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出会い

 妻と別れ、一年が経った。
 息子と娘は大学生になり、実質的には親の手を離れ、自立したと言える。
 故に伊藤忠直(いとうただなお)は、憧れていた個人経営の居酒屋を始める事にした。

 たくさんの人が笑顔になる店をやりたい。

 少し安直かもしれないが、そんな夢を抱いていたのだ。
 こう見えて居酒屋でのバイト歴は長いし、調理師免許や栄養士、食品衛生責任者の資格もなんとか取得。
 開店資金もサラリーマン時代、妻に内緒でコツコツ貯めていた。
 離婚理由は妻の不倫なので、慰謝料も入ってきた……まあ、これは複雑極まりないけれど。
 なんにしても準備は整いつつある。
 買った土地と、以前コンビニ店だったという建物の内装リフォーム代。
 あとは役所に届けを出して飲食店営業許可を取らねばならい。
 その為には、不備がないようにしなければ。
 座席数は二十人以下だが、防火管理はしっかりと行っておきたい。
 飲食店に火は付き物。
 あとはトイレ。
 今時の居酒屋は、トイレが男女きちんと分かれていないと流行らない。
 と、言っても忠直が買った土地は都心どころか地方の田舎。
 駅近ではあるが、そもそも過疎化でサラリーマンなどもいない。
 実家は近いが、両親は他界しているし親戚も住んでいない。
 それも隣町だ。
 いや、あれ、町?
 もう町とも呼ばないほど人口は減っている。
 仕方なく隣の町の駅前に、店舗兼住宅を買ったのだ。
 息子と娘は元妻のいる都心近郊にいるので、完全に気楽な一人暮らし。
 たまに連絡は取り合うが、店の手伝いは頼めない。

「さてと、今日は内装チェックだな」

 リフォームは終わったが、防火設備やテーブル、椅子、その他諸々は明日、届く。
 その前にもう一度掃除と厨房をチェックしておきたい。
 あくびをしつつ二階の自宅から出て、玄関の鍵をかける。
 吐く息は白く、階段の手摺の向こう側を見ればしんしんと雪が降っていた。
 寒いわけだ。
 二月も半ば。
 開店は夏を予定している。
 まあ、それも市役所の許可次第で伸びたり早まったりするだろう。
 ジャンパーのファスナーを上げて、階段を下る。
 二階自宅は階段を上がればいいだけなのでとても便利だ。
 ぐるりと道路沿いの表の道に回れば、そこは店舗。
 店の名前は決めている。
『正旨』。
 まさしく旨く、だ。
 看板はすでに届いているので、それを眺めてから店舗に入る。

「ん?」

 ガラガラと、キャリーケースの音。
 見れば駅の方から若い男がスマートフォンを眺めつつ歩いてくる。
 時間は早朝七時。
 旅行者……にしては、珍しい。
 この辺りに見るものなどあっただろうか?
 と、ややこの町に失礼な事を考えながらもそれはこれから調べておくべき事だと思い直す。
 なにしろこれからこの町で店をやっていくのだ。
 町に密着して、町のいいところをアピール出来ないようでは流行るどころか地元のお客さんも来てくれない。
 開店の準備は進めているが、これからはそういうところにも気を配らなければならないだろう。
 都心の方にはない、田舎ならではの人付き合い。
 この町の隣の町出身とはいえ、ならばこそ、色々繋がりがある。
 その辺りは慎重に見極めて行かねばなるまい。

「…………」

 とりあえずその若い男は、駅の側に一つだけある旅館の方へと歩いて行った。
 旅行者にはあまり見えないが、まあ何かしらの用事があってこの町に来たのだろう。
 ……こんな町に何の用なのか気にはなる。
 しかし、もう行ってしまったのだから声もかけられない。

