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第2章 覚醒したトラブル”シュテファン・ヘル”

「なあ、ジン。いつまで・・・」
 アキトの発言を途中で遮り、彩香が注意する。
「アキト! せめて、ジンさんとお呼びなさい。無礼ですよ」
「良い。我が半生は冒険と共にあった。それは、これからも変わらずに続く。どちらかというと宮廷だのパーティーだの儀典だのは、全然掠りもせず、全くもって性に合わんな」
「そんなの言わなくても判るぜ」
「ジン様の宮廷作法は完璧ですよ」
「アキトが知らないのも仕方ないわ」
 茫然自失に陥るアキト。
 絶対こっち側だと、根拠もなく信じ切ってた・・・。いいや、絶対こっち側だぜ。だが、なら何故できんだ?
「あのー・・・」
 思考の海に沈みそうになったアキトだったが、史帆の戸惑いの声により意識を海面に浮上させた。
「どうしたのかしら、史帆?」
「アキトが宮廷作法を学ぶのは解るけど・・・なぜアタシまで?」
 そうオレは”ルリタテハ王国王家守護職五位”という、良く分からない官名を無理やり与えられた。宮廷内では風姫のボディーガードのような真似をしなければならないようだ。
 ユキヒョウ船内のパーティールームで、オレはルリタテハ王国の正装を身に纏い、宮廷作法を文字通り叩き込まれていた。
 その宮廷作法講習会に、史帆も何故か、ドレス姿で参加を強制されていた。
「彩香の趣味だわ」
 講師は彩香で、史帆のドレスを見立て、仕立て直したのも彼女だった。
 ドレスだけでなくアクセサリーまで淡い青系でまとめ、史帆のスレンダーな身体に似合うデザインで、彩香のセンスの良さがわかる。
「やっぱりか・・・」
 アキトは呆れ成分のみで呟いた。
「うむ、リアル着せ替え人形の役割だな。2体目の・・・」
「人形・・・?」
 史帆がジンの言葉に素早く反応した。その声は、盛大に裏返っていた。
「できれば、もう1体欲しいです。スレンダー、標準はありますから、次はグラマーな少女が良いですね」
 それで、風姫が1体目ってか?
 彩香は生存中、ルリタテハ王家に仕える侍女兼護衛だったと聞かされた。なのに、王女の扱いを着せ替え人形扱いするとは・・・それでイイのかルリタテハ王家!
「史帆さんは良いですね。可愛いく・・・」
 今は自称”風姫とジンのお目付け役にして、ユキヒョウの支配者”。その彩香の台詞を最後まで言わせず、風姫が口を挟む。
「あら。私には、もう厭きてしまったのかしら?」
 哀しそうな表情の下に、愉しそうな笑みを浮かべる風姫は、人の理解が及ばない妖精のようだった。
 風姫と彩香は、ウェットとドライな言葉でウイットに富んだ会話を続けている。
 親子のような?
 姉妹のような?
 親友のような?
 その気の置けない女同士の会話に含まれている感情の機微など、本来オレには分からねー。風姫は、何故だか分かる。
 あの表情は、隙あらば悪戯を仕掛けようという妖精の気紛れに満ち満ちてるぜ。
「・・・お嬢様は可憐です。・・・ですが、今や可愛いらしい反応が皆無です。10年前のように失敗して、恥ずかしそうに顔を赤らめたり。次の作法を忘れてしまって固まってしまったり。いいですか、完璧な宮廷作法というのは優雅です。し、か、し・・・それでは可愛くないのです」
 風姫の旗色が悪くなっていく。
 だが弱気にはなっていないし、虎視眈々と逆転を狙っているのがオレには判る。
 普通の女子というより、風姫は妖精みたいな訳の分からない存在に違いない。だからこそ、彼女のメンタリティーを理解できるような気がするぜ。それなら、オレも人ならざるモノに近いメンタリティーを持っているということか?
