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指導と日常5

 お茶を片手に、とりあえずプラタにタシの指導内容について相談する。何処を集中的に伸ばせばいいのかとか、どれぐらいの指導速度がいいのかとかその辺りについて。
 そうしてプラタと話しながら食休みを終えると、湯呑を片したプラタが戻ってきたところで第一訓練場に再度移動する。
 移動中に午後もタシの指導をするべきかどうか考えたが、まだ実力を確認しただけで何もしていない事を思い出したので、今日はこのまま残りの時間も指導する事にした。
 程なくして第一訓練部屋に到着すると、影からタシを呼び出す。
 影の中で聞いていただろうが、現れたタシに引き続き指導する事を伝えた。
 その後に小さな小さな魔力の塊を創らせて、それでまずは魔力を霧散させる方法を丁寧に教えていく。一つ一つ段階を踏んでタシに教えていくのは、簡単に出来たボクにとっても新鮮で、途中途中でどう指導すればいいのかと言葉に詰まる場面も幾度かあった。その時にはプラタがさりげなく助言してくれるので、直ぐに何とかなったが。
 それにしても、改めて『出来る』と『教える』は違うのだなと思う。こうしてタシに教えていると、出来る才能と教える才能は別物なのだなと実感させられる。
 今までも何度か人間相手に指導した経験はあったが、その場合基礎がある程度はしっかりしていた相手なのでそこまで苦労はしなかった。しかし、タシのように基礎が出来ていない相手を指導するとなると、それは完全に別物と化す。
 なんてったって、言っている事を理解してもらえないのだから。別に難しい言葉を使っている訳でも、専門用語を使っている訳でもないというのに、何故か理解してくれないのだ。その理解の違いを把握するのが非常に困難だった。
 その点プラタは優秀なようで、相手の理解力に応じた指導がすぐさま行えていたのは流石の一言に尽きる。今回その助言にかなり救われたからな。
 そうして午後も昼から夜までずっとタシを指導して終えた。何とかその頃には魔力を霧散させる事がある程度成功するようにはなっていたが、いつかどのような状況でも絶対に失敗をしないところまで育てたいものだ。
 第一訓練部屋から自室に戻ると、夕食の前にお風呂に入る。慣れない事をしたせいか、どっと疲れが出てきた気がする。精神的な疲れはいつになっても慣れない。
 プラタと共に湯船に浸かり、ほうっと息を吐く。
 身体がお湯に包まれて温まっていくと、身体の中の疲れが息と共に出ていくようだ。相変わらず少し温度が高いので、全身浸かった後は場所を移動して半身浴に切り替える。
 ここに水を足してもいいのだが、それはそれでなんか負けたような気になるので考えものだ。それに何と言えばいいのか分からないが、完成されたモノにケチをつけるような感じがして躊躇してしまう。
 同時にしかし、と思いもする。現状では半身浴でなければ長くはお湯に浸かれないだろう。であれば、やはり何処かを区切ってそこだけ丁度良い温度に調整するべきだろうか・・・うーん、それこそ駄目なような? まあいいか。今のところ長湯が難しいという以外に不便はない訳だし。
 暫くの間半身浴を楽しんだ後、一度肩まで浸かってからお風呂を出た。
 身体を乾かして服を着替えた後に自室に戻ると、早速プラタが夕食の準備に取り掛かってくれる。
 その間に椅子に腰掛けると、そう待たずに準備が整う。今日の夕食は麺料理だった。
 深い器に満ちる黄金色の透き通った汁。その汁に小麦で作った麺が浸かっており、肉や野菜がその上に彩りを添えている、
 量は汁も入れればやや多めだが、麺料理なのでそれぐらいがちょうどいいのだろう。そう思い、早速食べていく。
 まずは匙で黄金色の汁を啜る。透き通った汁は、肉の脂が溶けているというのにあっさりとしている。それでいながら塩気が少し強い。
 更にもう一口飲んでみると、塩気以外にも野菜や肉の旨みが溶け込んでいて、あっさりしているのに濃い味がした。
 次に麺を箸で掬って食べてみる。モチモチとしてしっかりとした弾力のあるその麺は、黄金色の汁を吸っているのか複雑な味わいをしていて美味しい。そこに馥郁たる小麦の香りが加わり、味に深さが増す。
 一体どれだけの素材から旨みを抽出して混ぜ込んだのかと思うほどに深く複雑な味わいだというのに、それでいて次々と食べれるほどにあっさりともしている。
 そのまま上に載った具材も一緒に食すと、野菜のシャキシャキとした新たな食感に変化し、そこに主張し過ぎない肉の脂の旨さと甘さが加わる。一つ一つの具材でも十分美味しいというのに、組み合わせると食感や味が変わって飽きがこない。
 汁の深い味わいも美味しく、麺や具材の合間合間に汁も飲んでいたら、気がつけば汁まで完食していた。
 実に美味しかったところで、一緒に用意されて冷えてしまったお茶を飲む。
 冷えた事で苦味と渋みが増してしまったが、それはそれで塩気の強い口の中を洗い流すにはちょうど良かった。

