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第百二話 焔vsリンリン

 シンたちに合流して、すぐにコーネリアはもだえ苦しむサイモンを足で強めにつつきだした。リンリンだけがコーネリアを止めようとしていたが、他は全員スルーして、話し込む。

「シン、やりすぎだ」

「いやー、サイモン君は大きいからつい力入っちゃったよ」

「いやいや、あいつが着地すんの下手だっただけでしょ」

「ソラもそう思う」

「いや、あんたたち目線ならそうかもしれないけど……」

「え? そうなの?」

「そうなの?」

 焔とソラは同じように自覚がないような顔をして、茜音を見る。

(ダメだ。この2人には普通の人間の限界を教えないと……でないと、私すぐに死んじゃうかも)

 茜音はバカそうな顔を向ける2人に、任務にあたる前にはしっかりと常識を教えておこうと心に決めるのだった。

「なんか……茜音ちゃんには申し訳ないことしちゃったかな」

 シンは茜音の反応を見て、頭を掻く。

「本当だよ。茜音は大変だろうね。とんだ化け物を育てたもんだな」

「いやいや、まだまだこれからこれから」

「へー、そりゃ恐ろしい」

 少し離れたところから焔のことを見つめる2人。だが、ハクだけは少しだけ違う視線を焔に送っていた。話が一区切りついたところで、シンが大きく手を一回叩く。

「さあさあ、せっかく練習場を使ってるんだ。遊びはここまでにしようか」

(あんたから始めたんだろうが!)

 ここにいる大半の者はそう心の中でシンにツッコんだ。


―――焔とリンリンは5メートルほどの距離を置き、向き合うような形で各々準備運動を始める。それ以外の者たちは少し離れたところで焔とリンリンの戦いを見守る態勢に入っていた。

 ひとしきりストレッチを終えると、リンリンは焔にしゃべりかける。

「よし! 焔こっちはいつでもいいネ」

「あ、そう。俺も取り敢えずはオッケーかな」

 2人の合意も得られたところで、開始の合図を告げるべくAIの声が練習場に響き渡る。

「それでは、カウント3出始めさせてもらいます」

「オッケー」

「わかったネ」

 その後、しばしの静寂が訪れる。その静寂は焔、リンリンの2人だけではなく、見ている者の緊張感も煽った。

(正直、焔もリンリンちゃんも第三試験では素手であまり長いこと戦ってなかったから、どれほどの実力があるのか全く未知数だわ。一体、どんな戦いになるんだろう?)

 茜音はまったくもって実力がわからない2人の戦いに、ほぼ癖となっている分析をするため、この静寂の中で更に注意深く目を向けた。

 そして、いよいよAIのカウントが始まる。

「3」

「2」

「1」

「スタートです」

 いよいよリンリンたっての組手がスタートした。いつもなら、速攻で攻めていく焔であったが、今回ばかりはまずは様子を伺う。


 さて……と、どうしたもんかな。試合っつっても勝ち負けは関係ねえしな。いつもみたいに一気に行くか、それともリンリンの動き出しを見てから……。


 そんなことを考えていると、不意にリンリンから動きがあった。それは試合前に手を合わせる礼儀作法であった。

 初めてのことに驚く焔は見よう見まねでリンリンの動きをまねして深々とお辞儀をする。礼を終えると、リンリンは大きく息を吐き、戦闘態勢を取る。焔は少し遅れ気味に顔を上げた。そして、目に飛び込んできたリンリンの顔を見て、焔は思った。


 ああ、そうだよな。やっぱりやるからには全力で行かなきゃ、リンリンにも……そして、自分にも失礼だよな。


 焔の目に移り込んだリンリンの目はすごく輝いており、この戦いを楽しみにしているような、そんなことが容易に想像できる目をしていた。

「フッ、そんじゃまあ、いつも通り行こうかな」

 焔は独り言のように呟くと、顔を上に向け息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐いた。息を吐くのと同時に顔をゆっくりと下に向けていき、目線が真下の地面と対峙するところまで下がった。

 その動きにリンリン、他の者たちも注視し、次の動き出しを今か今かと待ち続ける。数秒ほど静寂が続く。だが、その静寂は猫目の男と小さな男がニヤリと笑った瞬間、一気にぶっ壊れる。

 焔は第三試験で見せた超加速を見せ、一瞬でリンリンの間合いまで詰め寄った。

「おー! 出た!」

 その一瞬の動きにサイモンは興奮気味に声を上げる。

「すご」

 茜音は若干引き気味に焔の動きを観察する。

(やっぱりすごいネ! でも……)

 焔が次の一手を打とうとした時、


 ヤバッ……!!


