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修練と国名4

「改めて見ると、結構高くまで飛んでいるな」

 上空に視線を向けながら、そう零す。
 今日はタシを影から出すついでに、気分転換を兼ねて外に出ていた。拠点の庭から見上げた空には、高く飛んで小さくなったタシの姿が確認出来る。
 国を覆うプラタの結界内という制約はあるものの、結界は結構広範囲に及んでいるので、それなりの高さまでなら飛行が可能であった。
 暫く旋回するように飛んでいるタシの様子を眺めた後、中庭に仰向けに寝転がって空を視界一杯に収めながら、タシと五感共有してみる事にした。まずは視界だな。

「・・・・・・」

 タシに一声掛けた後、意識を集中させてタシと視覚を共有していく。少々距離があるので若干手間取ったが、問題なく共有出来た。
 現在は緊急の時でも無いので、片目を瞑って共有した視界に集中させる。
 上空から見えるタシの視界。それなりの高さからの視界なので、以前に見た高台からの光景など目じゃないほどの高さから国が一望出来る。
 各街やその周辺の位置関係が手に取るように分かるが、街の中までは小さすぎて大まかな配置しか分からない。
 では結界の外の様子はと思い、視線をそちらに向けてみると、そこには変わらない平地が広がっているが、離れた場所に死の支配者側の軍隊と思しき一団を発見した。
 距離があるので細かな部分までは確認出来ないが、数は結構居るように思う。大体だが、千は超えているのではないだろうか。
 遠目に確認した限り人型の者が多い気がするが、見た目だけとかはよくあるからな。平時は人型とか人型に擬態しているとか、そういった種族はこの国でも珍しくない。
 そんな一団が遠くに居るが、一方向だけで他の方角には変わらず何も無い。草もろくに生えていないので、何もしなければただの荒野なのかもしれない。
 そう思い視線を下げるも、真下に広がる国にはキラキラと光を反射させる大きな湖や、緑豊かな畑。いつ出来たのか、まだ若そうな木々が生えている森まである。
 それに山というよりは丘だろうが、こんもりとしている場所だって確認出来るので、色々な地形がそこかしこに在って、この一帯だけ賑やかなものだ。
 それだけ様々な種族が暮らしているという事だろうが、これだけやってまだ土地が余っている様に見えるのがまた凄い。当初よりは大分拡張したらしいが、想像していた以上に広いものだ。人間界をタシに乗って飛んだが、ここまで広くなかった。いや、ここに比べれば人間界なんて庭みたいなものだったな。
 今は亡き国を想い、自国の広さを改めて知る。それにしても、よくこんな広さを管理出来るな。種族もかなり多く住んでいるようだし、プラタ達には頭が上がらないよ。
 百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、言葉だけではしっかりと把握出来ていなかったんだなと、この光景を見て思った。
 そのまま暫くの間上空からの様子を堪能したところで、瞑っていた片目を開けてみる。青空の様子と地上の様子が片方ずつに映って物凄く変な感じ。今までも別々の視界でものを見た事はあったが、地上と上空からの視界は初めてだからか、なんだか頭がこんがらがりそうだ。
 なので、片目をまた閉じる。地上から上空の映像を眺めているというのを改めて感じたが、何だかおかしな気分になるな。
 そろそろいいかと思い、視界の共有を止める。他の視界を共有してもいいが、それよりもタシの背に乗ってもいいかもしれない。
 空を自由に飛ぶタシを眺めながら、これはこれでよかったのだろうと考える。空からの視界というのは今までなかったから、結構便利だ。
 そう思い、そろそろ一旦タシを呼び戻して背に乗ろうかと上体を起こしたところで、ぐぅと小さくお腹が鳴る。

