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「あの…私が探していたのは夕島さんでして。失礼ですが、どちら様ですか?」

「だから、俺が夕島だけど。」

ーー目の前の黒髪の男は腕を組みながら苛立ちを隠せずに言う。

いったい何がどうなっているのか。そして世の中幸ばかりが続くわけではないのだと理解することになる。そう、新たな死亡フラグが静かに近づいてきていたなんて、わかるわけないじゃないか。わかるわけないじゃないか!



ーーーーーーーー



この話は土曜の朝、輝也から連絡がくることから始まる。

[ごめんね儚日ちゃん!

今日儚日ちゃんからお弁当もらうの忘れちゃったから、もしよかったら学校届けに来てくれない?近いからさ(><)
サークル集まりあるから2201教室にいるやつらに夕島呼んでって言えば会えるはずだから!

ほんっとごめんね!よろしく!]

正直輝也の自業自得だ。いつもなら断るが最近彼は私をたくさん助けてくれていたし、今日の私の予定はフリーだ。しょうがないから行ってやるかくらいの気持ちで腰を上げた。

[しょうがないですね。
今回だけですからね!]

それだけ打ってお弁当片手に家を出た。輝也の大学はマンションから徒歩二十分くらいのところにある。そこそこの名門大学だ。言われた通りの教室には何人かの人がいてまあ、一番手前にいた人に輝也を呼んできてほしいと頼んだのだ。

「あ、夕島ね!わかった、ちょっと待っててね。」

そして連れてこられた似ても似つかぬ人物に私もそして向こうも驚きを隠せない。話の冒頭に戻るわけだ。

「私は夕島さんを呼んだんですよ!茶化すのもやめてください。」

「だから俺が夕島だって言ってるだろ!…もしかして、うーん。あのさ、お前が探してる夕島って下の名前何よ?」

「輝也ですけど?」

なるほど!と言う顔をする夕島(仮)は呆れた様子でこう答えた。

「…それは俺のアニキだ。」

「…へ?」

よーく顔を見る。輝也の弟?黒髪でワックスで今時にかため、輝也とは少し違うシンプルにまとめた服装。

「俺は夕島蓮(ゆうじまれん)。輝也は俺の双子のアニキだよ。どうしたんだアニキ、こんなガキ連れて。」

この少し馬鹿にしてくる口調、輝也の弟、まあもうみんなわかるだろう。こいつもまた恋王国の攻略対象で、名前はハンス・トワイライトだ。なんということだろう。これでわたくし猫谷儚日、恋王国の無印の攻略対象全員と接触を果たしてしまいました。いやいやでも最初気づかなかったのは許してほしい。だって前世ではずっと髪をオールバックにしていたし、服装だって全然違ったんだもの。

「おい、黙ってどうしたんだよ。」

「へ?」

「なんだよ人の話聞けよな。だからアニキの場所連れてってやるって。」

スっと腕を掴まれ、すいすいと人波を通り抜けていく。この間にこいつのルートをわかりやすく説明するとすれば、兄のラフテルより劣る自分に絶望し悪魔と契約したハンスをヒロインが闇落ちから救うエンドだ。このエンドは珍しく私はヒロインにあんまり関わらなかったため、なんだかんだ国外追放だけで済んでいた。前世でもあまり印象は薄い。ラフテルの誕生パーティで少しお話したくらいだろうか。

「お前多分アニキの教室と俺たちの教室間違えたんだよ。よくよく考えたらアニキのサークルやってる教室とここの教室番号似てるし、ほら。俺たちのとこは2102教室だったけどアニキのとこは2201教室だ。」

あ、ほんとだ。気づかないうちに勘違いしていた私が本来着かなければいけなかった教室についていた。そこには不思議そうに首を傾げる輝也もいた。

「あれ?蓮、どうしたの。…!!儚日ちゃん!もしかして俺と蓮間違えちゃったの?」

「そんなわけないでしょ。普通に教室間違えて〝夕島さん〟を呼んだらこの人が出てきただけです。」

「んだとガキ、せっかく連れてきてやったのに。」

むーと膨れる蓮は確かに双子なだけあって輝也と似ている。

「輝也さん弟さんいたんですね。」

「あーうん。お互い過干渉しないってことで別の家に住んでるけどね。ごめんねわざわざお休みの日なのに。」

「本当ですよ。次からはないですからね。ほら、はいこれ。」

そのままお弁当を渡す。間にいた蓮は不思議そうな顔をした。

「何ガキに弁当作らせてんだよ。アニキ自分で作れるだろ。」

「何言ってんのさー。いいんだよ。俺は儚日ちゃんのが食べたいの。ねー!ありがとう儚日ちゃん!」

笑顔で私の頭をポンポンっとする。もう、この人たらしは。

「っ…いいえ。じゃあ私は帰りますよ。また今度サックス聞かせてくださいね。」

「今は遊里くんのお料理手伝ってるんだもんね。頑張ってね。」

手を振る輝也と考え事をしている蓮を後にし、階段を降っていく。すると後ろからドタバタと大きい足音が聞こえてきた。そしてぐいっと袖口を引っ張られ、振り向かされる。なんなんだよもう。

「おい!」

振り返るとそこにいたのは蓮だった。

「なんですか?先程は失礼しました。今度は教室間違えないようにしますね。」

「はっはぁ…いや、そうじゃない。」

相当急いで追いかけてきたのだろう。息がぜいぜいしている。だが目がとても真剣で、視線を外すことはできない。目を見開いてプルプルと蓮は私に近づく。

「お前、フローレンス・ラグドールか?」

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