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35話 瞳お姉さんの来訪…聖香side

 玄関のインターホンが鳴った。
誰かなと思って玄関を開けると、ポニーテールのきれいで可愛いお姉さんが立っていた。


「あなたが天音聖香ちゃんね。噂以上にきれいで可愛いわ」

「はい。私が天音聖香ですけど……どちら様でしょうか?」

「私の名前は 沢村瞳(サワムラヒトミ)。愛理沙ちゃんと涼君の知り合いなの。家の中に愛理沙ちゃんがいるんでしょ。少し愛理沙ちゃんと話をしたいの。家の中へ入ってもいいかな?」

「少々、お待ちください」


 聖香は慌てて、玄関から離れて、リビングに座っている愛理沙の元へ駆け寄る。


「愛理沙ちゃん……今、愛理沙ちゃんの知り合いだという沢村瞳さんっていう、きれいで可愛いお姉さんが来てるんだけど? 愛理沙ちゃんと少し話がしたいって? 本当に愛理沙ちゃんの知り合い?」

「え! 喫茶店の瞳お姉さんが来てるの? 私の知り合いだけど……」

「外に立たせておくのは悪いから、とにかく部屋の中へ入ってもらうね」


 聖香は玄関に戻るとロックを外して、瞳お姉さんを玄関の中へ入れる。瞳お姉さんは靴を脱ぎながら、聖香の髪をなでる。


「ありがとう聖香ちゃん。聖香ちゃんって良い子ね。少し愛理沙ちゃんと話をさせてね」


 瞳お姉さんがリビングへ入っていくと、座っていた愛理沙がクッションを両手で握って立っている。
 瞳お姉さんは優しい瞳で愛理沙を見つめた後に、頭にコツンと軽く叩いた。


「涼君にあまり心配させたらダメでしょう。 今日、彼、自転車を押しながら街の中をさまよっていたわよ。私が保護して、カレーを食べさせて家に帰したけど……あのまま放置していたら、涼君……朝までもずっと自転車を押して街中歩いていたかもしれないよ」


 それを聞いて、愛理沙も聖香も顔を青ざめる。愛理沙のことばかり気遣っていて、涼のことを気遣うのを忘れていた。
涼から目を離すんじゃなかった。もっと湊に見張ってもらうんだった。


「何があったのかは少しは聞いてるけど……そんなことはどうでもいいの……愛理沙ちゃんは涼君の元へ帰りなさい」

「それはできません……私がいれば涼はもっと傷つくことになります」


 愛理沙はクッションに半分だけ顔を埋めて、瞳お姉さんを見る。


「もう涼君のことを傷つけてることに気付かないの……愛理沙ちゃん、いい加減に自分のことばかりを考えるのはやめなさい」

「私は生まれてはいけない子だったんです……生きていてはいけない子だったんです……涼の近くにいてはいけないんです」


 瞳お姉さんは顔を横へ向けて大きくため息を吐く。


「本当は黙って見守っていきたかったんだけどな……こうなったら仕方ないよね」


 瞳お姉さんは服の首の部分を大きく引っ張って、肩口にある大きな傷を愛理沙に見せる。


「私もあのバス横転事故の時にバスに乗っていたの……父親は他界、母親は生きているけど半身不随で今でも病院で入院しているわ」


 そのことを聞いた愛理沙は体から力抜けて、リビングの床にペタリを崩れる。そしてクッションをどけて、正座の姿勢で、両手を前に出して、頭を床にすりつけて涙をこぼす。


「ゴメンなさい……ゴメンなさい……ゴメンなさい……」

「私は謝ってほしくて、この傷を見せたんじゃないの。謝ってほしくて両親のことをはなしたのでもない。愛理沙ちゃんの勘違いを正したくて、傷口を見せたの。だから頭を上げて」

「ゴメンなさい……ゴメンなさい……ゴメンなさい……」


 リビングにひざをついた瞳お姉さんは、愛理沙を無理やりに起き上がらせて、愛理沙を強く抱きしめる。


「あの時、幼稚園児だった愛理沙ちゃんに何も罪はないの。幼稚園児だった愛理沙ちゃんに事故は防げなかった。それに愛理沙ちゃんのお父さんは事故前に心筋梗塞で倒れていたんだから、事故を未然に防ぐことはできなかった」