「・・・・・・もう昼か」

 時間を確認してみると若干昼を過ぎていたが、まあ昼だろう。
 タシをどうしようかと思ったが、このまま飛ばしていてもいいだろうと思った。昼食を摂るぐらいの時間であれば、建物の中に入っていても問題ないだろう・・・と思いたい。流石にこれもダメならタシの今後を考えないといけないかもしれないし。
 それでも念の為にタシに連絡を取って、これから昼食を摂る事を伝えておく。暴れられても迷惑だからな。
 そうすると、影に戻ると言い出したので、そのまま飛んでいる様に厳命しておいた。昼食を食べるのなんて長くても一時間程度だし、なにより地下に戻る訳ではないのだ、その程度で影に戻ると言われても今後の運用に困るというもの。このままでは離れた場所の偵察とか出来ないだろうし。
 そう言うと、しゅんとしたような感じが伝わってくる。だが、ここで甘やかしてはいけないと思い、そのまま飛行させておく事にした。というか、それも大事な確認でもあるからな。タシがどれぐらい長く飛んでいる事が出来るのかというのは。
 現在視る限りほとんど魔力を消耗していないので、このまま何日もずっと飛んでいても余裕そうだがな。
 そうなると、やはりボクを乗せた時に急激に魔力の消耗が多くなるのが気になってくるが、その辺りの確認はまた後でいいや。とりあえず今は昼食を摂るとしよう。
 建物内に入ると、プラタが出迎えてくれる。
 軽く挨拶を交わした後、プラタに昼食の用意が出来ているのか確認を取る。元々思いつきに近い行動なので、その事について何も言っていなかった。なので、無理そうならそれでも構わなかった。その時は市場にでも出て食べればいい訳だし。
 修練に忙しくてあれから市場には行っていないが、報告は受けているので、あれから市場も大分様変わりしたという事は知っている。それに交流のための市場街も完成したらしいので、そちらも一度行ってみたいと考えている。
 市場街は文字通り店を集めた街で、商業都市と言える様相らしい。それに伴い他の街にも特色が出始めているとか。もっとも、この国の首都であるこの街は、相変わらず様々な種族や物が入り混じり、混沌としているらしいが。それでも市場街よりはマシらしい。
 そんな話を聞いて、市場街はどれだけ入り混じっているのだろうかと思ったものだが、しっかりと整備はされているらしい。売られる物によって大まかな区分けはされているようだし。
 などと思考があちらこちらと彷徨っていると、プラタから昼食の準備が整っていると応えが返ってくる。どうやら確認してくれたようだ。
 その後はプラタの案内で食堂に向かう。
 先程街について思いを馳せた事で思い出したが、この国の名前は地下に籠る少し前に決まったのだった。国名をジュライにしようとするプラタ達全員と交渉するのに随分と時間が掛かった。まさか本気でボクの名前を国名にしようとするとは思わなかったからな。
 そうした粘り強い交渉の結果、国名はジュライに決まる。・・・決まってしまったのだ。つまりは交渉失敗。まさか全員があれほど強情だとは思わなかった。聞く耳持たないとはまさにあの事だろう。
 そして首都の名前だが、何故かプラタになった。ボクは国名の衝撃でそちらの選定に参加しなかったのだが、一体何があったのやら。聞いても、全員で話し合って決めたとしか教えてくれないし。
 とはいえ、これで国家と首都の名前が決まった訳だ。しかし、そのままでは人名と同じでややこしいので、国家の名前を正式に『ジュライ連邦』。首都は『首都プラタ』と呼称する事になった。
 もっとも、連邦とはほぼ名ばかりだったりするのだが。表向きジュライ連邦は頂点に代表としてボクが居て、その下に各種族が居るという形になっているらしいが、実情は頂点にプラタが居て、その下に各種族が居るという形。ただし、現在は各種族を担当する者達がプラタと各種族の間に挟まっているので、各種族が直接プラタに何かしらの要望を嘆願する事は難しい。プラタ自ら調べに行くなら別だが。
 これも段々強固になってきているらしく、現在プラタが以前の様に各拠点へとわざわざ確認の為に足を運ぶ事はあまりないとか。まぁ、ボクは変わらずお飾りだが。
 それでも問題なく運営されているので、気にする必要はないのだろう。各種族を担当する者達はプラタが信頼している者達らしいが、それでも別口で監視しているらしいからな。そういった部門を別に独立させているらしい。それも複数。とはいえ、結局は全ての上にプラタが君臨しているのだが。
 まぁ、ボクにはそういった難しい話は解らないので、申し訳ないと思いつつも、相変わらずプラタに丸投げだ。正直もうプラタが国主でいいのではないかと割と本気で考えているのだが、それはプラタが断固として許してくれない。むしろ、あまりしつこく言ってしまうと、何かしらの強硬手段を取りかねない雰囲気だった。あの時のプラタの妖しい雰囲気は、今でも思い出すと寒気がしてしまう。
 うん、あの時の事は忘れよう。
 さて、そんな事を思い出している内に食堂に到着する。いつもの奥の席に腰掛け少し待つと、シトリーが料理を運んできてくれる。
 今日の料理は何だろうかとわくわくしながら並ぶ料理に目を向けて待つ。
 シトリーが料理を並び終えて退室すると、改めて料理の方に目を向けて確認する。
 目の前に並ぶ料理は、野菜、肉、ご飯、汁物の四点。それに飲み物がついているが、全体の量は少なめだ。
 まずは野菜だが、何となく思い至りプラタに訊いてみると、どうやら国内で採れた野菜らしい。瑞々しくて新鮮そのものだ。
 肉の方はずっしりとした重厚な見た目で、一口でお腹いっぱいになりそうな重圧を感じる。プラタ曰く、これも国内で育てた家畜の肉らしい。というか、ここに並んでいる全てが国内での生産に成功した食べ物だとか。
 それを聞いて、もうそこまで国として育っているのかと驚きながら、肉を食べる。硬さはそこまでではなかったが、それでも一口で胃にガツンと来た。これは野菜に包んで食べるぐらいでちょうどいい。
 ご飯も汁物も国内で全て賄っているらしく、凄い事だと心底感心した。味も良かったので、プラタに惜しみない賞賛の言葉を贈っておいた。他に何かあげられればいいが、そんなモノ持っていないしな。
 そう思っていたのだが、プラタに何か欲しいものはないかと問うた後、少し考えて欲しいモノがあったのか、言い難そうにしながらも望みのモノをボクに告げた。

