玄関長話【後編】
「フラン、あなたも一つの貴族の家の家長になったのだから、お世継ぎの事はきちんと考えなくてはダメよ? 『ベイリー家』の血筋は特殊だから特にね」
「うっ」
「……そういえば、私の家にも『フォーサイス』という名があるのですが……他の貴族にも『竜の爪』のようなご加護があるのでしょうか?」
げっ、ラナ……それを親父たちに聞いてしまうの?
あんまり聞かない方が……。
「加護か。なくはない、と聞く」
「え! では……!」
「だが……大多数の貴族の家から加護は潰えた。ほとんどの貴族が出世欲と権力に囚われ、竜力を感じとる事を捨てたためだ」
「竜力を感じる……ですか……」
……ああ、始まってしまう……。
早く帰りたいんだけどなぁ。
ファーラ、先に馬車に行っていようか、と聞こうと下を向くといない!?
クールガンが少し離れたところの椅子にファーラをエスコートし、ニコニコ話しかけている。
くっ、素早い……!
「竜力は守護竜様が放つ竜の力。それを受け取り力とする事で、竜石道具は起動する。それは人間にも同じ事なのだ。昔はほとんどの貴族が守護竜に加護を与えられ、それを『竜石眼』にて使えていた。だが、皆使い方を忘れてしまったのだ。嘆かわしい……!」
「それを感じ取れるようになるにはどうしたらいいのでしょう?」
え、ラナさん?
話し続けるんですか?
……帰ろうよぅ……この話長くなるんだよぅ……。
「常に守護竜様の存在を意識して、守護竜様の居場所を探り続ける。慣れれば流れのようなものを感じ取れるようになるでしょう。竜力は目には見えない。しかし常に流れている。『青竜アルセジオス』では特に、水の流れのように一定方向に感じます」
「むむむ……それはわたくしでも分かるものなのでしょうか?」
「日常的に意識すれば分かるようになるはずですが……『緑竜セルジジオス』に行っては少々分かりづらくなるでしょう」
「うーん……。あ、そうですわ、では『加護なし』とはなんなのでしょうか? ファーラは『加護なし』なのですが……」
あ、それは俺も気になっていた。
『聖なる輝き』を持つ者は、ステラとかいうものの素養が関係しているらしい。
親父はその辺りの事も知っている?
「『加護なし』は二種類おります。ファーラ嬢はおそらく後者……竜力の完全同一タイプでしょう」
「二種類? 完全同一タイプ? なにそれ?」
俺も聞いた事がなく、聞き返す。
腕を組んだ親父が言うに、『加護なし』はとにかく稀有。
そして、その『加護なし』理由には二種類ある。
一つは体質的に竜力を受け付けない者。
もう一つは体質がその国の守護竜と同調出来る、完全同一の者。
『加護なし』の中でも特に稀有。
レア中のレア。
他国に行くと普通、らしい。
しかし、その同一の守護竜のいる国では——。
「まあ、簡単に言えば『その国の竜石』……『守護竜の鱗』と同じ体質なのだ」
「? それなら竜石を持つと光を失うのはなんで?」
「同一ゆえに、小型竜石の竜力を吸い上げられる。ファーラ嬢が成長すれば大型竜石であっても、石は元々宿していた竜力を吸われるだろう。我々は眼球のみ、その国の守護竜……アルセジオスの竜力で加護を扱える」
「…………」
それを聞いた瞬間……ゾッとした。
理解してしまったからだ。
二種類の『加護なし』。
前者はどの国に行っても加護を与えられる事はない。
しかし、ファーラのように竜力を遮る力は稀有であり、特殊であり、そして兵器である俺たちですら太刀打ち出来ない『停止装置』になりえる。
逆に後者の『加護なし』は、分かりやすく言えば超特化型。
他の国で普通に竜石道具を使えるが、同調した守護竜の国では竜石道具を使えなくなる。
そして、その代わり……その身は……俺たちの持つ『竜石眼』のように、守護竜から役割を与えられれば——竜そのものにもなれるだろう——……と。
