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贈り物9

 タシに頼んで影に控えてもらい、第二訓練部屋の後片付けを行う。
 置物の大部分は分解したが、タシに攻撃してもらった時に飛び散った細かな破片なんかはまだ残っていたので、風魔法で気流を操作して細かな破片を一ヵ所に集めてからそれも分解していく。
 そうして全て奇麗に片づけた後、忘れ物はないのを確認してから転移装置に触れる。一度経験したので、今度は手間取らなかった。
 転移した後に部屋を出ると、直ぐに自室に戻る。最初に転移装置を起動させるのに時間が掛かったので、思ったよりも自室に戻るのが遅くなってしまったな。
 それでも魔物創造をして現在の自分の実力について確認出来たし、タシの能力もある程度は把握出来た。あとは空を飛べるかどうかが分かれば十分だろう。飛行能力があれば、たとえ弱くともかなり役立つ。
 自室に戻ると、お風呂どころか魔法道具を弄る時間すらも無かったので、床に置いてある魔法道具を二つほど分解して片づけてから、そのまま魔法で身体と服を綺麗にしてから寝台の上に横になって眠る。
 明日からまた各地を案内されるのだろう。この国を見て回るだけでも結構掛かるものだ。





 翌日からまた各拠点へと赴く。そう思っていたのだが、今日も今日とて市場に来ていた。

「ジュライ様、何処に行くー?」

 それも相変わらずシトリーの案内で。ただ、やって来た市場は今まで訪れた二つの市場とは別の場所なので、初めて来た市場ではあるが。
 とはいえ、市場自体は造りが同じなので、見た感じ目新しさはない。精々が露店の種類や、店舗の飾りつけで特色があるぐらい。もう一ヵ所の市場であれば、縮尺が違うらしいので新鮮さはあったかもしれないが。
 シトリーの問いに、さてどうしようかと首を捻る。やはりここでも行きたい場所は、魔法道具屋と本屋ぐらいだ・・・いや、もう一ヵ所行ってみたいかも。

「そうだね・・・じゃあ、服屋に行こうか?」
「ジュライ様の着る服を探すの?」
「いや、そうじゃなくてプラタのでも探そうかと」
「この前買ってなかった?」
「あれとは別さ。プラタはほら、基本的に同じ服でしょう?」

 今朝も少し前にボクが贈った服を着用していたが、他にはプラタが憑依している人形が元々身に付けていた服が有るぐらい。プラタの着る服などそのどちらかだし、大体は同じ服をずっと着ているだけだ。
 おそらくだが、このまま何も言わなければ、今朝着ていた贈った服をずっと着たまま過ごす事だろう。それぐらいプラタは衣服に頓着していない。
 逆に見た目は似ていてもシトリーはちょくちょく服を変えている。今回は前回贈った服だが、それ以前までの恰好もあるので、シトリーは自身の服を何着か持っているのだろう。擬態じゃない普通の服を。
 であれば、今回はシトリーの服については考えなくてもいいだろう。目下の問題はプラタの服だ。素体が誰かに造られた人形とはいえ、素材はいいのだから色々な服を着てお洒落を楽しんでもいいだろう。
 そういう訳で、服屋である。という説明をシトリーにした。

「そうだねー。プラタは同じ恰好しか印象にないや」
「でしょう? だから今回もプラタに何か服を贈ろうかと思って。それも今回は少し華やかな色の服を選んでみようと思っているんだ」
「なるほどー。それはいい考えかもね! 私もプラタに色々と着させてみたいし!」

 ボクの言葉にやる気を出すシトリー。今回はシトリーに贈る訳ではないとはいえ、プラタの衣装選びと聞いてやる気になったようだ。
 そのやる気になったシトリーに案内されて市場を進む。今回も案内役なだけあって、市場の見取り図がしっかりと頭に入っているらしい。
 シトリーに連れられてやってきたのは、店舗の外観をこれでもかと派手に飾り立てた店。流石に外壁を塗ってはいないが、それでも様々な色の布で飾り立てられている。
 何やら提灯の様なものや金属製の板を組み合わせた物なども吊るしてあって、まるで過剰に包装されている様にしか見えない。これが持てるぐらいの大きさの箱だったならば、見栄重視で飾り立てられた贈り物用かと思ってしまうな。
 そんな店だけあり、掲げられている看板も派手派手な色と装飾で飾り立てられており、そこにはきっちりとした丸文字で店名が書かれていた。

