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くだらないシンデレラストーリー

ニックが緋色の王様を探して教会内を歩いていると、礼拝堂から賑やかな声が聞こえてきた。入れば、王様が何人もの子供たちに絵本を読んでやっている。

「————そうして二人はいつまでも幸せに暮らしました。おしまい」

 丁度物語が終わったらしく、子供たちが口々に感想を述べていた。王様は一人一人の言葉に優しく耳を傾ける。彼の真っ赤な、そして信じられないほど長い髪は、小さな子供たちの毛布代わりになっていた。真っ赤な髪にくるまって肩を寄せ合う子供の姿はどこか神聖なような、それでいて非常に冒涜的な、そんな不穏な印象を与える。

「王様。礼拝堂は暖炉が無いから寒いのに、どうしてこんなところで絵本をよんでやっていたんですか」

 ニックが咎めるように尋ねれば、王様はいたずらっ子の顔をして言い訳をした。

「ごめんよ、ニック。どうしても、礼拝堂に来たくてね。そうしたら、子供たちがこの絵本を読んで欲しいというものだから」
「前も一度止めてくださいとお願いしたのに。子供たちが風邪を引いたらどうするんですか」

 王様に苦言を呈すニックの様子を見て、子供たちが彼に群がって王様を擁護する。

「ニック、おうさまをおこらないで!」
「わたしたちがこの絵本よんで、ってたのんだのがいけなかったの。王さまはわるくないわ!」
「にっく、ごめんなちゃい」

 寄ってたかって謝罪されて、ニックは分かったよ、とため息をついた。

「王様を怒るのは止めるから、皆はもう寝なさい」

 はーい! と元気に返事をして、子供たちはとてとてと走って自分達の部屋に帰っていく。その様子を見送って、ニックは礼拝堂のベンチに座る王様の隣に座った。

「あの新しい子供は無事に皆に溶け込めたかい?」
「ええ、問題ありません。もうすっかり馴染んでしまったようで、どれが新しい子だったか分からなくなってしまった」

 ニックの言葉に王様はそうだね、と言って笑う。その表情はとても無邪気で、まるで子供のようだった。

「僕にももう分からないや。分かる必要もないしね」

 それからしばらく、二人は黙って礼拝堂をぼんやりと見つめていた。

「何の本を読んでやったんです?」

 ニックがあまり興味もなさそうに尋ねる。

「ああ、これはね。僕が描いた絵本だよ」
「……あれですか。あれは良くない。教育に悪いですよ」
「そう言われても、あの子たちがこれを読んでって言ったんだから仕方が無いじゃないか」

 その絵本の表紙には何も書かれていない。ただ、真っ赤に染められただけの表紙。

「君が小さい頃に、君のために描いた絵本なのに。君はこれを見せる度に泣き叫んでいたっけね」
「……覚えていません」
「そりゃあ、君はあの頃のこと、全部忘れたいと願っていたからね。何で子供たちに君も魔法が使えること教えないの」
「説明するのが面倒だからです。子供は何も知らない方が可愛げがあっていい。俺は全然可愛くなかったでしょう」

 そう言われて、ニックと同じくらい若く見える緋色の王様は声を上げて笑った。

「そりゃあ、可愛いわけがないだろう! 僕は君を可愛がりたくて連れてきたわけじゃなかったもの。今はそんなことないけどね? 君はとっても良い子に育ってくれた! 僕の言うこと何でも聞いてくれる可愛い可愛いニック。大好きだよ」
「気持ち悪いです。子供扱いはもううんざりだ」
「相変わらずひどいなあ」

 そのとき、礼拝堂の扉を開ける音がして二人は振り返る。

「おうさま。あのね、こわくてねむれないの。こもりうたをうたって?」

 心細そうに震える一人の子供が礼拝堂に入ってくる。その小さな体を王様は抱きしめて、もちろんいいとも、と微笑んだ。

「ニック、この絵本片付けといてくれ」

 王様は子供を抱きかかえて礼拝堂を出る。残されたニックはしばらく置いてきぼりにされた赤い絵本の表紙を見つめて、やがてゆっくりとページをめくった。

『昔々、あるところに、一人の少女がいました。ぼろを纏ってはいるものの、綺麗な赤い髪をしたとても可愛らしい少女です。彼女はスラムで弟と一緒に暮らしながら、いつかスラムを抜け出して城壁の内側で暮らすことを夢見ていました。スラムの人々が城壁の中で暮らすには、城壁の中で暮らす人々の家族になるほかありません。決して叶わないはずの夢でしたが、それでも少女が希望を捨てることはありませんでした。

 そんなある日、城壁の中で暮らす貴族の若者が、お忍びでスラムにやってきました。スラムがどういう場所なのか知りたいと考えていた若者は、視察の途中で偶然少女と出会いました。二人はすぐに恋に落ちます。若者は少女に一緒に城壁の中で暮らそう、と言いました。少女はすぐに了承し、若者が城壁の中から連れてきた神父に頼んで、スラムの中で唯一形を残しているぼろぼろの教会で結婚式を挙げました。参列者は彼女の弟だけでしたが、少女と若者にとってはこれ以上無いほど盛大で、幸せな結婚式のように思えました。

 そして、結婚式の次の日に、若者は花嫁を連れて城壁の中に帰っていきました。二人の間には可愛い男の子が生まれ、よりいっそう二人を幸福にしました。そうして二人はいつまでも幸せに暮らしました。おしまい』

 絵本の内容はよくあるシンデレラストーリーで、そこまで上手い絵でもない。少女とその弟の真っ赤な髪と瞳がとても印象に残るくらいで、大した内容ではなかった。

「なんで子供たちはこんなものを読んでもらいたがったんだろう」

 彼はこの絵本が何より大嫌いだった。幼い頃これを見る度泣いたなどという記憶はとうの昔に消してしまったけれど。

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