 それは、オレの勘違いが過ぎるな・・・。
 風姫は彩香を可愛く睨んで、言葉の刀で斬り返す。
「宮廷作法を考えずに自然とこなせるようになるまで、しつこく私に叩き込んだ鬼教師の所為だわ」
 風姫は王族であり、普通の女子と同じような境遇で育っていない。しかも幼い頃からジンの影響を受けているのだ。普通の女子と同じようなメンタリティーには程遠くなることは、約束されたも同然だった。
「そうです。完璧な宮廷作法を得たお嬢様は、可憐で優雅です。史帆さんの初々しい反応。素晴らしいです。それに比べてアキトは・・・。あなたは、どうにもなりません。少年らしさが・・・これっぽっちも存在しない。そこそこ正装を着こなせて、そこそこ儀礼に通じていて、そこそこ応用がきくから間違えても対応できる。それに、その不敵で開き直った態度。あなたは擦れた大人ですか? 世間に対して斜に構えず、正面から向き合いなさい」
 旗色が悪くなったらオレに振るのかよ・・・。
 だが、すでに慣れた。
「なんで、オレが非難される流れになるんだ? そこそこ出来るなら褒めてもイイところだよな? まっっったく意味分かんねーぜ。それによぉ、格闘技してっから、オレが斜に構えるのは仕方ないんだぜ」
 全員の性格は把握済みにして、対策は万全。
 自分で言うのも何だが、記憶力と発想力、頭の回転の速さには自信がある。
 故に1対1なら口で負ける気がしない。
「斜に構えるとは、刀を斜めに構えるのが語源だ。格闘技で使うのは、正確ではないな」
「・・・・・・ぐっ」
 1対1なら・・・。
「でも、ジン。刀を構える方の意味で使うと、身構えるとか、正々堂々になる。アキトに相応しいのは、物事を斜めに見るの意味だわ」
 ・・・1対1ならな。
「うむ、育ちは良いのに、どうやったら、こう捻くれるのか。トレジャーハンティングとは、人の心を捻じ曲げ、疑い深い在り様に変えてしまうのだな。エレメンツハンターの精神安定を保つにはどうすれば良いのか、研究の余地がありそうだ。トレジャーハンティングと異なりエレメンツハンティグ先には、恒星も惑星も見えないが、重力だけある。どのような影響があるかの1サンプルとして、汝は丁度良いサンプルとして役立つであろう。アキトよ、ルリタテハ王国のエレメンツハンターの魁となる栄誉を担うのだ。光栄に思うが良い」
 敵は・・・3人だったようだぜ。
「なあ、今の台詞。名誉なことで凄いことするんだからと、勘違いさせるような言い方してるけどよ。言葉の端々で、オレを実験動物扱いしてるよな?」
 どうせ、オレに選択権はないんだろうなぁー・・・。
「安心せよ。サンプルは汝だけではない。既に何年もダークマターハローと仲良くしている男がいる」
「じゃあーよぉ、ジン。そのダークマターハロー大好きな協力者とやらと、いつになったら合流すんだ? ホントはオレたち、漂流してんじゃねーのか?」
 ユキヒョウがダークマターハローの濃密な空間を突き抜けて、安全宙域に辿り着いてから3日が経過していた。
 ホントなら、昨日合流している予定だった。
「漂流しているのは、ヘルの宇宙船の方だな。そうよなぁ、漂流というより漂着という表現の方が正しかろうな」
 軽い口調で漂着という重たい事実を告げたジンに、史帆はその言葉の重さを確認するように呟く。
「漂着・・・」
 史帆は自身の言葉にショックを受け、茫然自失の状態になった。
 まったく冒険ってものを分かってないぜ・・・。
 いや、違うな。
 風姫と彩香、ジンの危険性は、何となく知っていてる。
 しかし、実力を理解できてないんだ。
 それは史帆が悪い訳じゃねー。
 オレも訓練中は理解できてなかった。共にモーモーランドと戦ったからこそ実感できた。