「フュ・・・アリ?」

 多分小人文字だとは思うが、あれから習い始めてそれほど経っていないので、ちゃんと読めたかは自信がない。習い始めのボクには文字が丸っこいと読みづらいし。
 そう思いながら小さく口に出して読むと、隣でそれを聞いたシトリーが頷く。

「昔に居た小人族の英雄の名前だよ」
「へぇー、そうなんだ」

 どうやらちゃんと読めたらしい。それにしても小人族の英雄か。何を成したんだろうか?
 そう思ったのが顔に出ていたのか、シトリーがそれに答えてくれる。

「英雄といっても、戦場で大きな戦果を挙げたとかじゃなくてね、現在小人族が主に使っている裁縫とか小物づくりとかの手法の基礎を編み出したらしいよ」
「そうなんだ」
「小人族は争いを嫌うからね。でも手先が器用でね、繕い物なんてお手の物。だから服とかぬいぐるみとかの裁縫を頼むなら小人族に頼めって言われているぐらいなんだよ」
「へぇー」
「細かな刺繍なんて見事な物なんだよ! 仕事も丁寧だから、ジュライ様も服が欲しかったら小人族の店を選ぶといいよ。この国には小人族が大勢移住してきているからね」
「そうなんだ」

 シトリーがここまで褒めるというのも珍しい気がする。それにしても小人族か。やっぱり名前通りに小さいのかな?
 そんな事を考えながら、シトリーと共に店内に入る。
 店内は外観通りに今までと同じ普通の大きさ。商品も小さな物から大きな物まで様々ではあるが、種族によって身体の大きさは異なるので、この辺りは別段珍しくもない。そういう意味では、店自体には変わったところはないようだ。
 商品は大きさ以外にも色鮮やかで、華やかな色から大人しい色まで様々。比率としては明るい色の方が多いとは思うが。
 少し店内に入り、手近な服を手に取ってみる。大きさはプラタが着るには少し小さいな。
 その服は全体的に丸みを帯びた形状で、幼い可愛らしさを演出している。色も鮮やかな黄色で、見ているだけで元気になってきそうだ。
 それにしても、ここまではっきりとした色が出せるものなのだな。こういうのを原色というのだろうか? くすみの無い新鮮な色は、色自体が目の前に飛び出してきているようにも感じる。
 この色合いだけで十分価値が在りそうだ。服以外でもこんな強い色が出せるのだろうか?
 手に持った服を元の場所に戻すと、まずはプラタに合った大きさの服が置いてある場所を探す。先に行くほどにどんどんと大きな服になっていくのであれば、すぐそこだろう。
 その予想通りに、小柄な女性向けの服が並ぶ場所に到着する。反対側は男性向けの服が並んでいるので、女性向けを専門に扱っている訳ではないようだ。
 まあそんな事はどうでもいいので、服を選ぶとしよう。プラタは普段大人しめの色の服しか着ていないし、前回はその通りの服を贈ったから、今回は明るい色の服を選ぶとする。
 店に入る前にその事はシトリーに伝えているので、隣で真剣な顔で服を選んでいるシトリーの手には、明るい色の服が握られている。
 プラタの身体は人形ではあるが、整った顔立ちの人形なので、基本的には何を着せても似合うはずだ。
 しかし、髪の色は黒色。肌は白色。瞳は銀色なので、それに似合う色を考えなければならない。その色は何だろうか? 
 うーん、そうだな。一気に三色で考えずに、一色ずつ検討してみるか。
 そういう訳で、まずは肌の白色。最も服との対比が判るであろう場所なので、そこから候補を絞っていこう。
 白が映える色だから・・・うーんと。
 視線を服が並ぶ棚に向ける。色とりどりの服が隙間なく並んでいるが、ここはそうだな・・・黄・緑・青・赤・桃なんてどうだろう? 暗い色は除外するので、候補は全て明るい色。赤色でさえ、少し白っぽい赤色だ。
 当然だが、プラタの肌の白色は血色の無い白色なので、本当に白い。およそ生物の白ではない真っ白なので、それを少し和らげる感じがいいかもしれない。
 という事は、赤色や桃色で血色感を演出する? いや、それはそれでどうなんだ? 自分で考えていながら意味が分からないし。
 でもまぁ、そういう考え方もありか。緑色や黄色で目線を逸らすというのもいいかも? そうなると、青色は更に不健康感が増すか?
 うーん、難しい。どんな感じで演出するべきか・・・いや、そもそもそんな慣れない事は考えずに、直感的に似合いそうな服を選べばいいのか?
 ボクはどうしようかと悩みながら、横目で隣で同じように服を選んでいるシトリーの様子を盗み見る。