 そう焔が焦った瞬間だった。


 ブォン!!


 物凄い風圧を纏いながら、リンリンは脚を一瞬で蹴り上げた。その速さと威力は第三試験で見せたものを軽く超えていた。焔の顔は蹴り上げと同時に真上に向いた。その姿はまさにリンリンの蹴りが焔の顎を打ち抜いたように映った。

 そして、そのたったの一蹴りだけで焔が出した超加速の歓声をすべて持って行ってしまった。

「な、なんじゃありゃ!」

 どこから声出してんねん! と思わずツッコんでしまいそうな声を出して、驚くサイモン。

「あれは女子が出していい蹴りじゃないでしょ」

 さっきの焔の動きよりも引き気味な茜音。

「あの蹴り……もろに入ったわよね……大丈夫かしら」

 流石のコーネリアもあの蹴りを食らった焔のことが心配になったのか、独り言のように呟いた。

「でも、焔も凄い」

 ソラが焔を見据えて静かにそう言った。さっきの加速のことかと思ったが、ソラが焔のことをじっと見つめているものだから、皆もそれにつられて焔のことをよく見る。正直、この角度からだとリンリンの蹴りが焔の顎を蹴り上げたかのように見えた。だが、

「……チッ」

 リンリンは嬉しそうに舌打ちをする。すると、顔を真上に向けていた焔がグワッと真正面に顔を戻す。

「バッ……! 死ぬかと思った!」

 今まで息を止めていたかのように大きく息を吸う焔。その様子からかなりギリギリだったことが見て取れた。

「ワッツ!! レンジはリンリンちゃんの攻撃を食らったんじゃなかったのか?」

「完璧に食らってたはず……一体どうやって?」

 サイモン、コーネリアの2人は完全にリンリンの一撃が焔の顎を打ち抜いたと思っていたのか、当の本人がピンピンしていることに驚きを隠せずにいた。

「もしかして、リンリンちゃんの攻撃が来るのを直前に察知して、急停止して顔を上にあげることで蹴りを何とか避けたってこと?」

 茜音は独り言のように呟き、自身の解釈を述べる。

「ご名答……なんつってね」

 茜音の後ろから聞きなれたフレーズを口にする男の声が聞こえた。後ろを振り返ると、

「シン教官」

「いやー、しかしあれはかなりギリギリだったけどね。第三試験で見せた蹴りよりも速かったからタイミングが狂ったんだろうね。ま、あっちもそれを狙ったみたいだけど」

 そう言って、シンはリンリンのことを見た。

「やっぱり焔はすごいネ! あんなに馬鹿みたいに突進してきた相手に今まであたしの蹴りを避けれた人なんていないヨ!」

「褒めてんだか、けなしてんだか……まあ、いいや。こっからは俺のターンと行かせてもらおうかね!」

 そう言い放つや否や、すぐさま焔は反撃に入る。


 こんだけえぐい態勢取ってるんだ。軸足を払えば、一気にバランスを崩すはずだ。


 リンリンは片脚を蹴り上げており、今は左足一本で立っている状態であった。焔はその左足を狙い、払うように蹴りを入れる。だが……、


 スカ


「ありゃ?」

 焔が払いのけた先にはリンリンの足はなかった。リンリンは焔が蹴りを入れるのと同時に真上に飛んでいたのだった。だが、バランスの悪い状態、かつ片足でのジャンプは全然飛べていなかった。だから、次こそ焔は足を払おうと、落下する瞬間を今か今かと待ちわびる。