 愛理沙はそのことを聞いて、驚きで瞳お姉さんの目を見つめる。


「全て三崎誠おじさんから聞いているわ。私もお世話になっていたからね」

「だから愛理沙ちゃんの責任でも、罪でも罰でもない……だから涼君の元にいていいの」

「でも……」

「涼君は何て言ってた? もう愛理沙ちゃんのこと要らないって言った? 必要ないって言った?」


 愛理沙が激しく首を横に振る。


「涼は私が必要だって言ってくれた……私と一緒にいたいと言ってくれた」

「そうでしょう……涼君にとって、愛理沙ちゃんは必要なの。涼君にとって愛理沙ちゃんは光なの。言ってる意味わかる?」


 愛理沙は無言で小さく首を縦に振って頷く。そして手近にあったクッションを持とうとするが、瞳お姉さんにクッションを取りあげられてしまった。


「愛理沙ちゃんにとって、涼君は要らない存在なの? かけがえなのない存在じゃないの? 愛理沙ちゃんにとって光じゃないの?」


 愛理沙はその場で泣き崩れて、体をくの字に折る。


「涼は私に未来をくれた……涼は私に光をくれた……涼は私に優しさをくれた……涼がいないとまた暗闇にもどちゃう……でもこれ以上、私のことで涼を傷つけたくない……」

「涼君がいなくなって、愛理沙ちゃんは生きていけるの?」


 愛理沙は暗い顔になって俯いたままいる。


「また暗闇の殻の中へ戻るだけ……私にはそれしか生き方がないから」


 瞳お姉さんは愛理沙の上半身を起こすと軽く頬を叩いた。


「それで涼君が喜ぶと思ってるの? それで涼君が笑顔になると思ってるの?」

「それだったら、私はどうやって涼に罪滅ぼしをすればいいんですか? 涼だけは幸せになってほしいんです」

「それはなぜ? 涼君のことが好きだから?」


 愛理沙は黙ったまま、答えようとしない。瞳お姉さんは愛理沙からの答えを待ち続ける。


「――――はい……涼のこと好きです……愛しています」

「それなら、これからは涼君に尽くして罪滅ぼしをしなさい。涼君の言う通りに生きなさい。涼君を幸せにすることが愛理沙ちゃんの責任だと思いなさい。それで愛理沙ちゃんが納得するっていうなら、そうしなさい」

「――――はい……これからは涼を幸せにすることだけを考えて生きていきます」

「それはダメよ……涼君は愛理沙ちゃんも幸せにならないと絶対に納得しないわ。だから愛理沙ちゃんも涼君と一緒に幸せになるの」


 そう言って、瞳お姉さんは愛理沙の上半身を起こして、両手で強く抱きしめた。


「2人で幸せになりなさい……そのことが私や私の両親も願っていることなの……小さかった愛理沙ちゃんに罪はないんだから……私は愛理沙ちゃんに会ったらそれを言いたかった……私の両親からの言伝でもあったから……」

「瞳お姉さん……ゴメンなさい……ゴメンなさい……ゴメンなさい……そしてありがとうございます……」


 瞳お姉さんは優しい瞳で、愛理沙を抱いて、背中をさすっている。
聖香はただ黙ってみているしかできなかった。

 聖香は瞳お姉さんを素敵なお姉さんだと思った。


「外に車を停車させてるから、今から涼君の家へ送るわ」

「――――ありがとうございます。涼の家に戻ります。わざわざ来てくださってありがとうございました。また喫茶店へ涼と2人で遊びに行きます」


 愛理沙は身支度をして、瞳お姉さんと家を出ていった。

 聖香はダイニングテーブルの椅子に座って、今日の出来事を振り返っていた。


「あれ? 涼の家に愛理沙が帰るってどういう意味だろう? あの2人って同棲してたのかしら?」


 慌てて、湊へ連絡するが、湊も知らないという。慌てて陽太へ連絡して、愛理沙と涼の同棲のことを質問する。


「そういえば俺と芽衣しか知らないんだ。あいつ等ずっと前から、涼のアパートで同棲してるぞ。今日から俺も芽衣と俺の部屋で同棲することになったんだけどな」


 聖香は陽太の答えに一瞬、言葉を失った。
全く涼と愛理沙が同棲していることを知らなかった。


「でも……あの2人ならお似合ね。私も誰か良い人を見つけないとなー。湊にでも相談してみよう」


 聖香は湊に連絡をして、深夜まで楽しく相談するのだった。

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