「ふぅ」

 量が少し多かったので、少々食べ過ぎた感もあるにはあるが、満足げに息を吐きながらお腹を擦る。
 その間に食器を片付けたプラタが、温かいお茶を用意してくれた。
 プラタが用意してくれた温かいお茶を飲むと、先程の冷えたお茶とよりも苦味と渋みが抑えられており、その分仄かに甘みも感じる事が出来た。その甘さはお菓子のような強い甘さではなく、ホッとして人心地つけてくれる優しい甘さ。
 お茶を飲んで一息つく。そうしてまた一口飲みながら、今日の指導内容を頭の中で反芻していく。
 今日はプラタが直接指導した訳ではないが、助言を思い出しながら自分の中に落とし込んでいく。これはこれで中々に有意義な時間だ。お茶も美味しいし。
 少しして、お茶が飲み終わった辺りで思考を終える。今日はもうお風呂には入ったし、この後は魔法道具でも弄るとしよう。その前に明日の予定も考えないとな。
 とりあえず午前中は指導でいいが、午後からは別の事をしよう。今後も午前か午後の片方は指導に当てればいいか。
 頭の中で考えつつ、湯呑を片したプラタと共に魔法道具に手をつける。無論、手をつける魔法道具は兄さんに貰った背嚢だ。
 ボク側の進展は乏しいものの、プラタ側の進展は少しはあったらしい。このままプラタの方だけでも上手くいけばいいんだけれど、そう上手くはいかないよな。多分。
 そんな事を考えつつ魔法道具に手をつけて行く。相変わらず複雑ではあるが、少しずつはこれにも慣れてきた。
 今でも長時間調べていたら酔ってしまうが、寝る前のちょっとした時間であれば何とかなる。
 そうして寝るまでの時間を魔法道具の研究に費やした。
 結局眠くなったのは深夜。思ったよりも集中してしまい、長時間調べて酔ってしまった。集中し過ぎて時間を忘れるのは悪い癖だな。
 背嚢を最近寝台横に設置した小さな台の上に置くと、寝台の上で横になる。
 そのまま目を瞑り眠気に身を任せるのだが、相変わらず寝台横に立ったままプラタがこちらをジッと眺めている。これは地下で一緒に暮らすうになってずっとなので、流石に慣れた。というか、人間界に居た頃からそれは変わらないので、もうプラタに限って言えば、視線が気にならなくなってしまった。
 それがいい事なのかどうか悩ましいところではあるが、問題なく眠れるという点ではいい事なのだろう。たまに起きたら横に寝ている事もあるが・・・いや、プラタは眠らないから、隣からジッと眺めているだけだが。
 何にせよ、問題なく眠れるのだから眠ってしまうとしよう。

「おやすみ」
「おやすみなさいませ。ご主人様」

 せっかく誰かが近くに居るのだからと、就寝前の挨拶を口にしてから眠る。それはここ一年程の習慣であった。





「ふふふ。この程度じゃねぇ」

 地上に屍の山を築き、空から不敵に笑う女性。その視線の先には、統一性の無い防具を着こみながら、秩序ある行動をとる一団。
 その一団は、幅も奥行きも果てしないほどの数で、軍というにも多いぐらいの大軍団。
 何処かの大国が総力を挙げて攻めてきたかのような光景だが、それでも相手側の兵力としてはごく一部。その倍どころか十倍にしてもまだまだ余力のある相手だ。
 そんな強大な相手に、女性はただただ嗤う。
 その時、女性から離れた場所で大きな爆発が起きる。別の場所では地上から雷が天へと昇るかのような派手な放電が起こり、更に別の場所では、平原が大軍ごと広範囲に凍っていた。

