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モンスター食堂のギルドマスター

 その翌日。



『ジャッジャジャーン! ジークとセーヤが手伝ってくれたから早く終わったよー!』
「おおおお〜!」

『結晶島』に戻ると拠点が見違えるような姿になっていた。
 木製の壁や天井は綺麗に整えられ、床もツルツルのフローリング。
 扉もノブ付きドアがちゃんと設置してある。
 玄関ホールにはテーブルや椅子が並べられており、いかにも食堂。
 転移門(ゲート)の部屋の壁は本棚で埋め尽くされており、部屋を出ると緩やかな楕円形のカウンター。
 こちらにも左右に本棚があった。

『ギルドを作れ、ってジークに言われてたから資料置き場とか必要だろうと思ってね。右側の部屋は厨房に変えておいたよ。中の確認よろしく』
「あ、ああ……いや、完璧……つーか俺の店より最先端かつ豪華な厨房入ってんだけどーーー!?」
『左の部屋は従業員控え室ね。あと、転移門の部屋の奥にもう一つ部屋を作っておいたよ』
「え? 気付かなかった……」

 もう一度転移門の部屋に戻る。
 すると、光る転移門の向こう側に本当に部屋が一つ増えていた。
 少しワクワクしながら開くとそこはふわふわのベッドと、本棚、テーブルに椅子、ウッドデッギが見えるガラス扉。
 光が燦々と降り注ぐ、黄色いカーテン付きの大きな窓。

「ここは……」
『君の部屋だよ。最低限のものは用意した。えーと、ガラス扉の反対側にはクローゼットあるよー』
「お、おお」

 クローゼット。
 そして、その横にはタンスもある。
 しかし一番気になるのはウッドデッキ。
 ガラス扉を開けて、出てみるとガラス製の小屋。
 中には洗濯機などがある。
 それに隣接する木製の小屋は脱衣所とお風呂。
 ちゃんと湯沸かし機能付き。

「お、おおおぉ〜〜……」
『ニンゲンが生活するのに必要なものはこのぐらい? まだ他に必要なら言ってね』
「あ、ああ。いや、今のところ……大丈夫だな……厨房の方は後で改めて確認させてもらうが……」
『うん』
「あ! パパーーー!」
「! おお、おはようショコラー! 飛ぶ練習かー?」
「うーん!」

 バサバサと大きな羽音。
 青い空を舞うのは、一頭のドラゴンとハッピーやホークなど空を飛べるモンスターたち。
 楽しそうに風を感じるその姿を眺めていると、ドシンドシンとドンが歩み寄ってきた。

「おはよう、ドン」
「おはよう、契約者よ。……実は昨日話そうと思っておったのだが……そろそろあの木めから種子が飛んでくる時期なのだ」
「? 種子? それは、どういう……」

 突然持ち出された深刻そうな話。
 ドンは【界寄豆】の方へ鼻を向けると、あちらから定期的に黒い豆が飛んでくるのだと教えてくれた。
 そう、それこそがこの食糧難に悪しき恵となる【界寄豆】の豆……『実』である。
 それを聞いて驚いたと同時に納得もした。
 南の森に行き、そこに本当に食べ物らしいものがなかったのに眉を寄せたものだ。
 そんなところに食べられそうなものが落ちてきたら——。

「そう、か……」
「うむ……それについても何か対策を講じねばならんだろう……。この拠点にいる者たちはあれを食う事はもうないだろうが、コブ持ちが食えばもしかしたらコブが増えたりもするかもしれん。コブ持ちになった者たちの空腹も限界のはず」
「っ……」

 なんという——卑劣な。
 見上げた【界寄豆】。
 意思などない、ただの植物。
 だが、なんとやり方の卑劣な侵略者なのか。
 放っては……置けそうにない。

「……ギベイン、俺はショコラを信じてみようと思う」
『……まさか。無理だって言ったじゃない』
「ああ、けど……何もしないうちから無理だとはあんまり思いたくないんだ。……だから……ショコラ! 【界寄豆】を倒しに行こう!」
「!」
「契約者!」
「やるだけやってくる! えーと……カクさん! 乗せてくれ!」

 手すりから身を乗り出して干草をもしゃもしゃ食べていたカクさんに声をかける。
 そして、ドンに頷いて見せてから表に出て駆け寄ってきたカクさんに跨った。

「ヒヒーン! 待ってたぜ! その号令を!」
「パパ!」
「ああ、俺はお前を信じる! 峰打ちなんざ必要ない! お前の全力を【界寄豆】の野郎にぶっかましてこい!」
「うん!」
「マスター! 俺も参ります!」
「リリィも付いてくるダワ! 乗せてご主人!」
「ハッピーもお供します、あるじさま!」
「おれも! おれもついていくぞ!」
「ああ、風属性のみんなは是非一緒に来てくれ!」
『何か策でもあるの?』
「さぁな」