「・・・・・・」

 そうして目を向けたシトリーが悩みながら手に持って広げている服には、何種類もの鮮やかな色が混在している。それはけばけばしいを通り越していっそ毒々しいというか、そんな目に優しくない派手な色合いの服。
 その服をプラタが着ている姿を想像しようとして、上手くは出来なかった。あまりにも普段とかけ離れているのが原因だろう。相手がシトリーであれば比較的簡単に想像出来るのだが。
 まぁ、シトリーとプラタは見た目は似ているので、そのシトリーの姿からプラタの姿へと変更してみれば何とかなったが・・・なんか落ち着かないな。別にそこまで似合わない訳ではないのだが、普段の印象とかけ離れているので、なんだかもやもやしてしまう。この辺りも慣れれば変わりそうだが。
 シトリーはシトリーで考えているのだろう。意見を求められたのであればまだしも、ここでボクが何か口を挟む事でもないか。それに、まだ考えている段階のようだし。
 さて、ボクの方はどうしようか。肌の色から考えるのは難しそうなので、次に重要な髪の色から考えてみよう。
 プラタの髪の色は黒。長さは腰辺りまであるので結構長い。つまりはそれだけ配色に気を遣った方がいいという事。
 ふむ。しかし黒か。白と同じで癖が少ないので、幅広い色と合うな。
 先程の色を参考に考えるのであれば、どれも黒の引き立て役にしかならないかも? うーん・・・こうなれば、逆に肌の色と同じ白色というのはどうだろう? 黒との対比も問題ないだろうし、銀の瞳とも相性がいい。でも問題は、やはりプラタの肌の白さか。
 少し抑えめの白であれば、プラタの白さが悪目立ちしかねない。同色では目が痛いし、それも肌の色が余計に目立ってしまうかもしれない。
 むむむ。それであれば、まだ桃色の方がマシか。いや、白色も桃色も今回は見送ろう。
 残りは黄・緑・青・赤。一色である必要はないが、主軸とする色は必要だろうしな・・・うーむ。事ここに至っては、自分にこういった才能がないのが恨めしいな。
 肌の白さよりも目を惹く色で明るい色というのが理想なので、黄色は明るすぎるか? 少し抑えめならいいかもしれない。
 次に緑色。悪くは無いが、落ち着きすぎかな? もう少し主張した方がいいような気もする。
 青色は濃いめにすれば自己主張してくれるか。だが、濃すぎると大人しすぎるかもな。今回は明るさが目的だから、その辺りは注意しなければ。でも、明るすぎると子どもっぽ過ぎて似合わないだろうし、難しい。
 赤色も自己主張が強い色ではあるが、こちらも濃すぎると駄目かもな。ただうーん、プラタは赤色って感じではないんだよな。赤色が似合わないという訳ではないんだが、どうも赤色って感じじゃない。言葉で説明するのは難しいが。
 眼前にずらりと並ぶ服を一色ずつ手に取り想像しながら選んでいき、とりあえず赤色は除外する。これで残りは黄・緑・青の三色だ。といっても、その三色のどれかを主軸にするというだけで、その後に他の色を考慮しないという訳ではない。
 うーん、そうだな。ざっと視線を服の上に滑らせると、やや濃いめの緑色か青色がいいかもしれない。黄色は補助程度が丁度よさそうだ。
 緑か青か・・・うーむ。難しい。しかしそうだな、ここはやや濃いめの青色を基本に考えてみるか。
 青色を中心に服が置いてある場所に移動して、色合いを確かめてみる。今は服の形などは後回しにして、色彩について考えよう。
 それにしても何種類もあるな。青一色の服だけでも濃淡が違うだけで様々だし、別の場所には他の色が入った服もある。
 入っている色の場所も、袖口や襟などの縁部分が青色で他は別の色というのもあれば、逆に袖口や襟などの縁だけが他の色というのも見掛けた。
 そんな単純なもの以外にも様々な色が混ざるように渦を描いていたり、規則的に色が並んでいたりと様々あって悩んでしまう。
 どんなモノがいいのだろうかと考えるも、ずっと見ていると、なんだか何種類も色があるのは違うなと思えてくる。少し色に酔った感じもするし。
 ではニ三種類ではどうだろうと思うも、それも微妙。ただ、大部分を青色が占めて、袖口や襟などの縁の部分だけ別の色というのはいいかもしれない。
 しかしそうなると、プラタが元々着ていた服に似ている。あれは黒一色の服に黄色で縁取りされていたからな。つまりはそういった服を見慣れているという事なのかもしれない。
 まぁ、今回は明るい色というのを念頭に服を選んでいるので、それが似ていても問題はない。何だったらあの服の黒色と黄色を逆転させた服でもいい訳だし。