「掃除掃除っと」

 何より寒い。
 店の鍵を開けて、中に入る。
 店の中には炬燵席、テーブル席が二つずつ……の予定だ。
 炬燵席はリフォームの時に作ってもらったので、ほぼ完成といってもいいのだがテーブル席の方は明日にならないと設置は出来ない。
 まずはエアコンを点けて、厨房へと入る。
 ああ、そうだ、暖簾(のれん)も欲しい。
 男女トイレ用と、厨房用。
 従業員用の部屋にもあるとオシャレかもしれない。
 掃除用具入れのある従業員用の部屋は、ホールから厨房へ向かい、壁一枚隔てて右側の部屋。
 広めにとってあるその部屋にも、テーブルや椅子を設置する予定だ。
 ああ、あとはロッカーだな、と晒し状態の部屋を箒を持って眺めながら思う。
 それからゴミ箱と、テレビもあるといいだろうか?
 いや、テレビは従業員用ではなく店舗用の方が良いかもしれない。
 と、思いながらその部屋を出ようとした。
 その時——。

「きゅうぅ……」
「?」

 か細い、何か生き物の鳴く声のようなものが聞こえた。
 振り返ると、部屋の隅が僅かに光っている。

(なんだ?)

 不審に思い、窓から入る光だけでは不安を感じて電気を点けた。
 そして改めて近付くと……部屋の隅にはジジ……と音を立てる穴。
 その横に、トカゲのような生き物が力なく転がっていた。

「……なんだ、これ」

 生き物は目を閉じている。
 恐る恐る近付いて、箒でつつく。
 生き物は呻き、僅かに動いたがそれだけだ。
 気味の悪い穴は、砂の走る深夜のテレビのように時折消えかかった。
 関わるのは危険だ。
 未知のものに対する、本能的な警戒心が先立ち、忠直は箒の柄で、その生き物を穴の中へと押し込もうとした。
 しかし、穴の縁より向こう側へ、その生き物は動かない。
 まるでなにか、壁のようなものが邪魔しているかのようだった。

「…………」

 そして、そうなると今度はその生き物に対して罪悪感が生まれてくる。
 あまりにも無抵抗にぐったりとした生き物。
 トカゲにしか見えないが、背中には翼、手には五本の指。
 まあ、ものすごく鋭い爪は生えているが……。
 口も大きく、頭にはツノらしきものも生えている。
 なんだかまるで、伝説上の生き物ーードラゴンのようだ。
 いや、まさか、と首を振る。
 そして、箒を床に置いてそっと生き物に触れてみた。
 温かい。

「…………」

 まだ生きている。
 その確信が、罪悪感をより強くした。
 箒の柄で突いたり押し込もうとしたり、ひどい事をしてしまった、と。
 その小さな体に手を回し、持ち上げて気味の悪い穴から離す。
 抱き上げても、それはただぐったりとして動かない。
 罪悪感は不安に変わり、焦りが生まれる。
 なぜこんなにこの生き物は弱っているのか。
 どうしたら助けられるのか。

「! そうだ、獣医……! スマホ!」

 テーブルはまだ届いていない。
 その生き物を抱えたまま、尻のポケットからスマートフォンを取り出して検索した。
 異様に電波が悪い。
 通信ブチブチと途切れる。
 おかしい、防音はしてあるが、これまでこんな事はなかった。
 通信制限がかかるほど使っていないはずなのだが……。

「くそ、なんなんだ!」

 仕方なく店の外へ出る。
 雪がまだちらついていて、寒さで手がかじかむ。
 イライラしながら獣医のいる病院を探していると、ふと、腕の中の温もりが急速に冷えていくのを感じた。
 驚いて生き物を見るとーー透けている。

「な! お、おいおいマジかよ⁉︎ どうしたんだ⁉︎」
「ゲートから離したせいだろうな」
「⁉︎」

 危うくスマホを落としそうになった。
 両手で抱え直して、声を掛けると……道路の方から別な声が生き物が消えかかっている答えをくれた。

「お前は……?」
「その生き物がいたところの近くへ行くぞ。裂け目は恐らくそこだ」
「? あ、おい⁉︎」

 ガラッと勝手に店の扉を開け、ずんずん進んで行く。
 そいつは先程見かけた、キャリーケースを持った若い男だった。
 青い髪。
 毛先が紫がかっており、蛍光のような明るい黄緑色の眼。
 ひどく整った顔立ちで、なおかつ高身長。
 そして、声の仕事でもしておられるんですか? と聞きたくなるほどの美声。
 なんだ、この完璧な『イケメン』は。
 遠目からではこれほどのイケメンとは思わず、いやいや、うちの息子だって……いや、うちの息子は元妻に似てどちらかというと優しい系の顔立ち。
 などと若干息子に敗北を擦りつけつつ、慌てて後を追った。