 ヤツらは常人と危険の基準が違いすぎんだ。全くもって信じられねーぜ
 それに、ユキヒョウの攻撃力と防御力、搭載されている機体は想像を絶する性能を誇る。実際に操縦してみないと解らねーだろうけどな・・・。
「それで、ヘルってのがジンの所業の犠牲者になんのか?」
「シュテファン・ヘル68歳。ダークマターハロー”エガーモルフォ”、”アキレアナモルフォ”、”カシカモルフォ”と渡り、命懸けの冒険をしながらタークマターの研究を続けている酔狂人だ」

 スターライトルームの2階層下に、ジン専用の秘匿回線を引いている通信ルームがある。今そこで、様々な星系へと直通回線を開き、報告を受けては指示するということを繰り返している。
 現ロボ神であるジンは睡眠をとる必要がない。今が、ジンの趣味の時間であり、本性であり、余生であり、真実の姿である。
 次から次へと集まる情報を整理整頓し、判断し方針を決める。
 ルリタテハ王国の現国王”一条千宙”から全幅の信頼・・・というより諦めをもって報告と連絡だけは欠かさないようにと、お願いされている。
 そう国王から命令ではなく、お願いされているのだ。
『ジン、愉しそうだよなぁー。余は公務で忙しいというのに・・・』
「そんなことはない。我は一条家の始祖として、ルリタテハ王国の神として、一睡もせず日夜王国の平和実現のため、額に汗しているのだ。直近の具体的でいくと、新開家の次男坊にサムライシリーズを操縦できるように教育して戦力化を図っている。無論、戦力として鍛え上げるだけでは面白くないから、キチンと風姫のオモチャ・・・護衛に相応しいよう色々と仕込んでいる。一度非公式に戻るから、楽しみにしているが良い」
 一睡もしてないのは事実だが、それがアンドロイドであるからであり、ジンが粉骨砕身で働いている訳ではない。
『すっごく愉しんでいるじゃないかぁあー』
 拗ねたような声を出す。
「千宙(ちそら)よ。汝は既に51歳だろう」
 ジンと会話しているのは、ルリタテハ王国国王の一条千宙(いちじょう ちそら)である。
『酷いじゃないか・・・偶には余も、童心に帰ってみたいのだよ。それに、いつもジンの所業の後始末に苦労している』
 両手でワシワシと頭をかき、綺麗にセットされていた髪を台無しにした。彼は黒髪黒目で、典型的な日本人の面立ちをしている。
「大丈夫だ。こうやって問題になりそうな案件は連絡しているのだ。我のように、常に威厳を纏い動くべき者を動くべき時に動かす。そして己が動かねばならない躊躇なく動くのだ。ただし、国王が動かねばならぬ状況を陥ってはならぬ。故に我が動いているのだ」
 ジンの所業の後始末をスムーズに進めるため、千宙は報告と連絡を求めているだけである。そして苦労している。
『ジンよ、余も一国の王だ。そんなことで言い包められはせぬ。余が動かなくても済むよう動くべき者を動かすべ時に動かしている。ジンも動く必要はない』
「我の余生を邪魔しないで貰おうかな」
 公私混同はルリタテハ王国の国王として厳に慎まなければならない。
『データでの報告と連絡を欠かさぬなように』
 しかし国王として苦言を呈していても、千宙はジンの全てを肯定する。
 歴代国王の中で、最も模範的かつ有能であると名高い千宙なのだが、ルリタテハ王国とジンを天秤にかけた時に、どちらを選択するのか・・・国王の側近の中でも意見が別れている。その状況に陥るまで、誰にも分らないだろう。
 故にジンの行動を制限するのは、側近の間で禁忌とされている。
 ジンを知る者であれば、全員が理解している。
 行動を制限したら、風姫が一緒になって”ルリタテハの踊る巨大爆薬庫”の暴発が間違いなしとなる・・・と。
