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【それが真実?】

【それが真実?】


「···君が無事で、本当によかった」


 ファリドはリーシャの手を握って、消え入るような声で言った。

 普段はっきりとした声でしゃべる彼だが、心身ともに疲れ切っているのだろう。



「お義父さんが殺されたと聞いて、急いでラザレフ邸に行ったんだ。そしたら君がいなくて、俺は9日もずっと君のことを探していたんだ···ずぅーっと···」

「ファリド···」



 馬車が動き始めてから、リーシャは客車の中で向かい合わせになっているファリドを見据えた。近衛師団長である彼と、馬車の客車の中で2人きりだった。



 手を握る婚約者の顔を、リーシャは憐れみの目で見つめた。



 自分をこんなにも必死になって探してくれているとは思わなかったのだ。自分は捕らわれていた間、不自由なく暮らしていた。自分は誘拐されただけだが、彼に申し訳なさを感じてしまう。



(···この人は、まともですね···)



 純粋に婚約者を心配している彼の姿に、リーシャはまともだなと思った。

 狂気さえ含み、自分を屋敷に閉じ込めようとしていた彼とは、真逆だ。



「···ファリド、知っていることを教えてくだい」 



 リーシャは、握られた手をそっと離す。

 自身の膝に手を置き、強い語調で言った。



「助けて頂いて、ありがとうございます。私は、父さんの遺体をみた後、あのルカという人に捕まって、この土地に連れてこられたんです。この土地の名前も、私にはわかりません」

「···そうだな、何から話そうか···」



 ファリドは視線を彷徨わせ、外を見た。自分も同じく外に視線をやる。窓の外は、変わらず銀世界のままだ。



「···まず、この土地は、帝都よりも北だ。大体帝都から4時間ほどのシビリという土地。君をとらえていた男は、ルカ・マスロフスキー」

「北側というのは、予想通りでしたね。マスロフスキーというのは、先程仰っていたので、もしかしてと思っておりました」



 リーシャは、その名前をどこかで聞いたことがある。貴族名鑑で読んだのだろうが、爵位がある男なのは間違いないだろう。



「そう、君を捕えた男の名字だ。爵位は公爵、役職はこの国の宰相だ」



 彼の爵位を聞き、リーシャは目を見開いた。

 自分の家であるラザレフ子爵家や、ファリドの家であるシュレポフ伯爵家よりも、家格が上ではないか。 



「ちょっと待って下さい。ルカさんが公爵?しかも宰相って···何かの間違いでは?」



 子爵家よりも大きな家だとは思っていたが、公爵家だと?自分を誘拐したのが公爵の地位を持つ男だなんて、到底信じられない。



(大きなお屋敷に住んではいましたが···公爵なのに、使用人たちとも仲良くするなんて···)



 ルカは品こそあったが、公爵という地位がありながらも、使用人達と談笑していたところを見るに、かなりの変わり者なのだろう。



「いや、事実だ。前皇后殿下の出身家であるマスロフスキー家だよ。前皇帝一家とも懇意にしていた一族だ。彼のお父上が隠居生活に入られて、家を継いでまだ日は浅いが」



 暗殺された皇后の出身の家柄ーーリーシャは、ルカが名前を名乗らなかった訳がようやくわかる。



「でも、わかりません。どうして、そんな名門一族が私を?まさかとは思いますが、父さんを殺すなんてこと、そんな名家では···」



 ありえないのではないかと、思う。



 自分を誘拐する理由も、今の話だけでは見当たらなかった。



「いや、俺も驚いたよ。ラザレフの指輪もな、皇帝がお乗りになった馬車に入っていたんだ。どこに行った馬車なのか調べたら、ここだった」

「皇帝?ニコライ皇帝のことですか?」

「そうだ」



 自分が見た男が、まさかニコライ皇帝だとは思わなかった。



(あれが、ニコライ皇帝陛下···)



 リーシャは銀髪の男の姿を思い出す。

 自分がいくら助けを求めても、憮然として、全く反応しなかった。



(でも、宰相であるルカさんがかしづく人です。皇帝陛下なら納得ですが···)



「皇帝って、銀髪の、顔の整った方ですか?」

「あぁ、冷たい人だよ。すごく無口なんだ」

「···その方でしたら、私もお会いしています。名前を名乗り、助けを求めたのですが、無反応でした。監禁されていることを肯定しているような」



 ニコライ皇帝に、リーシャは必死に助けを求めた。彼は特段気にしていない様子だった。

 皇帝ともあろう人が、助けを求める少女を無視するのかーーと、リーシャは今更ながら苦笑する。



 ファリドは腕を組み、疲れ切った顔を顰める。うーん、と唸るような声をあげた。



「これは···あれだな。お義父さんにも内密にするように言われていたことだが、話さなきゃいけないらしい」

「はい?何か···?」

「皇帝と宰相が、君を監禁する理由だ。彼等なら、君を手に入れたくて仕方がないだろう。君の存在は、彼らにとって邪魔だ。自分達の地位が貶められる可能性があるんだから」



 邪魔?とリーシャは眉を釣り上げた。

 ルカや、ニコライ皇帝が子爵家の養子を邪魔に思うはずがない。



(ルカさんは愛してるとか言っていましたが···)



 頑なに、ルカは自分を捕らえた理由は「愛しているから」としか言ってくれなかった。

 ニコライ皇帝や、その宰相であるルカが、自分を捕らえておきたい理由とは何なのか。



「君はな、オルロフ家の第2皇女、アデリナ皇女なんだ」



 リーシャの中で、時が止まった。

 指をさされて何を言われたかと思えば、愕然とせざる得ない。



 アデリナ皇女とは、先の皇帝の娘である。



 皇帝一家が暗殺された際、幼いアデリナの遺体だけが見つからなかった、帝国最大のミステリーとされる人物の名前だ。



「···はい?私が?···いえ、そんなはずはないでしょう」



 リーシャは唇の端を引きつらせ、否定する。



(アデリナ皇女は当時1歳にも満たない年齢でしたね。ご存命でしたら、私くらいの年齢だと思われますが)



