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影法師と人形遣い7

 影を消された黒い人だが、それに対する焦りは特に感じられなかった。

「確かに難しくはなったね」

 黒い人が肩を竦めるような口調でそう言うと、ソシオは小さく口角を上げる。
 難しくなった。つまりは不可能ではないというのは、ソシオも理解している。それを相手もちゃんと理解していることが、ソシオには嬉しかった。これで決着というのも味気ないのだから。
 話している間に他の下準備を済ませた後、ソシオは頭上に大きな水の塊を発現させる。

「さて、これぐらいは凌いでもらいたいものだね」

 その呟きと共に、頭上の水の塊から細い水の線が黒い人目掛けて降り注ぐ。

「風で圧縮した水だ。見た目よりも威力はあるよ?」

 それを黒い人は頭上に黒い屋根を展開して防ぐ。それとと同時に光を遮るが、すぐさま光球が高度を下げて屋根の下に光を届ける。

「ほら、おまけだよ」

 弾むようにソシオがそう漏らすと、水の塊から幾つかの水の球が分離し、光球の近くに浮かぶ。それと共にそこからも水の線が飛び出した。
 黒い人は慌てずに天井から黒い幕を垂らし、それを防ぐ。それとともに、足下に出来た影に吸い込まれるように消えてしまう。

「はい、次」

 直ぐにソシオが視線を向けると、次に黒い人が出てきたのは別の死体の山。そして、その死体の山ごと押し潰すようにその一帯の地面が浮かび上がり二つに折れる。それはまるで本を閉じたような光景だが、容赦は一切ない。
 そんな挟まれた地面の隙間から、にゅるんと黒い人は液体のように出てきた。内包している魔力量が大分減ってる。

「おや、その程度かい?」

 ほぼ無傷で切り抜けるという可能性も考えていたソシオは、何だか拍子抜けしたように口にする。
 それに応えるように、ぺったんこに潰れた黒い人は膨らみ元に戻った。それと同時に、魔力量も大分回復する。
 そんな相手の姿に、ソシオは手を叩いて賞賛を贈る。しかし、その目は怪しい光を湛えていた。
 そこに、今度は黒い人から攻撃が飛んでくる。
 黒い矢がソシオ目掛けて無数に飛んでくると、ソシオは一瞬で光の壁を目の前に創造して、黒い矢を全て防ぐ。
 それと同時にソシオは背後にも同じ壁を創り、更に大きく飛翔する。
 背後では壁に行く手を遮られた黒い矢が壁にぶつかり悉く無力化されている。それと共に、ソシオの足下の影から黒い槍が数本飛び出してきたが、それより早く飛翔したので、穂先がソシオに届く事はなかった。
 ソシオが足下に火球を放つと、それが影の中に呑み込まれていく。そのまま着地していたら、底なし沼の中に足を取られていただろう。
 そんなヘマはしないがと思いつつソシオが光の壁を消すと、そこに黒い人の姿は無い。

「ここで逃げるという選択肢を選ばないのは、それだけそちらも大変という解釈でいいのかな?」

 首の向きを変えて問い掛けたソシオだが、それに対する答えは、横合いからの漆黒の極太光線であった。
 それは以前異世界で戦った際に見た光線よりも遥かに強力なようで、太さもソシオを容易に飲み込めるほどの太さ。

