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消えた復讐心

 再び目を開けると、広がっていたのは見覚えのある庭。正面にはレンとメミでよく遊んでいた大木が立っていた。

 どうやらコンじいがモナー家の庭を指定して、表世界(こっち)に送ってくれたようだ。
 ふと上を見上げると、そこには青い空。まだ昼なのか日が照っている。
 久しぶりに見るな、この青色の空。やっぱりこの色の空がいいよなぁ。

 さぁーと草木が揺れる音。周囲を見渡すと、花壇に色とりどりの花が咲き誇っている。どうやら表世界はもう春になっていたようだ。
 確か、裏世界に行った時が春だったはず。あれから、1年経ったんだよな。

 裏世界だと季節がなくて年中同じ気温。それはそれで過ごしやすかったのだが、やはり四季を感じられる方が落ち着く。
 天気がいいあまり、日向ぼっこをしたくなった俺は、木陰に移動し新緑の芝生の上にドサッと寝転んだ。

 やっぱり表世界。裏世界なんて慣れるまでは、まともに日向ぼっこなんてできなかったからな。
 平和な世界をかみしめ、俺は目を閉じて寝た。

 20分後――――――さすがに起きた。

 そりゃあ、1年も行方不明になっていたやつが突然家にいれば、使用人たちはおろか、親父たちが絶対大騒ぎをする。
 早く親父たちに帰ってきたことを知らせないとな。ほんと、呑気にしている場合じゃなかった。

 ふと俺は芝生を踏む音に気づく。その音は徐々にこちらに近づいてきていた。
 もしかして、使用人さん? これは大騒ぎ3秒前じゃないか。
 しかし、音の方向にいたのは使用人ではなかった。

 「お兄……様?」

 近くにやってきていたのは義妹のメミ。彼女はふわりと紺色の髪を揺らし、手には1輪の青紫のアネモネの花があった。
 少し身長が伸びたような気がする…………。

 「本当に…………お兄様なのですか?」
 「うん、そうだよ」

 俺がそう答えると、メミはフリーズ。こちらに月のような黄色の瞳を真っすぐ向けていたが、そのうち顔を俯かせ、肩を震わせ始めた。

 やっぱり驚かせたか。
 俺は立ち上がると、メミの方へ足を進め、1m手前で止まった。
 大騒ぎにはしたくなかったんだがな。ちょっと騒ぎぐらいでおさめたかったなぁ。

 「わたし、わたし…………」
 「…………」

 言葉とともにぽつり、ぽつりと落ちていく大きな滴。

 「メミ…………」
 「わたし、てっきり1人ぼっちになっちゃったかと思いました」
 
 泣きながらも話すメミの言葉を、俺は黙って聞いていた。

 「突然お兄様もレンも消えて…………お兄様に至っては体すら見つからなくて…………連れ去られて殺されたんじゃないかと思うと悲しくて悔しくて、犯人を恨みに恨んでいました。自分で犯人を捜そうとまで思っていました」

 メミは声を震わせながらも、「でも」と話を続ける。

 「優秀なお兄様のことです。死ぬはずがない、私を1人にするはずがないと思っていました。だから、お兄様を信じ、きっとどこかで生きていると…………」

 それでその花を持ってこの木にやってきたのか。
 青紫のアネモネ。その花言葉は。

 『あなたを待っています』

 そして、背後の大木がある場所は3人でよく過ごしていたところ。
 メミは1輪のアネモネを握りしめ、顔を上げた。彼女の黄色の瞳からは涙が流れていた。

 「ずっと、ずっと待っていました…………」

 メミを抱き寄せる。そして、大泣きのメミをなだめるように頭を撫でた。

 「ごめんな」
 
 1人になるその悲しみと寂しさ。それだけは一番自分が分かっていた。
 こんなこともう2度としない。

 今回みたいに襲われても、誘拐されても、何かあっても、なんとかして、メミのところにすぐに帰ってくる。
 永遠に帰ってこないことはしない、絶対。
 
 まぁ、メミが反抗期に入って、俺を嫌がるようになったら、距離を置くようにするけどさ。
 でも、それまでは自分がいなくなって悲しませるようなことは、絶対にしないから。



 ★★★★★★★★


 
 俺は、落ち着きを取り戻したメミととも家に入り、2人で廊下を歩いていると、執事とばったり遭遇。

 そして、連絡を受けた親父たちが駆けつけてきた。
 親父と母さんはこの1年のことを詳しく聞いてくることもなく、ただただ帰ってきた俺を抱きしめてきた。

 親父と母さん、そして、メミのいる世界。
 でも、ここはレンがいなくなった世界。
 
 いくら親父と母さんが抱きしめてくれて、声をかけてくれても、俺の心の中はやはりぽかっと穴が空いたまま。
 もしかしたら、コンじいが死んだと勝手に判断しただけで、レンは生きているんじゃないかとついに願いたくなる。