「それでは、ご主人様の魔力を少々分けて頂ければと」
「魔力?」
「はい。御許しいただけるのでしたら、ですが」

 非常に申し訳なさそうにそう告げたプラタを眺めながら、シトリーの時の様にすればいいのだろうかと考える。であれば、何の問題もないだろう。
 そう思うも、もしかしたら違うかもしれないので、一応確認しておく。

「シトリーに上げる時と同じでいいの?」
「はい。如何でしょうか?」

 窺うように訊いてくるので、ボクは笑みを浮かべてしっかりと頷いた後、指に魔力を集中させる。シトリーと同じであれば量はそれほど必要ないだろうし、必要なら自ら吸い取っていくだろう。

「これでいい?」

 シトリーの時同様に指先に小さな魔力の塊を創ってプラタに指を差し出す。それを真剣な面持ちで眺めたプラタは、「では、ありがたく」 と呟き一礼すると、シトリー同様に小さな口を開けて、差し出した指を咥え込んだ。
 その様子を眺めながら、それにしてもと思う。シトリーもだが、別にわざわざ魔力を口の中に入れなくても魔力は摂取できると思うのだが。直接吸い取った方が効率は良さそうだが、その辺りは詳しくは知らない。
 まぁ、プラタの場合身体は人形なので、口内は乾燥していて硬い。なので、咥えられたというよりも、木の穴にでも指を突っ込んだ様な無機質感があった。最近見た目が人間に近づいているといっても、やはりプラタは人形なのだと再認識させられる感触だ。
 それにプラタには歯も舌も無いので、益々そう思えてくる。
 そのまま暫くジッとしていると、プラタが咥えていた指を離す。ボクには魔力の味は分からないが、シトリーも時々欲しがるので、魔力というのは美味しいのかもしれない。この辺りは魔力の塊である妖精や魔物だからかもしれないが。