「ふむ。こっちが本来の姿なのかな? それでも一度見たからなぁ」

 つまらなそうにそう呟くと、光線がやって来る前に当たらない場所に転移して躱す。
 しかし今度はそこに、人の頭ほどの大きさの黒い球が現れ、一瞬で膨れていく。
 それをソシオは冷ややかな目で見詰めた後、一瞬で虹色に輝く光で包み込む。そして直ぐに、虹色の光と共に黒い球は消滅した。
 その僅かな間に準備したのだろう。再度ソシオ目掛けて極太の漆黒の光線が飛んでくる。
 ソシオは同じ攻撃に小さく息を吐くと、今度はその光線の前に虹色に輝く大きな光の壁を発現させた。
 虹色の光の壁と衝突する極太の光線。ジュッという何かが焼けたような小さな音がしただけで、太い光線は光の壁を飲み込んでしまう。
 外から見れば、完全に漆黒の光線に飲み込まれてしまった光の壁とソシオ。しかし、黒い人は残念そうに舌打ちをする。
 程なくして光線が消滅する。そうすると、中から変わらない光の壁とソシオの姿が現れた。光線に飲み込まれていたというのに、どちらも無傷らしい。
 光の壁が完全に光線を防いだという事だろうが、外から先程の光景を見ていた者が居れば、その裏に隠れていたとはいえ、ソシオもよく無事であったものだと思わせる光景であった。
 しかし、当人にしてみればそんな事はどうでもいいようで、ソシオは今度は自分の番だとでも言うように、早速次の攻撃に移る。
 ソシオが発現させたのは、初雪を思わせる真っ白な剣。ソシオでも扱えそうな大きさのその白い剣を周囲に三本発現させると、三本の剣はその場でそれぞれがくるくると回転し始めた。
 次第に回転数が増していくその剣を、ソシオは黒い人目掛けて放つ。
 三方から迫りくる白い剣に、黒い人は黒い球を複数放ち迎撃する。それと共に周囲に黒い壁を発現させる。
 しかし、迎撃に放たれた黒い球は悉くが白い剣に切り捨てられ、勢いを削がれるどころか増して迫ってきた白い剣は、黒い壁も存在しないかのように切り裂き奥に居るであろう黒い人に三方から殺到する。
 そうして三方から迫った白い剣であったが、残念ながら目的の人物を捉える事は出来ずにそのまま交差して上空に浮かび、ソシオの傍に戻っていく。
 白い剣が傍に戻ってきたところで、ソシオは視線を別の場所に向けた。
 ソシオが視線を向けた先は別の死体の山。ではなく、周囲には何もない平地。

「おや、もうこんな時間か」

 黒い人へと意識を向けつつ、ソシオは視線を少し上げる。そこには、星が瞬く夜空が広がっていた。しかも月は細く、明かりは頼りない。
 ソシオは暗闇でも視える眼を持ってはいるが、周囲が闇というのは相手に利する環境であった。

「まぁ、どうでもいいか」

 しかし、ソシオは結構時間が経ったなぐらいにしか思わず、周囲が暗くとも気にしない。
 淡く輝く白い剣を周囲に浮かばせ、地上は光球が真昼のように照らしているが、それでも払いきれない闇が拡がる。だが、仮に光球が無くとも、ソシオは黒い人の上をいく。
 そんなソシオにとっては、昼も夜も大して変わらない。それどころか、解毒が順調に進んでいるので、夜になろうとも差は開く一方。相手も回復しているのだろうが、その辺りはソシオが上手く削っていた。

「今回は焦らずゆっくりと滅ぼしてあげよう」

 今すぐにでも滅してしまいたいと思うソシオだが、最初の消滅で完全に滅するのに失敗したので、今回は研究がてらしっかりと監視しながらゆっくりと削り潰す予定であった。復活するにも憑依するにも必要なモノを用意出来なければ不可能なのだから。

「魔力は当然として、魂まですり潰してあげよう」

 地上から飛んできた黒い球を躱すように光球を動かしながら、ソシオ目掛けて飛んでくる黒い球は白い剣二本で対処させる。残った一本は円を描くような軌道で黒い人へと迫っていく。

「ああ、追加だよ」

 白い剣が黒い人に接触する寸前、ソシオは黒い人から離れた場所に複数光球を発現させる。間に闇を挟むようにしながら一回り大きな光球の連なった円が出来る。
 その間に白い剣に切り裂かれた黒い人は、中心と外周に浮遊する光球の輪の間に在る闇の中に逃れた。
 白い剣は、そんな黒い人を逃さず後を追う。

「ふふふ。その外の光球は特別製だからね、君ではかなり苦労しないと抜けられないよ」

 上空から光の檻に閉じ込めた黒い人を眺めながら、ソシオは小さく笑う。
 それと共に、くるくると踊る白い剣を追加で更に三本発現させた。その内二本を周囲に浮かせ、一本を追加で黒い人へと向かわせる。
 その間に黒い球の迎撃が済むと、白い剣二本が戻ってくる。これでソシオの周囲には四本の白い剣がくるくると回転しながら周囲を漂う事になった。
 黒い人を攻撃している二本の白い剣は、挟みこむように動きながら黒い人目掛けて飛んでいく。黒い人も必死に迎撃しているようだが、どれも白い剣に切り裂かれてしまって効果がまるでない。
 その光景を見たソシオは、そちらは問題ないかと判断し、四本の白い剣は周囲に待機させておく。