「おい! 関係者以外立ち入り禁止だ!」
「ここか」
「っ」

 男がたどり着いたのは従業員控え室。
 の、予定の場所。
 その通り、ここが原因と言われれば恐らくその通りだろう。

「!」

 そして、男の言う通り……腕の中の生き物がゆっくり温もりを取り戻す。
 透けていた体も、表にいた時よりマシになった。
 どういう事なのか。
 思わず男を凝視した。
 この男が何者かは分からないが、少なくとも自分よりはあの穴や、この生き物について何かを知っている様子だ。

「お、おいあんた、これはどういう事なんだ? あの穴やこの生き物について何か知ってるなら教えてくれ」
「…………。あまり関わらない方がいいぜ、とはいえ……面倒な事なっているのは間違いないな……さて、どうしたもんか」
「面倒な事?」

 確かに見るからに面倒ごとの予感しかしない。
 腕を組む男と、部屋の隅に空いている黒く歪んだ穴を見比べた。
 心なしか、先程より穴が大きくなっている気がする。

「このままだとあの穴は閉じるな……だが……」
「?」

 男が忠直の腕の中に抱えられた生き物を見た。
 鋭い目付き。
 ゴクリと息を飲む。

「な、なんだ、こいつがどうかしたのか?」
「穴が閉じればそのドラゴンは故郷に帰る術を失う。この世界は魔力がほぼないから、そのドラゴンは生きられない」
「ドラゴン……、……って、こいつ本当に、本物ドラゴンだとでもいうのか⁉︎」
「他のなんに見える? はあ、厄介な事になったな。クッソ面倒くせー」
「っ、お、おい!」

 なんだかよく分からないが、これは本物のドラゴン。
 そして、このままだとこの生き物はーー死ぬ。
 胸がドクドクと鳴る。
 ドラゴン。
 空想の生き物。
 しかしそれは今胸の中にいる。
 温かく、確かに生きていた。
 感触も、温もりも感じるのだ。
 スマホを握り締める手を頭に添える。
 呼吸がとても、浅い。
 焦燥感が増す。

 ーーーー死ぬ……。

「あ…………ど、どうしたら助けられる⁉︎」

 思い出してしまう。
 娘が生まれたばかりの頃、早産で未熟児だった。
 保育器からしばらく出られず、ようやく抱けたのは半年後だったかーー。
 あの幼い命が、消えそうで恐ろしかった。
 ようやく抱いた娘が笑った時は、泣きそうになったものだ。
 そう……これがドラゴンだとしても、これほど小さいとなればまだ赤ん坊だろう。
 赤ん坊が命の危機。
 それはダメだ。
 大人として、男として……なにより一人の人間として看過出来ない。

「はあ、本気か? 助けるのか?」
「だってまだ子どもだろう? この子」
「まあ、そうだな。……だがこの世界の生き物じゃないぞ」
「だとしても、子どもは守らなきゃならん。それが大人ってもんだ」
「…………。変な奴だな。まあ、そういう考えは嫌いじゃねぇ。良いだろう、腕時計か何かもってるか?」
「? あ、ああ」

 左腕を差し出す。
 安物だが、調理中以外は着けていた。
 サラリーマン時代の癖の名残と言える。
 男はそれに手をかざす。
 すると、黒い時計が光りを放つ。
 光というよりは静電気のようなものがパチパチしている、が正しい。

「なんだこりゃ!」
「簡易だがこんなものか。そのドラゴンに名前を付けろ」
「名前?」
「それでお前と仮契約を結ばせる。そうすればお前の生態データのバックアップで、ドラゴンはこの世界の生き物として仮認証され消える事はない」
「…………?」
「つまり、この世界での保護者として容認されるという事だ。詳しく説明してもテメェみてぇな庶民には到底理解出来ねーだろうからそれで納得しろ!」
「ぐっ!」

 なんという口の悪さ!
 顔が引きつる。
 しかし、恐らくそれは事実なのだろう。

「……ああ! 分かったよ! ……ええと……」
「ちなみにメスだ」
「え⁉︎ メスなのか⁉︎ …………」

 メス。
 女子。
 娘はいるが……それはそれで悩む。
 薄い茶色のその生き物ーードラゴン。

「……………………ショ、ショコラ……」
「ショコラ」
「真顔で言い直すな! やっぱ今のなし! 恥ずい!」
「もう登録した」
「なにぃ⁉︎」
『認証しました。無属性ドラゴンを『ショコラ』と命名。完了』
「腕時計が喋った⁉︎」