「ありがとうございます。ご主人様・・・・・・これでやっと――」
「ん? 何か言った?」

 頭を下げて礼をしたプラタだが、頭を下げたところで何かを呟いた気がした。しかし、小さな声だったので言葉を発した訳ではないのかもしれない。そう思いつつ問い掛けてみるも、プラタは頭を上げて「いえ、何も」 と小さく首を左右に振った。
 やはり聞き間違いかと思い、そろそろ食休みを終える事にする。ボクには価値がいまいち分からないが、プラタが望む褒賞も与えられたし十分だろう。
 プラタの先導で食堂を出ると、玄関に向かう。今はまだ昼過ぎ。夕方までには時間がある。
 タシの様子は確認しているが、問題なく飛行している。魔力量もほとんど減っていない。やはりずっと飛行していられるのかと思いながら、折角だしとプラタに話を聞いてみる事にした。

「ねぇ、プラタ」
「如何なさいましたか? ご主人様?」

 足を止めて振り返ったプラタに、タシの事について質問してみる。主に飛行について。性格についてはフェンやセルパンに尋ねたから特に質問する事も無い。
 質問の内容も、通常時の飛行時間や乗った時に飛行時間が大幅に減る事、最大積載量なんかについても一緒に尋ねてみた。そうして返ってきた答えが。

「現在タシが行っている様な飛行を通常飛行としますと、よほど周囲の魔力が薄くならない限りは上限はないでしょう」
「そうなの?」
「はい。魔物は魔力を周囲から摂取するのを食事としていますが、それは身体の維持のために行っております。タシは飛行時に魔力を消費しているようですが、それ以上の魔力を周囲から取り入れる能力があるので、飛行に必要な魔力量よりも周囲に漂う魔力量の方が少ない環境以外では、ずっと飛行が可能です。魔物は疲れもありませんから」
「なるほど」

 通りで魔力量が減らないと思った。あの飛行は魔法と同じなのか。であれば、納得だ。

「ですが背にご主人様を乗せた場合、飛行時の魔力消費量が増えた事により飛行時間が減ったと推測出来ます。どうやらタシの周囲の魔力を取り入れる能力はあまり高くないようで、ご主人様を背に乗せた時の魔力消費量の方が、周囲よりも取り入れる魔力量よりも多かったという事のようです」
「ふむ」
「ですので、今後体内に取り入れる魔力量が増加しましたら、ご主人様を乗せたままでもずっと飛行が可能という事になるやもしれません」
「そうか。まだまだ遠そうだな」

 魔物も成長は出来る。勿論タシも成長しているのだが、その成長速度はそこまで早くはない。一般的な成長速度を知らないので、実際は遅いのかどうかは知らないが。
 とにかく、いずれはボクを乗せてずっと飛んでいる事も可能という事か。それなら一応楽しみにしておくかな。

「それで積載量ですが」
「うん」
「状況によるかと」
「状況?」
「はい。先程話した通り、背に何かを載せると魔力消費量が増えますが、それは重さで増減致します。なので、どれだけの距離を運ぶのかによって変わってくるかと」
「なるほど。確かに首都プラタの端から端までと、ジュライ連邦の端から端まででは距離が異なるから飛行時間が違ってくるもんね。その上で飛行可能時間を割り出すとなれば、消費する魔力量を変える為にも荷物の重さは変わってくるか」
「はい」