「良かろう」
『それと偶には、こうやって顔をみせよ。風姫の顔もみせてほしいものだ』
「善処しよう」
 実のところ、ジンは理不尽な要求をしたり、不条理や非合理な行いはしない。己に与えられた権限の範囲で周囲を巻き込んだり、要人を護ったりしているだけだった。
 ただ権限の範囲が大きすぎたり、要人が王族だったりと、騒動の大規模化要素が満載な場所にいるだけである。そして、ジンが立ち入り禁止となる場所などはない。・・・というより、ジンが存在させない。何故なら”Going my way”・・・でなく”強引がマイウェイ”が現ロボ神であるジンの生き様だからだ。
『最後に一言、言いたい事がある、余も・・・』
「無理に言わなくとも良い」
『自由に行動したいのだぁあああーー』
 ロイヤルリングを通してユキヒョウの戦略戦術コンピューターにジンは通信を切断するよう命令する。そして、通信が切れてから呟く。
「それは余生で、だな」
 通信装置”境界脱出”。
 ”境界消去”。
 座標”惑星ヒメシロ”境界顕現許可宙域。
 ”境界顕現”。
 通信装置”境界突破”。
 回線接続”通信先桂木”。
 黒髪をキッチリとオールバックに纏めている桂木老師が、正面大型ディスプレイに映し出される。
『お久しぶりです。一条隼人様』
 桂木が慇懃に挨拶した。
「ジンで良い。脂禿げはどうだ?」
『子供の使い程度には役に立つかと』
「ならば良かろう。思いっきり使ってやるが良い。それと少しは成長を促しておくのだ」
『漸くこの老骨が、ジン様の力になれる時が訪れたのです。まさに、無上の喜び。骨身を惜しまず尽力いたしましょう』
「骨は折らず、身を粉にする必要なぞない。汝には肉体より頭脳に期待しているのだからな」
『畏まりました』
「・・・むっ。ゆっくりと旧交を温めたいところだが、急用だ」
『旧交などあまりにも勿体ないお言葉、感に堪えません。ご所望の情報は、今データ送信を完了してございます』
「うむ、また後日連絡する」
 時空境界突破装置の存在をアキトに悟らせない為、通信を切り上げスターライトルームへと向かう。その位置からは顕現している時空境界が見える。そして、ユキヒョウに繋がっている通信ケーブルは時空境界の向こう側に突破している。
 通信ケーブルの先に接続されている通信機器は光を通さない時空境界の所為で全く見えない。故に通信ケーブルが途中で暗黒にのみ込まれているか、切断されているように感じる。
 勘が鋭く頭の良いアキトなら、何かの切っ掛けで恒星間通信以外の使用方法に気づくかも知れない。ルリタテハ王国の王家に忠誠を誓うまで、彼に視られてはならない。

 アキトはジンにスターライトルームから連れ出され、格技場へと足を運んでいる。
 人のいなくなった半楕円球形のスターライトルームは、ゆっくりとユキヒョウに収納された。そして、ユキヒョウの斥力装甲が収納庫を完全に覆い尽くす。最早スターライトルームの場所が何処にあったか見つけられない程、表面が滑らかである。
 そのシャープさと優美さを兼ね備える、洗練された船体を持つユキヒョウには、幾つもの訓練施設がある。
 訓練施設の中で格技場はスターライトルームから一番遠い。だからといって、5分もかからない。その間、アキトとジンに会話はなかった。
 何故こんな展開になっているのか? この展開の裏に何が潜んでいるのか? アキトは自分の中で一番頼りになる頭脳を全開にして推測する。
 スターライトルームにジンが入ってきて、いきなりオレに稽古をつけてやると言い放った。そして、言葉を続けた。
「今までの訓練では物足なくなったから、眠れんのだろうな?」
 突然の来訪に、突然の稽古。目的はなんだ? 意図はなんだ?
