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贈り物2

 人間界で街に出た記憶と言えば、任務以外では本を買いに街に行った記憶ぐらい。
 それもろくなものではないし、短時間しか外には出ていないから、そこまでどうという感想もないな。
 敢えて言うのであれば、人が多かったなというぐらいか。
 人間界の街は、ボクの興味があるモノに対しては質の低いものばかりしか売っていなかった。魔法道具然り、魔術書然り。
 魔法に関しての知識が外と比べて遅れているのだから当然なのかもしれないが、それでも酷かった。こうして外に出てから人間界の事を振り返ると、その酷さが際立つほど。
 本当に、あれでよく勢力を維持出来るものだ。荒野を超えて迷宮都市が在ったこの地にまで来てから色々な事を経験したが、そこから思えば、西のエルフですら弱く思えるぐらい。
 まぁ、異形種よりは強かったが、あれは数の多さが武器だからな。踏んでも踏んでもすぐに元に戻るのは、中々に質が悪い。
 なので、そう思えば逆に簡単に数を減らした西のエルフの方が事を構えるなら楽な相手だろう。まあそんなつもりはないし、そもそも、もう西のエルフは滅んでいる。
 南のエルフと違って西のエルフは森の外に出ても平気ではあるが、それでも長くは保つまい。森の外では、西のエルフも異形種とそこまで違いはないだろうし。
 さて、考えが逸れてしまったが、本筋に戻して考え直してみる。
 えっと、考えていたのは人間の弱さについてだったかな? 正直こうして人間界から離れてみた事で、その異様さがよく分かった。
 あそこだけ空白地帯になっているかのような何も無さは、明らかに不自然でしかない。現に今は魔物に襲撃されている訳だし、本来であれば、ずっと前にそうなっていてもおかしくはないはずだ。
 仮にだ、人間界が立地の関係で襲われなかったとしても、その周囲にある森も不可侵であるかのように、外部からの攻撃にほとんど晒されていないというのも不自然である。
 その辺りにも何かしらの意味か意図があると考えれば何かが見えてきそうだが・・・よく分からないな。
 とりあえずそういう訳で、人間界とその周辺の森は不自然だという事は分かった。どう不自然なのかは追々考えていくとして・・・ああそういえば、今は目標について考えていたのだったな。今思い出した。
 現在の目標は、街に出るというもの。街に関しては何処でもいいが、この国の街が望ましいだろう。でなければ、プラタに要らぬ心配をかけてしまうからな。
 その場合、変装でもしていった方がいいのだろうか? 住民はボクの事を知らないだろうが、人間はボクしか居ないからな。
 人間に見た目がそっくりな種族が居ても、その種族の者と人間が別種であるのは解るらしい。この辺りは慣れだと言われたが、未だによく判らない。
 少なくとも、対象が知識に在る種族の者でも、その種族を当てるという芸当はボクには出来そうもない。それが人間かどうか程度であれば何とかといったところか。
 以前西のエルフに会った際、こちらが何も言わずともボクが人間であると解っていた様子だったから、その事についてプラタ達に尋ねた際に、そう教えられた。
 どうやら魔力の波長が種族によって異なっているようで、それを感じているのだとか。なので、ここで言う変装とは、帽子を被ったり服装を変えたりする事ではなく、波長の偽装をする事だ。
 あとはどの種族にするかだが、それは出る街によって異なるだろうから、今考えるべき事柄ではない。
 しかし、責任者はともかくとして、普通の住民はボクがここの国主だと知っているのだろうか? 知らないのであれば、変装は要らない気もするが・・・やはり人間が居るのがおかしいだろうから、変装はしておいた方がいいか。
 それで街に出たとして、一体何をしようかな? 本屋とかあるのだろうか? 文字が読めればいいが、話すならばともかく、まだ読み書きは自信がない。
 しかし、人間界の外の本というのには興味が湧く。他にも魔法道具とか普通の生活用品とか色々見てみたい。多分、何を見ても新鮮で興味深い事だろう。
 そんな風に街に出たいなと思うも、そこでふと考える。ここでの通貨ってあるのだろうか? 街が出来て一応市も在るらしいから、通貨もあると思うのだが、その辺りはあまり訊いていなかったな。
 それに思い至ったのでプラタにその事を訊こうかと思ったところで、料理が運ばれてくる。
 責任者さんが配膳用の手押し車を押して持ってきたのは、大きな皿。