「量というのは厄介だ。どれだけ質が良くても、量の前には押し潰されるだけ。なるほど、確かにそれには一理あるのだろう。だがしかし、突出した質に相対するのであれば、量にもそれ相応の質が求められるもの。それを解しているだろうに、ぼくを舐めているのだろうか? その結果がこの惨憺たる有り様を招いた訳だ」

 女性は演者のように両手を大きく広げる。傍から見れば自分に酔っているようにも見えるが、そういう訳ではない。完全に違うとは言えないが。
 しかし、その言葉を最後まで聞けた者は残念ながら周囲には居ない。先程女性が言葉と共に大きく手を広げたと同時に広範囲に放った重力により、女性の眼下には潰れてひしゃげた大量の武器や防具、それに一面真っ赤に染めた大地と、そこに押し潰された肉片が異臭を漂わせているだけだ。
 そんな眼下の様子を女性が冷たい眼光で見下ろしていると、女性と似た容姿の人物が数人近寄ってくる。

「おや? そちらも終わりましたか。随分呆気ないものですね。数だけ多いくせに」

 女性は呆れたように嘲笑する。その場で話すのはその女性一人で、周囲に居る女性に似た者達は黙したまま。それでも意思疎通は問題なく行えているらしい。

「まあいい。各自次に備えよ。・・・次が来るまでに新しい人形を幾つか創っておくか」

 女性が手を振るうと、他の女性達は一瞬でその場から姿を消す。
 残された女性はそんな事を呟くと、大軍団がやってきた方角に目を向ける。

「さて、そろそろ決着をつけたいものだな。苦労してあれらを吸収したのだ、以前のようには行かぬよ」

 ふふふと小さく笑うと、女性の姿も消えてしまう。残るは一面死が色濃く残った真っ赤な平原だけであった。





 タシの指導を始めて一月ほどが経過した。
 指導内容も大分進み、今では魔力の霧散は問題なく出来るし、一月ほど前と比べて倍ほどまで魔法の威力を高めるに至ったが、規模の方は少し広がったぐらいか。
 前回まで魔力制御に重点を置いた指導だったので、今は魔力の濃縮の方を指導している。おかげで威力は上がったのだが、広域殲滅よりは狭い範囲で威力を上げる方を先に指導しているので、結果としてそうなった。因みに扱える魔法の階梯は一月前と大して変わっていない。
 その代り扱える種類は増えたので、風系統以外にもタシは扱えるようになった。得手不得手があるので、まだ威力には系統によってかなりバラつきはあるが。
 それでもたった一月でかなり成長したと言えるだろう。今のタシであれば、一応戦力として数えてもいいだろうぐらいには強くなった。
 とはいえ、そんなタシでもやはり一応なので、ジュライ連邦軍の中では下位に入る。それも底辺だろう。
 ジュライ連邦軍は元々精強な者達だらけだったらしいが、それに加えてプラタをはじめとした強者達が指導しているので随分と強くなった・・・らしい。直接見た訳ではないから断言は出来ないが、プラタから話を聞く限りそうっぽい。タシでジュライ連邦軍では底辺の強さというのはプラタが言っていた事なので、こちらは正しいのだろうが。
 まあその話を参考にすれば、十分強いのが理解出来るのだが。今のタシであれば、かつての人間界を一人で亡ぼせるだけの強さを有している訳だし。
 それだけの強さで底辺なのだから凄まじいものがある。上位にはボクでも勝てないかもしれないな。頼もしいが、自分が情けなくなってくるので頭を切り替える。
 今日も午前中はタシの指導を行った。今では手合わせの真似事みたいな事が出来るぐらいにはタシも成長したので、今日はそれで軽く相手をした。といっても、ほとんどタシに攻撃させながら指導していっただけだが。
 そうした後に昼食を摂り、午後はタシの指導を兼ねて、タシに観戦させながらプラタと模擬戦をした。
 以前の失敗やタシへの指導により自分を見つめ直すことが出来たので、今回は前回のような無様は晒さなかった。その代り結構な激戦となり、模擬戦の域を逸脱しそうになったほど。
 事前に張っていた結界が全て無くなった事で何とか止める事が出来たが、あのまま続けていれば数秒後にはタシは消滅していたかもしれない。そして数分後には第一訓練部屋は崩壊していた可能性もあったので、本当に危なかった。
 互いに全力ではなかったとはいえ、実戦一歩手前の戦いは自重しなければならないな。改めてそれを実感した日だった。その後に行った模擬戦の方はボクが辛くも勝利したが、何だか接待されたような気分になったのはなんでだろう。あまり深く考えないようにしよう。
 そうして午後の修練も終わり、自室に戻って夕食と入浴を終えた現在、魔法道具の改良に着手している。そう、やっと少し進んだのだ。ほとんどプラタの手柄だけれど。
 現在の背嚢の進捗状況は、完全に時間を停止出来る一歩手前ぐらい。ついでに背嚢の容量についても判明した。どうやらこの背嚢、見た目は少し大きいが、それでも子どもでも背負える大きさだというのに、内容量は人間界があった場所ぐらいの広さがあったのだ。
 それでいて、高さは二十メートルほどの半球状。そんな広大な容量を埋めるなんて流石に個人では無理なので、実質無制限だろう。
 ボクは時を止める時空魔法の方はよく分からないので、この容量の方に手を加えてみる事にした。その結果、容量を二割弱ほど増加させる事に成功したのだ。とはいえ、ただでさえ容量無制限に等しかったので、この改良に意味があったかどうかは別の話だが。
 まぁ、改良が出来たので、それは次に生かせばいいかと開き直る。
 プラタの方は、時を止めている時空魔法をある程度解する事は出来たが、では時空魔法を使用出来るかというと、そう簡単ではないらしい。
 何故かとプラタに尋ねたところ、どうやら既存の時空魔法に手を加える事は何とかできるらしいが、それを一から組み立てるとなると現状では不可能だという話だった。
 それほど複雑だというのもあるが、プラタではどうやっても理解出来なかったり、そのまま構成をこちら側に持ってきて再現しようにも上手くいかない部分が幾つも存在しているらしい。なので、時空魔法に関しては改良は出来るが再現は不可という事。
 まあ背嚢さえ完成するならば今は何でもいいので、そこは横に措いておく。プラタも背嚢が完成してから研究する予定のようだし。
 そうして背嚢を二人して改良していき、きりのいいところで切り上げる。このまま一気にやってしまうと、少なくとも数日はこのままだろうからな。
 背嚢を片した後、プラタに挨拶をして就寝する。プラタはボクが寝るまでは傍に立っているが、ボクが寝ている間はまだ自分に回ってくる仕事を片づけているという。
 いくら眠らず疲れずの身体だとしても、それとは別にボクとの修練もこなしている訳だし、流石にプラタを酷使し過ぎな気がしてならないな。何処かで休みでも取らせるべきだろうか。
 などと、今更とも思える内容を考えている内に、気がつけばボクの意識は眠りに落ちていた。