 プラタの頷きに、そんな単純な事をすっかり失念していたなと、思わず苦笑してしまった。
 今までの事や人間界に行った時の事を思い出せば、ボクが乗って大体一時間から二時間ないぐらいか。あれから成長しただろうから、もう少し長く飛んでいられるだろう。それでもあまり長時間の飛行は出来ないだろうが。
 まあそれはさておき、ボクは別に太っている訳ではない。どちらかと言えば軽い方だろう。あまり食べないのもあるが、研究などで屋内に籠ってばかりでそこまで動き回っている訳でもないからな。
 それでも、魔法や魔法道具の研究はもの凄い集中力が必要になるので、体力の消耗は激しいのだが・・・うーん、研究も大事だが、少しは体力づくりをした方がいいのかな? そうすればもう少し長く研究も出来そうだし。
 そうだな・・・って、今はそんな事を考えている場合ではなかったな。それよりも今はプラタとの会話の方が大事だ。
 我に返ってプラタの方に視線を向ければ、じっとこちらを見てボクが戻ってくるのを待っていたプラタと目が合う。
 それに気がついたプラタは、軽く頭を下げて話を再開する。

「例えば、先程ご主人様が仰られたようにジュライ連邦の端から端まで飛ぶとしまして、もっとも短い直線距離を飛行するとしますと、最大積載量はおおよそ二百キロほどかと。しかしこれは、到着出来るかどうかギリギリのところでしょうから、多少余裕を持ちまして百五十キロほど。速度も求めるのであれば、百キロも積めないでしょう」
「そうか」

 プラタの説明に頷きながらも、それでも成長したものだと少し感慨深い想いが湧く。人間界に行った時であれば、今プラタが説明した内容では無理だっただろうからな。

「首都プラタでも同様の条件で飛行した場合、余裕をもっておおよそ三百キロ。速度も求めておおよそ百五十キロ辺りかと。しかし、これはあくまでも推測でしかないので、実際は異なってくるでしょうが」
「なるほどなるほど。でも、そこまで積んだら一気に疲れると思うんだけれど」
「はい。片道だけで半日ほどは休息が必要かと」
「そっか。それでも、積載量を抑えれば運搬としては使えるかもしれないね」
「はい。先程述べた重さの半分程で運用すれば、使い物にはなるかと」
「ふむ。それで数が居ればいいけれど、タシみたいに飛べる魔物は狙って創造するには難しいからな」
「・・・・・・」
「うーん。まぁ、何にせよ無理か」

 仮にタシみたいな魔物を狙って創造出来たとしても、創造出来る魔物には限度がある。量産型であればまだしも、タシぐらいの魔物であればもう数体が限度だと思う。フェンやセルパンも創造しているからな。この身体で行った訳ではないが、所属としてボクが創造した事になっているようで、ボクが魔物と繋がっていられる空きはそこまで多くはなかった。
 魔物の創造には術者の限界が存在する。これは一度限界まで創造してみなければ正確な限界は解らないが、それでも何となく理解は出来るのだ。個人差があるが、ボクの場合は人よりは容量が多いと思う。
 それでもタシの様な存在はそう多くは創造出来ないので、仮に運搬目的で創造するのであれば、量産型になるな。しかし、そちらだと飛べる魔物が創造できるか難しいところだし。
 こうなれば他の者達にも創造してもらうほかないが、やはり問題は飛行可能な魔物を創造する事だろう。空を飛ぶ魔物は意外と珍しい。少ない訳ではないが、そう見かけるものではない。総数の多い魔物の中では少数といったところだろうが。
 それでもスライムのような魔物に比べれば一般的の部類だ。ただし、狙ってとなるとこちらも難しいだろうな。

「仮に他の者にも頼むとしても、まずは雛型の作製からだろう」

 そう思うが、これが結構面倒なのでやらないが。
 なので、空を飛んでの運搬は無理そうだなと思っていると、プラタが非常に言い難そうに口を開く。

「・・・あの、ご主人様」
「ん?」
「国内での荷物の流通を目的とするのであれば、飛行可能な魔物を多数創造するよりも、転移装置を充実させれば済む話かと」
「あ」

 プラタの指摘に、すっかりその事を忘れていた。空を飛ぶのは結構楽しかったが、運搬目的なら転移には劣る。まぁ、横道に逸れた結果の勢いでの思考だったので、しょうがないだろうが。