「ええと、どういう事ですの?」
「あ、いや、ラナ、この話は終わりで」
「え? なぜ?」
「ちょっと、途方もないというか……ヤバイ」
「ヤ、ヤバイの!?」
「それがいい。理解出来ないのならそのまま……普通の少女として育ててやって欲しい、エラーナ嬢」
「…………。分かりましたわ、元よりそのつもりですもの」
「感謝する」
「ふふふ、おかしなお義父様ですわ。感謝されるような事、わたくしは申しておりませんわよ」
「……さようか」
親父が見た事もない笑みを浮かべた。
……ファーラの体質を聞いた今だと、それはなんとも……深い、深い救いなのだが……。
まあ、その事に気がついてないのはラナとファーラ自身くらいなのかもしれない。
でも本当に、この先も知らぬままでいてもらいたいものだ……そんな恐ろしい事は。
そして、それを聞いてしまうとなんとなく……ファーラには『青竜アルセジオス』で暮らして欲しいような気がしてしまう。
『緑竜セルジジオス』がそこまでファーラと相性がいいのであれば、普通の女の子として暮らせる『緑竜セルジジオス』以外の方が……いいのではなかろうか。
だが、それを決めるのは……『聖なる輝き』を持つ守護竜の乙女の御心。
つまりファーラ自身。
ファーラ自身が、自由に決めていいのだ。
——彼女自身の、生き方を。
「…………さて、長話しちゃったけど、本当にそろそろ帰ろうか」
「……名残惜しいですが、そうさせて頂きます。一週間ばかりの予定がなかなかに超過致しましたのに、泊めてくださりありがとうございました」
「なに。エラーナ嬢も実家に一泊なさっただろう? ゆっくり出来たかね?」
「は、はい。とても……」
ああ、宰相様に挨拶に行った日ね。
ちゃんと実家で家族とゆっくり出来たなら良かった良かった。
「なら気をつけて帰りなさい。……まあ、ユーフランがおれば賊など相手にもならんだろうが」
「あまり具合が良くないようなので、万が一の時はわたくしが!」
「いや、万が一の時はうちの使用人が戦うので問題ない。そのくらいの技量はある」
「…………」
親父に引き止められて、なぜかしゅん、とするラナ。
落ち込む要素は特になかったように思うのだが。
なんにしても、長話が終わって玄関を出て……そして門の前に用意された馬車に乗り込む。
すでに泣きそうなルース。
笑顔で手を振る母。
相変わらず怖い顔した親父。
ファーラにだけ、満面の笑顔で手を振るクールガンの恐怖!
「じゃあ、まあ、そのうちまた」
「ああ」
「びええええええっ!」
「こ、こら、ルース! そんな泣き方する歳じゃねーだろ、お前!」
ディタリエール邸を離れる。
ラナの実家にも顔を出して、挨拶だけして帰路に着いた。
同じ道だというのに、実に奇妙だ。
九ヶ月前、ラナはこの道を通る時不安そうな顔で俯いたり、窓の外を見て顔を顰めたりしていた。
今はファーラと楽しく喋りながら、これからの事を話し合う。
主に……帰ったら『こたつ』が出来ているはずだから、こたつに入りながらみんなでアイスを食べよう、とか、そんな話。
……『こたつ』ってあったまるためのものじゃないのか?
なぜアイス?
あれ体冷えない?
聞いてみると、ラナはめちゃくちゃ幸せそうな笑顔で「冬はこたつでアイスとみかんが、最強の贅沢なのよ!」と言い切った。
は、はあ……そういうものなの……ふーん。
「アイスは作り置きしてあるから、あとはこたつが無事に出来ている事を祈るばかりよね!」
「出来てるといいねぇ〜! アイス、ファーラも大好き〜!」
「なんだっけ、毛布? あれは大きいやつを発注しないといけないとか言ってなかった?」
「来る前にレグルスに頼んでおいたし、きっともう届いてるわよ!」
このように、期待に胸を膨らませてウキウキしている。
俺はその笑顔だけで、幸せな気持ちになれた。
一日馬車の中で野宿して、『緑竜セルジジオス』に——帰る。