 安物の腕時計だ。
 喋る機能など当たり前だがありはしない。
 見れば形もなにやら変わっている。
 黒い色はそのままだが、時計というよりコンパスのような……。

「⁉︎」
「今度はなんだ⁉︎」

 突然部屋の隅がバチバチと音を立て始めた。
 男が穴の方を見ると、電気のようなものを放出している。
 いるからにやばい。

「まずい、穴が閉じる。そのドラゴン、マジで帰れなくなるぞ」
「なんだと⁉︎ ど、どうしたらいい⁉︎ 放り込めば良いのか⁉︎ でもさっきやろうとしたら入らなくて……」
「いや、空間の裂け目が不安定だから、不安定なものと反発したんだろう。一度固定する」
「固定?」
「ギベイン、分析を開始。固定条件を提示しろ」
『りょうかーい』

 今度はどこからともなく明るい子どもの声がした。
 辺りを見回すが、忠直とこの男以外誰もいない。
 玄関閉まっているし、一体どこから……。

『分析解析調査終了! 空間磁場、重力場固定……以下略!』
「よし、空間の歪みの奔流の停止を確認した。これより固定作業に移行する。データは取っておけよ」
『もちろーん』
「って、なんじゃそりゃ⁉︎」

 男は突然、どこからともなく銃を取り出したのだ。
 かなり形の変わったそれを、穴に向かって五発、撃ち込む。
 想像していた銃声とは違い、五回の『ぷす、ぷす』という音。
 音にビビってドラゴンを抱き締め、目を瞑ってしまったのでよく分からないが……音が終わってから目を開けると穴は青い光りの魔法陣のようなもので固定され、ぐるぐると回転していた。

「???」
「固定完了。やれやれ、ここまで一般人に見られるとは……面倒くせぇ」
「い、一体何者なんだ、お前……」
「…………。それより、そのドラゴンをその穴の中に帰すなら契約を解く必要がある。だが、穴の中にはそいつ一匹では戻せない。テメェも行く必要があるが……」
「は? ど、どういう事なんだ?」
「そのドラゴンはこの世界にとっては異物。だから先にお前と契約させた。それで存在がこの世界に受け入れられ、存在が安定した。ここまではなんとなく理解出来てんな?」
「お、おう」
「あの穴……空間の裂け目だ。つまり、こことは違う世界に繋がっている。異世界ってやつだ。そのドラゴンの故郷だろう。裂け目は安全を考慮して固定させたが……それほど大きい穴ではないから、自然消滅する。……はずだった」
「それを固定? したんだな?」

 そこまではなくとなく理解出来た。
 なので、予想だが、口に出してみると頷かれる。
 なんだそれは、と自分で自分に突っ込みたくなった。
 そんな馬鹿な、と。

「もう少し調整はするが、おおよその固定は完了している。だが、すぐにそのドラゴンをあの穴の向こう側に戻すには、お前が一緒に行かなきゃならなくなった」
「……? それは、どういう……」
「そうだな、まあ、順序が逆になったと思えばいい。本当なら穴を固定させれば、ドラゴンの存在は穴から流れる異世界の魔力で維持は事足りた。だが、一度穴から離れすぎて存在維持が困難になったから、お前と契約させたんだ。で今度は穴がヤバかったから穴を固定した。この場合、ドラゴンの契約者であるテメェが責任持って穴の向こう側に行き、そのドラゴンとの契約を破棄。あちらでの存在維持がヤバくなる前に、こちらに戻ってくる……というとてつもなく面倒くせぇ事をしなければならなくなった……つー事だ」
「…………………………」

 絶句である。
 男の言っている事を、残念ながら理解は出来た。
 頭では。
 そう、頭では理解出来る。
 頭では。
 大事な事なので三回言った。

「……え、あ、お、お、俺が? 俺がこの穴の中に? 俺が?」
「自業自得だけどな」
「うっ!」

 スパーン、と実に素晴らしい斬れ味。
 その通りだ。
 男はひどく嫌そうな顔をしていたし、「この世界の生き物ではない」と忠告もした。
 しかし……大人として子どもを見捨てるのは嫌だと言ったのは自分だ。
 学理と肩を落とす。
 腕の中の温もりは、実に穏やかな表情をしている。
 先程までのぐったりとした感じとは少し違う。