「無論、偵察や視察など別の目的で使用するのであれば、飛行可能な魔物の創造も良いとは存じますが、それでもそこまで数は必要ないかと」
「まぁ、そうだね」

 創造したとしても、そういった目的なら主に五感を共有してから運用するだろうから、一人で多数創造してもしょうがない。仮に他の者に頼むにしても、それ専用の部門を創設してからの方が何かと良さそうだ。
 とにかく、話を戻すとして。

「それは今は措いといて。であれば、ボクが乗って飛行する分には、ジュライ連邦国内であれば、そこそこ長時間は飛行出来そうだね」
「はい。現在のタシであれば、以前の倍とまでは申しませんが、それでも五割ほどは飛行時間が延びているかと」
「なるほど。十分だ」

 今すぐ必要な訳でもないので、これからもタシには成長してもらうとしよう。というか、そろそろそのタシの許に戻った方がいいだろうな。あまり長時間離れるのはまだ早いだろうから。
 プラタとの話を終えて、一緒に玄関まで向かう。玄関に到着すると、プラタが扉を開けてくれた。
 扉を潜って外に出ると、プラタもその後に続く。
 外に出て上空に目を向けると、遥か上空でタシがぐるぐる空を旋回している。大きく回っているので、中々に優雅な感じだ。
 問題なく空を飛んでいられたようなので、少し安堵する。大した事をした訳ではないのだが、それでも心配ではあったからな。
 そうして見上げているとタシもこちらに気がついたのか、螺旋を描くように旋回しながらゆっくりと下りてくる。
 そのまま近くに降り立つと、トコトコと歩いて近づいてきた。

「・・・・・・主人、主人、オカエリ」
「ただいま、タシ。ちゃんと一人で飛んでいられたようだね」
「・・・・・・ウン、ガンバッタ」

 何となく褒めてほしそうにしているのを見て、とりあえず身体を撫でてみる。頭はちょっと位置が高い。
 それでちょっと嬉しそうにしたような気がするが、タシは全身黒くてその辺りがよく分からないんだよな。ボクが創造した魔物だから何となく感情がわかる気がするが、実際はどうなのかまでは分からない。
 そう思いながら何度も身体を撫でつつタシを眺めていると、急にビクッと身体を震わせた。

「ん?」

 どうしたんだろうと思い首を傾げる。一瞬何処か怪我でもしているのだろうかと思うも、魔物に怪我はないか。魔物は魔力で身体を構成しているので、魔力を取り込めば欠損だって修復可能なのだから。それに、タシはずっとボクの影の中に居たし、今だって結界内の空をただ飛んでいただけ。怪我する要素は全く無い。
 では何だと思うも、思い出してみれば今の震えは怯えのような気もする。しかし、それこそ何でだと不思議に思う。現在地は首都プラタの中央付近にある拠点の中庭だ。ここはこの国でもっとも安全な場所だろう。
 不思議に思いながらも、一応周囲を見回してみる。もしかしたら何かが居たのかもしれないし、タシの苦手な物でもあったのやもしれない。見間違いという可能性もあるが。
 そんな事を考えながら周囲を見回すも、特に変わったものはない。いつもの平和な中庭の風景だ。