 オレの為って訳はねーな。ジンのことだ、ほぼ利己的な理由に決まってるぜ。
 相手の意図を考えるようになったことは、アキトが成長した証しなのだが、経験が圧倒的に足りない。まさかスターライトルームから連れ出すことだけが目的とは考えてもみなかった。
 なにせ、冗談で生きているような存在であり、現ロボ神だ。もっと深い考えに基づいた行動だと推理していた。
「柔道でも空手でも構わんぞ」
 オレのことは調査済みってか・・・なら柔道、空手で戦っても絶対に勝ち目はないだろうぜ。まあ、ジンのことだ。正攻法は通じないだろうしな。かといって生半可に策略を弄しても、基本通りに対処されたら、ジリ貧一直線になる。
「それに筋力とスタミナは、汝のデータにあわせる」
 そこまで譲歩されても勝てるイメージが湧かない。
 考えろ。考えるんだ・・・。
 勝利する方法を・・・。
「肉体だけだ。武器、ミスリル、オリハルコンは使用禁止で、1G下で戦う」
 これで、習熟していない無重力空間での戦いは避けられるぜ。
「良かろう」
 くっ・・・。これでも勝利は遠い。
「とりあえずよ。服装は柔道着にしてもらうぜ」
 まずは、最低限一発は入れる方法を考えるとすっか・・・。
「うむ、構わぬ。以上で良いのか?」
 顔が綻ぶのを抑え込み答える。
「ああ、いいぜ」
 惑星ヒメシロ重力元素開発機構の桜井脂禿げとの交渉経験が役に立ったぜ。これで、お宝屋のゴウに払った勉強代が回収できたってもんだ。
 プランは決まった。
 格技場に扉をくぐった時に、覚悟は決まった。
 そして今、ゆっくりと柔道着に袖を通し、冷静にジンを観察している。
 ジンは既に着替えを終え上座にいる。正座しながら瞑想し、アキトの準備が調うのを待っている。
 アキトが正対して正座すると、ジンは徐に眼を開けた。
 5分後。
 アキトは格技場の床に仰向けになり気絶していたのだった。

 ジンとの稽古から3日が経った。
 恒星間宇宙船”ユキヒョウ”はヘルとリアルタイムで通信できる場所に辿り着いた。
「久しぶりだな、ヘル。元気そうで何よりだ」
『よう、ジン。久しぶりの共同研究に・・・』
 挨拶を交わしている2人の間に彩香が厳しい口調で割って入る。
「ジン様のことは、ぜめて”さん”づけでお呼びください、シュテファン・ヘル博士」
 アキトが胡散臭い眼差しをジンとヘル交互に向ける。
「ジン、ヘルの年齢は68って聞いたはずだぜ。気の所為か? それとも、ヘル博士ロボなのか?」
『我輩の公式記録年齢は、間違いなく68歳だ。コールドスリープの合計期間が33年間ぐらいになっから、生命活動年齢は35歳といったところだ。そして頭脳年齢は48歳なのだぁああああああああ』
 一体どこからツッコミをいれればイイのか・・・。暑苦しい系か? 語りたがり系か? どっちだとしても、付き合いきれねぇーぜ。
 ヘルの言葉を、ジンが揶揄する。
「しかし、精神年齢は10代から止まってしまったようだが・・・。それで、何故合流ポイントに来ないで、直径2万キロメートルもある惑星級ダークマターの塊に漂着しているのだ? 送信されてきた情報には、宇宙船の所在地と惑星の組成データが記述されていただけだ。何故惑星に不時着したのか? 経緯を説明してくれるのだろうな、ヘルよ」
 ヘルの宇宙船の前部は盛大に潰れていて、元々の大きさから3割くらい小さくなっている。装甲は熱と衝撃により歪み、もはや元々の宇宙船の形を想像できない程だ。
 ダークマターハロー”カシカモルフォ”にある惑星級ダークマターには、ダークマターの大気がある。大気圏突入による摩擦熱と
 ただ無事な後部ハッチからは、様々な機器が宇宙空間に溢れ出している。そう見えるだけで、惑星級ダークマター上にあるだけだ。
『ああ、すっげぇー、ヤバイんだぁああ。ダークマターってのはマジ半端ない。惑星級のダークマターは、研究の宝庫だったのだぁあああーーー』
 10秒近く叫び声が続き、漸く途切れたと思ったら、更に言葉を紡ごうとする。
『し、か、もぉぉぉだぁあああっ!』
 ヘルのグリーンの瞳が輝きを増した。
「待つのだ、ヘル! 良いか、時間は有限である。キリキリと経緯を吐け! さもなくば、斬り切りと、細切れにしてやっても良いのだがな」