「・・・そういえば、侵攻が止まっているな。やはりアレが原因だったか」

 白い剣と戯れている黒い人を眺めながら、ソシオはふと思い出す。
 現在ソシオの支配領域に攻め寄せている敵は居なかった。あれほど大量に間断なく攻めていたというのに、それがピタリと止まっていた。
 それで侵攻の原因が黒い人であると確信したソシオだが、別にどうでもいいかと思い直す。
 黒い人が攻めてきて大分時間が経ったが、その間に敵の侵攻が止んでいるので、おかげでソシオの支配領域の境界線上に大量に在った死体の山もかなり数を減らしている。
 それでもまだ幾つか残っているというのだから、魔力濃度が高すぎる訳である。魔力濃度の方は、死体の山がまだ残っているだけにそこまで薄くなっていない。

「ふむ。もう少し派手に魔力を使った方がいいか」

 いい加減濃い魔力が鬱陶しく感じていたソシオは、魔力消費を増やす為にもう少し魔法を使用してみる事にした。
 黒い人は今でも二本の白い剣相手に頑張っているようだが、少し周囲の魔力消費にも手伝ってもらうことにする。元をただせば黒い人が原因なので、それは強制であった。
 そうと決まれば、さてどうするかと考えたソシオは、質より量で攻めるか、量より質で攻めるかを思案する。

「簡単な魔法で無数の雨というのもいいが、それは最初にやったしな。かといって、強力な魔法で攻撃も既にやっているしな」

 そもそも白い剣というのもかなり高度な魔法である。魔法道具として物質化させずに魔法として具現化させた白い剣は、普通の系統魔法とは外れた場所に位置していた。
 それに一本創造するだけでもかなりの魔力量を使用するので、むしろ六本も具現化させて減らない周囲の魔力の方が異様であった。ソシオの場合、消費した魔力を周囲から取り入れられるように己の構成を弄っている。

「うーん・・・ほぼ周囲の魔力だけで見掛け倒しの魔法でも創造してみるか?」

 いくら濃い魔力といえども、周囲の魔力だけでは強力な魔法の構築は難しい。

「周囲の魔力は世界の魔力。それでは同質過ぎて直ぐに世界に溶けてしまい、事象を誤魔化すには弱すぎるからな」

 個々人が体内で己に適した魔力を精製するように、世界に漂う魔力は世界に適した魔力である。
 それで魔法を構築したとしても、世界と質が似すぎていて事象を改変する力が弱くなってしまう。魔法というのは、一時的に事象を改変して世界を偽る力であるが、その根底に在るのは欲望の力と言っても過言ではなかった。
 世界の魔力と個人の魔力の違いというのは、主にその欲望があるかどうかである。いや、欲望という言葉は少し語弊があるかもしれない。ここでは願いとでも言い換えておこう。
 その願いの力こそが、魔法の源。魔法は想像を創造する力。願いの力こそがそう謂われる所以である。
 なので、それがほとんど存在していない世界の魔力では、魔法を創造するには弱すぎた。
 一度自身に取り込み、確かな力を与えてやらねばならない。そうしなければ、どれだけ魔力の濃度を上げても、世界の魔力では力が弱いまま。
 そこまで考え、どう試そうかとソシオが思案していると、ふと何かが引っ掛かった。

「・・・なんだ? 世界の魔力? 願いの力? 違う。いや、違くはない? ん? 何だ、何かを見落としている気がする・・・」

 油断せずに黒い人へと意識を向けながらも、ソシオは周囲に視線を巡らす。
 周囲は暗いが、微かに空の色が薄くなっている。まだ朝ではないが、その端にはそろそろなりそうだ。
 まだ魔力による薄もやが周囲を覆っているが、これも大分晴れてきただろう。
 死体の山も数が減った。人形達は念の為に離して国境警備に就かせているが、おそらく今までの大軍の元凶は眼下の黒い人なので、もうそこまで厳重な体制は必要ないかもしれない。
 それらを思いつつも、何が引っかかるのか改めて一つずつ検討するように思案していく。
 暫くそうしたところで、「あ」 とソシオは小さく声を漏らした。