「・・・・・・それもいいかも?」

 少々明るい色というのにこだわりすぎていたかもしれないので、大人しい色というのは最初から候補から排していた。縁だけはそういった色でも問題ないというのに。

「うーん、そうなると・・・どうしよう?」

 また最初から考え直すかなーとも思ったが、それもどうなんだろう。既に十分悩んで時間もそこそこ経過しているから、今更やり直しも勿体ない。なので、引き続き青を基本に考えていく。

「中心となる青色は淡い方がいいかな。それでもやや濃いめがいいから、水色寄りではなく藍色に近い方がいいか。それとも紫色? どっちでもいいや。とにかく、濃い色でありながら明るい色にしよう」

 言っててそんな色は無いかなと思ったが、店内に並ぶ青色の服を確認していくと、服の色自体は濃いのに、色の端々が光っている様な明るさの青色の服を見つけた。
 その服を手に取り眺めながら、プラタがその服を着たらと想像してみる。

「・・・・・・まぁ、悪くはないかもしれないな。何処かお伽噺っぽい感じだと思うし」

 服は濃いめの青一色だが、それは問題ない。その服を着たプラタの姿を想像してみると、子どもに読み聞かせる童話に出てきそうな不思議な少女といった感じに思えた。何故か背景に薄暗い森だったり、月明かりのなかに建つ怪しい城が思い浮かんだが、そこは気にしないでいいだろう。
 選んだ色自体は大人しめの色になってしまったが、それでも暗いといった印象を抱かせない不思議な色合いだ。それはやや淡い藍色の服の表面に光を薄く塗ったような不思議な色であった。
 これでいいかな? これでいいだろう。別にこれが最後の贈り物という訳でもないし、次に服を贈る時は元気な色の服を選べばいいだけ。
 そう思いその色にすると、次は服の形を選ぶ。大きさは同じだが、見た目は色々あるからな。
 質素な物からごてごてと飾り立てられている服まで様々だ。袖や襟の形や長さも異なっているし、これはこれで悩む。
 とりあえず質素な服にする。過剰な装飾は邪魔なだけだ。
 袖や襟の形は考えていなかったが、どちらもやや丸みを帯びているモノにする。袖は少しふわっと広がっている感じの長袖だ。
 服の形状まで決めたら、希望の服を手に取り目の前で広げてみる。当初頭の中にあった快活な様子のプラタではなく、大人びた子どもといった印象の服ではあるが、似合っていると思う。
 なので、これでボクの分は終わりだと思いシトリーを見遣ると、そこには二着の服を両手にそれぞれ持って悩むシトリーの姿があった。
 悩むシトリーが持っている服は、右手のは薄桃色の下地に、様々な色で円形に染められている服。水玉模様といえばいいのか、同じ大きさの円ばかり。ただ、その色がどれもキツイ色をしている。
 確認出来る色だけだが、黄に赤に青に緑に白に黒に金にと、強い色が並んでいる。はっきりとした色な分、目に刺さるような強さが見ていて疲れてきそうだ。
 左手に持っているのは、薄い水色の下地に、やはりこちらも強い色が散りばめられている。ただこちらの服は水玉模様ではなく、手についた水を払って色を付けたような乱雑な感じ。