 それをボクが座っている机とは違う机の上に置くと、取り皿を取り出して、それに大皿から料理を掬う。
 責任者さんが取り皿に取り分ける前に大皿の料理を見せてくれたが、とても大きな魚だった。一メートルぐらいはあるのではないだろうか? だがそれよりも横幅が大きく、大皿の上に更に大皿が乗っている様にも見える。
 もっとも、厚みが二十センチメートルぐらいあったので、お皿というよりもふた、いや鍋といった感じだが。それにしても厚いな。全体的に丸っこい感じで、初めて見る魚だった。
 というか、あれは本当に魚なのだろうか? 別に説明を受けた訳ではないので分からないが、多分魚だ。それと、あんな大きな魚はボク一人では確実に食べきれないだろう。
 その辺りはプラタが説明してくれていると思う。というか、責任者さんと食事をするのもこれが初めてという訳ではないので、それは把握していると思うのだが、どうなんだろうか? まぁ、取り皿に分けて食べる訳だし、残しても問題はないのだろう。
 大皿の料理は残しても大丈夫だろうと判断し、それについては考えないようにする。考えたところで食べられる訳ではないし、料理も既に完成しているのだから意味のない心配だ。
 取り皿に魚を取り分けた責任者さんが、ボクの前にそれを置く。その後に何か語り出したが、料理の説明でもしているのだろうか? ボクは責任者さんが操る言葉が解らないので、何を言っているのか解らない。
 ボクは助けを求めて、責任者さんの方に顔を向けながら、視線だけ僅かにプラタに向ける。
 それにプラタは安心しろと言わんばかりに頷く。その頷きはとても頼りになるモノに思えた。
 責任者さんが話を終えると、プラタがそっとボクに説明してくれる。
 どうやらこの魚の説明と、料理の説明を簡単にしてくれていたようだ。あまり詳しくは説明しなかったのは、料理を前に待たせるのは悪いかららしい。
 その説明によると、この魚は球魚と呼ばれているらしく、海ではよく見かける魚でこの湖にも結構居るらしい。
 つまりは水生の住民にとっては一般的な魚らしく、家庭料理でよく使われる魚のひとつなんだとか。
 この球魚だが、生きている時に叩くなりして身の危険を感じさせると光るらしい。それで仲間に危険を報せていると考えられているみたい。
 味の方は淡白で何にでも合うが、そのままではほとんど味がしないので、単体ではあまり美味しくないようだ。
 水中での調理は少し変わっていて、やる事は同じらしいが火は使わないと聞く。
 何でも特殊な岩を加工した調理器具を使用して調理すると聞いたのだが、詳しくは知らない。とにかく、そうして熱を通して焼くらしいが、焼いた料理をその調理器具から出したら、特殊な魔法道具を使用しない限りは直ぐに冷えてしまうという。
 もっとも、水生の住民は調理せずとも魚を食べられるらしいから、むしろ熱い料理は苦手らしい。なので、それでも問題はないのだとか。
 目の前の料理は熱くない。大皿で保温したところで小皿に取り分けた段階で冷えてしまうので意味がないからな。
 ボクは別に温かい料理でなければ食べない。とかいうこだわりは無いので問題ない。
 この料理は甘辛く仕上げられているらしいが、冷えていることが前提なので、味付けは濃いめらしい。
 そんな説明を聞いた後に、目の前の料理に手を伸ばす。
 薄い赤色で粘性の高いモノに絡まれた白色の身を口に運ぶ。甘味もあるが辛みの方が強い。
 そういえば、水中なのに普通に食べれるんだな。もっとこう、食べにくいかと思ったが。まぁ、食事を出来るのはプラタから借りている魔法道具のおかげだが、料理が地上と同じように皿の上に在るのは、今更ながらに不思議なものだ。
 小皿の料理を口に運びながら、そんな事を思う。今更と言えば今更だが、拠点からここまで移動する時は泳いできた訳だし、料理が水中に浮いてもおかしくないように思うのだが。
 小皿が空になると、責任者さんがプラタ経由でおかわりが要るかどうかを尋ねてきたので、ボクもプラタ経由でおかわりをお願いする。
 責任者さんは小皿を受け取ると、再度大皿から料理を取り分ける。それにしても、責任者さんは近くで立っているだけなので、食事をしているのはボク一人。プラタはそもそも食事をしないが、責任者さんは食事をするだろう。なので、毎度のことながらも、未だにこれには慣れない。
 一人での食事はいつもの事だが、こうやって誰かを侍らせての食事は未だに慣れないし、慣れるとも思えなかった。
 プラタであれば食事をしないのでまだ何とかなるのだが、そうでないなら気になってしょうがない。
 料理を取り分けた責任者さんが、ボクに小皿を差し出す。

