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「お弁当美味しそうだね。自分で作ったの?」

「はい。昨日の余り物ですけど」

お弁当は節約のためほぼ毎日自分で作っている。大体は昨夜の残りを入れているだけだけれど。

「北川さんって一人暮らし?」

「実家です」

「偉いね。ちゃんと自分で作るなんて」

「いえ、本当に残り物を詰めるだけですから」

横山さんに褒められて照れてしまう。
遅い昼食も悪くないな。

「あ、ジャガイモの煮物!?」

横山さんが私のお弁当を見て急に大きな声を出した。

「これジャガイモの煮たやつ?」

「は、はい……そうです……」

「僕ジャガイモの煮たやつ大好きなんだよね」

私のお弁当には昨日煮たジャガイモが入っている。横山さんの目はジャガイモに釘付けになっていた。

「よければどうぞ……」

私はお弁当箱をおずおずと横山さんの前に出した。

「ほんとに? ありがとう! いただきます」

横山さんは私のジャガイモを一口食べた。

「うまい! 味付けもちょうどいいし」

私は顔が赤くなるのを感じた。

「よかったです……煮崩れして見た目が悪いですけど……」

「いや、これがいいんだよ。懐かしい味する」

「私も母によく作ってもらって、好きなんです。簡単ですし」

これは夢かな? 今横山さんと二人で会話をしている。しかも私のお弁当を食べてもらって。あの横山さんが。

「もう一個もらっていい?」

「どうぞ」

「いやあ、これ本当に美味しいよ。こんな美味しい料理なら毎日食べたいな」

心臓がギュッと締めつけられた。優しい笑顔で私の作った料理を食べてくれている。

「ありがとうございます……」

ダメだ。横山さんの顔がちゃんと見れない。顔を上げることができない。

「こっちの肉巻きもいい?」

「どうぞ……」

「あ、僕ばっかりごめんね。北川さんのご飯なくなっちゃうね」

「いえ……お口に合えば嬉しいです」

「うん。これもうまいよ!」

横山さんは夢中で食べている。もう私のお弁当全部を横山さんにあげてしまおうか。

「ごめん、少なくなっちゃった……女の子でもこれはさすがに少ないかな? 僕の唐揚げ食べる?」

横山さんは買ってきたお弁当の中から唐揚げを3つ私のお弁当箱に入れた。

「あはは。ありがとうございます」

嬉しすぎて笑ってしまう。横山さんとお昼を食べて、おかずを交換して。こんなこと、過去の私からは想像できなかった。
もう横山さんに夢中だ。笑顔も、肉巻きを頬張る顔も、私を気にかけてくれる優しいところも。
今自覚してしまった。憧れだけじゃない。私は横山さんが好きなんだ。

「そういえばさ、あの会社の人って飲食店とかの装飾もやってくれるかな?」

「え?」

横山さんの視線の先を見た。
食堂の真ん中に置かれた観葉植物を、いつの間にか椎名さんが手入れしていた。彼が食堂に入ってきたことに気づかなかった。

「今度新しいカフェをオープンさせるんだけど、レストラン事業部が花を店内と外に置きたいって言っててさ」

「花ですか。あの方の会社はグリーンだけじゃなくて花も扱ってるはずですよ」

「そっか。相談してあの会社にお願いしようかな」

「そうですね……」

また一つ、椎名さんとの繋がりができそうな予感がした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



早峰フーズはビルの最上階からエントランス、ビル前の植え込みまで全て一人で作業をする。1フロアに置かれている観葉鉢の数は少ないものの、全てを回るのに数時間はかかる。
本当は昼飯を食べてから早峰フーズに行くつもりだった。古明橋交差点で夏帆を見つけるまでは。
腹が減って仕方がないが、月に数回しかない貴重な時間に少しでも長い時間会いたい。

今日はメールアドレスを教えてもらうか、LINEを登録してもらおうか。
仕事中に連絡先を聞くなんて不謹慎だと思われないよう仕事はきっちりやる。

食堂に入ると夏帆がお昼を食べていた。
ああ、また会えた。なんて思ったら夏帆の向かいに座る男に目がいった。俺と同じくらいの年の、女ウケしそうな雰囲気の男だ。
二人で楽しそうに会話して、夏帆は見たことのない顔で笑っていた。
俺は苛立ちを覚える。見た目は変わっても中身は地味で男慣れしてないままだったはず。
そんな顔、他の男に見せてんじゃねーよ。