 細かな違いはあるけれど、正直ボクからすればどちらも同じような服に見える。
 それにしても派手な色だ。あんな派手な服を着たプラタなんて想像出来ないが・・・またシトリーが着ている姿を想像して、そこからプラタに変化させていく。
 うん、なんていうか違和感しかない。別に似合わない訳ではないとは思うが、なんか違う。言葉にするのは難しいが、催しで無理矢理用意されていた服を着せられている感じ。
 それでもまぁ、シトリーが選んだ服ならそれでいいとは思うが。もしかしたらボクが違和感を覚えるだけで、プラタは気に入るかもしれないし。
 あの様子だともう少し掛かりそうなので、その間はどうしよう? 少し店内を見て回ってみるか。
 そういう訳で、店舗内を歩いてみる。店舗の広さはどこも同じだが、使い方はそれぞれだ。
 ここはずらりと背の高い棚が並び、そこに服が収められている。ただ、商品の数が多いからか区切りの一つ一つが小さく、服一着を何回も折って何とか入る程度。中にはクルクルと丸めて小さくしてから収納している棚もある。
 その商品の近くには、紙に描かれて色の塗られた服が張り付けられているので、それが収まっている服なのだろう。一色で染めているだけなら収められている服を見れば分かるが、何色もある場合はその紙に描かれた服が役に立つ。シトリーのように取り出して広げてみてもいいが、元に戻すのが大変そうだ。
 店舗自体小さくはないが大きくはないので、客数も限られている。なので、棚に一着ずつしか入ってなくてもいいのだろう。
 しかしその分品数は多く、まずは大きさによって場所は分かれている。その次に多彩な色の種類だ。同じ大きさであれば、反対側や隣に異性向けの服が置いてある。
 それにしても色の種類が多い。服の大きさは人間を基準に考えれば、大体五歳ぐらいから上がある感じか。最も大きな服が大人でも大きいのは、多種族が共生しているが故だろう。
 まあ大きさといっても細かく大きくなっている訳ではなく、五歳ぐらいの次は一気に十歳ぐらいの大きさだ。細かな注文がしたければ、勘定台のところに張り紙がしてあったが、店員さんに注文すればいいらしい。ただその場合は割増の料金になるらしいが。
 まぁ、細かく注文出来るらしいからそれも当然か。最低でも近い大きさの既製品の三割増し。これは生地や柄や形を既存の物から選んだ場合の価格らしいが。
 店内を一通り見て回ったが、ここは既製品でも良い生地を使っているようだし、色も驚くほどはっきり出ていて綺麗だ。形も奇抜な物ではないし、大きささえ合えばわざわざ注文するほどではないな。
 幸いプラタに合う大きさは在ったので、そのまま買う予定だ。

「・・・・・・ん? これは」

 店内を一周して戻ってくると、視界の端に気になる服を見つける。色は選んだ服と同じだが、縁の方が黒い。それでいて、上下一体となった服のようだ。プラタが元々着ていた服に少し似ているかもしれない。