「ありがとう」

 それを受け取ると、食事を再開させた。
 料理が美味しかったので、もう何回かおかわりをしたところで食事を終える。辛い料理だったが、ほどほどの辛みだったので、思ったよりも食べられたな。
 それでも大皿には半分以上どころか大半が余裕で残っているのだが、それは責任者さん達が後で食べるから問題ないらしい。
 そんな話をしながら食休みを挿む。その際に気になった料理の事を尋ねると、どうやら建物内では重力の魔法が発動しているらしく、物が浮かないようになっているのだとか。
 しかし、ここに住んでいる住民は自身に浮力を得る魔法を使用しているので、重力魔法に若干反発して浮いているようだ。移動時みたいに大きく自由に泳ぐことは出来ないが、小さく浮いて滑るように泳ぐ事は出来るらしい。
 確かによく見れば、責任者さんは床から十センチメートルほど浮いて、尾ひれを小さく動かして滑るように移動している。
 思い出してみても、拠点や店の中では普通に歩いて移動していたな。移動時のような浮遊感は無かったが、プラタの魔法道具のおかげかと思っていたから、移動している時は気にもしなかった。
 他にも、陸上の住民の為に街道にも限定的ではあるが同じように重力魔法を施されているらしく、街中を歩いて移動出来るようにしているという話を聞いた。
 そこまで聞いて、重力魔法を普通に使っている事に驚く。あれは人間界ではまずお目にかかれない魔法だろう。
 ジーニアス魔法学園に入学した当初ぐらいのボクでは、その辺りまでが限界だったからな。懐かしいものだ・・・ではなく、そんな魔法が日常生活に活用される程度の魔法という事に驚く。やはり人間界の外は凄いな。
 まぁ、今のボクであればそれぐらいは軽いものだが。それだけ成長したという事なのだろう。何だか自身の成長を感じられて安堵する。少しずつでも成長出来ているという事を実感出来たのは大きい。まぁ、あの頃とは身体が違うのだが。
 そうして食休みを過ごすと、店を出る。
 出る際には、責任者さんと同じように入り口の縁を蹴って出ると確かに出やすかった。それで色々と納得出来た。
 店を出た後、同じ道を通って拠点に戻る。帰りもあまり周囲には人は居なかったが、それでも離れたところには同じように確認出来た。
 拠点に戻った頃には夕方前になっていたが、他に特にやらねばならない用事も無いので問題ない。
 責任者さんの案内で、責任者さんの部屋に戻る。そこには水で出来た椅子があった。いや、周囲が水なのだからおかしな話なのだろうが、確かに水の椅子なのだ。
 どう説明すればいいか分からないが、粘度の高い水で椅子を作ったとでも言えばいいのか、そんな椅子が置いてある。
 その椅子は座ると普通の椅子のように反発する訳ではなく、包み込むように重さを飲み込んでいく。
 体重を掛けた部分からゆっくりと飲み込まれるように沈んでいく感覚は珍しく、最初はびっくりしたが、完全にこちらを飲み込む訳ではないので、それも今では楽しんでいる。
 これが本当に楽しいもので、それでいて意外と病みつきになる。このまま座っていたいぐらい。
 そうやってボクが力を抜いて座っている間も、プラタと責任者さんは何かしら話をしている。
 食事に行っている間に用意させていたのか、何やら資料を手に話しているので、食事に行く前に話していた内容を詰めているのかもしれない。話している内容が分からないから断言は出来ないが。
 それにしても、何でボクはここに居るのだろうか? これならプラタだけで良かっただろうに。ここの責任者さんとは既に顔合わせを済ませている訳だし。
 そんな疑問を抱くが、もうここに居るのだから今更か。
 プラタは普段ボクと話す時よりも硬質な話し方だが、その声音を聞くと最初の頃を思い出す。初めてプラタと会った時はとても平坦で硬質な、感情の無い話し方だったからな。
 あれから大分経ったが、プラタはかなり人間らしくなったものだ。今ではプラタの身体が人形である事なんて普段忘れているほど。意識しなければ、こうした時にふと思い出すぐらい。
 二人の話し合いはそう長くは続かず、割かし直ぐに終わる。話し合いを終えると、責任者さんの案内で、プラタと共に部屋を後にした。
 その後転移装置が在る部屋まで移動すると、責任者さんに見送られて部屋に入る。
 水中の廊下から空気の在る小部屋に入ると、転移装置を起動させて中継地点に転移した。
 白い小部屋に到着すると、腕輪を外してプラタに返す。