 翌朝目を覚ますと、寝台の傍でわざわざしゃがんでこちらを覗き込んでいたプラタと目が合った。

「おはよう。プラタ」
「おはようございます。ご主人様」

 朝の挨拶をすると、すっと立ち上がって頭を下げて挨拶を返すプラタ。
 なんだかプラタのこういった奇行にも慣れてきてしまって、大して驚かなくなってしまった。それがいい事かどうかは分からないが、こうして一緒に暮らしているうえで慣れは必要なことだろう。
 ゆっくりと上体を起こすと、周囲に目を向ける。
 部屋の中には机や椅子、持ち歩く必要のない魔法道具や書籍などを収めている棚などの収納場所。そういった物が目に映る。
 最初の頃は部屋のあまりの広さにどうしたものかと思い、次第に魔法道具が散乱しはじめたものだが、それをほとんど片付けて今では色々な家具が置かれている。その大半はプラタが用意してくれたものだが、それでもまだまだ部屋には余白が多い。
 それでも部屋らしくなったなと改めて思うと、眠気を引きづった緩慢な動きで寝台を下りる。
 未だに思考に靄がかかるなか、用意していた服に着替えを済ませる。その間にプラタが朝食を用意してくれていたが、とりあえず顔を洗う事にした。
 今まで魔法で簡単にやっていた洗顔だが、最近プラタが部屋の隅に温泉を用いた水場を設けてくれた。元々別に洗面所などの水場がまとめられた場所が在るのだが、温かい水が出るのはここだけなので有難い。このお湯は飲料としても問題ないとプラタが言っていたので、ついでとばかりに専用の容器を備え付けて、毎朝洗顔後に温泉水を一杯だけ飲んでいる。それでお腹の中から温かくなって、なんだかホッとして目が覚める。
 それらが終わった後に朝食を摂る。
 まだ温かい料理に舌鼓を打ち、食休みしながら午前中の予定を組む。といっても、前日の内にある程度決めているのだが。
 今日も午前中はタシへの指導だ。その後に休憩がてら昼食を食べて、午後からは久しぶりに一人で魔法の修練を行う。というのも、タシが最低限戦える程度には成長した事で、一度軍の訓練の方に連れていくとプラタが昨日の指導後に言っていたのだ。それが午後から。プラタがタシにもちゃんと話をつけたらしいので問題ないだろう。
 そうして今日の予定を大まかに組んだ後、タシの指導をする為にプラタと共に第一訓練部屋へと移動を開始した。