 この世界来た時、初めて見たのが雷雲とこの【界寄豆】だった。
 あの木のてっぺんには今も雷雲が立ち込め続けている。
 ショコラの前世が、生き絶えたかもしれない場所。
 そして、この世界を摂取し続ける根源。
 娘の故郷。
 自分が『帰って来てもいいところ』。
 その根元へ、指をさす。

「風属性スキル持ちは最大のスキルを根元へ向けて放て!」
「エアーアタック!」
「サイクロン!」

 ホークの風の刃。
 リリィの竜巻。
 それが二重、三重に重なって根に向かって突撃していく。

「ショコラ! 風の塊に最大火力で『ファイヤーブレス』!」
「ファイヤーブレス!」
『……!』


 ————それは、昨夜のジークとの別れ際。
 彼は唇を怪しく歪ませて言ったのだ。
 どういう意図だったのかは分からない。
 だが恐らくこれを指していたと思う。

「炎は酸素を……風を得て巨大化する。だから風属性は火に弱いんだ」
「は?」
「まあ、ただの餞別だ。分からないならそこまでの事だ。じゃあな」
「あ、ああ?」

 手を振ってその背を見送った。
 だが————。


(風が、酸素が! 炎を……!)

 巨大な炎の大渦が生まれた。
 これまで見た、どのファイヤーブレスよりもそれは途方もない火力と言える。

「っ!」
「あ、熱い!」

 ハッピーが下がってくる。
 シロが身を低くして、成り行きを見守った。
 炎が十数メートルある幹を飲み込む。
 焼けた匂いはするものの、燃やすまでには届かない。

「くっ!」
『…………やはりダメだ。耐性に対して温度が足りない。成長期のドラゴンの技では……』
「…………。アイスグラウンド!」
「シロ!?」

 パキパキと地面が凍る。
 だが、ショコラの熱で瞬く間に溶けていく。
 なぜそんな事を、と問うよりも早く、シロは再び「アイスグラウンド!」と地面を凍らせた。
 溶けては凍らせ、溶けては凍らせる。
 それを繰り返していると——。

『ファイヤーブレスがレベル10に到達しました。フレイムブレスレベル1に進化します』

「!」
『な——っ! このタイミングでスキルが進化!?』
「ぐっ……」
「シロ!」

 カクさんから飛び降りる。
 倒れ込んだシロは、MPを使い果たしていた。
 そして何より……。

「ホーク! リリィ! もう一度力を貸して! 今度は——!」
「わかった!」
「は、はい! 竜王様!」
「エアーアタック!」
「サイクロン!」

 二体が風の塊を放つ。
 それに合わせて、前に出たショコラが喉を赤く染め上げる。
 これまでとは、確かに何かが違う!

「フレイムブレス!!」

 青い、炎。
 風が青い炎を纏い、【界寄豆】へと襲いかかった。
 多少黒くなったそこへ、今度は青いその尾が突撃していく。

『あ……せ、摂氏5000……6000……ま、まだ上がって……こ、こんなばかな……なぜこんな高温が生き物の口から出るの!? そんな事あるの!?』
「う、ぐうぅ!」
「ふ、吹雪!」
「し、シロ、無理すんな……」
「いえ、このぐらいは……」

 弱りながらも吹雪で高温から守ってくれるシロ。
 そこへ、カクさんがシロを抱えた忠直を咥えて、更に後ろへと距離を取る。

「てめえ、無茶しやがるな」
「……竜王様のスキルはあと少しで成長されると思ったからだ。負荷をかけ、成長を促せば、あるいはと」
「それであんな事を……」

 だが思惑は上手くいった。
 青い炎が【界寄豆】を包んでいく。
 先ほどよりも遥かに高温の炎が、そろそろ五分近く……。

『! 点火を確認! 【界寄豆】に燃え移った!』
「!」
『でも【界寄豆】の水分量が多くて……え?』
「なんだ? どうしたギベイン?」

 何やら急に、空が暗くなった。
 見上げれば暗雲が雷雲になり始めている。
 ゴロゴロと音を立てて、今にも落雷がきそうな——。

『ばかな! 君が干渉すると世界の均衡が……!』
『何を言う。これは俺のモノになった世界だぜ? 多少の干渉なら許される。つーか……その世界の正式な『王』が排除すると決めたモノだ。俺が狙い撃つのはその『排除対象』……』
「ジーク!?」
『水分だけ根こそぎ電気分解してやろう』