「うーん・・・こっちの方がいいかも」

 先程選んだ服は上下揃いで置いてあったのでそれにしてみたが、こっちの一体型の方がいいかな。
 そう思い、確保していた服を戻して、代わりにその服を選ぶ。上下一体型である事以外は大きな違いはないようだ。
 新しく服を選んだ後にシトリーの方を確認してみると、薄桃色の下地の服を持っていた右手は、目に鮮やかな黄色の下地に真っ赤な線がくねくねと這うように描かれている服に変わっていた。左手の服はそのままだが。

「むー」

 両手に持った二着の服を見比べながら、シトリーは難しい顔をしている。どうやらまだ悩んでいるようだ。もうすぐ昼も過ぎるので、そろそろ決めて欲しいところだが。そう思い、声を掛ける事にした。

「シトリー、決まった?」
「むー。ジュライ様、どっちがいいと思う?」

 声を掛けると、服を睨んだままシトリーに問い掛けられる。どちらもボクでは選ばない服だが、はて、この場合どうすればいいのか。
 派手で目を惹く左手の賑やか過ぎる服か、同じく目を惹くが目に優しくない右の服か。
 まあこの二択であれば、左手の服だろう。

「そっちの服がいいんじゃない?」
「こっち? ・・・むーそうだなー」

 真剣な表情で悩むシトリー。一応もう昼過ぎになる事を告げるも、気にした様子はない。シトリーにとっては服を選ぶことの方が大事なのだろう。
 しかしまぁ、それも当然か。シトリーは本来食事を必要としていないからな。昼ご飯は無くてもいいし、なんだったら晩ご飯と一緒に食べればいいとでも考えているのだろう。シトリーに満腹とかなさそうだしな。
 そう思い考えるも、仮にこれから広場を目指したとしても、到着した時には大分昼も過ぎていると思う。そこで昼食を摂って直ぐに帰ったとしても、市場を出るのは日が暮れた後。それは流石に遅すぎるから、ここで服を買った後はこの辺りを少しぶらついて帰る方が得策かもしれない。
 しかし、お腹が空いたな。広間に行かないのであれば、何処かでお弁当を食べるか、買い食いでもいいかも。何にせよ、それならもう少しぐらい見守ってみるか。予定を変更すれば少しぐらいは時間が出来る訳だし。





 それから更に十数分ぐらい経過しただろうか? シトリーは二着の服を前に悩みに悩んだ結果、やっと買う服を決める。正直二着とも買ってもよかったんじゃないかと思うが、それはそれなのだろう。
 シトリーは手にしていた服を二着とも畳んで元の場所に戻すと、新たに選んだ三着目を棚から取り出してボクの許にやってきた。

「これでどうかなー?」

 そう言って、シトリーが選んだ服を目の前に広げる。
 シトリーが熟考に熟考を重ねて選んだ服は、濃い桃色の下地の上を、目に眩しい黄色と白色の線が踊るようにして模様を描く、よく分からない服。
 色々気になる点はあるが、とりあえずこの描かれた模様は何の模様なのだろうか? 黄と白の線がくねくねと絡み合うようにして服全体に描かれているのだが・・・うーむ。よく分からん。
 でもまぁ、これに決めたというのであれば文句はない。選び直す時間がないのもあるが、それ以上にシトリーが選んだ服というところが重要だからな。

「いいんじゃない。でも、上だけでいいの?」

 シトリーが持ってきた服は、上下別の上の部分のみ。下の方は選ばなくてもいいのだろうか?

