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第37話 偽りの親善試合

翌々日、オルトは競技場にいた。先日のグリード大公からの申し出のあった親善試合をするためである。競技場には貴族や騎士、庶民などの観覧者で賑わっていた。




「……」




オルトは少々苛立っていた、申し入れは受けたが、このように観覧者を入れて行うとは思っていなかったからだった。見世物のような状態と、出来る事ならあまり人目についたやり方はしたくない思惑が崩れ困惑もしていた。




「すみませんオルト――グリード大公が勝手にこのように観覧を募っていたもので」




このように観客を集めていることを知らなかったクラウスは、競技場の控室で準備をするオルトに申し訳なさそうに告げるのだった。




「仕方がない……出来るだけ時間をかけないように終わらせよう」




「では、私は客席でみさせていただきます」




控室を出ていったクラウスを見送り、オルトはゆっくりと準備を整えると競技場へ歩いていく。




(さて、どんな相手を用意したんだ? あの大公は)




競技場に入ると観覧席はほぼ満員で埋まっていた。その様子にやっぱり嫌気のさしている彼は気持ちを抑えながら競技場の中心部へと進み出た。そこへ一人の神官が現れオルトと観客に対して大きな声で話し始めた。




「本日はグリード大公の主催で、ここにいる東方のジアン国、第三王子オルト殿とグリード大公が集めた戦士との親善試合を行います!」




その声に観衆は大きな声援で応えた。ただ当の本人である彼はしかめた顔で国王たちのいる観覧室を見た。その視線を感じたクラウスとヒース王はオルトが怒っているのがわかった。




「あ!」




ヒース王は思わず声にだした。クラウスも声にだして言っていた。




「あ~まずいですね、ジアン国とか伏せておいて欲しいと言ってましたものね……オルト」




「そうだった……あの場では嘘の身分なのを言って、グリードの追及を上手くかわして言いくるめたが、こんな場所で言われたら――後始末大変になってしまうな……」




ヒース王とクラウスの二人はオルトの視線が突き刺すように感じられた。




「あの二人―-ほんと頼むぞ」




独り言のオルトは困った顔で二人に視線を向けていると、進行をしている審判役の者が相手の紹介をはじめたが、何か紹介の言葉が変だったことに気が付いた。




「それではグリード大公側の戦士たちの入場いたします」




「戦士たち?」




オルトはその審判の言葉を聞いて入場口に目をやると、そこに入って来たのは貴族や騎士、戦士など大人数の相手たちだった。それを見たオルトはキツイ目つきで観覧席のヒース王とクラウスを睨んで見たが、その視線を感じた二人は首を振って知らなかった事を彼にアピールしていた。




「しりませんよ……これは」




「はぁ~、いっぱい食わされたな、あのタヌキ大公に」




そう言う二人の様子をオルトは見て、ため息をもらした。グリード大公は国王たちの下の観覧席にいて、満員の競技場内の様子に満足そうなグリード大公の顔がほころんでいた。




「これだけの観客が集まったんだ、盛り上げなくては――なにも対戦相手は一人とは言ってはおらんしな」




そう言うと声をだして笑った。競技場では審判が、この親善試合の簡単なルールを説明していた。




「この親善試合はオルト殿の剣技を拝見したいとの大公の希望からでございますので、危険な技、命や重大な怪我に繋がる事がないように武器に魔法をかけて事故を防がせていただきますので、ご了解お願い致します」




神官の言葉が競技者であるオルトとその対戦相手たちに伝わったのを見て、立ち合いの神官数名が参加者の武器に魔法をかけた。そして試合開始の掛け声が競技場に響いた。




「それでは、はじめ!」




そして審判の掛け声と共に親善試合が始まると観客のわれんばかりの歓声が上がった。




オルトに一礼してまずは騎士が相手となった。




「よろしく頼み申す……では私から参る!」




その声と共にオルトに剣を向ける騎士だったが、簡単にかわされ肘で横腹に殴打され倒れた。その一瞬の出来事に城内から歓声があがった。




「次は俺だ!」




大柄で大きな鎖と鉄球を得物としていた相手が名乗り出た。オルトと対峙すると鎖につながった鉄球を回しオルト目がけて投げてきたがオルトはそれをかわすと、大柄な男の懐に飛び込み殴打し、またも剣を使わず簡単に倒してしまう。その様子を見ていた観衆からは歓声が更に上がり始めていた。




「次は誰だ?」




オルトはそう言うと対戦側をにらみつけた。その眼光で少々怖気づいた対戦者はいたが、まだ多くの相手は全く気にしていない様子だった。この人数相手に勝てるはずがないと思っているからだろう。




「では私が行こう」




そう言って前に出てきたのは明らかに貴族とわかる恰好をした若者だった。剣と盾を持ち間合いを計っていたが、それもオルトには敵わず素早く回り込まれ首筋に殴打され気絶してしまう。この状況が面倒になって来たオルトは対戦者に提案した。




「時間がかかりすぎるのは好まない。まとめて来い!」




そう言って対戦相手側が戸惑っていると、三人の対戦者が前に出てきた。




「その言葉、後悔させてやろう」




出てきた三人は仲間の様子で、その動きは連携が取れてはいたが、オルトは全く動じず、その三人の動きを見極めようとしていた。




そこに観客席に来たばかりのセシルは競技場の状況を見て驚いていた。




「なんだよこれ……オルト一人に対して何人なんだよ!」




そう言って国王の観覧室を見ると、そこにチェスターがいるのが見えた。




(チェスターとか言ったな、 お前はこんな試合認めるのか?)




