分かることなら答えられるわよ?」

「魔族とは……戦う?」

「どゆ意味?」

 ほれ、こういう時の喪女さん通訳。

(あんたに命令されるのは釈然としないけど……)
「ジュリエッタ様、魔族とは戦わねばならないのか? って疑問ですかね?」

「(コクリ)」

 流石だな。

(『ほんと、流石よね』)
「端的に言えば、そんな必要は無いわね。特に今は」

「??」

 ジュリエッタが小首を傾げ、疑問を向けられたと感じた魔王さんが、言葉もなく答えを要求されるってどういう事? と視線でフローラに解説を促す。

(あんたも大概空気を読んでるんじゃないの……?)
「ジュリエッタ様、戦う必要がないのに何故今まで戦ってきたのか? ってことですかね?」

「(コクリ)」

「なんで戦ってたかって言うと、生まれた魔王次第、その当時の人間の有り様次第だからよ。大抵人間に失望したり、怒りを抱えたものが魔王になってるから戦争になってるわ。それこそ魔を浄化できる存在っていうのは、数が限られているし、見つかったら見つかったで使い捨ての扱いを受けていたから……」

 そこでメイリアがふるりと体を震わせた。

(メイリア?)

「魔王、急に、消えた。何故?」

「……えっと? 魔王がここ最近新しく現れてない理由かしら? それは歴代で最も力を持つ魔王が現れ、そしてその魔王は戦いを望まなかった。……まぁ実際はもっと複雑だけどね?」

「??」

「説明しろってことよね? 私も大分コレに慣れてきちゃったわ。
 歴代最強の魔王ってのはね、ちょっと事情を知ってる貴方達だから言わなくても良いかもだけど、勇者さんのことだわね。史上最も多くの闇を祓ったとされる大英雄。だけど闇を祓うってことは、拠り所を無くした闇を、祓った人間がその身に宿すようなものなのよ。
 勇者さんは、祓った闇を溜め込みすぎて、遂には闇の反撃にあって侵食されて魔族になったわ。けど、闇に飲まれても勇者さんはとても自我が強くて憎しみにも飲まれることも無かったため、人の心を持ったまま諸国を巡ったのよ。そして世の中には魔に飲まれる人が無数に居ることを知った勇者さんは、彼らを時には祓い、時には率いていたりしてる内に魔王となっていたのよ。
 魔王ってね、その当時の魔族の総意で決まるようなものなの。この人になら未来を、力を預けても良いっていう信頼ね。だから魔王には力があるのは当然、魔族達の信頼も力としてるから強いのよ。この時の勇者さんは争いを避け、人間達と距離を取るため別の世界へと移っていった。それがこの黒い繭の先にある魔界ね。
 でもね、人間達は魔族をけして放って置いてはくれなかったのよ。何度も何度も、世界規模で討伐隊が組まれては魔界へと送り込まれていった。魔族は必死に耐えてきたけど、それも限界となったある日、勇者さん……いえ、この頃には考え方も完全に魔族を率いる魔王となっていた。彼は開戦派全てを引き連れて人間界へと侵攻を開始したの。魔王は元人間で勇者ではあったから、無為な殺戮は認めてなかったけど、武器を持って向かってくる相手だけには容赦なかったわ。自分達も同じ人間だったのに迫害を受け続ける謂れは無いとの怒りを持ってね」

 一堂絶句。フローラも初めて聞く話に魂が抜け……あ、全然平気そう。流石中身は毛の生えた心臓の持ち主。

(一々ディスらないと気が済まないのね……)

「勇者様は一部の仲の良かった国を除く全ての国々と戦争していったわ。まぁ死んだのは兵士や戦争を先導していた王侯貴族だけだったから、戦争を避けるために直前で軍を辞めた賢い人間や、そもそも戦争に加担しなかった人々は無事だったみたいよ。中には国家転覆なんて事例もあったしね」

「しかし世界には魔王軍にはかなり蹂躙された記録が残っているが……」

「帝国の歴史には書かれてないんでしょう?」

「確かにそうだが……」

「帝国の歴史に魔王のことで嘘が書かれるわけないじゃない。だって勇者の仲間だった聖女が居た国なんですもの」

(へーえそうなんだー)

 安定しすぎな喪女さんで面白みの欠片も無い。

(面白くなくていいですぅー)

 だが、周りは絶句してるからな。やーい、仲間外れー。

(ちょ、本気でうっさいよ!?)

「まぁ? 帝国の歴史がおかしいから周辺諸国と共同で調査した、ってことで反論するなら別だけど?」

「なら尚更魔王殿の言う通り、帝国の歴史を信じるべきである。何百年か前に合同調査した事例が確かにあり、そして帝国の歴史には何ら偽りは見られなかった」

「だそうよ? これからも自国の歴史に誇りを持ちなさい。
 で、勇者さんの話に戻すけど……戦争の狂気に晒されてだんだん我を失っていき、過激さを増していく魔族達に、勇者さんもだんだん手を焼き始めていたの。そして最終的に聖女の子孫の手を借りることにした。いえ、どちらかというと力を借す形ね。そのお陰で帝国は魔王軍全体に浄化魔法を行き渡らせる事ができる程の大規模魔法を完成させたのよ。ここからは貴方達の歴史にも乗ってることよね」

「そう……納得。戦い、良くない」

「ほんとそうよね」

『そう思ってくれる相手があの時に居てくれたらと、どれだけ思ったことか……』

「「「誰だ!?」」」

「勇者……さま?」

『初めまして、聖女の子孫達よ。私が、周りから勇者だなどと持て囃されていた、馬鹿な人間の成れの果てだ』

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