 オメーの時間は無限だろうが・・・。
『いいや、まず我輩の存念を全て味わって欲しい。いいか”カシカモルフォ”には元々調査する予定だった惑星があった。偶然にもジンの指定した場所に赴くには、近くを通ることになったぁああああああ。ならば、ならばだっ。惑星に降りる方を優先するしかだろう。いいや降りるしかない。他に選択肢などないのだぁあああ。しかもぉだっ! その正しき判断の結果、人類は時空境界突破航法を実用化可能となるのだぁあああっ!!!』
 ”時空境界突破航法”という言葉に、ジンが微かに反応した。
「うむ、話すが良い、ヘルよ。汝の存念を、全て我が受け止めようではないか」
「聞くのかよっ!」
 惑星に漂着した経緯に方を聞くんじゃなかったのかよ。
「時間なら充分にあるのだ。構わぬ。存分に話すが良い」
 うっわぁー。オレのツッコミは無視した上、即座に前言撤回ときたぜ。
 なんかジンとヘルからは、同じ匂いというか、似ている雰囲気が漂っている。
 それに、性格も似ているようだぜ。
 似た者同士・・・。
 偉人なのだろうが、奇人変人・・・。
 しかし、2人の雰囲気の中には絶対的な違いも感じる。
 いうなれば雰囲気の中に、ジンは重厚な風格成分を密かに隠し、ヘルには無闇に熱い情熱成分が入っている。
『さっすが、ジンだ。話が早い。ダークマターの塊に、少量のダークエナジーを封じ込めることができる。これは周知の事実だが、この”シュテファン”には大量のダークエナジーがあるのっだぁああああ。それは・・・』
 史帆が呟く。
「シュテファン?」
 耳聡いのか、史帆の言葉を拾って、回答する。
『そうとも、この惑星の名は”シュテファン”というのだ。我輩が名付けた!』
 いや・・・、自己顕示欲だな。
『それでは続ける。大量のダーク???ナジーになればなるほど、封じ込めが難しくなる。しかしっだぁ。このシュテファンにあるダークマターの中には、ダークマターを貯蔵できる物質があぁぁるっ。そう、ダークエナジーの斥力を無効化してしまうのだぁあああ! そして・・・』
 ヘルは研究者という理系の中の理系にもかかわらず、くどくどと微に入り細を穿つような話し方をしない。これまでのオレの経験は、偏っていたというのか? それとも知らず知らずのうちに、理系に対してステレオタイプの偏見を持ってしまっていたのか?
 しかし、解説が50分も続くとは想像していなかった。
 最初の1~2分で、風姫と彩香はフェードアウトしていった。ヘルの話に関心も関係もないからだろう。
 史帆は理解しているのかしていないのか判断つかないが、熱心に聞き入っている。
 ああ、やっと理解できたぜ。
 ヘルは教えたがり系だ。
 オレの頭に”突発性直情教育症候群”という名称が、突然湧きでた。しかし、イイ名称だが呼びづらい。通称”ヘル”と名付けてやるぜ。
 その後も淀みなくヘルの話が続いた。一区切りついたのは
「もう良い、大体理解した」
『我輩はシュテファン・ヘルであぁあぁるっ。ただぁーしっ、我輩の命は安くはなぁーい!』
「うむ、汝の依頼は、既に調査済みである」
『では聞かせて貰おう。我輩の真の敵は、誰であるかを? ヴェンカトラマン・ラマクリシュナンか? ジャン=ピエール・ソヴァージュか? まさか、まさかのコフィー・アッタ・アナンなのかぁあああああ・・・』
 ヘルは段々と早口になり、自分の話で自分を熱くさせて暴走しだした。
 もはや制御不能かと思われたが、ジンの雰囲気が一変し、圧倒的なプレッシャーが放たれる。
「相変わらずだな・・・。良いのか?」
 どうやら、電磁波を通じてでもプレッシャーが届いたようで、メインディスプレイに映っているヘルは押し黙った。
「汝は我から話を聞きたいのか? 聞きたいのだろ? 聞くのだな?」
『・・・はい』
 どうやジンの許容範囲は、弁えているらしい。
 ジンは落ち着いているようでいて、その実、もの凄く大人げない。
 しかも、だ。それを”神の所業故、意味なぞ求めるものでない”などと宣うのだから質が悪いぜ。
