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10-1「十中八九『居る』と考えていいでしょう」

 緩い眠りについたクロウの意識を覚醒させたのは、艦内の警戒度の上昇を知らせるサイレンの響きであった。

 そのサイレンが鳴ると同時、ベッドに横になっていたシドとクロウは同時に飛び上がり、即座に常備服へ袖を通す。

『総員へ通達。第三種戦闘配備! 繰り返す、第三種戦闘配備!』

 サイレンと共に響くのは船務長アンシェラ・ベークマン大尉の声である。

「クロウ。ここはもう宇宙だ。パイロットスーツを着込んでおけ!」

 いいながら、シドも技術科の格納庫作業員が宇宙空間で着る、ツナギのような形をした宇宙整備服の首筋の方から足を突っ込んでいる途中だった。

「了解です。戦闘配備に入ったという事は、艦内の重力制御も切られてて、居室とか一部を除いて無重力なんですよね!」

「上等だ! わかっていればいい。第一種じゃないからエアーはまだ切られていない。呼吸は出来るだろうからヘルメットはまだいい!」

 この『つくば』艦内において戦闘配備の号令は3種類存在した。

 第一種戦闘配備は既に戦闘状態である際に発令される命令であり、クルーは全員その持ち場へと着いている状態を指す。この時艦内の移動は完全に制限される。移動しない事を前提とするため、廊下などのエアーも切られる。被弾による火災燃焼防止のためである。

 第二種戦闘配備は、三交代制のその時メインの受け持ちとなっているクルーが必ず持ち場へ着いている事と、次に交代予定の人員が持ち場に揃っている状態を指す。それ以外のクルーにも行動に制限がかかる。

 第三種戦闘配備は、三交代制のメインのクルーがその受け持ち場所に付いている事と、艦内移動に制限がかかる状態であり、第二種と第三種戦闘配備が発令されるタイミングとは戦闘状態に突入する可能性の高さを表していた。

 現在は第三種戦闘配備であるので、確実とは言えないが何らかの戦闘が開始される可能性を示していた。通常は前記の通り、三交代制となっているクルーの移動があるのみであるが、航空隊と技術科の航空隊の機体を整備する要員は、この戦闘配備のいずれの招集がかかった際も持ち場へ急行する義務が課せられていた。

「いくぞ、部屋の外はもう無重力だ。壁の『リフト』を使え!」

 言いながらシドは室外の無重力へその体を飛び出させていく。クロウもそれに即座に続く。

 シドは壁から一定の速度を保って廊下の端から端まで移動し続けている取っ手の一つを手に取ると、その速度に乗せて移動し始めた。その取っ手はクロウの時代のエスカレータのように壁一面を端から端に続いている。

 取っ手は一定間隔で設置されており、シドの後の取っ手をクロウも掴む。この取っ手と、このエスカレータのように廊下を移動する装置を『つくば』艦内では『リフト』と呼称していた。リフトは通常、壁にその取っ手を格納した状態で停止していたが、戦闘配備が発令され、艦内の重力制御が切られた場合の移動手段として両壁にそれぞれ右側通行で行き来できるように設置されていた。

「シド先輩! 敵は誰なんでしょうか? あの『ファイズ』とかって人たちは宇宙での戦力を保有していないんですよね?」

 『ファイズ』はローグ・リッツを筆頭に『反第四世代人類派』が独自に設立した特殊部隊である。その承認会議の際にクロウがデックスで乱入しオーデルを連れ去ったが、結局正式に発足されたようだ。実際には部隊編成などはとっくに済んでいたようであったため、クロウが乱入した会議はオーデルの印象した通り茶番なのだった。

 しかしそれは、オーデル・リッツの策略により完全に連邦軍本部の指揮体制から隔離されていた。現在地球連邦軍の保有していた宇宙戦力のほとんど全てを、オーデルとタイラーは掌握していたのである。

「そうだ。あいつらバカだから宇宙に出るだけでも最低1年はかかるだろうよ」
 言いながらシドは廊下の角に差し掛かっていた。

「敵は俺も知らん! お前は航空隊のブリーフィングルームだろ! こっから左のが近い、そこで聞け。俺はこのまま真っすぐで格納庫だ。そこで準備しておいてやる!」

 シドは主にクロウの4号機の整備を担当していた。本来であれば技術長のシドの受け持ち機体は隊長機である1号機であるユキ機であるが、クロウ機である4号機は装備の実験評価機体として様々な改修が加えられている。クロウは4号機の操縦と共にその使用感と、そこからフィードバックされた実践データを他の航空隊の機体に改修という形でフィードバックするという任を帯びていた。そのサポートをするため、シドは4号機の主整備士となっていたのである。