「どうかなさいましたか?」

 突然周囲を見回した事で、後ろに立っていたプラタが不思議そうに問い掛けてくる。

「ああ、いや・・・何でもないよ」
「左様で御座いますか」
「うん」

 どう説明したものかと考えたが、特に何かある訳でもなかったし、おそらく気のせいだろう。なので、プラタに何でもないと答えた後にタシの方に目を戻す。
 目を戻すと、タシは先程までと違って何処か緊張している様に見えた。だが、実際のところは解らないので何とも言えない。せめて目元か口元でも分かればな。まぁ、口は嘴の様に前に出ている部分だと思うので、解らなくはないが。でも、タシって喋っていても嘴は動かないんだよな。
 とりあえず一人でも空を飛んでいられたタシを褒めた後、丁度良いので少し背に乗ってみようかと思う。
 タシに声を掛けると、軽く屈んで背をこちらに傾ける。
 その背に乗ると、視線が一気に高くなる。タシの大きさはそこまで巨大でもないので、一人乗り用だ。身体の大きさはある程度は変えられるようだが、あまり大きすぎても維持が大変なので、これぐらいがちょうどいい。
 プラタに「行ってくる」 と一言告げると、タシの身体を軽く叩いて合図を送る。その合図を受けて、タシは空に飛び立つ。
 羽をはばたかせ、下りた時とは逆の螺旋を描くようにして空に飛び上がっていく。あまり広い場所ではなかったからな。それでも真上に飛ぶ事も出来るだろうに。この飛び方が今のタシのお気に入りなのかも。
 まぁ、こちらとしては飛べればそれでいいので何も言わないが。
 どんどんと小さくなっていく街並みを見下ろしながら、五感共有した時に見た街並みを思い出す。あの時はもっと高かったので、今ならまだ辛うじてプラタの姿が見える。それも直ぐに見えなくなったが、ぐんぐん高度上げていくな。
 タシの背中に乗っていても風は感じない。この辺りはタシが調整出来るようになったようで、呼吸も地上と変わらず出来る。
 さて、大分高い場所まで上がってきたが、タシは大丈夫だろうか?

「タシ、大丈夫? 無理してない?」

 ただ飛ぶだけでも負担がかかるというのに、更に高度を上げるとそれだけ負担が増えてしまう。少し上に雲が流れているので、五感共有した時よりも少し高く飛んだようだ。

「・・・・・・大丈夫。モット高く飛ベル」
「そっか。でも、これぐらいで十分だよ」
「・・・・・・分カッタ」

 そう言うと、タシは高度を安定させる。もう国自体が小さく見えてきたな。ここからじゃ、プラタの姿なんて全く見えないや。
 街並みも細かいところはあまりよく分からないので、少しの間その場で飛行を楽しんだ後、タシに頼んで少し高度を下げて貰った。もう少し国の様子を確かめてみたいからな。
 そう思いながらも、一応国の外の様子も確認する。視覚を共有した時に確認した通り、離れた場所に駐屯する集団が確認出来た。
 視た感じそこまで強くは感じないが、それでも死の支配者の軍だ、何があるか分からない。それに、あれに手を出せば開戦の合図になるかもしれないから、下手に手も出せない。今のところ実害も無さそうだし、暫くはこのまま様子見だろうな。
 そんな事を思いつつも、いずれはあれも排除して死の支配者からの恐怖を取り除きたいとは思う。その為にも力を付けないと。
 タシが頼んだ通りに高度を下げたので、先程よりも街の様子がはっきりと見える。
 国内には海擬きの大きな湖から、山っぽい丘まで様々揃っているが、そのほとんどに何かしらの種族が住んでいるという。中には住んでいないで管理だけしているという場所も在るらしいが、全容についてはボクもこうして上空から眺めた事で知ったぐらいだ。詳しい事が分かる訳もない。
 それでも、様々な地形が寄り集まって国を形成しているのは解る。最初の何も無かった頃が懐かしく思えるぐらいに、色々なモノが出来上がっているな。
 その中に蠢く点は見えるのだが、流石に上空からだとそれ以上はよく分からない。それでも、みんなが懸命に働いているのは解った。これが国というモノなのだろう。ボクの役目は、これを護る事だと思う。プラタ達は維持してくれるから、そういった難しい事を考えなくていいのは助かるな。