「ありがとう。おかげで助かったよ」
「御役に立てたのであれば、光栄で御座います」

 腕輪を返した後、プラタの先導で中継地点から元の拠点に移動していく。

「それで、あの責任者さんとは何を話していたの?」

 言葉が解らないので、道中プラタにそれを確認する。これでも一応国主役なので、把握しておくべき事であれば把握しておくべきだろう。

「主に陸上との交流についての問題点や改善点について。他には、水中の各種族間での問題などの細々としたモノです。現状、全体的に上手くいっているので、大きな問題は生じておりません」
「そっか」

 つまりはボクが把握しておくべき問題はないという事。まあ正直、プラタが居ればこの国は回るので、ボクがどうこう言う事はないのだが。それにボクが知っていなければならないような事柄は、こちらから問わずともプラタの方から話してくれるからな。
 それに慣れてしまっては駄目だと思うのでこうして問い掛けてはいるが、やっぱりどう考えてもボクの存在意義は無いよな。名ばかりのお飾り国主だから当然なんだが。
 しかし、いい事もある。お飾りで何の役にも立っていないからこそ、気負わずに外を見て回れるというモノだ。
 勿論簡単にとはいかないだろうが、仕事自体が大して無いから自由に出来る時間は多い。近いうちにプラタに打診してみよう。ま、その前に街の中に出る事が先だろうけれど。
 ここの街は色々な種族が集まっているので、その分様々な常識が学べそうだから、これには十分意味があるだろう。

