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七夕祭りの飾りつけが終了し明日から正式に告知をしようとしていた。完成した飾りつけを写真に撮ろうと私は再び銀翔街通りに来ていた。
「直矢さん」
「ああ、お疲れさまです」
信号横の飾りとマップを交互に見ながら最終確認している直矢さんに駆け寄ると笑顔で私を迎えてくれる。
「すみません、わざわざ写真撮影のために来ていただいて」
「いいえ、直矢さんはこの後別の打ち合わせですよね。あとの細かいことは私がやりますから」
お礼を言う直矢さんは信号機の横の街灯につけられた飾りに目をやった。私も直矢さんの視線の先を見ると、サッカーボールほどの光沢のある玉がブドウのように重なった飾りの下に愛美さんが立っていた。
愛美さんは飾りを見上げ、街灯に登った作業員の男性が飾りをロープで吊り下げる動作をしていた。
直矢さんがじっとその様子を見ている。私はそんな直矢さんに不安を感じた。どうして愛美さんを見ているのだと。
「直矢さん? どうかしました?」
「あの飾りを外そうとしているようなんです。変更の連絡をいただいていたのか思い出しているのですが……」
「え?」
確かに作業員は下の愛美さんの手の指示によって飾りを下ろそうとしている。
「どうしたんでしょう……ちょっと私聞いてきますね」
あそこに行こうとする直矢さんを制して私は愛美さんのところに向かった。
「お疲れ様です」
私が声をかけると愛美さんは無表情で「お疲れ様です」と答えた。
「すみません、この飾りって変更の連絡をいただいていましたっけ?」
「これなんですが、太陽の光が反射して横の信号が見えにくいとご意見を多数いただきまして、違うものに変更させていただきます」
「え! それは失礼いたしました」
盲点だった。確かに光沢のあるピンクゴールドの玉は光をよく反射する。信号の横にこの飾りをつけるとどうなるかを深く考えられなかった。
「では宝石店の前のものと交換させていただきます」
「よろしくお願いいたします」
私はマップを出して宝石店の飾りをチェックする。宝石店の前の飾りは不透明なプラスチックでできている。あれなら信号の横に飾っても問題ないだろう。
「戸田さん」
「はい……」
私はマップに印をつけながら愛美さんに返事をした。
「直矢から連絡をもらいました」
私は驚いて顔を上げ愛美さんを見た。その顔は相変わらず無表情だ。
「やっとまともに話ができたのが嬉しくて。直矢は私の気持ちを最後まできちんと聞いてくれました」
目を見開いた。愛美さんの気持ちを聞いたとはどういうことだ。てっきり直矢さんは復縁したいという気持ちを拒否したと思っていたのに。私に宣戦布告してきたときの言葉通り、愛美さんの熱烈なアプローチを受けたら直矢さんはどう心が変化してしまうか不安だ。
思わず直矢さんを見た。彼はこちらに歩いてくる。まるで私たちを睨みつけるような厳しい顔をして。
「それで直矢は私に……」
「危ない!!」
頭上から大声が降ってきた。その瞬間私の目の前に大きくて光るものが落ちてきた。
「きゃっ!」
横に立つ愛美さんが悲鳴を上げたのと同時に地面にガラガラと光る玉が落ちた。四方八方に散らばったそれは真上に飾られていた光沢のある飾りだった。
見上げると街灯によじ登っていた作業員の男性が切れたロープを持ちながら目を見開いて私たちを見下ろしている。
「愛美!」
直矢さんの声で下を向くと愛美さんがうずくまっている。いつの間にか駆け寄った直矢さんがしゃがんで愛美さんに声をかけた。
「愛美、大丈夫か?」
愛美さんは右の腕を押さえて顔を歪めている。
「大丈夫……少し掠っただけで……」
「念のため病院に行こう」
直矢さんは愛美さんを立たせると駆け寄ってきた別の広報の男性に謝罪した。愛美さんと男性が近くにある病院に歩いて行くのを見届けると他の作業員に混ざって玉を拾い始める。私も慌てて拾うけれど動揺した。目の前の状況に混乱していた。散った玉は歩道に散らばり一部が道路にまで転がった。
なんで? どういうこと? 飾りを結んだロープが切れたってことだよね?
手で持てる重さではあるけれど、高い位置から落ちてきた飾りに当たった愛美さんが心配だった。その愛美さんを大袈裟なほど心配する直矢さんに呆気にとられてしまった。怪我をしなかった私は何もできずにただ玉を拾うことしかできなかった。
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作業の事故から数時間で直矢さんと部長が作業を担当する下請け会社の社長を伴い、銀翔街通り連合会に謝罪に行った。事故の原因は飾りを結んだ丈夫なはずのロープが実際には古くなり切れやすくなっていて、飾りを下ろす際に街灯の金具で擦れて切れてしまったことが原因だった。
今回通行人や車に被害がなかったことから銀翔街通り連合会は大事にはしないでもらえたようだ。
直矢さんが謝罪に出向いている間に私は直矢さんのスケジュール調整のため方々に連絡を取っていた。夕方に会社に戻ってきた直矢さんは初めて見る落ち込んだ顔をしていた。部長と役員と共に会議室にこもると定時を過ぎても出てこなかった。
「初めてじゃね? 武藤がやらかしたのって」
山本さんが突然私のデスクまで来た。呑気な声を出す山本さんに怒りが湧く。
「やらかしたなんて言わないでください! なお……武藤さんが悪いわけじゃないですから!」
怒る私に山本さんは「ごめんごめん」と反省する様子を見せない。
「そりゃ山本さんは武藤さんをライバル視してますからいい気味ですよね」
「いい気味だなんて思ってないよ。むしろ心配してる」
言葉で言うほど心配していなそうな山本さんに私は「何か用ですか?」と冷たく聞いた。
「一昨年の海岸でのグルメイベントで携わった業者の一覧ってどこ保存?」
「紙でしたら壁側キャビンの上から2列目に、データは営業共有サーバーに同じ名前であります」
「さんきゅー」
お礼を言いながら山本さんは会議室を見た。
「武藤は大丈夫だよ。あとで戸田がキスでもしてやりゃ元気出すって」
「は? 何言ってんですか?」
「だってお前ら付き合ってるんだろ?」
「は? え?」
私は焦った。山本さんに私たちの関係がバレているとは思わなかった。
「知ってたんですか? いつから?」
「たぶん付き合ってすぐから知ってたよ。お前らの雰囲気はわかりやすい」
山本さんは妙に勘のいい人ではあるけれど、面と向かって付き合っていると言われると照れてしまう。
「戸田がいれば武藤は大丈夫だよ」
「そうでしょうか……」
今の私には自信がない。
愛美さんの上に飾りが落ちてきたとき、直矢さんは愛美さんをとても心配していた。人として、仕事相手に対して当然のことなのだけれど、私は愛美さんへの想いがまだあるのではと不安になった。直矢さんは愛美さんのすぐ横にいた私のことは一切心配してくれなかったのだから。