セシルがそう思っていると、チェスターは国王と父であるクラウスの観覧室に来て、この状況を抗議していた。




「陛下! なぜこの様な不利な試合を許可して見ているのですか?」




「やめないか! チェスター、陛下に向かって!」




チェスターをなだめるクラウス。




「父上! いえ――ミッター閣下も居ながら、何故止めないのです? これではオルトが!」




「本当にそう思うか? チェスター」




ヒース王が静かにチェスターに言った。




「本当にとはどういう意味でしょうか? このような親善試合などおかしいではありませんか?」




「お前はオルトが負けると思うのか?」




「陛下! 人数差の多い対戦で勝った者など見た事が有りません! いえ、人数差のある試合自体聞いたこともありません」




「そうか……私は感じているのだがな――オルトが勝つという事を」




そう言うヒース王に同調するようにクラウスもチェスターに言った。




「お前はこの数日オルトに付き従い何を見てきた? オルトの強さをちゃんと見ていたのか?」




「どういう意味ですか?」




その言葉の意図が読めないチェスターは二人に問い返していた。




「オルトはこの程度の事では負ける訳がないという事だ」




「そう……彼の強さを見ていればわかる」




国王が席を立って競技場内を見ながら言うと、クラウスがチェスターの肩に手を置いた。




「見てればいいと言われても……」




チェスターも心配しながら対戦中のオルトに目をやった。






オルトは息も乱さず三人の対戦相手に全く引けを取らない試合をしていた。その戦い方には余裕さえ感じられるようでもあった。




「そろそろ良いか――」




そう呟くと、あっという間に対戦している相手三人の間合いに入り倒してしまった。三人同時の対戦でもオルトの勝利であった。その様子を見ていたグリード大公はさすがに腹を立て始めた。




「なんだ! 三人で向かっても全く歯が立たんではないか! あやつはまだ剣を抜いておらぬのだぞ! そんな者しか集まらなかったのか」




少々興奮気味で大公は傍にいる側近に苛立ちをぶつけた。競技場内では次々と対戦相手を倒していくオルトを会場に来ていた観客が大声援で応援する様になっていた。面白くないグリード大公は、対戦者に奮起を促すように側近に指示をした。




「これでは面白味にかける……どうにかせい」




大公に言われた側近は直ぐに競技場にいる対戦相手をけしかける方法を指示させた。それは単純に人数などお構いなしにオルトに攻撃をする方法だった。すると競技場の審判が声を上げた。




「このままだと一人の対戦相手にこの多人数が負けると言う事にもなりかねません!




さあ、ここにいる戦士たちの誇りがかかってきます」




それは対戦者たちのプライドを奮い立たせるかの様にも聞こえた。確かにこの人数差で負けたとあっては、ここにいる戦士たちの立場が無くなってしまう—




そうなれば、いい笑いものになるだろう。そう感じた対戦者たちは皆、表情が一変し、真剣な顔つきで尚且つ殺気だった者も現れだした。そして一度は倒された者たちもまた戦おうと目を覚ました。




その巧妙に仕掛けられた話術に魔法の様な感覚を感じたが、そのようすは審判からは無かった。オルトはこの状況が不利に働き始めた事に少々面倒だと思ってもいた。




(まずいな……一気に決めていればこの展開は無かったんだが、加減しながらだと、まだ感覚が難しいな)




そう思うと腰の剣を抜き、対戦者たちに向けられた。




剣を抜いたオルトにグリード大公は落ち着きを取り戻し、改めて席に着き観戦を再開した。




「そうでなくてはな――」




この状況の変化には国王とクラウスも妙な違和感をもった。




「まずいな……今の審判の言葉で対戦者たちが本気になってしまったな」




「ええ――オルトも感じているとは思いますがオルト自身は手加減をしていますから、不利になりますね。それとあの審判、魔法は使っていないようですが、妙な感覚を受けます……」




その会話で二人にチェスターが願い出る。




「陛下! 勝手ながら私めはオルトに加勢したいと思います。お許しいただけますか?」




その言葉に国王はクラウスと軽く顔を見合わせチェスターに許可を出した。




「これは親善試合だという事を忘れるなよチェスター、相手を殺あやめぬようにな」




「はっ! では」




そういうチェスターは観覧室を出ると競技場内に走って行く。




「一人ほど味方が加わったところで大公は文句は言わないでしょう」




クラウスは口ではそう言いながら彼の手は強く握り絞められたのをヒース王は見逃さなかった。




「お前も人の親という事か」




「ははは……ですな」




そういうヒース王に固い表情のままで答えるクラウスだった。




競技場では既に乱戦に近い状況でオルトは立ち回っていた。対戦相手はオルトに対して無秩序であるが味方同士被らないような攻撃で着実にオルトを追い詰めていた。




(この辺で負けて終わらせた方が無難だな……)




そう思って声を上げようとした時に観覧席から声を上げて一人の女性が競技場に飛び込んできた。




「この試合おかしいだろ! オルトに加勢する!」




そう言って競技場内に降りてきたのはセシルだった。

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