 あまりに突拍子もない話にしか思えない。



(私が、実は皇女だなんて···)



 ファリドが急に荒唐無稽な話をしだしたのかと思った。



 自分が皇女だなんて、信じられない。



「俺はお義父さんから聞いたんだ。金髪に、碧眼。それに、オルロフ家で相続される赤いルビー。君は間違いなく、アデリナ皇女だよ」



「赤いルビー?···とは、これですか?」



 リーシャは、自分の胸に輝く赤い宝石を手にした。ファリドは頷く。



(前皇帝のアデリナ皇女は金髪に、碧眼)



 リーシャの髪も黄金で、目も碧い。特徴は一致している。 



「···例え私が皇女だったとして、子爵の父が、どうして皇女を養子にするんですか?会ったこともないのでは?」



 親戚関係がある公爵家ならまだしも、皇帝一家と会うことがない貴族だって存在する。



 子爵令嬢であるリーシャも、ニコライ皇帝の顔を見ても皇帝とはわからない。赤ん坊であった皇女なら、余計だ。



「元々ラザレフ家は侯爵の家柄だ。皇女のご誕生後、お披露目には参加している。オルロフ一家殺害の際、お義父さんは爵位を降格されたらしいがな」

「あぁ、爵位を降格させられた件は、だいぶ昔に聞きましたね。ニコライ皇帝即位後、シーシキン宰相の派閥に間違われて降格されたと」

「お義父さんは、たまたま君を孤児院で見つけた。アデリナ皇女が生きていたなら、皇位継承の権利はニコライ皇帝ではなく、君が1番になる。責任持って、君を女帝にすると決めて」



 特別な子、とアレクセイによく言われていたのを思い出した。



 特別な子という意味は、そういう意味だったのか。



 教養を徹底的に叩き込まれたのも、女帝として即位をさせるために―――。



「女帝?」



 リーシャは、聞きなれない言葉を繰り返した。

 ファリドは真摯な目を自分に向ける。



「そう、君が皇位を継ぐのなら、女帝だ。オーブルチェフ帝国には女帝だって歴史上存在しただろう?何もおかしい話ではない」



「いえ、私はそんな···大役が務まるような人間ではありません」



 リーシャは顔が引きつる。

 自分は隠された皇女で、ゆくゆくは女帝になれなんて、どんなファンタジー小説だろう。



「お義父さんは、そうお望みになられて、君を育てたんだ。だから君に勉強をさせてきたんだろう?」



 勉強のために閉じ込められていた日々は、いつか自分を女帝にしようとしていたのか。

 幼い間、ずっと、ずっと勉強に集中していた日々の理由が、それなのか。



「···夜会に出さないようにしていたのも、もしかして、関係していますか」

「ああ、君が皇女だと気づいてしまう人がいるからな」



 気づいてしまう人――リーシャの脳裏に、彼が浮かんだ。



「突然こんな話、驚くよな。お義父さん亡き後、婚約者の俺がちゃんとサポートするから、不安にならないでくれ」



 ファリドの手が自分の手に伸ばされた時、リーシャは反射的に、自分の身体を抱くようにして腕組をした。

 ファリドは少し目を丸めたが、にこりと笑ってくる。



「···父さんが殺された理由も、私が皇女だからでしょうか?」

「だろうな。お義父さんが死んだ時、マスロフスキーがラザレフ邸にいたんだろう?彼はニコライ皇帝に忠実だ。ニコライ皇帝の地位を貶める君の存在を、快くは思わないだろう」



 つまりファリドは、ルカがアレクセイを殺したと言っているのだろう。

 リーシャは、雪の中に残されたルカの足跡を思い出す。



 彼の足跡だけが、雪の中に存在していた。



「誘拐された理由も、私がアデリナだからでしょうか?」

「マスロフスキーは、オルロフ一家と縁戚関係があるからな。君がアデリナと気づかない訳がない」



 リーシャは窓に映る自分を見た。



 ルカは、赤い宝石を自分がつけていることを知っている。昔会った時にも、父にもらったと言って見せたのを、リーシャは既に思い出している。



(じゃあ、ルカさんは私が皇女だったから、愛しているだなんて言っていたのでしょうか)



 監禁されていた9日間、ルカは必ずリーシャに愛を囁いてきた。



 自分が何者であるかを知っているルカは、どんな気持ちで自分に愛を囁いていたのか。

 ニコライ皇帝にルカが忠実であるかなど、2人のやり取りを見たリーシャならわかる。

 ニコライ皇帝を押しのける血を持つ自分に、彼は何を思っていたのか。



『駄目だよ···。外には危険がいっぱいなんだから···。君はずっと、ボクの側にいればいいんだ』



 助け出された時に言われた言葉を思い出す。

 自分を籠絡して、屋敷の中に留めておきたいと、思っていたのだろう。



(···面白くないですね。実は皇女だなんて、私には推理のしようがなかったではありませんか)



 与えられた情報の中で推理するのが、推理小説である。



 これが物語だったとしたら、今まで起こった話の中から、自分が皇女だなんて推理はできそうもない。



 まるで、夢物語である。



 だとすればルカは、何も知らない無垢な自分を捕えようとしていた悪人か。



(結局、愛なんてものは、この世に存在しないということですね)

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