「良かろう。まず汝の家族だが・・・全員息災にしている。子供は2人とも結婚している。驚くことに、2人は民主主義国連合の最高峰の学校を無償奨学金を獲得して、そして卒業していた。我の支援など必要ないくらいに、汝の家族は自立している。無論、陰日向に亘り我の息のかかった者が見守っている」
 ヘルの顔に安堵の表情が浮かぶでもなく、淡々としている。
 心配していたのをを悟られたくないのか。それとも冷徹なのか。
『そのぐらいは当然。我輩の息子達なのだ』
「そうだ、もう一つ教えておくか・・・」
 ヘルの表情が引き締まる。
「後退してきている」
『交代? どういうことだ?』
「髪の毛が、だ」
 ヘルは、自分の頭を撫でると言い返す。
『我輩は全身脱毛をしているだけだが・・・』
 研究者の中に、偶にいると聞いたことがある。
 不純物を研究室に持ち込むリスクを減らすためと、身だしなみを整える時間が勿体ないからだと・・・。
「それは知っている・・・が、汝の遺伝子が色濃く毛根に反映されているとの報告なのだ」
 ジンらしいぜ。
 禿げてきていると聞いたジンが、遺伝子の調査を指示したに決まっている。
『その報告・・・必要か?』
 一言だけ呟くと、ヘルはグリーンの瞳で次を促した。
「汝を騙してダークマターハロー”エガーモルフォ”へと送った実行犯は、ヴェンカトラマン・ラマクリシュナンとジャン=ピエール・ソヴァージュの2名だ」
『やっぱりかぁあああーーー』
「待てよ、ジン。実行犯ってことは、指示したヤツがいるってのか?」
「汝の真の敵は、”TheWOC”である」
『なんてこったぁああああああ』
 民主主義国連合が誇る多国籍巨大企業グループ”The Whole of Creation”略称”TheWOC”。
 軍需部門を主力としていて、売上の7割、利益の9割が軍事関連から得ている。宇宙戦艦、宇宙空母ですらグループ内の企業だけで造り上げられる。しかも人型兵器、宇宙戦闘機などの艦載機から各種装備品、兵站まで担える。
「ヴェンカトラマン・ラマクリシュナンとジャン=ピエール・ソヴァージュの2人は、ただの使い走りに過ぎない。汝が民主主義国連合で生きる道はない」
 いくら何でも、それはねぇーだろ。
 TheWOCが超巨大企業グループとはいえ、民主主義連合国1000億人を超える人口の中に1人ぐらい紛れ込まれたら見つけられないだろう。
『これで、これでぇえええ。我輩の積年の悩みが、解決したのだぁあああっ!!!』
 オレと史帆の声が重なる。
「「はっ?」」
『ならば、我輩の人生をジンに預けよう』
「やっすいぜ。やっすい命だぜ、ヘル・・・」
『さあぁああ! 我輩を惑星”シュテファン”より救うのっだぁああああ』
 史帆が唸る。
「・・・マッドサイエンティスト」
『ジンの言う通り、命の借りは命で返す。我輩の命で返すなら、いくつ命の借りをつくっても同じってことではないか? どうだぁあ? そうだろぉおおお!』
 命の借りを作るってことは、己の命を危険に晒すってことだぜ。バカなのか? アホなのか?
 マッドサイエンティストってのか・・・。考え方が、もの凄くおかいしいぜ。
「汝が収集したデータとサンプルは後程共有する。経緯を話せ、ヘル」
『我輩は、ずっと惑星級ダークマターで研究したかったのだ。話したはずだが、ジン』
「それは知っている。訊きたいのは、汝がダークマターの惑星に降下した理由ではない。降下している過程を知りたいのだ」
『船の航路記録データを送信した。一言で表わすならば大変だった・・・。いいか』
 臨場感たっぷりの演説を10数分にわたって聞かされた後、ジンがアキトに軽い口調で、軽くない内容を口にする。
「さて、準備も整ったようだし、アキト。惑星シュテファンに行ってくるのだ」
 いつの間にか、彩香と史帆が格納庫でセンプウの出撃準備が調えていたらしい。
 最近よく実感するが、オレの周りには理不尽が満ち溢れすぎているようだ。
 何せ、地表の重力が5Gもある惑星シュテファンの大気に突入するとはな。しかも眼で確認できず全索表シスを頼みに降下する。シミュレーションもせず、ぶっつけ本番。
 まったく信じらんねぇーぜ。

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