 そのため、クロウはテストパイロットという扱いなのである。

 クロウは宇宙戦を想定し、シドにデックスの細かい調整を頼む。

「頼みます! ライフルの弾倉を多めにシールド内に付けておいて下さい!」

 デックスには兵装等を保持するための補助的なマニュピュレータであるハードポイントがその全身数か所に設置されていた。

 それは人間で言えば肩、背中、腰、両腕部、ふくらはぎに当たる部分であり、通常左腕に装備されている可動式のアームを持つシールドは左腕のハードポイントに設置されていた。だが、シールドの裏には小型のハードポイントを複数持つため、左腕のハードポイントがシールドで潰されたとしても不自由しない構造となっていた。

「了解だ。付けられるだけ付けておいてやる!」

 言いながら身を翻すシドを見送って、クロウもまた航空隊のブリーフィングルームへと向かった。

 航空隊のブリーフィングルームは、その教室型の内装を一部無重力仕様へと形を変形させていた。通常教壇に当たる指揮官席を見るように複数の椅子が設置されているが、今それらは格納されており存在しない。その代わりにクロウの時代の車止めのようなアーチ形の手すりをいくつかその床面から露出させていた。

 航空隊員はそれらを手で保持し、パイロットスーツの腰に装着された安全帯へとつながるフックで固定することでブリーフィングを受ける体制を取ることが出来た。

「来たか、クロウ少尉」
 ブリーフィングルームの指揮官席でクロウを出迎えたのは、意外にも艦長であるタイラーその人である。

 その隣には宇宙服を纏ったオーデルもおり、タイラー自身もパイロットスーツと同じ構造の宇宙服を纏っていた。見ればヘルメットを小脇に抱えた航空隊のユキを含む面々が手すりに既に体を固定していた。

「遅れました!」

 言いながら、クロウは一番端の空いている手すりへと体を滑り込ませた。隣にはトニアも手すりに体を固定させている。

「焦らずとも大丈夫だ。むしろ早い方だよ」
 言いながらタイラーはクロウへ落ち着くように諭す。

 タイラーの後ろには、地球を示す円とその外周をぐるりと回って月へと向かう線を描いているこの『つくば』の航行予定線と、その矢印の先の月が既にモニターに示されている。

 今、『つくば』はその図形の中でその進行方向を示す三角形の図で示されており、その後ろに全く同じ大きさの三角形が二つ並んでいた、衛星軌道上で合流した『こうべ』と『けいはんな』である。

 その三隻は『つくば』を先頭に地球を半周程した位置に光点を示していた。

「見てわかる通り、現在『つくば型』三隻は地球の衛星軌道ぎりぎり外側で引力と地球の遠心力を利用した加速コースに入っている」
 そのモニターを指し示しながらタイラーが説明する。

「今、この『つくば型』三隻を追撃出来る『ファイズ』の戦力は無いことは諸君も承知の通りだ。だが……」

「このように万事上手くいっていると思うときこそ『戦場』は荒れる」

 言葉を切ったタイラーに合わせてオーデルが付け足した。それはオーデルの長年の経験から導き出された経験則でもあった。

「そう、オーデル元帥のおっしゃる通りだ。このように月を目指す場合、我々の航路は制限される。例えばこのように」
 と、タイラーは月の外側と地球の外側を直線で繋いで見せた。

「このように地球の外枠を加速帯として使用する場合、この地球の月側の円形状のいずれかを我々は通らなければならない。さて、諸君らが敵だったらどうする? 私が敵だったら間違いなくここには待ち伏せを設置しておく」

 タイラーの説明で即座にクロウはその意図を理解した。この地球の外側を利用した加速のための周回の終点で敵が待ち構えているとタイラーは言っているのである。

「タイラー艦長、質問をよろしいですか?」
 疑問の声を上げたのはクロウだ。

「クロウ少尉。言ってみろ」

「はい、その位置だと『つくば型』三隻は十分に加速し終わっている位置ですよね、通常であればそれに追いつくのは難しいのでは?」

「いい質問だ。通常『誰しも』がそう考える」
 その質問を受けてタイラーは続けた。

「だが、例えばこのように使い捨ての推進ロケットを装備していたり、例えばこのように地球外の惑星の遠心力を利用して加速し終わっている艦艇が存在するとすれば、その『常識』はひっくり返る」

 クロウは生前の時代で大気圏を突破する際に用いられていた、メインのロケットを囲むように設置されているそれと、水星軌道上から一直線に加速する仮想線を見て納得する。

「通常であればこのような戦術は地球連邦軍でも『マーズ』勢力であっても発想自体されないものだ。だが……」
 オーデル元帥はその図を見ながら言う。

 だが、今度はその言葉に付け足すようにタイラーは続けた。
「マーズ共和国は去年電撃的に建国し、その勢力をあっと言う間に木星圏のスペース3へと広げて見せた。十中八九『居る』と考えていいでしょう。我々のような『ロスト・カルチャー』があちら側にも」