 だから、確認すべきなんだろうな。
 レンの遺体を見たメミに。
 
 「メミ」
 「どうしました? お兄様」
 
 隣を歩くメミはニコニコ笑顔。今の俺には眩しくなるほどの笑顔だった。
 やっぱり1人が辛かったんだよな。
 
 メミには親父と母さんがいたとはいえ、いつも一緒に過ごしていた俺とレンが突然消えたんだ。ショックのあまり、『なんで自分だけが残って生きているんだろう』、なんて思っていたのかもしれない。真面目なメミだからこそ、自分を責めていたのかもしれない。

 俺は優しくメミの頭を撫でる。

 レンの話題は1年経ったとはいえ、俺が帰ってきてフラッシュバックし始めた今のメミは酷だろう。
 でも、いつか話すことになるんだ。
 覚悟を決め、俺はメミにあのことを尋ねることにした。

 「レンは本当に…………死んでしまったのか?」
 
 メミの顔からすっーと笑顔が消え、今にも泣きそうな表情へと変わっていく。
 しかし、黙ったままではなく、小さな声ながらも答えてくれた。

 「はい…………レンは死にました。騎士たちが駆け付けたことにはもう息はなかったらしく…………」
 「そうか…………」

 5歳の頃からずっと3人一緒だった。それが今はピースが1つかけてしまった。
 本当にレンがいなくなったんだな…………。

 「あの、お兄様…………私に提案があります」
 「提案?」
 「はい。レンの犯人を、私たちで捜しましょう」
 
 いつになく真剣な瞳を向けるメミ。黄色の瞳がキラリと光る。
 その瞳には使命感を感じられた。

 「これはレンのためだと思っています。モナー家の騎士たちや使用人、そして、レンを殺した犯人。そいつには正当な裁きと受けてもらいたい…………罪を償ってもらいたいんです。だから、お兄様、私たちで探しませんか」
 「そうしたいのは山々だが…………親父たちが捜しているんだよな?」
 「はい。ですが、お父様も苦戦しているようでして、少しでも早く犯人を捜したくて…………」
 
 優しいメミは裁きを受けてほしいと言っているが、俺としてはレンの仇をうちたい。たとえ、裁きを受けたとしても、死刑だ。それは当然だろう。

 俺はふと裏世界でのことを思い出す。

 『え? コンじいは帰らないの!?』
 『そうですな。わしは少し用事がありますからな。ちょっとしたら、わしもそちらに向かいますぞ』

 コンじいもそのうち表世界(こっち)に来る。チートな学園長のコンじいがいれば犯人捜しなんてあっという間だろう。知らないことなんてなさそうだもんな。ギリギリではあったが、死にそうになっていた俺を助けてくれたんだし。

 それに俺とコンじいは部分的ではあるが、犯人の顔を見ている。何も知らないメミが闇雲に探すより、特徴が分かっている2人で捜すほうが効率的だろう。

 まぁ、俺がいなくてもコンじいだけで十分な気はするが。

 「僕ね、全部ではないけれど犯人の顔を見たんだ」
 「ほ、ほんとですかっ!?」
 「うん。あと、俺だけじゃなくてもう1人犯人の顔を知っている人がいるんだ」

 その時、俺はコンじいのことを話そうとした。そして、この1年自分が何をしていたのかも、一緒に話そうとした。

 でも。
 でも、心の中で話してはいけない、ということが聞こえた。
 一体それがなんなのか分からない。

 ただ、メミだけでなく他の人に話してはならない、裏世界やコンじいのことは自分だけの秘密にしておかなければならないとそんな気が起こってきた。

 「でも、その人ちょっと遠出しているから、2週間ぐらい待ってくれる? 急ぎたいメミの気持ちも分かるけどさ」

 「そうですか……その方には一時お会いできないということなんですね…………分かりました。では、まず私たちで捜しましょう。ひとまずお兄様が見た犯人の特徴を教えてくださいますか?」

