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大橋砦

 ユウトが桶の下に隠れてしばらく馬車は動いたり止まったりを繰り返す。その中には長めに停車し、言葉のやり取りが行われることもあったがくぐもった声しか聞こえなかった。

 そして馬車は大きく曲がったのち完全に停車する。

 桶の底がコンコンとノックされ合図であると思ったユウトは桶から顔を出す。合図をくれたのはヨーレンだった。

「お疲れ様ユウト。もう大丈夫だ。今日はここ、大橋砦で休むことになる。面倒事を避けるためにフードでしっかり顔は隠しておいてくれ。部屋を取る予定なんだけどユウトにはそこで今晩はおとなしくしてもらうことになるから食事を持っていくよ」
「わかったよ。ヨーレン。オレも人混みはうるさくてしんどいから静かな方が助かるよ。晩飯は期待してるからうまいものを頼むな」
「期待してていいよ。この砦は観光用に大食堂を備えていて味も評判だからね」

 ヨーレンの話にユウトの気分は上がる。ヨーレンの作るスープはうまかったが食材に変化がないとさすがにユウトは飽きがきていた。

 そんな他愛もない会話をかわしつつユウトは多くの人の気配を感じている。その感覚は野営地に居た頃よりはるかに鋭敏になっていた。ここ数日の間、人気のない草原ばかりの道のりで気が休まっていたせいか、もしくわユウトの身体の感覚がどんどん鋭敏さを増しているためなのかはわからなかったが多くの人の気配はユウトの精神を消耗させる。

 そしてユウトはヨーレンに連れられ荷馬車を降りる。ヨーレンの後ろをついて歩きながらフードの狭い視界の中から周りを観察した。

 門から続く街道には多くの荷馬車が行き来している。その街道の先を目で追うと視界が開き真っ直ぐに伸びる街道。じっくりと見ることはできなかったが道幅をそのままに伸びる街道がそのまま石橋であるならとんでもない大きさだということが予想できる。なんとかその全貌を眺められたらいいのにとユウトは思った。

 さらに観察を続けてみるとユウトたち以外にも荷馬車が綺麗に駐車されており、馬たちは別の場所に移されていく。ケランが馬を連れていく後ろ姿が見える。

 荷馬車を無人にしていいのかと心配したが数人のおそろいの甲冑を着込んで武装した兵士が緊張感を持って荷馬車周辺を監視していることから盗人のようなものはしっかり取り締まっているだろうということがわかる。

 ヨーレンは大きな建物の方へと歩き出す。その建物は街道側の壁が抜かれており太い石柱だけが目立っていた。その先には広い空間と賑やかな声が響いている。

 吹き抜けの大きなホールにはいくつものテーブルに長いカウンター。さらに奥には調理を行う厨房まで見える。日も陰り出したころ合いということもあってか酒と食事を取る人の数も多い。ユウトにはその騒がしく楽し気な光景が学食のピークタイムを思い出させどこか懐かしい気分にさせた。

 ヨーレンとユウトはホールの中まで入ることはなく入口のそばを通り過ぎ、その隣の扉から中に入る。そこにはカウンターが置かれ身なりの整った男が入っている。広めにとられた空間、その奥には階段、ガラルドとレナはカウンターの反対側の壁沿いに立っていてこちらを待っていてユウトたちを待っているようだった。

 ヨーレンはカウンターにそのまま向かい男と話をしたあと紙きれを渡す。そしてユウト、ガラルド、レナを連れて奥の階段を折り返しながら三階まで上がった。二階も三階も長い廊下といくつもの扉があり魔導灯の明かりが照らしていたが三階は扉の感覚が広い。廊下を歩き最も奥の扉を開けるとそこは部屋になっていて二段のベッドが二つ両端の壁に備え付けられ中央にテーブルとイス、正面には開け放たれた窓から光が差し込んでいた。

 この世界に来てユウトは初めてベッドを見る。汚れのない敷物には清潔感があった。触り心地はよく弾力がある。これまでの就寝した環境の中ではトップクラスの環境にユウトは期待感でわくわくした。

 それからヨーレンは買い出しと晩御飯の調達へとでかけ、ガラルドもこの砦の兵士に話があると部屋を出た。

 残ったのはユウトとレナの二人。レナは椅子に腰かけ荷馬車から持ってきていた短槍の手入れを始めている。ユウトはこの数日でもっとも心中が穏やかではいられない。ヨーレンからお手洗いの場所を確認できたので一安心だが不安は募り一人瞑想に励み精神統一を行っていた。

「ねぇ、ユウト」

 突然のレナからの呼びかけにユウトの心臓は跳ねた。

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