「本日の昼食は御口に合いましたでしょうか?」
「ん? うん。美味しかったよ」
「でしたら良かったです」

 食事の感想を訊いてくるというのは珍しいが、今までもない訳ではない。いつもは拠点内の食堂で食べていたから、外での食事というのが気になったのかもしれないな。
 帰りはフェンの許には寄らずにそのまま自室の在る拠点に戻る。その頃には日が暮れていたが、何も問題はない。
 拠点に戻った後、プラタと共に食堂へ移動する。少し前に食事をしたような気もするが、移動したからか小腹が空いた。それでも昼食を食べ過ぎたかもしれないな。
 そう思いつつ、プラタにいつもより少なめに夕食を頼む。それに了承を得ると、食堂に一人座って待つ。
 程なくしてシトリーが料理を運んできてくれる。
 シトリーが運んできた料理は、小振りなお皿が三つ。一つはお皿に盛られた野菜と肉の炒め物。もう一つはご飯。最後は小魚を揚げて甘辛く仕上げた物だった。
 まずは昼食と少し趣の違う魚料理を食べてみる。
 こちらも粘性の高い薄い赤色の液体が掛けられており、小さい魚なのでそのまま頭から食べてみると、サクッとした揚げた衣の軽い食感を僅かに感じる。しかし、その薄い赤色の液体によって表面が少し柔らかくなっていた。
 だが、おかげでスッと噛めて、中のふっくらとした身がほろほろと崩れて口の中に転がってくる。
 まだ熱いその料理だが、魚自体は淡白な味わいだ。良く噛めばやや甘いかな? といった感じではあるが、掛かっている赤い液体の甘辛さが空腹を誘ってくるので、ご飯が進む。
 あまりお腹は空いていなかったが。おかげで直ぐに食べ終わってしまった。これは昼食を参考にしたという事だろうが、一体いつの間に伝えたのやら。
 逆に野菜と肉の炒め物は、酸味は強いが軽めの味付けで、さっぱりとした味わいだった。食事の最後にそれを持ってくると、口の中が洗い流されたように爽やかになって、食事の締めとして丁度良かった。まあ本当の締めは、苦味の強い薄黄緑色のお茶なのだが。
 そうして夕食を食べ終えると、少し休んで食堂を出る。食器は食べ終わって直ぐにシトリーがやってきて持っていった。
 それにしても、意外と食べられるものだ。少し遅めの昼食で結構食べてしまったので、夕食はあまり入らないかと思ったが、そんな事はなかった。もっとも、それでも一般的には食べる量は少ない方なのかもしれないが。
 やはり食べられたのは美味しかったからだろう。魚料理というのは人間界ではあまりなじみがなかったが、ここでは海と繋がっている湖が近いから結構食べる機会がある。調理する者の腕も在るだろうが、魚料理というのも良いモノだな。
 夕食を終えると今日の予定は終わりなので、自室に帰る事にする。その為に小部屋に移動するが、正直別に何処で転移しても問題はない。
 部屋に帰った後に戻る地点の再設定も可能だが、しかしボクはまだ世界の眼が完全には使えていないので、その場合は一度地上まで徒歩で戻ってこなければならない。なので、やはり安全な場所を疑似的な起点とした方が安心だし色々と手間が省けるのだ。
 この辺りも改善したいとは思うが、所詮は道具なのでそう融通も利かない。一番いいのは、魔法道具に頼らずとも自前で転移魔法を使える事だが、これには世界の眼が必須。でなければ不安でしょうがないからな。
 一応地下の魔力妨害の対象からボクは外れたらしいが、それも世界の眼が使えなければそれも意味がない。いや、魔法を使うという意味では意味はあるのだが、事転移に関して言えば意味がなかった。
 現状では世界の眼も二階層分すら厳しいからな。自室から地上部分となると、今のボクでは届きそうもない。
 そんな事を考え、もっと頑張らないとと思っていると、小部屋に到着する。
 そこは転移装置が置いてある小部屋とは別の小部屋で、何も無い小部屋。そこの中央辺りに移動して、自作の転移装置を起動させる。
 プラタに見送られながら一瞬の浮遊感と意識の漂白を味わい、地下三階に置いてある転移装置の大本の前に到着した。
 それから階段を使って地下二階へと上がり、自室に戻る。
 その移動が軽い運動になるので、自室に到着した頃にはお腹の具合もそこそこ丁度いい感じになっていた。

「今日はお風呂はやめておこう」

 食べて直ぐよりはお腹の具合が大分よくなってきたといっても、まだ動くのは少ししんどい。なので今日のところは魔法で身体を奇麗にして、明日の朝にでもお風呂に入るとしよう。
 あとは少し魔法道具を弄って寝るかな。この辺りは最近の日課だ。お風呂に入って、食事をして、魔法道具を弄る。たまに魔法の開発も行うが、いつも似たような事の繰り返し。これが日常というやつなのだろう。
 それでもまぁ、不満はない。なのでわざわざ変えようとも思わないが、しかし外に出たいなぐらいは考える。やはりまずは街に出なければな。
 拠点巡りも、各方面の責任者との顔合わせももう十分行っただろう。お飾りでも国主であるというのであればと思っていたが、そろそろ自分のやりたい事もやりたいところだ。
 とりあえず明日プラタに話してみるかな。流石に色々と迷惑をかけているから、無断で何かをしようとは思わない。それに、プラタなら話せばわかってくれるだろうし。
 魔法道具を弄りながらそんな事を考える。それから少しして、苦しさが無くなってきた辺りで今日はもう眠る事にした。





