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 席についてあらためて裁きの陣の方を見てみると、陣の中には人間型のアポピス類たちが十人ほどかたまって立っていた。
 森で、火起こし妖精の助けを受けながら私たちキャビッチスロワーと闘った者たちの一部だろう。
 ケイマンはひきつづきそのアポピス類たちに向かい、祈祷文句をとなえつづけていた――ときどき修正されたり、つっかかったりしながら。
 そしてときどき、陣の中のアポピス類たちがうめき声をあげたり、がっくりとうなだれたり、逆に天井の方にあおのいたりしていた。
「あれって、苦しいのかな」私はそっときいた。
「うん」父が、眉をひそめて答える。「心を改めたと認められるまでは、これがつづくんだよ」その表情は、まるで自分があの陣の中で裁きを受けている者のように、苦しそうにゆがめられていた。
 父は、本当に鬼魔が好きなんだなあ。
 あんな、人間と見ると襲いかかったり傷つけたり、家や畑やなにもかも、とにかくめちゃくちゃにあらし回ることしか思いつかない、いやな生き物たちなのに。
 私は少しだけ口をとがらせた。
 ていうか、森で私たちと闘ったのはもっとたくさんいたはずだけど……どこにいるのかな?
「ほかのアポピス類たちは?」私はまたそっときいた。「森でたたかったやつ」
「ああ」父は聖堂の壁の方をそっと指さした。「つかまえられて、見張られているよ。いちどきに全員は入れないから、十人かぐらいずつ、裁きを受けさせているんだ……でも中には、まんまと逃げだした者もいるみたいだな」また眉をひそめる。「キャビッチスロワーたちが箒で追ってはいるけれど」
「あと何回やるのかしら、これ」母もそっと言葉をはさんできたけれど、その顔はあきらかに退屈していた。「ずっと座ってるのも疲れるわ」
「そんなこと言うもんじゃありませんよ」祖母が娘である母をたしなめる。「神聖で大事な儀式なんだから」
「はーい」母はうつむいた。
 そのあと、ケイマンの唱えていた文句は終わり、アポピス類たちもやっと裁きの陣の外に出ることができた。全員くたびれはてた感じでがっくりと肩を落とし、とぼとぼと聖堂の外へ出ていった。
 そして次のアポピス類が、やはり十数人ほど聖堂の中につれてこられ、全員いやがっていたが菜園界のキャビッチ使いたちにつかまえられて裁きの陣の中に立たされた。
 こんどはサイリュウが、裁きの祈祷文句を唱えはじめた。
「汝らみなさんは」
「汝らは」
「さいでございますね、汝らさまはここ裁きの陣におかれましてでございまして」
「裁きの陣において」
「さいでございますね、裁きの陣でございますここにおきましてでございまして」
「これは長いわね」祖母がそっと言う。「見つからないように外へ行きましょう」
「えっ」私が祖母を見たときにはすでに祖母と母は姿勢を低くして椅子の列から外に出ようとしているところだった。
「ははは」父がそっと苦笑する。「いちばん後ろの席がいいというからたぶん、こうなるんだろうとは思っていたよ。ポピーもついていくかい?」
「えと、パパは?」私はいちおうきいた。
「ぼくは後学のために、最後まですべてを見届けたいと思うよ」父は真剣な顔で裁きの陣の方をまっすぐに見つめながらそっと答えた。
 私はというと、神さまごめんなさい、やっぱり外に出た。
 うーん、とぬけ出した三人で思いきりのびをする。
「申しわけないけれど、つき合いきれないわ」母が頭上に腕を思いきりのばしながら言う。
「まあ裁きの儀式が終わったら、あとはもう菜園界に帰るだけでしょうから、ゆっくり観光でもしていましょう」祖母はそう言って、さっさと箒にまたがった。「大工の人たちや、ほかの祭司さまたちはどこにいるのかしら」
「ポピー」そのときどこか遠くから、私を呼ぶ声が聞こえた。
「えっ」私がきょろきょろとまわりを見回すと、
「ここだよ」また声が聞こえた。「聖堂の上」
「えっ」私はまたおどろき、母や祖母もいっしょに、箒で聖堂の屋根の上へ向かい飛んでいった。
 するとそこにはなんと、フュロワとギュンテとラギリスとがのんびりすわってひなたぼっこをしていたのだ。
「まあ、神さまたち」母がおどろいて言う。「こんなところでなにをなさっているの?」
「裁きの儀式が行われているから、祈祷の文句に答えるやり方をこいつに教えてたんだ」フュロワがラギリスを親指でさして答えた。「祈祷する方もされる方も不慣れで時間かかっちまって……悪いことしたね」苦笑する。私たちがぬけ出してきたことを知っているのだろう。
「ごめんなさい」私は目をぎゅっととじて謝った。
「まあ失礼、おほほほ」祖母は笑い、
「あ、すいません」母は肩をすくめた。
「けれどここにいるのも日が照りつけて暑くはならないの?」祖母は空を見上げ、神さまたちを心配した。
「だいじょうぶ」ギュンテが自分の水がめを両手でふりながら笑う。「暑くなったら水浴びするさ」
「まあ、おほほほ」祖母はまた楽しそうに笑った。
「ねえ、神さま」母は箒から聖堂の屋根の上に降り立ち、質問した。「この世界――地母神界って、どうしてアポピス類たちにあてがわれたの?」
 フュロワとギュンテはラギリスを見た。
 ラギリスは母をまっすぐに見て、少し考えるように間をおいた後「…………」と答えた。
「え?」母は首を前につき出してきき返した。
 祖母と私はなにも言わずにいたが、おなじように首を前につき出した。
「鬼魔界の王と対等に交流できるようになりたいと考える者がいるからだって」フュロワが伝えてくれる。「アポピス類のほかにも、ここんとこそう考える若い鬼魔たちが増えているんだ」
「まあ」祖母が目をまるくする。「時代は変わったのねえ」
「そう」フュロワはにっこりしてうなずく。「変えたのはミセスガーベラ、あなたですよ」
「えっ」私と母は目をまんまるくして祖母を見た。
「あらまあ」祖母は口をおさえる。「そうだったの」
「ええ」フュロワもギュンテもラギリスも、ふかくうなずいた。「鬼魔界四天王クドゥールグ、あいつが人間のキャビッチスローによって倒されるなんて、それまで誰も想像したことさえなかった」
「神さまも?」母がきく。
「神たちも」フュロワとギュンテがうなずく。「そしてそのことは鬼魔界すべてに知れわたり、衝撃をあたえ、歴史上の大事件として後世に語りつがれた――やがて、鬼魔王や大臣たちに任せていては、いずれ鬼魔界が人間の手によって壊滅させられてしまうのではないかと考える者が現れたんだ」
「反政府分子ね」母がうなずく。「それが、アポピス類?」
「に、限ったことではないけれど、思想として体系化することにいちばん長けていたのはアポピス類だ。彼らは鬼魔王と対等の立場になりたいと願うようになり、堂々と王に対して意見を言うようになり、ついには水面下で反乱を企てる者まで現れた」
「まあ」祖母がため息をつく。「物騒ねえ」
「人間でも鬼魔でも、若いやつってのは気持ちがはやりやすいからな」ギュンテが苦笑する。「でもラギリスは、闘うんじゃなくて平和に話し合うべきだってことを、ずっと声を大にして主張してきたんだ」
「声を大にして?」私と母が同時に同じことをきき返した。
 それこそ、想像さえできなかった。

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