 そうして、俺はコンじいと裏世界の話を伏せながら、犯人の特徴をメミに教えた。



 ★★★★★★★★



 表世界に帰って数日後。
 俺はモナー家の屋敷の近くにある森、そこで親父と向き合っていた。

 「お前とやりあうのは久しぶりだな」

 楽し気に話し、笑みを浮かべる親父。

 確かに…………親父とこうしてここで戦うのも久しぶりだな。

 俺が初等部に入ってからこうして1対1で、親父たちと魔法練習をしていた。
 1年前の俺は秒でボコボコ。当時の俺は子ども相手に容赦なくする親父が大人げなく見え、よく不満を吐露していた。

 だが、今の俺は違う。

 「僕はもう親父に負けないよ」
 「言ってくれるじゃないか…………お前がそんなにやる気なら、すぐに始めようか」

 親父は懐から杖を出し、構える。俺も新しくなった杖を握りしめた。
 裏世界でやったように、落ち着いて――――――魔法を出すんだ。

 「光の槍(レイジャヴェロット)!」

 レンが得意としていた魔法。そして。

 「雷蛇(サンダーセルペンテ)!」

 杖先から放たれる真っすぐ伸びていく光線。それに蛇のような緑の雷が親父に向かっていく。その魔法はレンの魔法よりもずっと威力は強く、眩しくなるほど周囲を照らしていた。

 これなら、親父を圧倒できる!

 放射された光線は、親父に当たることはなくカーブ。

 「え?」
 
 親父と通り過ぎた光線は森へと伸びて、木々を燃やしていくのだが…………?

 「あれっ!?」

 制御がうまくいかない? なんでだ?

 裏世界でやった時は、コントロールができないなんてことはなかった。裏世界(あっち)での問題はずっと『制御は完璧。だが、威力不足』だった。
 でも、表世界(こっち)では逆。制御はできないが、威力は十分すぎるぐらいにあった。

 親父は口をポカーンと開き、俺をじっと見つめていた。

 「お、おまえ…………」

 そりゃそうだよな。せっかく威力があるのに、制御できないとか、呆れるよな。

 「あはは…………親父、失敗しちゃったよ。僕、親父にちゃんと当てようと思っていたのに」
 「当てるってねぇ…………あんなもん当てられたら溜まったもんじゃないぞ…………それでネル。お前のレベルは一体いくつなんだ?」
 「えっと、8000ぐらい?」

 そう答えると、親父はすぐにタイマンを中断。俺を連れ家に戻り、魔法を使わないように注意を受けた。
 
 やっぱりいつもはできていた制御がうまくできなかったから、親父は魔法使用を禁止したんだろうな。
 今の俺じゃあ魔法を使っても大惨事になるだけなもんな。
 
 その日の夕方、親父と母さんは2人で長いこと話していた。俺の魔法制御をどうにかするために家庭教師を雇うのか考えているのだろう。

 夕食は仕方なく、俺とメミで終えた。
 そして、部屋に戻るため、2人で廊下を歩いてると、メミは俺に尋ねてきた。

 「お兄様は…………レベルはいくつですか?」
 「8000だよ。それがどうかした?」
 
 そう答えると、メミは昼間の親父のように目を見張り、言葉を失っているようだった。
 
 「あ、もしかして昼間の見てた?」
 「はい…………散歩していたら、丁度お兄様とお父様をお見かけしまして」
 「そっか。見られちゃったか」

 威力はあるのにも関わらず、重要なコントロールがまともにできなかった。

 俺は自分の手のひらに目をやり、ぎゅっと握る。

 でも、この力があれば制御ができれば、きっと仇はうてる。
 それに、この力がある俺なら。
 
 ――――――もしかしたら、レンを生き返らせることができるのかもしれない。

 そんな希望を抱いている中、メミが訝し気な目を向けていることに、俺は全く気が付かなかった。



 ★★★★★★★★



 翌日。
 俺は親父に呼び出され、ある部屋に来ていた。
 その部屋に入るといたのは、親父と母さん。執事も使用人もおらず、2人だけで、部屋の中央には椅子がポツンと置かれていた。
 
 一体何をするんだろう?

 「おはよう、ネル。朝早くに悪いな」
 「朝には強い方だから、僕は大丈夫」 
 「そうか。早速だが、そこの椅子に座ってくれないか」
 「うん、分かった」

 事件のことについて聞かれるのかな? それとも新しい家庭教師を紹介される?
 と思いつつ言われた通りに座る。すると、親父たちは突然ロープを出してきた。
 一体そのロープで何を…………?

 親父と母さんはそのロープで椅子と俺の体を固定し始めた。

 「なんで僕の体を椅子に縛るの?」

 なんか悪いことした?
 したと言えばしたな…………生きてるのに1年も音沙汰なしにしていたから、怒っているのかもしれない。
 
 でも、ロープで縛ることはないんじゃない?