 午前の指導が終わり、ジュライの昼食が終わった後、プラタはタシを連れて地上に出る。

「・・・・・・」

 プラタの傍で終始緊張して無言のタシは、プラタに連れられてジュライ連邦の一角にやってきた。
 そこは広大な土地を利用した軍の訓練施設で、屋外訓練場と屋内訓練場が離れた場所に用意されている。
 タシを連れたプラタは、そのまま屋外訓練場へと足を運ぶ。
 屋外訓練場は外周を壁で囲われてはいるが、屋外というだけに屋根は無い。屋根がある部分は、施設の隅の方に建っている小屋だけだ。
 屋根だけではなく、外周の内側には壁もほとんど無い。ただ、広い訓練施設の中には整備された場所以外にも、木が植えてある場所や砂が厚く敷き詰められている場所、大小様々な石がごろごろと大地に転がっている場所にぬかるんでいる場所など、実に多彩に用意されている。
 外壁の上には一定間隔を空けて背の高い監視塔が複数建っているが、ほとんど全体の動きを確認する為にしか使用されていない。それだけジュライ連邦軍は規律が徹底されていた。
 プラタがタシを連れてきたのは、そんな訓練場の片隅。唯一屋根が付いている小屋の中だ。そこには屋外訓練場の管理をしている者が寝泊まりしている。
 その小屋に到着すると、直ぐにプラタは中に通される。中には威厳のある顔立ちの四椀の大男が居たが、その大男はプラタに頭を下げて用件を訪ねた。

「先日告げておいた件です」

 それだけ口にすると、プラタは連れてきたタシに目を向ける。大男もそれにつられて、プラタのやや後方にいた魔物であるタシに目を向けた。

「この者が例の?」
「ええ。まだまだ成長途中ではありますが、最低限ここの訓練にもついていけると判断しましたので、今回は半日程度ですが連れてきました」
「なるほど。それでしたら御任せ下さい」
「ええ、任せました。私は監視塔から見学でもさせていただきますので」
「おぉ! それは皆も喜びます」

 見学するというプラタに、大男は驚きと共に喜色を顔に浮かべる。それだけでプラタという存在の大きさが解るというもの。

「では、私は監視塔の方に居ますので」
「はい。後は万事御任せ下さい!」

 大男の言葉にプラタは満足げに頷くと、タシの方に身体を向ける。

「では、しっかりと励むのですよ。貴方はご主人様が創造なさった存在。無様は許されません」

 それは有無を言わせぬ圧の籠った言葉。もはや脅迫の域だが、プラタ本人は普通に告げていると思っているのでその自覚はない。

「・・・・・・」
「もっとも、従事するのは半日程度。それも最も軽い訓練内容ですので、問題ないでしょうが」

 恐怖で無言のタシに、見知らぬ場所で緊張しているのだと思ったプラタは、本人的には優しくそう告げる。しかしそれは、逃げ場を失くす一言でしかない。
 プラタの後ろでは、僅かに同情的な目でタシを見る大男の姿があった。





 午後の魔法訓練。久しぶりの一人だ。影にタシも居ないので、本当の意味で一人である。

「何だか久しぶりだな」

 ここ一年程はプラタも居たが、それ以前にタシを創造してからは、ほとんどずっとタシが影の中に居た。なので、前回一人だったのはこの国を創った辺りからタシを創造する前までか。時が経つのは早いものだ。
 そんな事を考えながら第一訓練部屋の中央付近に移動すると、最も頑丈な的を用意して、的とボクを取り囲むように何重にも結界を張り巡らせていく。