 カッ、と一瞬の光と轟音。
 バリバリと落ちてきたその音は、【界寄豆】を一瞬で干上がらせた。
 あとは簡単なもので、ショコラの炎が瞬く間に天まで登り、【界寄豆】を燃やし尽くす。
 炎が止まると、だんだん暗雲は広がり……雨が降り始めた。

『柘榴! 無茶しないでよ! 君が異世界に干渉したら侵略と見なされかねないって——!』
『あ、ここのケーキ食ってみたかったんだ。少しぐらい寄り道しても怒られねーだろ多分。じゃ』
『柘榴〜〜〜!』
「……………………」

 どこにいるのか。
 いや、昨晩から次の『空間の裂け目』がある場所へ移動しているというし、その付近なのだろうが……ケーキ食べに寄り道するつもりらしい。

「…………は、ははは……」
「悪しき木が……」
「燃え落ちた……」

 カクさんとシロが見上げた炎の柱。
 だが、ぼんやりその光景を堪能している場合ではなかった。

「パパー! 危ないよー!」
「おわーーー!」
「ヤッベェ! 全員トンズラだ! 木が倒れ……おあーーーー!」
「逃げろー! 炎が落ちてくるぞー!」
「きゃあああああぁ!」

 幸いというべきか、あの辺りはすでに【界寄豆】のせいで木々は枯れ果てていた。
 とはいえ、あの大きさのものが燃え落ちれば広範囲にその燃え落ちた残骸が落ちてくる。
 シロはMPを使い果たしており、吹雪でそれらを防ぐ術もなく……。

『……次回の課題だね』
「そうだなーーーー!」

 ギベインの呟きに、カクさんの背中にしがみ付きながら叫び返した。




 ***


「と、いうわけでこの島の【界寄豆】は倒したんだが……」
「うむ、これで種子が落ちてくる可能性はなくなったが、この島のモンスターたちは飢えとコブに支配され苦しんだままだ。引き続き、早急に保護を進めなければならない」
「というわけで、今日から班分けして、それらを『ギルド』と呼称する。まず、ショコラは『保護専門ギルド』のリーダー。シロはそのサポートを頼むよ」
「うん、分かった!」
「はい、お任せくださいマスター」

 拠点に戻ってから、ドンと昨日ジークと話し合った事を説明し、そしてみんなにも伝えた。
 それぞれのギルドを任せる事で、文明は発達していくだろう。
 仲間が増えれば、拠点は町になる。
 ドンにはその町の長を頼むつもりだが、まずは拠点をより安定させなければならない。
 ルール作り等はこれからも引き続き手探りで行なっていく。

「『食糧生産ギルド』はショウジョウたち。悟空と孫がリーダーを頼む」
「任せろっキー!」
「任せてッキー!」
「で、まあ、俺はいろんなギルドの相談役を……」
『ギルドのまとめ役は必要だって言われただろう? 君がやらなくて誰がやるのさ』
「うう……俺が全てのギルドの総括、ギルドマスターっつーのをやるのでみんな力を貸してくれ」
「「「はーい」」」
「それから、今日ギベインに整えてもらった拠点は今日から食堂としても解放する。えーとギルドの受付……まあ、保護した奴らの登録とか、ええと後なんだっけ?」
『主にギルドの活動に関する情報を管理するよ。例えば生産ギルドがどんな活動をして、どんな種類の作物が、どれだけ生産されたか、とか、保護ギルドがどんなモンスターをどれだけ保護したか、とか、建設ギルドがどんな建物をどの程度建設出来たか、とか、採取ギルドがどんな物をどれだけ採取してきたか、とか……全てデータ化して管理する……システムも今作成中』
「あ、ありがとうございます……」

 他にも現在進行形で作っている感じの言い方である。

「……ええと、俺は、元の世界にも店がある。いや、これから店にするんだけど……。だから、毎日ずーっとこっちにいられるわけじゃない。この世界はみんなのものだと思ってる。だから、俺は手伝うだけで、この世界の仲間はみんなで助けて、この世界の発展はみんなで協力し合ってやっていくべきだとも、思ってる」
「パパ……」
「みんなが……みんなが笑って暮らせる世界を、作ろう。俺の世界は……まあ、なんつーか自分勝手で自分が儲けて自分だけが幸せであればいいつつー奴らが多いから……そうならないように。……その為なら、俺は出来る限り手伝うから、一緒に頑張っていこう。俺もみんなが少しでも笑顔になれるように……食堂を開く! 美味いもんをたくさん食わせてやるから楽しみにしててくれ!」
「「「おおお〜!」」」




 ————残る【界寄豆】はあと四本。
 未開の島はあと十島。
 後に『モンスター食堂のギルドマスター』として名を馳せるであろう男の、伊藤忠直の第二の人生は思わぬ形、思わぬ方向で始まったのだった。















 了

しおり