 タイラーは航空隊を見渡しながら続ける。
「昨今の地球連邦軍の内輪もめは、当然『マーズ側』も観測していると思って間違いない。そしてその中心がこの『つくば型』3艦であることも彼らは当然承知しているだろう。月まで到達してしまえば、彼らは地球連邦軍の主力に阻まれて我々を容易に攻撃することが出来ない。つまり、この月までの約384400kmを無事に乗り越えられるかどうかが我々の最初の試練なのだ。地球の加速帯を使用した『つくば型』の最大速度は役40000km/hに到達する。この約9時間のこの時間を持ちこたえられるかどうかが命運だ」

 現在時刻は地球標準時間で宇宙歴3502年1月14日0635時。マーズ側の戦力がこの『つくば型』を強襲すると仮定すれば、停戦協定違反である。

「タイラー大佐、敵の戦力はどう見る」

「恐らく、停戦協定違反であると指摘されるのは敵としても良しとしない部分でしょう。敵は少数の部隊、もしくは艦艇を持って我々に威力偵察を仕掛けてくるはずです。無論可能であればこの『つくば型』全艦の撃破も狙うでしょうね」

 通常、威力偵察とは部隊を展開して小規模な攻撃を行うことによって敵情を知る偵察行動である。その攻撃自体で敵対勢力に対して打撃を与える事は通常想定しない。

 だが、タイラーはその威力偵察行動がこの『つくば型』全体を撃破する事を狙ってくると想定している。

「まさか、そんな少数でありながら、この超弩級宇宙戦闘艦である『つくば型』三隻を沈められるだけの火力を持ち得るというのか?」

 オーデル元帥のその疑問はもっともな事であった。それはこの場に居合わせる航空隊にとってもである。だが、一瞬疑問を持った航空隊も徐々に確信の色を帯びている。彼らはそんな『少数の戦力で艦隊を駆逐する』光景をもう知っている。

「オーデル元帥はもうご覧になったでしょう? 我々のDX-001を、あれが例えば艦橋のブリッジや推進部を狙って取りつき、攻撃を行ったとすれば、『つくば型』であろうともたちまち航行不能になるでしょう。さらに言えば我々は既に連邦本部でDX-001の姿を大気圏内に晒してしまった。連邦本部を敵性勢力が監視していたと想定すればその情報は既に彼らの司令部には伝わっていると考えるべきだ」

 つまり、『マーズ共和国勢力』は停戦協定違反と指摘されない程度の少数戦力を持ってこの『つくば型』を強襲する可能性が高い。そして、その敵対戦力はこの『つくば型』全艦を航行不能にするほどの火力を有する可能性がある。というのがタイラーの推測であった。

「つまり、タイラー艦長は、何体かの『人型機動兵器』がこの『つくば型』に対して強襲を仕掛けてくると想定しているのですね?」

「その通りだ、クロウ少尉。あくまでも可能性の話だが、その可能性は高いと考えている」

「バカな、私はあのような兵器などこれまで一度も見たことが無かったのだぞ?」

 クロウの推測を即座に肯定するタイラーに対してオーデルは即座に反論する。だが、タイラーの意見は異なっていた。

「いいえ、数的不利にも関わらず、マーズ共和国が交渉を無視して突然宣戦布告してきた処から見ても、その状態を覆すだけの手段をマーズ共和国が保持しているのは明らかです。私も再三火星に内偵を送りその実態を探ろうとしましたが、確証は得られていません。ただ、現地に潜入した工作員の一人が、マーズ共和国の兵士が『巨人』というキーワードを話していたという不確かな情報がありました。それだけで私には彼らが人型兵器を保有しているという憶測を確信に変えうるだけの根拠がある。それは彼らが『ロスト・カルチャー』をその中心的な位置に属させているという勘をも補足させるに十分だ」

「なぜ、そうも言いきれるのだ?」

「我々『ロスト・カルチャー』にとって人型兵器は想像の産物でしかありませんが、ごくありふれた自然な着眼点なのですよ」

 航空隊の面々は揃って頷き互いの顔を見合わせると、ユキがその口火を切った。

「意見具申! 航空隊の全員で出撃までの時間、DX-001同士でのVRシミュレータ訓練による実戦形式の訓練の許可を願います!」

「許可する。最大倍速を使用してでもその動き方に対応しろ。現在、『つくば型』で敵人型兵器に対抗しうるのは諸君ら航空隊の8機のDX-001を持って他に無い」

 それを聞いて敬礼し、ブリーフィングルームを飛び出していく航空隊を見送りながらオーデルは言う。

「老兵《ロートル》の宿命か、貴様たちに託すより他に無いと言うのか? あの若い少年少女達を死地に送り込むより他に無いと言うのか?」

「我々はこの瞬間まで、最大限の努力を持って準備を行いました。それは彼らも同じです。今は彼らの努力と、彼らが全員ここに戻ってくる幸運を祈りましょう」

 その言葉とは裏腹に、その仮面の下で苦悶の表情を浮かべながらタイラーも言う。タイラー自身も彼らに託すより他に無いこの状況に心を割かれるような心境を抱いていた。

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