「こんなものでいいかな? ・・・いや、プラタとの模擬戦を参考に考えれば、この倍でもまだ足りないか」

 プラタと修練するようになって、自身の力が飛躍的に伸びたのが解る。おかげで、もしも一年ぐらい前と同じ感覚でやったら第一訓練部屋を壊しかねない。最悪地下全部破壊して地上にまで影響するかもしれない。そのせいで首都プラタが潰滅とか、冗談でも考えたくないな。
 なので、少し前まであの頃の十倍ぐらいの強度の結界を張っていたのだが、それにプラタの結界も加えた護りでも、最近はプラタとの模擬戦であっさりと破壊してしまうようになり、今では模擬戦ではなく一人で修練をする際にも、その倍まで結界を張るようにしている。
 模擬戦時と違いプラタの攻撃が無いとはいえ、その分プラタの結界も無いので自分一人の結界では心許ない。特にここ一ヵ月ぐらいは、更に倍にしても全力に近くなると突破してしまったほど。なので今回は更に倍、否、思いきってその更に倍の結界を張ってみた。
 それだけの結界を張るだけでも大変なのだが、長時間維持しながらだと頭が痛くなる。それでもその分いい修練になるし、結界の制御に力を割いている分、力の抑制にも一役買っているので止める気は全く無いのだが。
 そういう訳で、人生最硬の結界を展開してみる。ここまでくれば、気分は限界に挑戦であろうか。
 そんな心持だったからか、結界を展開するだけなのにもの凄く集中してしまった。頭だって既にズキズキしていて、これから魔法の修練が出来るのかどうか不安になってくるほど。
 しかし、おかげでかなり凄い結界が出来た。これなら死の支配者の攻撃も少しは耐えられるかもしれないと思えるほどに立派な結界だ。
 その出来に気分がよくなり、最終確認がてら試し打ちをしてみる。結界の強度を確かめるためなので、こちらも現状での最強の一発にする予定。

「ふぅ」

 息を吐いて身体の力を抜く。さて、それじゃあやりますか。

「ここはやはり威力重視で火系統かな。それじゃあちょっと時間はかかるけれど、火に火を重ねまくるとするか」

 火に火を重ねる。少し前に完成した方法だが、通常はここで高位の火系統魔法を重ねていく方法だ。しかし、今は少し事情が異なる。
 基本である火に同じ火を延々と重ね続けると、いずれ基礎の火魔法でありながら、高位の火系統魔法に匹敵する火力まで高めることが出来る。だが、それならば最初から高位の魔法に同じ高位の魔法を重ね続ける方が威力の上がりも大きく、最終的な到達点も高い。
 なのだが、今回は最硬の結界を展開して維持している状態での魔法の展開なので、ボクではそれだけで高位の魔法を制御するほどの余裕が全くないのだ。
 となると、現状の最高火力の魔法は、基本の火を重ねていって火力を上げるのが一番という事になる。基本の魔法だけに、制御が楽なのだ。
 しかしそれも重ねていくと制御が難しくなるのだが、それでも現在発現可能な高位魔法単発の火力よりも威力が高い状態まで持っていけるし、もう少し高位の魔法を重ねるのと同等程度の火力までは持っていけそうなのだ。ならば制御がしやすい方がいいに決まっている。
 唯一問題があるとすれば、重ねる回数がかなり多いので、魔法の発現までに時間が掛かり過ぎるという事か。これでは実戦では使えないが、今のような誰の邪魔も入らない状態であれば問題はない。
 重ねる回数は多いので数えない。そんな事に意識を割くぐらいであれば、一つでも多く火の魔法を重ねる事の方が重要だし。
 限界を探るのは魔力残量を当てにすればいい。これであれば、一定値を定めてそこを下がったらやめればいいだけだ。これで限界近くまで絞れるのは同じ魔法を使用していく利点でもあろう。
 そうこうしている内に三十分ほどが経過した。
 かなり長い間集中しているが、これも魔力量が上がったおかげだな。かなり魔力を使用したことで、成長しているのがより強く実感出来る。
 そうして完成した魔法は、基礎魔法の火球に見えなくもない。ただ、火の色が普段の赤ではなく青白いので、威力は文字通りに桁違いであろうが。
 かなり頑張ったので、息も切れてきた。少し呼吸を整えてから、結界を睨むようにして狙いを定める。

「さて、やるか」

 結界の一点に狙いを定めると、結界目掛けて青白い炎の玉を投げるように発射させた。勿論全力なので、火球には魔力吸収付きである。

しおり