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彼は(かわ)誰時(たれどき)濃霧(のうむ)の中を歩いていた。

細かい(きり)が息を吸うたび、
雨の匂いを口に(ふく)ませる。

いつから歩いているのか、
いつから自分がここに存在(そんざい)するのか、
何も思い出せない。

何もわからないが本能に(さそ)われるように、
ただただその濃霧(のうむ)の中を歩き進んでいた。

ただ夢浮橋(ゆめうきはし)(夢の中のあやうい通い路)の中を、
さ迷っているような奇妙な浮遊感(ふゆうかん)に、
包まれていた。

そんななか唐突(とうとつ)に、
遠い昔どこかで聞いた童歌(わらべうた)が聴こえてきた。

(かご)の中の鳥を(もてあそぶ)童歌(わらべうた)が。


「か~ご~め か~ご~め」

「か~ご~の な~か~の と~りぃ~わ~」

「い~つ い~つ でやぁ~う」

「夜明けの晩に、
  つ~ると か~めが す~べった
  うしろのしょうめん だぁ~れ 」

連綿(れんめん)()がれる童歌は、
どこか不思議(ふしぎ)(なつ)かしく、もの悲しかった。

そして不可解(ふかかい)不気味(ぶきみ)だった。
童歌(わらべうた)とは言葉だけで伝承(でんしょう)され、
原文が存在しない。

存在(そんざい)しないからこそ、その意味は広い。

そして古来には、
現代では失われた発音があった。

  

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