俺はなるべく二人を見ないように目の前のポトスに水を与える。夏帆のことを考えないように。

「あ、ジャガイモの煮物!?」

突然の男の声に意識を持っていかれた。

「僕ジャガイモの煮物大好きなんだよね」

「よければどうぞ……」

おいおい、ふざけんなよ。俺は空腹で、しかもお前らを見てイラついて作業してるのに、夏帆は目の前の男に手作りのおかずを分けている。
横目でそっと見た夏帆は照れているのか顔が赤い。
どんどん苛立ちが募る。
お前、男と面白くない会話しかできないはずだろ? どうして笑うんだよ。

ぴちゃぴちゃぴちゃ……

二人に意識を集中しながら水をあげていたせいで、目の前のポトスの鉢から水が溢れた。土と一緒に鉢カバーの底に滴る。

くそっ……

普段ならやらないミスだ。俺は雑巾で床にまでこぼれた水を拭いた。

「あはは。ありがとうございます」

夏帆の笑い声が頭の中に虚しく響いた。
照れて赤くなった顔も、喜ぶ顔も、俺にしか向けないものだと思っていた。勝手に思い込んでいた。



早峰フーズでの作業を終えてエレベーターで総務部のフロアに降りると、ドアが開いてすぐ目の前に夏帆がいた。段ボールいっぱいに入った丸まったポスターを抱え、顔が半分見えなかった。

「あ、椎名さんお疲れ様です……」

先程食堂で笑っていた顔とは違い、エレベーターから出てきたのが俺だと気づくと一瞬困った顔を見せた。
俺への態度はこんなものなのか。
これまで夏帆の中に俺の存在を強く残してきたつもりだった。けれど奥手なこの子には苦手意識を植え付けただけかもしれない。

「お疲れ様、夏帆ちゃん」

「サインですよね。ペン貸していただいていいですか?」

足元に段ボールを置くと俺からペンと納品書を受け取った。

「エレベーター乗るとこだったんじゃないの?」

「大丈夫です。急ぎじゃないんで」

夏帆はサインをすると俺に納品書とペンを返した。

「これ持ってあげようか? 道具は全部車に置いたから手ぶらだし」

「大丈夫です。落ちやすいだけで軽いので」

夏帆が足元の段ボールを持ち上げた瞬間、大量の長い筒状のポスターが床に落ちた。

「あっ」

「ほら、やっぱりいくつか持つよ」

言ったそばから落とす夏帆に笑いながら、ポスターを拾ってエレベーターに乗り後ろから夏帆も乗った。

「ありがとうございます。でもお仕事は?」

「今日は作業は終わり。今から農場に戻ってデスクワーク」

そして遅い昼飯を食べたい。

「椎名さんってこのお仕事長いんですか?」

「この業界は3年たったとこ」

「3年ですか……」

夏帆の顔を窺う。
仕事始めたの君と同時期なんだって。俺たち3年前にも会ってるんだって。

「素敵なお仕事ですよね。植物って癒されますもん」

「……ありがとう」

こいつ全然思い出してないな。まあいいか。『素敵な仕事』だと言ってくれたから。

夏帆について倉庫らしき部屋に入った。キャビネットにポスターを置くと、これで俺と別れられると思ったのか小さく溜め息をついた。

連絡先教えてよ。
そう口を開きかけたとき「あの、アサカグリーンさんってお花も扱ってますよね?」と聞かれた。再び不快感が湧き上がる。それは空腹だからだけではない。

「まあ、花屋もいくつか店舗あるし、生花装飾もやるよ」

「お花のカタログとかってありますか?」

「今すぐいる? 手元には観葉植物のカタログしかないんだけど」

夏帆に対して出てきた声は自分でも驚くほど不機嫌で攻撃的だった。

「あ、いえ……後日でも大丈夫です……」

「カタログをどうするの?」

「弊社で新しくお店をオープンするんです。その装飾を考えてて参考にしたくて」

本当は聞こえてたから知ってるよ。さっきの話は。

「夏帆ちゃんは気を遣いすぎなんじゃない?」

「え?」

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