「滅びぬよ。ここで私が死のうとも、何処かで誰かが立ち上がる。正義は、愛は、滅びぬよ!!」

 満身創痍。もはや死に体となったそれは、そう叫んで哄笑する。

「・・・・・・」

 それを無感情な瞳で眺めたオーガストは、それの残っていた腕を切り落とす。しかしそれは痛がる素振りも見せずに嗤うのを止めない。

「・・・そうだといいのだが」

 最早残っている四肢は足一本だけだというのに、それはただただ嗤う。そんな姿に、オーガストは願うように呟いた。

「こちらもそれを願うよ。どうか滅びぬようにと。どうか立ち塞がるようにと。愛だろうが正義だろうが何だっていい。僕を愉しませてくれるのであれば、そんな事は些細な事だ。君のように信念を持ったおもちゃもいいが、やはり僕は敵が欲しい。壁が欲しい。まぁ、君に言ったところで詮無い事だが」

 見るも無残な姿だというのに、血の一滴も零していないそれへと、オーガストは話し掛ける。しかし返ってくるのは哄笑だけ。
 いい加減その大笑いにも飽きてきたオーガストは、何の感情も浮かばない瞳で相手を見つめたまま、それの首を落とす。

「はぁ。これでこの世界の選ばれし者というやつなのだから拍子抜けだな。やはり始まりの神に期待するだけ無駄なのだろうか? 一応期待しているというか、他に相手になりそうな存在も居ないからな。育てたところで大した事はなかったし・・・・・・ふむ」

 静寂に包まれているその場所で、オーガストは顎に手を当て思案する。暫くそうしたところで、小さく息を吐き出した。

「世界の頂点は始まりの神、か。だがそれは地位故か、それとも力故か・・・・・・」

 首を振ったオーガストは、ふと何かに気がつき考える間を一瞬置いてから、壊れたおもちゃへと視線を向ける。その後に僅かに口角を上げた。

「ああ、なるほど。不滅か。それでこれが・・・であれば、あれがこうも弱いのも納得出来るか」





 結果から言ってしまえば、街に出る事は叶ったが、国の外に出る事については待ったがかかった。
 プラタ曰く、まだ国外に出るには準備が整っていないらしい。その代りという訳ではないが、街に出る事は許可が下りたという訳だ。

「許可、ね」

 少し前までの出来事を振り返ってみて、思わず何処となく皮肉げな笑みが口元に浮かぶ。色々迷惑を掛けてはいるが、それでも何かをするのにわざわざ許可を取らなければならないというのも何だかな、といった感じだ。
 人間界から出て自由になって、逆に不自由になった。こう思うのもこれで何度目か。
 別にプラタ達に不満がある訳ではない。むしろ感謝しかない。かなり迷惑を掛けていると自覚しているし、大いに助かっている。プラタ達が居なくとも生きてはいけただろうが、ここまで快適には過ごせなかっただろう。それは断言できる。しかし、それでも色々と考えてしまうのは致し方のない事だろう。