「うーん、それはまた今度でいいかな。何だったら私の服をあげてもいいし!」
「そう?」
「うん!」

 満面の笑みで頷くシトリー。まあシトリーがいいのであればそれでいいか。しかし、この服に合う服なんてあるのだろうか? 少なくともプラタは持っていないだろう。
 その辺りは今シトリーが言ったように自分の分を譲るのかもしれないし、気にしなくていいか。
 頷いたシトリーを確認した後、二着の服を手に勘定台に向かい会計を済ませる。二着で銅貨一枚と金貨八枚だった。生地も仕立てもいいから妥当な値段なのだろう。多分。服の値段とかよく分からないし。前回よりは高かったが。
 因みに、ボクが選んだ服は金貨七枚で、シトリーが選んだ服が銅貨一枚と金貨一枚。上だけなのに結構高かった。
 買った服を背嚢に仕舞い、店の外に出る。太陽がすっかり中天を過ぎた時間だが、まだ周囲はかなり明るい。
 とりあえず何処か適当なところで何か買い食いでもするか、お弁当を広げる場所を探すかしよう。広場だけではなく、市場の中でも座って休憩する場所は在る。中にはお弁当や買った料理を広げて食べられるようにしてある場所も在ったはず。
 その事をシトリーに訊いて、確かにある事を確認する。その後は近くに在るそこへとシトリーの案内で移動した。
 到着したのは、立ち並ぶ店舗の内の一軒。
 一店舗分丸々休憩場として開放されたそこには、入り口付近に二つ、奥に一つで計三つの大きな長机が置かれている。
 入り口付近に置かれている長机の一つは、通りに対して垂直に設置されていて、もう一つは通りに対してやや斜めに置かれていた。
 そして奥の長机は、通りに対して並行になるように置かれているようだ。長机同士の間には十分過ぎるほど間隔が空けられているので、移動もしやすい。
 その長机には、机の長さよりも少し短い長椅子が机を挟むように二つ設置されている。長机一つにつき長椅子二つなので、長机が三つ在るから合計で六つ。
 到着した時には入り口付近の一つの机が使われているだけで、二つ空きがある。見た感じ奇麗なので、奥の方の長机を使用する事にした。
 長椅子に腰掛けると、一息ついてから二人分の弁当箱を箸と一緒に背嚢から取り出す。その内の一つをシトリーに手渡すと、シトリーは嬉しそうに受け取り、早速弁当箱を包んでいる布を解く。

「おぉ! 今日は奇麗だね!」

 包んでいた布を広げて弁当箱のふたを開けたシトリーは、弾むように声を出す。
 その声を聞きながら布を剥がして弁当箱のふたを開けると、中身は色とりどりの野菜が敷き詰められていた。肉も入ってはいるが、野菜の割合の方が大きい。
 ボクもシトリーも野菜が嫌いという事はないので、箸を手に取り弁当箱の中身に手をつける。ボクがそうやってお弁当の見た目を楽しんでから食べ始めた頃には、シトリーは既に弁当箱の半分以上を食べ終えていた。
 相変わらず速いなと思いながらも、待たせてはいけないと普段よりも気持ち速めに食事を進めていく。しかし、ボクが三口目を口に入れた時には、シトリーは食べ終えた弁当箱のふたを閉めていた。
 自分よりも先にシトリーが食べ終わったのはこれが初めてという訳でもないので、まだ慣れたとは言わないが、それでも気にせず食事を続ける。
 シトリーは不格好ながらも元通りに布で弁当箱を包むと、ボクの近くに置いた。
 口に入っている野菜を咀嚼しながら、シトリーから受け取った弁当箱を背嚢に仕舞うと、食事を再開させる。
 のんびりとした時間が過ぎていくが、シトリーは見るからに暇そうだ。時間的にはまだ夕方まで少しある。
 時折ボクの手元を見ながらそわそわとしているシトリーに、しょうがないなと残りのお弁当をあげる事にした。半分ぐらい食べられたし、十分だろう。
 あげると言って差し出した弁当箱を、嬉しそうにお礼の言葉を告げながら箸と一緒に受け取ったシトリーは、そのまま弁当箱の中身をかき込むような速度で食べていった。
 この速度ではあっという間に平らげてしまうなと、相変わらずなシトリーに感心していると、シトリーが食事を終える。
 返ってきた弁当箱を、食べたと判るように適当に布で包んでから弁当箱を背嚢に仕舞うと、少し休んでから席を立った。
 休憩場所を出て市場の出口を目指して歩き出した頃には、周囲はやや暗くなっている。そう時を置かずに世界は茜色に染まっていくのだろう。
 そう思い、少し早足にシトリーと共に市場の出入り口を目指す。
 夕方になって人の増えた市場は狭くなったが、それでもシトリーの案内で縫うようにして進んでいく。
 そうして市場を出た頃には、世界は完全に赤く染まっていた。

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