「…………。分かったよ、どうしたらいいんだ? ……というか、本当に何者なんだ? この空間の裂け目? とかいうのの関係者、なんだよな?」
「あまり立ち入るな。一線越えれば戻れなくなる。……“こっち側”になれば普通の生き方は出来なくなるぜ」
「……っ」

 迫力、と言えばいいのか威圧感と言えばいいのか。
 男の眼力に気圧された。
 忠直が押し黙るのを見て、やや満足げに目を細めた後、男は自身の事を「とりあえず俺の事はジークと呼べばいい」と名乗る。
 明らかに本名ではない。
 日本人にも見えないが、外国人にもいまいち見えない……その男の呼び名は“とりあえず”ジーク。
 分かった、と頷いて「俺は伊藤だ」と苗字を名乗った。
 ジークも興味なさそうに「伊藤な」と頷く。

「じゃあまずは、の選択だ。そのドラゴンは一応お前と契約してこの世界でもある程度存在は安定して生きる事が出来る。見たところ弱っていたのは単純に衰弱していたのも原因の一つらしい」
「え? そうなのか?」
「ああ。だから、そのドラゴンをこちらでもう少し養生させてから、異界に戻すのも一つの方法。弱った状態ですぐに異界に帰したいっつーんなら、それはそれで止めはしない。ドラゴンは生命力の塊みたいな生き物だからな。衰弱していても運が良ければ……ドラゴンの赤ん坊すら生きるのが困難な世界でなければ、生き延びられるだろう」
「…………」

 引いた。
 普通にドン引きした。
 この男、『選択』と言っておきながらほぼ一択ではないか。
 どんな世界かも分からない。
 そんなところに衰弱した……ドラゴンとはいえ子どもを戻すだと?

「いや、元気になってから戻そう」
「あっそうかよ。じゃあせいぜい頑張って看病するんだな。俺は生き物は専門外だ。テメェでなんとかしな」
「な、なにぃ⁉︎」
「帰すつもりになったらその時計を使って連絡しろ。俺はここ以外にもこーゆー裂け目を始末しなきゃならねーんでね」
「⁉︎ こ、こんな物騒なものが他にもあるのか⁉︎」
「あるから俺みたいな奴がいるのさ。ああ、だからって言いふらしたりするなよ。落ちて帰ってこれなくなる奴もいるんだ。その穴の中がこの国みたいに、銃も化け物もいない、平和で安全な場所だという保証はゼロだ。落ちたから助けろ、なんて身勝手な救難要請も管轄外。俺は『閉じる』事だけしか頼まれてないんでね」
「…………」
「他言無用というやつだ。……まあ、目立ってどうなるのかが分からないほど愚かなら……その時はその時。穴も穴から出てきたやつも、それを見たやつも全部始末する。……と、いう事で……まあ、せいぜい『普通の生活』を心がけるんだな」
「あ……」

 かつ、かつと店の中へ戻り、玄関の扉を開けて普通に出て行った。
 それを見送ってから、ぞわぞわと背中が粟立つ。
 ーーも穴から出てきたやつも、それを見たやつも全部始末する。
 それは、つまり……あの穴も、ドラゴンも、そしてそれと関わった忠直の事も、殺すとーー。

「…………マジかよ……」

 今更ながらとんでもない事に巻き込まれた。
 あの穴とドラゴンを最初に見た時の、本能からの警告は間違っていなかったのだ。
 そう思い知っても後の祭り。
 頭を抱え、きつく目を閉じる。
 ああ、こうなったのは自分のせいだ。
 しかし、何度考えても先程の自分の言葉を間違っているとは思えない。

「仕方ねぇ。……しばらくの間よろしくな、ショコラ」

 鼻の頭をツン、と指でつつく。
 反応はない。
 頭をボリボリ掻いてから、溜息を吐く。
 ジャンパーの中に覆い隠して、一路二階の自宅へ連れ帰る事にした。


しおり