 「ねぇ、なんでロープで縛るの? 母さんたちが怒っても、僕、逃げないよ」

 尋ねても親父も母さんも答えない。顔を向けてくれることもなく、黙ってロープを縛っていっていた。
 荒いロープは触れるとチクチクと肌が痛むが、そんなことを気にも留めず容赦なくきつく縛られる。

 これ、外された時、血栓できちゃう。エコノミークラス症候群になっちゃう。痛いし、緩めてくれよー。
 なんてことは言わず、俺はただただ2人を見ていた。

 母さんの瞳が少し潤んでる?
 ――――――え?

 「ねぇ、これから何をするの?」
 「お前のレベルを制御するんだ」
 
 制御能力をつけるんじゃなくて、レベルを制御?
 まさか、レベルを下に下げるってこと?

 俺は慌てて、親父に主張する。

 「別に僕、練習すればちゃんと制御できるよ? 昨日みたいなことはたまにすることはあっても、誰も傷つけないようにするから…………だから、レベルを制御するんじゃなくて、僕が制御できるように家庭教師の人を呼んでよ? ねぇ?」

 「家庭教師か…………そうしたいのは山々なんだが…………これは大人の事情があるんだ。許してくれ」

 大人の事情。
 その言葉を突きつけられると、どうしても俺は納得するしかなかった。
 きっとこれは自分のため。

 レベルを上げたのはあの女に復讐するためだったけれど、仕方ない。復讐はメミもいるし、2人ならあの女を殺せるはずだ。

 「…………分かった。このロープ外してよ。僕、逃げないからさ」

 「それはできない」
 「なんで?」

 そう問うと、親父は渋る。しかし、答えてはくれた。

 「…………他の目的もあるんだ」
 「他の目的?」

 覚悟を決めたように、やっとこちらに顔を向けてくれた。





 「…………レンとの記憶を消そうと思うんだ。あと、ここ1年の記憶もな」






 その瞬間レンと過ごした思い出がフラッシュバックする。
 レンとの記憶は全て俺にとって大切なものだ。

 「アハハ…………何言ってるの? わけがわからないよ」
 「レンに関連しない記憶は消さない。大丈夫だ」

 「だいじょうぶって…………何言ってるの!? 親父! レンの記憶なんて消したくないよ! なんで!? なんでレンの記憶を消さないといけないの?」

 必死に訴えるも、親父は「大丈夫だ。完全消去をするんじゃないんだ。心配はいらない」と言うだけ。俺の疑問にはっきりと答えてくれることはない。

 「神からのおつげがあったの。これはあなたのためよ」
 「僕の…………俺のため? 記憶消すなんて俺のためじゃないっ! 止めてよ!」

 ローブをほどこうと暴れるが、がっしり結ばれていて、自分の皮膚を傷つけるだけ。
 このためのローブか…………。

 だが、魔法でロープを燃やせばいい。
 杖なしでも魔法展開ができる俺は、ロープに炎魔法を唱える。

 「え?」

 しかし、何度唱えても何も起こる様子はなかった。
 俺を魔法が使えないようにするためか、ローブにも魔法が付与されている…………?
 そのことに気づき、母さんと目を合わす。母さんはごめんねと言いたげな瞳でこちらを見ていた。

 クソっ。

 魔法が使えない俺はひたすらに暴れた。そんな小さな抵抗は親父、母さんに抑えられる。

 「本当にネルのためでもあるんだ。分かってくれ」
 「イヤだっ! 消さないでっ! 1年間の記憶は消してもいいから! だから!」

 ここ1年の記憶を消すということは、コンじいとの思い出が消える。悔しいけれど、それは仕方ないのかもしれない。
 だけれど!

 「レンの記憶は消さないでよ!」

 レンのことは忘れたくない!
 絶対に忘れたくない!

 悔しくて仕方がなくって、涙がぼとぼととこぼれていく。

 親父はそんな俺の前に立ち、杖を構え集中し始めた。
 なぁっ!? なんでレンとの記憶を消さないといけないんだよぉっ! 親父!?

 「許してくれ、ネル」
 「イ゛ィアだぁ――――!」

 部屋に緑の光が広がる。

 「オラクルナスコンデレェ――!」

 親父が魔法を唱えると、さらに光が強くなり、目を開けれなくなるほど眩しくなっていく。
 そうして、あの女への復讐心もレンのことも、全て…………全て俺は忘れ、俺の思い出からレンが消えていった。

しおり