「・・・お?」

 上空から見下ろしていると、湖の中から出てきた一団を発見する。あれは水の中に住む種族かな? プラタの魔法道具も大分進展したようで、今では水中から陸上に上がってもほとんど違和感が無いという。そしてそれは逆も然り。今度使わせてもらおう。
 湖の中から出てきた一団は、街道を使って首都プラタを目指すようだ。転移装置も用意されているが、ああやって念のために陸上に身体を慣らしているのだという。湖と首都はそんなに離れていないからな。
 他には何かないかと街の様子を見ていく。中には大きな種族が住んでいる街もあるが、そこに目を向けても、人々や街が大きいのは解っても、やはり上空からだとそこまで極端に大きいといった感じはしない。まぁ、大きいは大きいようだが。

「それでも巨人と呼ばれる種族とは別物らしいんだよな」

 プラタに訊いた情報を基にそう独り言つ。
 実際の大きさは間近で見てみないと分からないが、それでも大きいのが何となく判るぐらいには大きいんだよな。それよりも大きい種族か。前に話だけは聞いていたが、一度見てみたい気もするな。
 他の街の様子も上から見てみるが、基本的な造りは同じ様だ。商業都市は少し異なり大通りの道幅がとにかく広く、場所によって道が色分けもされているので、分かりやすく区分けされているのが上空からだと容易に見て取れる。
 そこを大勢の点が街全体で蠢いているので、上から見ても随分と賑わっているようだ。
 湖の中は見えないので分からないが、森の木々の合間なんかに家が建てられているのがちらりと見えた。ボクは様々な種族が住んでいるのは知っているが、その全ては把握していないんだよな。面倒なのもあるが、その辺りもプラタに丸投げしているから。
 国境付近、と言っても結界の端からは大分距離があるも、そこを巨大な防壁が囲っているのが見える。それは人間界を思い出させるが、あんな貧弱な防壁とは違って、こちらはそう簡単には壊せそうにはないほど立派だ。
 防壁の上には対空兵器もずらりと備わっており、ここを抜けるのはかなり大変だろう。護っている者の数も結構なモノだからな。
 そしてその先、結界の端との間にも幾つか砦が築かれており、そこから結界の外を監視している一団も発見出来た。その砦もまた堅牢そうだ。
 まあおそらく、防壁の外には大量にプラタ謹製の罠が仕掛けられている事だろう。
 砦の者達の移動は大変だが、砦の中に転移装置でも置いてあるのだろうし、問題ないか。あれは片方を破壊すれば簡単に機能しなくなるし、何だったら設定次第では自爆機構も組み込める。
 そうやって遥か上空から広大な領地を観察した後、暗くなってきたのでタシに頼んでゆっくりと首都プラタの拠点の中庭へと降下していく。改めて確認すると本当に広いものだな。これがボクが護るべきものか。
 国主としての自覚は、残念ながら未だにまだ薄い。以前よりはしっかりと持っているとは思っているが。まあそれでも、未だに国政には参加していない。ボクが変に参加して混乱させても悪いからな。現在で上手く回っているのだから問題ないだろう。
 高度を下げたタシが中庭に降り立つと、ずっと待っていたのかプラタが迎えてくれた。
 それに返事をした後、タシの背から降りて伸びをする。
 もう夕方だ。辺りは薄暗くなり始めているので、そろそろ建物の中に入ろう。タシはどうしようかな? そう思っていると、タシはちょっと小さくなってボクの影の中へと沈んでいってしまう。
 ゆっくりと沈んでいくタシを眺めながら、まあいいかと思考を切り替える。
 タシが完全に影の中に潜ったのを確認した後、プラタに声を掛けて建物の中に戻り、そのままプラタに案内されるままに食堂へと移動していく。
 いつもの席に腰掛け、シトリーが持ってきてくれた夕食を食べる。今回も自国で賄った食材で作ったようだ。これは、もう完全に自給自足は出来ているという事だろうな。
 そう思いながら夕食を終えると、食休みを挿んで自室に戻る事にする。
 明日からはまた鍛錬をしようと思いながら小部屋に戻ると、それをプラタに告げて転移する。それから自室に戻ると、入浴したりと寝る準備を済ませてから、魔法道具を弄って就寝した。

しおり