「うーん。最早今更ではあるのだが」

 小さく息を吐くと、気持ちを切り替える。今日は折角街に出る事が出来たのだから、そんな事ばかり考えてもしょうがないだろう。
 軽く頭を振ると、周囲に目を向ける。
 現在居るのは、自室が在る拠点が建っている街。そこの大通り。
 プラタと相談して変装はしているが、周囲は異種族ばかり。そもそも街の雰囲気からして人間界とは異なる。
 ボクが知る人間界の街は、家がずらりと建ち並び、整然とした雰囲気が漂っていた。混雑していると雑多な感じもしたが、それでもやはり何処か整っていて、大人しい感じだった。
 しかしここは、整然と建物が建ち並んではいるが、混沌とした感じの活気に満ち溢れている。かといって危険が在る訳ではなく、言ってしまえば秩序ある混沌といった感じか。
 見た限り出ている店は何処も露店で、まだ店を構えている場所はないらしい。売っている物は様々だが、人通りが多くて中々店の前に辿り着けない。
 辿り着けたとしても、人混みに押し流されて滞在時間は短い。それでちらりと見た商品は、香辛料や食材のような物や消耗品が多かった。やはりまだ出来たばかりで生活基盤がしっかりしていないからだろうか? もしくは露店なので持ってくるのが大変とか。
 この辺りは時間が解決してくれるという部分も在るだろうから、そう急くような案件でもないか。それに、この混沌としながらも漂う探るような雰囲気は、まだ各種族との距離感を測りかねているのだろう。
 趣味趣向や欲しているモノなど種族によって異なるから、この辺りも時間が掛かってしまう。しかし、それでもこの国独自の貨幣というモノが既に行き渡っているので、基準となる共通の価値観は存在していた。これはかなり大きいと思う。
 この辺りはプラタが手配したらしいので、流石はプラタだといったところ。少なくとも、ボクでは最初からそんなところまで行き届かない。
 お金に関しては、拠点を出る前にプラタからお小遣いを貰ったので、買い物は出来る。
 貰ったお金は、白銀に輝く銀貨が一枚、鈍く光る鈍色の銅貨が五枚。あとは黄金色に輝く金貨が十枚だ。
 プラタに教えてもらった通貨の割合は、金貨十二枚で銅貨一枚。銅貨十二枚で銀貨一枚。金貨だと百四十四枚で銀貨一枚だとか。
 つまりは価格順に下から並べると、金貨→銅貨→銀貨という順。
 銀貨の上も在るらしいが、それはまだ造っている最中なので流通はしていないらしい。金貨の下も存在していて、そちらは既に流通しているらしいのだが、最初に移住してきた住民と貨幣の交換をした際に在庫が危うくなってしまったらしい。なので流通はしていても軽く規制というか、金貨以上での値段を併記する事を推奨と通達をしたとか。なので、安い商品の場合はそれに見合う量や質に変更したりで調節しているみたい。
 本来であれば、各硬貨に大硬貨と小硬貨を追加した各三種類にしたかったらしいが、こちらは在庫が足りなかったので断念したらしい。というのも、どうも話を聞いた限り、予想以上に住民が集まったのが原因。それというのも、シトリーがやたらと張り切った影響で、予定の三倍以上の人数が集まったとか。
 しかし集まったものはしょうがないと受け入れた結果、貨幣の不足。もっとも、現状は一時的な処置なので、直ぐに回復するらしいが。
 因みに、金貨一枚あれば一食ぐらいは十分に食べられる。今のところ物価はそれほど高くはない。
 貰ったお金の額だが、プラタ曰く額には意味はないらしい。単純にボクがお小遣いを貰った時にプラタが所持していた全額だとか。
 どう考えても多すぎるとは思うが、まあいい。多くても困りはしないが、額面が多いのは困る。
 物価の目安としては、一切贅沢をしないのであれは、銀貨一枚でギリギリ夫婦二人が一月暮らせるぐらいらしいので、現段階ではそんなモノを崩せるだけのお釣りを持っている商人はそう居ないと思う。
 この辺りはどうやら手形が有効らしいので、それで商人側は払うらしいが、極力そんな面倒な事態は起こしたくない。もっとも、何か買うつもりもないのだが。元々見に来ただけだし。
 食事はお弁当を持参しているので、あとは食べる場所の確保だけ。これもプラタが、拠点から門へと延びている各大通りの中央が広場になっていて、誰でも休める憩いの場にもなっているという話をしていた。
 まぁ、まだ街に出たばかり。これから色々見て回るとしよう。
 まずは何処かの露天の前で止まらなければならないが、それが大変だ。立ち止まろうにも人の波に流されてしまう。
 程なくそうして人の流れに身を任せながら移動していると、図らずも中央広場に到着してしまう。結局ゆっくり店を見て回る事は出来なかったのだが、時刻は丁度昼といったところなので、まずは昼食にする事にした。
 中央広場は、街中だというのに大きく空間が取られており、平らな地面には芝生が植えられている。そこを様々な種類の子ども達が走り回っていく。
 しかし、全てが同じような場所という訳では無いようで、中央広場の隅の方には噴水が在り、そこから流れる水で一部分が水浸しになっている。そこで遊ぶ子ども達や、涼んでいる大人達の姿が確認出来た。

しおり