「何故気づかなかったのか。慢心でもしていたのか?」

 苦笑するように口元を歪めた後、周囲の薄もやへと視線を向ける。

「確かに濃度が濃い場合は魔力が可視化される事もあるが、それでもこんなに纏わりつくようなものでもなければ、範囲もかなり狭い。だというのに、ここの靄は張り付くように不快な靄だし、範囲が広すぎる。という事はつまり、ここには何かしらの力が混在しているという事になるから・・・ふむ。それが汚染の正体か。だからあの爆発の威力が妙に高かったのか。だがそうなると、この周囲の魔力は使えるという事か?」

 納得したソシオは直ぐに新しい事に思い至り、愉しげに口元を歪める。もしもこの場にそれを見た者が居れば、研究一筋の者に余計な知恵を与えてしまったような、そんなぞわりとした嫌な冷たさが背筋を走った事だろう。
 しかし、この場にはソシオを止められる者は誰も居ない。
 ソシオは実に愉しげな雰囲気で黒い人を眺めながら、近くに周囲の魔力を集めていく。靄が空間に吸い込まれるかのように集まり、一ヵ所に留まる。
 ぐるぐると渦を描きながら、靄は球体を形作る。時折その大きさがグンと小さくなるも、直ぐに周囲の魔力を吸収して大きくなった。
 どんどんと成長していく球体を横目に、ソシオはふんふんと興味深げに頷く。

「なるほど、なるほど。やはり力を混ぜていたか。しかもその中に魔法も混ぜ込むとは実に面白い。方法は大方解ったし、解析も大分済んだ。侵食だけではないのは用意周到と褒めるが、それらも含めて全て対処されていたら意味がない。というか、人に使うような毒がぼくに効く訳がないだろうに。ここには他に人形しか居ないんだから」

 不思議なものだと思いつつも、もしかしたらこれも何かしらの作戦なのかもしれない。であれば、まだ読みきれていないという事だろう。そう思えば、ソシオは益々楽しくなってきていた。
 赦されざる事をしでかしたので、ソシオは黒い人を逃がす気も手加減する気も微塵もないが、それでもせっかくなので多少遊んでもいいだろうと考える。どうせ魂と魔力を削りに削ってすり潰してしまうのだ。その過程に実験だけではなく遊びを加えても問題ないだろう。
 その遊びの元手は、わざわざ向こうが存分に用意してくれた。であれば、遊ばないのは逆に礼を失する。
 ふふふと楽しげに小さく笑うと、ソシオは用意されていた周囲の魔力を全て集め終えて完成させた球体の方に目を向ける。そこに在るのは、人の頭よりも二回りほど大きな球体。しかもかなりの量の魔力が圧縮されており、そのまま破裂させるだけで周辺一帯に甚大な被害を齎す事だろう。
 それを見たソシオは満足げに頷くと、そこから魔力を取り出した。とりあえず眼下の黒い人に、消滅するまで降り続ける魔法の雨を用意しようと思って。
 用意する魔法の雨は単なる嫌がらせなので、威力としてはそれ程ではなくていい。ただ、脅威にはならないが無視するには厄介という威力に調整してあげるだけで。
 雨の種類は一つでなくてもいい。せっかく魔力はかなりの量が用意されているのだ。ソシオが本気で魔法を放っても、十全な魔法が二発は放てるだろう量。それだけあるのだから、やりたいように準備すればいい。そう思い、ソシオはワクワクしながら害意をたっぷりと籠めて魔法を構築していく。願わくば、分不相応な愚か者が絶望と共に朽ちていくようにと願いを籠めて。

「ふふふ、楽しみだ。ああ、愉しみだなぁ。力量は把握出来た事だし、ここからが本番だよ。・・・さ、大罪人よ、罪を贖う機会を与えてやろう」

 魔法の準備が整ったところで、ソシオは感情が抜け落ちたのっぺりとした表情で冷たく相手を見下ろした。

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