 しかし、その瞬間は訪れなかった。リンリンはニヤリと笑うと、今まで上げていた脚を器用に元に戻すと同時に、さっきの軸足を折り畳み、空中で横蹴りを入れる体制を整える。

「マジで……」

 その一瞬の動きには焔も驚きながらも、普通に感心してしまっていた。その驚いた顔にリンリンはほんの一瞬だけ自慢げに笑うが、すぐに真剣な顔つきになり、自身が狙う部位を見定める。

「ハアッ!!」

 リンリンの蹴りは真一文字のような軌跡を描きながら、焔の顔面、正確には右半面に向かって飛んでくる。


 どうする!? 防ぐか!? いや、これは!


 一瞬、手を当ててガードしようとして、右腕を顔の横に持ってこようとするが、その蹴りに目を凝らした焔は、一瞬で判断を翻す。出した手を引っ込め、直ぐに体を折り畳み、リンリンの蹴りを寸分の所でかわす焔。蹴りが頭上を通過した際の風圧、空を切る音がその威力を物語っていた。

 焔は地面に手を付けると、リンリンの次の行動を見ることなく、大きく2回後ろにジャンプし、もう一度間合いを取る。

「バッ!! ハア、ハア! あー、またまた死ぬかと思ったぜ」

 焔は呼吸を整えると、すぐにリンリンに目線をずらした。リンリンもさっき着地したばかりのようで、やや屈んでいる状態だった。

「チッ、おしかったネ」

 またまた嬉しそうに舌打ちすると、むくりと立ち上がった。取り敢えずの緊張状態は解かれたが、以前2人はお互いの一挙手一投足に目を配る。

「プハ―!! あまりの戦いにこっちも息が詰まってしまったぞ!」

 2人の戦いに見入っていたのか、サイモンは興奮を隠せずにいた。

「ほんと……でも、戦いというか、ほぼリンリンちゃんの攻撃ね。それでも、あの攻撃を……」

 コーネリアは軽くリンリンの方に目を向けたが、すぐに目線を焔に移した。

「うん。あれだけ予想外の攻撃を受けたのに、全て回避するなんて……やっぱりソラちゃんのときといい、とんでもない反射神経ね」

 茜音の言葉にサイモン、コーネリアの2人はうなずく。ソラはなぜか誇らしげにしていた。だが、茜音はどこか解せないところがあったらしく、再び言葉を綴った。

「でも、変なのよね。さっきの2回目の攻撃」

「え? 確かにリンリン茶の攻撃は少し変則的だったけど……」

 そうやって、思い返すコーネリアに、

「いや、リンリンちゃんの攻撃じゃなくて、その後の焔の対応のこと」

「焔の対応?」

「そう、あれってさ、さっきみたいにして無理にかわさなくても腕でガードできたんだよね。というか、絶対に次の攻撃のこととかを考えたら、そっちのほうが良かったし、普通に考えたらあそこは無理して避けるよりもガードした方が確実だったから……どうして、あんな無理した避け方したのかなって」

「確かに……そう言われてみれば、変ね」

 茜音の説明に納得して、2人はその理由について考えを巡らせる。そんな2人にしたり顔になっているシンが声をかけようとした時だった。

「焔、さっきの攻撃どうしてガードじゃなくて、避けたネ?」

 え? と声のする方にシンが目を向けると、リンリンが2人が模索していた真相を直接本人に確かめていた。焔はその問いかけにニヤリと笑って、答える。

「だって、あの攻撃……完璧腕折りにきてただろ?」

 焔の解答に茜音たちは驚きを禁じ得なかった。何と言ったって、あの攻撃は完全に焔の顔面を狙っての攻撃だったからだ。だが、リンリンはその答えを聞くと、ニヤリと笑い、

「チッ……やっぱりばれてたネ」

 嬉しそうに舌打ちするリンリン。まさかの答えに茜音、コーネリアの2人は更に驚く。それと同時になぜ焔にそのことが分かったのかという、疑問が生まれる。

 そんな中、サイモン一人だけが冷静なコメントを残した。

「いや、リンリンちゃんこわ!!」

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